常世の彼方

ひろせこ

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青の章

10.不和

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 「チーム崩壊の危機だわ。」

以前、慰労会を行った店でマリーにしては珍しく口の端に煙草を咥えたまま憂鬱そうな顔と声で嘆いた。
「…あの2人あれからそんなにヤバイのか?」
マリーの言葉に慄然とした顔をしたデニスが、飲もうとしていたアルコールの入ったグラスを口から離して恐る恐る問いかけた。
「神殿から帰還して以降、寝てないのよ。あの2人。」
「お、おいそりゃあ一大事じゃないか。そりゃあれか?あの男が切れて天幕に閉じこもって以降ヤってないってことだろ?」
「あぁ、違うわよ。ヤリまくってるに決まってるじゃない。あの2人がヤらないとかこの世の終わりよ。そうじゃなくって、リョウったらヤるだけヤったらととっと自分の部屋に戻ってんのよ。あいつが自分の部屋で寝るなんてこれまで数えるくらいしかなかったのに。トウコはトウコでそのことに対して何も言わないっていうか…。」
「お、おう…。そうか。」
「表面上はまあ普通に会話もしてるんだけど、なんか違うのよねぇ…。よそよそしいというかなんというか…。」
「あれか?あの男の女に対する執着の仕方が変わったのか?」
「あら。なかなか的を射たことを言うわね。そう、そんな感じよ。前みたいに喧嘩して殺し合いしてくれた方が分かりやすくてマシだわ、これじゃあ。」
「おい。喧嘩で殺し合いってなんだそれ。」
「あの2人が切れると殺し合いに発展すんのよ。」
「なんか想像ついちまったじゃねーかよ…。おっかねぇ。」
「はぁ。原因は分かってるんだけど…どうしたもんかしら。」
「…それはあれか?こないだの突然現れた外套の奴か?」
「引き金になったのはそうだけど、それだけじゃないのよねぇ…」
「なんだ、他にもなんかあんのか?」
マリーはそれには答えず憂鬱な、しかし少し寂しそうな顔でグラスを傾けた。


遺跡護衛が終わってから3週間が経っていた。
トウコを抱えたまま殺気立って戻って来たリョウは、先に神殿の外へ逃げていた一行と合流すると、トウコの治癒をマリーに命じた。治癒が終わった後は、どこか悄然とした様子のトウコを毛布で包むとそのまままた抱え込み、その後一言も発することはなかった。
最悪な空気のまま一行は第16都市へと帰還したのだった。
無事に南門へと到着すると、リョウはどこかぼんやりしたトウコの腕を強引に引いて、さっさと歩きだしてしまい、その背中が全てを拒絶する雰囲気を発していたため、誰もが声を掛けることができず、無言で見送ることしかできなかった。
組合への報告もマリー一人で行い、組合長から「トウコにいつでも僕のところへ来るように伝えてくれ。」と絶対に伝えられない伝言を残され胃薬の量が増える結果となった。
今日はそれとなく事情が分かるデニスを店に呼び出し、この3週間のマリーの心労をデニスにぶちまけていたのだった。

「あぁ、どうせ今から帰ったってあの2人はヤってんのよ。ぎくしゃくしてる分際で!こっちはもうずっと男がいないっていうのに!なんなのよもう!」
もはやデニスがマリーの話に頷くだけの人形と化した頃、マリーが据わった目でデニス見た。
「…アナタでいいわ。この際。」
「おい、何の話だ…。」
「私の好みとはちょっと違うけど文句は言わないわ。」
「俺には文句があるぞ!。近づくな!俺が好きなのは女だ!よし!今から歓楽街へ行くぞ!男娼でもなんでも買え!俺がおごってやるから!」
「嫌よ!私はお金で買った愛じゃなくて、本当の愛が欲しいの!」
「俺とお前の間に愛があるような言い方するな!」
「何事も試してみないと分からないじゃないの。」
「試してみたくないこともある!マジでやめろ!おい!触るな!握るな!」


