常世の彼方

ひろせこ

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黒の章

19.女神像

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 トウコが落ちた後、残っていたガーゴイルを片付けたマリーはリョウと合流し、その後洞窟内にいたヨシとも合流した。
「あのド阿呆が!何かに一瞬気を取られやがった!」
リョウが怒気も露わに吐き捨て、ヨシが真っ青な顔で言う。
「そ、それでこれからどうするんですか・・・トウコさんはその・・。」
「トウコは見捨てない。」
リョウが即答し、今にも奥へと進みそうな様子を見せながら続ける。
「このまま帰還するのが定石だろうが、俺は1人でも行くぞ。お前らが戻るのは止めない。」
「リョウ、落ち着きなさい。誰も戻るなんて言っていないわ。私もトウコを見捨てるつもりはないわよ。それにあの子、落ちるときにしっかりハーピーを道連れにしていたのを私見たわよ。今頃、ハーピーにしがみついて、これからどうするか考えている違いないわ。」
マリーが少しおどけたように言う。

リョウが大きく息を吐き、少し気を落ち着かせると言った。
「ああ。あいつがそう簡単にくたばるわけがねえ。だがヨシはどうする?トウコがいなくなった分、マリーが前に出る必要がある。最初の洞窟は魔物の気配がなかったから、そこまでまた戻ってヨシは待機するって手もあるが・・・。」
「ヨシ君には本当に申し訳ないけれどそれが一番かしら。でも私たちにまで何かあったらヨシ君1人でここから帰還しなきゃいけなくなるけど・・・。」
リョウとマリーの言葉にヨシはわずかに逡巡したが、腰に下げていた長剣を抜き、
「いえ、僕も行きます。またあそこまで戻っている時間がお2人は惜しいはずです。それに、僕はあなたたちの荷物持ちです。一緒に行く責任があります。それと・・・僕だってトウコさんを見捨てたくはありません。自分の身は自分で守ります。足手まといかもしれませんが僕も連れて行ってください。」
そう言った声も長剣を握った手も震えていたが、ヨシは2人を見据えて断言した。
ヨシの言葉にリョウはニヤリと笑うと、ヨシの背中を叩き言った。
「よし、早いとこトウコを見つけてみんなで一発ずつぶん殴るぞ!」
「一発じゃ足りないくらいだけど、トウコに貸しを作るのも面白いかもしれないわね。さっさと見つけちゃいましょう。」
「は、はい!行きましょう!」

リョウ、ヨシ、マリーの順で進み始めてすぐ、リョウが洞窟の奥をにらみつけながら言う。
「トウコのやつ絶対許さねえ。決めた。帰ったら足腰立たなくなるまでヒーヒー言わせてやる。泣いても絶対止めてやらねえ。」
「んもうっ!ホント下品ね。やめて頂戴。」
「トウコさんの泣き顔・・ちょっと見てみたい気がします。」
「あら、ヨシ君も言うわね。」
「うるせえ、誰が見せるか!ぶっ殺すぞ!・・俺もアイツの泣き顔なんか見たことねえよ!」

軽口を叩いてはいるもののリョウもマリーも焦っており、それを必死に抑えていることがヨシにも分かっていた。だが、ヨシにももちろん焦りはあるが、不思議なことにトウコがあのまま死んでいるとは思えなかった。
またあの綺麗な紫の瞳に会うために、震える足でヨシは奥へと進む。

時を同じくして、トウコは未だ落下を続けていた。
マリーの言った通り、落下する直前にトウコを突き落としたハーピーの右足をつかんだトウコは、そのままハーピーの下半身を抱えるようにして、背中を下にして落下していた。

ハーピーは死んだようにぐったりとしているが、トウコを突き落とす直前にリョウが投げた投げナイフの柄が頭に当たったことで意識を失っているだけだ。幾ばくもなく目を覚ますだろう。
「やっちまったね。リョウが激怒しているのが目に浮かぶよ。」
トウコは独りごちる。
「こいつが目を覚まして羽ばたいてくれたら、多少は落下スピードが落ちるかな・・・ハーピーの大きさじゃそこまで期待はできないか?そもそも大人しく飛んでくれないだろうが・・・。」
そうこうしているうちに、下の方がうっすらと明るくなってきた。地面が近づいてきたのだ。

「おい。そろそろ起きろ。起きないと私もお前も地面に染みを作ることになるぞ。」
トウコがハーピーを揺するとハーピーは目を覚まし、自分が落下していることに気づいて慌てて羽ばたく。
途端に浮力が加わり、大きな反動とともに体が揺れ、はずみでトウコの腕がハーピーの下半身から外れそうになる。トウコは慌ててしがみ付いたが、右足のみにしがみつくような格好になった。
だが、ハーピーがいくら羽ばたこうとも、人間1人分の重さが加わっているため飛行するまでには至らない。それでも落下スピードが多少ゆるやかになった。

このくらいの落下スピードならば、魔法障壁を全力で張ればなんとかなるかもしれないとトウコが考えていると、目を覚ました途端落下していたことによるパニックから立ち直ったハーピーが、ようやく自分の足にトウコがしがみついていることに気づく。
飛べないのはこいつが原因かとばかりにハーピーがトウコを引き剥がそうと暴れるが、「もうちょっと降りたら手を放してやらないこともないから今は我慢してくれないかね!」と言いながら、振り落とされないようしがみつく。

老婆の顔のハーピーが歯を剥き出しにして威嚇し、自由な左足の鉤爪をトウコに振るう。
目を抉られないよう顔を伏せているトウコの腕や肩の肉が抉れ血が飛び散るが、トウコは構わずしがみ続ける。
障壁を張ればハーピーの攻撃は防げるが、この後地面に激突する直前に全力で障壁を張るのに魔力を残しておきたいトウコは、ハーピーの攻撃を耐え続けた。
そのまま錐揉みしながら1人と1体は落下を続け、地面が視認できるほど近づいた頃、落下地点を見たトウコの顔が引き攣る。

「まずい、あれはまずい。骨の1,2本は覚悟していたがそれどころじゃない。」

恐ろしいほど澄んだ水で周囲を囲まれた、茶色い土が広がるだけの中州のような場所の中央に、ぽつんと白い銅像が立っている。像は両手に長剣のようなものを捧げ持っており、このまま落ちればトウコはあの剣に貫かれてしまうだろう。
「こんなに広い空間の中で、よりによってどうしてあそこなんだ!おかしいだろう!」
珍しくトウコが焦ったように小さく叫ぶ。

もう猶予はない。
意を決したトウコは掴んでいたハーピーの右足から手を放し、そのままハーピーの体を両手で突いた。これで多少は軌道がそれたことを祈りながらトウコは体を丸め、頭を庇うような形で落下する。
「リョウすまないな。一緒に死んでやれないかもしれない。」
小さく口の中で呟いたトウコが全力で障壁を張った瞬間、像が捧げ持っていた長剣の切っ先が触れ、障壁が割れる澄んだ音とともに障壁の青い残骸と、真っ赤な鮮血が飛び散る。
トウコの血が付いた長剣を捧げ持った、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた女神像の側の地面に叩きたけられたトウコはぴくりとも動かない。

トウコの体から流れ出る血液で足元を濡らしながら微笑む女神像と、静寂だけがそこに残った。
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