常世の彼方

ひろせこ

文字の大きさ
50 / 100
紫の章

02.娼婦のルリ

しおりを挟む
 組合長室に呼ばれてから4日後、南0都市への出発が明日となったこの日。
昼を少し回った時刻に、トウコは1人家を出て4区にある歓楽街へと向かっていた。
歓楽街へは歩いて1時間ほどかかるが今日も乗合馬車には乗れないだろうと考え、トウコはのんびり歩いて歓楽街へと向かっている。
今日は孤児院で出会った少女、娼婦のルリと会う約束をしていた。
トウコたちが砦に向かってすぐ、ルリは孤児院を出て高級娼館へと入った。南0都市へと向かうことが決まったため、1か月以上は会えなくなることを考えその前にお茶の約束を果たすことにしたのだ。

歩くこと1時間少々。
徐々にいかがわしい店が増え、4区の住宅エリアや3区の商業エリアではあまり見かけない色無しもちらほら見かけるようになってきた。
娼婦や男娼と思われる色無しの意味ありげな視線を受け流しながらトウコはそのまま歓楽街を進み、立派な店構えの店に入った。

「お?ようトウコ。久しぶりだな。」
店に入るとすぐに声が掛けられた。声の方を見ると、こげ茶の髪を坊主にした黄味がかった瞳の逞しい体つきの男が、こん棒を持って椅子に座っていた。
「イワンか。まだこの店にたんだな。」
この店の用心棒―イワンが笑いながら答える。
「他に行くとこなんざねーよ。それよりもトウコ、今日はなんの用事だよ。やっとここで働く気になったのか?」
「ここに新しい娘が入っただろう?ルリっていう子だ。あの子とはちょっとした知り合いなのさ。」
「なんでぇ。つまんねぇな。お前なら女王様として売れっ子になるぞ。変態どもを痛めつけて喜ばせてやれよ。」
「色無しに痛めつけられて喜ぶ奴がいるのか?」
「吐いて捨てるほどいるさ!お前を囲ってるあのイカれ野郎も変態だろ?」
「変態には違いないな。」
トウコが苦笑しながら頷いた時、艶気を含んだ声が掛けられた。
「トウコ、よく来たわね。お久しぶり。」

艶やかな漆黒の髪を腰まで伸ばし、切れ長の黒の目の下に泣きぼくろがある妖艶な女が微笑んでトウコを見ていた。胸元が大きく開き、太ももまで大きくスリットの入った丈の長い真っ白なドレスを着ており、豊満な胸と肉感的な太ももが覗いている。
「ああ、アイシャ。久しぶり。今日もまた一段と綺麗だな。」
アイシャと呼ばれた女が妖艶に微笑む。
「ふふ。ありがと。」
この店のオーナー兼娼婦で、色無しでありながら歓楽街で高級娼館を経営している。都市や軍の高官の愛人でもあり、この歓楽街で色無しのまとめ役のようなこともしている年齢不詳の女だ。トウコが第16都市へ流れ着いてからずっと変わらない容姿をしている。
「今日はルリと出掛けるのでしょう?トウコが来たことは伝えてあるからもうすぐ来ると思うわ。」
「そうか。ありがとう。」
「トウコもいつでもうちのお店に来てくれていいのよ。歓迎するわ。」
「世話になることは当分なさそうだ。」
「残念だわ。今度リョウにうちの店に来るように言って頂戴。」
「この店の色無しはみんな手ごわいからな。リョウが骨抜きになりそうだ。特にアイシャが相手するのはやめてくれよ。」
トウコが苦笑しながら言うと、アイシャは真っ赤な唇で楽しそうに笑った。笑い声さえ艶めかしく、そのことにトウコが内心恐ろしく感じていると、ルリがやって来た。

