常世の彼方

ひろせこ

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黒の章

20.邂逅

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 リョウたち3人は、先を急いでいた。あの後洞窟は、緩やかに下りながら螺旋を描くように奥へ奥へと続いていた。幾度目かの襲撃を退け先頭を駆けていたリョウが、返り血を避ける時間も惜しいとばかりに戦っていたため血糊でべっとりと汚れている顔を急に上げ、動きを止める。
「リョウ、どうしたの?」
マリーとヨシも足を止め、リョウを不審げに見つめる。2人の姿もリョウと同じようなものだ。これまでマリーが見たこともないような険しい顔をしたリョウが、虚空を睨み付けたまま呟く。
「トウコに何かあった。」
「な、何ですか!?き、急にどうしたんですか?何かって・・・!」
ヨシが息を切らせながら言うも、
「知るかよ!わかんねーけど、そんな気がすんだよ!くそっ!」
言うが早いかリョウは再び駆け出す。慌ててマリーとヨシもリョウの後を追う。

「バカ野郎が。1人で勝手に死ぬんじゃねーぞ・・・!」
リョウが吐き捨てた言葉は3人が駆ける足音にかき消された。


静寂のみが支配する空間。そこに静寂を破る無粋な音が響いた。音はどうやら足音のようで、じゃりじゃりと土を踏みしめて荒々しく走る音が辺りに響き渡る。その無神経な足音の持ち主は、黒にも見える濃紺の外套で全身をすっぽりと覆っている。ご丁寧にフードまで目深に被っているため、性別も定かではない。得体のしれないその姿は、見る者によってはどこか不吉さを感じさせる。
その人物は、恐ろしく澄み切った水の中に躊躇いもなく入り、今度はざぶざぶと音を立てながら進む。そのまま水から上がった外套の人物は、一直線にあるものへと駆け寄る。

それは血糊の付いた長剣を捧げ持ち、足元を血で濡らして慈愛の微笑みを浮かべる女神像の側に倒れ伏している女だった。
女――仰向けに倒れているトウコの姿はボロボロだった。
顔の右側面は激しく擦り剥けていて、頭から流れた血と相まって惨憺たる有様だ。髪にもべったりと血がついている。右足は折れてあらぬ方向に向いており、おそらく右腕も折れているだろう。しかし何よりも1番目立つのは、右脇の下から左腰までを一直線に走る傷だった。恐らく女神像の長剣で切り裂かれたのであろう傷からは、未だ血が流れ続けており、とても生きているようには見えない。
そんなトウコの側に両膝を突いた人物は、震える手でトウコの顔を包み込んだ。
「助けられなかった・・・。」
絶望に支配された声で、声からどうやら男と思われる人物は呟く。
「すまない、あなたを死なせてしまった。」
震える声で呟き、己の顔をトウコの顔に近付ける。唇が触れるその寸前、男はトウコがかろうじて息をしていることに気付く。それは今にも途切れそうなほど弱弱しいものだったが、確かにトウコが生きている証だった。
「まさか、そんな!・・・生きている!死んでいない!」
男は逸る気持ちを抑え、必死に治癒魔法をかけ始める。
「お願いだ!死なないでくれ!僕を、僕を1人にしないでくれ!」
男は溢れる涙をぬぐいもせず、必死に治癒をかけ続けた。


それからしばらく後。治癒が終わった男は1つ息を吐くとおもむろにフードを外し、かついでいた荷物から取り出した毛布でトウコの体を包んだ。そのまま胡坐をかいて腰を下ろした男は、己の組んだ足の上にトウコを乗せて横抱きにする。
露わになった男ははっとするほど端正な、作り物めいた顔立ちをしていた。年の頃は20代半ばだろうか。しかし、ひどく老成しているようにも、どこか達観しているようにも見え、その整った容貌も相まって人ならざるもののような雰囲気を醸し出している。長い睫毛に縁取られた瞳を愛おし気に細め、トウコの頬を撫でた男は己の唇をトウコの唇に軽く触れさせた。
「・・・助けられて本当に良かった。」
そう呟いた男は、まるで壊れ物を扱うようにトウコの体を抱かかえて立ち上がると、傍らの女神像を見上げた。トウコを見つめる瞳とは違う、憎悪に染まった瞳で女神像を睨み付け、男は憎々しげに吐き捨てる。
「お前と言う奴はいつまで・・・!」
しばらくそうして女神像を睨み付けていた男だったが、再びフードを深くかぶるとそのまま踵を返し静かに歩き出した。

フードを被ったことによって男の端正な顔立ちとともに、漆黒の髪とアメジストのような紫の瞳もまた隠された。

男との邂逅は、トウコがこの世界で孤独ではなくなった瞬間だった。しかし、己と同じ色を持つ男の存在を、トウコが知る術はなかった。
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