デニスが貞操の危機に瀕していた頃。
マリーの言葉通り、トウコの部屋のベッドの上にトウコとリョウはいた。
肌がぶつかる音に紛れてトウコの押し殺した声のみが響く部屋で、リョウは揺れるトウコの背中を見下ろしていた。
嗜虐的な中に愛おしさと寂しさが混ざった複雑な色の瞳でトウコの背中を見下ろしていたリョウは、堪えきれずにトウコが声を上げて崩れ落ちるようにうつ伏せる瞬間、リョウもまた小さく呻きながらトウコの背中に覆いかぶさると肩に噛みついた。
そのまま型が付くほど強く噛みついたリョウだったが、口を離して体を起こすと何事もなかったかのように服を着て立ち上がった。
まだ少し荒い息を吐いているトウコを静かに見下ろしたリョウは、己が付けた歯型をそっと指でなぞるとそのまま扉まで歩いていく。
「リョウ」
リョウが扉を開けた時、トウコがベッドの中から声をかけた。
振り向くことなく足を止めたリョウの背中に言葉が落ちる。
「おやすみ。」
そのままリョウは静かに扉を閉めて出て行った。

トウコがぼんやりと天井を見ながら呟く。
「一人で寝るのは慣れてると思っていたけど。独りとは違うんだな。」
トウコは体を丸めると目を閉じた。しかし、眠りはなかなか訪れなかった。


翌朝、トウコがリビングへ降りていくとマリーが頭を抱えてソファで呻いていた。
「マリー、おはよう。どうしたんだ?」
「二日酔いよ…。」
「珍しいな。誰と飲んだんだ?」
「デニスよ…。」
「…意外だな。一緒に飲むほど仲良くなったのか?」
「他に相手がいなかったのよ…。」
マリーは人当りが良く、交友関係も広いのに他に相手がいないというのはどういうことだろうと内心首を傾けながら、トウコはマリーに水の入ったグラスを手渡した。
「途中から記憶がないのよ…。不安だわ…。」
トウコがマリーに苦笑していると、リョウもリビングに降りて来た。
「酒くせぇ。マリー二日酔いか?」
「そうよ…。」
鼻で笑うと、リョウは出掛けると言って、そのままリビングを出て行こうとした。それをマリーが制する。
「あぁ…そうだわ。リョウ。それにトウコも。あんたたち忘れてると思うけど、明日は奉仕活動だからね。」
その言葉に、トウコとリョウが同時に顔を顰める。

奉仕活動。
それは主に力を生業とする組合員に課せられた義務である。年に1回、決められた日に一斉に行われる。スラムでの炊き出しや、街の清掃、農作業など様々な活動が組合員に割り当てられ、それを組合員は無報酬で行うのだ。
弱者救済の目的で発注される買い物や掃除などの仕事を請け負っている組合員は、一般市民からも認知されて受け入れられているが、そうでない組合員は市民からすれば暴力的な見た目も相まって恐れられ、忌避されていることが多い。
奉仕活動には、普段は絶対に受注しない仕事を奉仕活動として行わせ、市民からの悪感情を少しでも払拭させようという狙いがあった。
奉仕活動を拒否することはできない。
組合本部も奉仕活動日に被る仕事の発注は控える。護衛などの中長期に渡る仕事の場合、どうしても奉仕活動日と被ってしまうことがあるが、その場合は別の日に奉仕活動が割り当てられる。
奉仕活動を故意に行わなかったことが発覚した場合は、1年間の仕事の受注禁止という重いペナルティが課せられるため、奉仕活動はトウコらのような組合員にとって最もやりたくない、しかし絶対に断れない仕事なのであった。

顔を顰めたままトウコトリョウが呻く。
「忘れてた…。面倒だな。」
「もうそんな時期かよ。行きたくねぇ。」
「ダメよ。今年は孤児院よ。」
「ガキの相手かよ。マジで行く気がなくなった…。」
「去年と同じで掃除が良かったな。」
「何言ってるのよ。蜘蛛だのムカデだの出て怖がってたじゃない。」
「言うな…忘れてた…。孤児院でいい…。」
「孤児院だろ?蜘蛛もムカデも出そうだな。」
「…。」
「リョウやめなさいよ。トウコが明日本気で来なかったらどうするのよ。」

リョウはそれには返事をすることなく右手を上げると出て行った。
その背を見送ったトウコはコーヒーを淹れるために台所へと向かう。マリーはそんなトウコを見つめると、静かに口を開いた。
「トウコ、いい加減仲直りしないさいよ。」
「別に喧嘩してるわけじゃないさ。」
「じゃあ、何なのよ。」 
トウコは何も答えずコーヒーを淹れている。
「あんたのそういうところがリョウをイラつかせるのよ。自分には関係ないみたいな態度。」
「お説教か?」
「お説教よ。でも続きはまた今度ね。今日は頭が痛いから…。宿題よ。いいわね、私が言ったことちゃんと考えなさいよ。今度答え合わせするから。」

トウコはマリーに背を向けたまま何も言わなかった。

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