「トウコさん!」
ルリは孤児院で出会った時と変わらず凛とした美しさをしていたが、以前会った時よりもさらに綺麗になったような気がした。
ルリはトウコの手を取ると、「行きましょう。」と微笑んだ。
「ああ。じゃあアイシャ、少しの間ルリを借りるよ。」
「アイシャ姐さん、行ってきます。」
「ええ。行ってらっしゃい。ルリのことをよろしく頼むわ。」
ルリに手を引かれながらトウコが店を出ようとした時、イワンが声を掛けてきた。
「お、そうだトウコ。マリーに今度一発ヤろうって伝えておいてくれよ。」
その言葉にトウコは苦笑する。
「お前、マリーをこっぴどく振っただろう。あの時のマリーを宥めるの大変だったんだぞ。ヨリを戻したいんだったら自分から会いに行け。」
「あのデカいハンマーで頭カチ割られそうだな!」
イワンの豪快な笑い声を聞きながらトウコは店を出た。

トウコとルリは歓楽街にある1件の店に入った。
歓楽街は色無しも少なくないため、入店を断られることはあまりない。この店も何人かの色無しの客がいた。
テーブルに着き、注文を済ませるとさっそくルリが話し始めた。
「トウコさん、お店のこと知ってたのね。」
「ああ、もしかしたらルリが買われた店はそうかなとも思ったんだが、違う可能性もあったから言わなかった。」
「トウコさんったら、私のこと今まで見た色無しの中で一番綺麗だとか嘘じゃない。お店にいる色無しの姐さんたちみんな美人でびっくりしたのよ。本当に色無しって化け物だわ。」
化け物と言う言葉にトウコは声を上げて笑う。
「化け物か。確かにそうだ。私なんか色無しの中じゃ不美人の類だ。でも、ルリを一番綺麗だと言ったのは本当さ。ルリは内面まで綺麗だからね。アイシャは飛び抜けて美人だが内面は恐ろしくて見たくない。」
今度はルリがトウコの言葉に可笑しそうに笑った。
「ふふ。トウコさん、ありがとう。でもトウコさんも綺麗よ。この間会った時よりもずっと綺麗になったわ。」
「そうか?」
「ええ。トウコさん今幸せでしょう?」
「…そうだな。幸せだ。」
ルリは嬉しそうに微笑むと、「そうだわ。」と言い1枚の紙をトウコに渡した。
トウコはそれを見て少し目を瞠った。
「これは…見事だな。これルリが描いたのか?」
それは1枚の絵だった。
「ええそうよ。上手でしょう?お客さんにも書いてあげると喜ばれるのよ。それ、トウコさんにあげるわ。」
トウコとリョウが木立の中、木漏れ日を浴びて手を繋いで歩いている絵を見ながらトウコが呟く。
「あの時の私とリョウは、ルリの目にはこんな風に映っていたんだな。」
「そうよ。2人とも寂しそうでしょう?」
絵は2人を後ろから描いているため、表情は見えない。しかし、絵の中の2人の背中からはどことなく寂しさと孤独をトウコに感じさせた。
「そうだな…。」
「でも今は違うのでしょう?ねえ、今度、その人…リョウさんって言うのかしら。リョウさんと3人でお茶しましょう。新しい絵を描くからその時にまた贈らせてほしいの。」
トウコは微笑んで頷いた。
「ああ、楽しみだ。」

その後2人はとりとめもなく会話を楽しんだ。
トウコが明日から南0都市へ行くことを伝えると、ルリは目を輝かせて本で読んだという南0都市の景色を語った。足が8本と10本ある生き物が怖くて仕方ないので、本当は行きたくないという話をすると、ルリは涙を流しながら笑っていた。
自分も海を見てみたいというルリに、土産を買って帰ることを約束すると、ルリは満面の笑みを浮かべて喜んだ。

その後、トウコはルリを店まで送った。
「トウコさん、お土産楽しみにしているわ。次に会うときはリョウさんも一緒よ。」
ルリが小さく手を振り、またトウコも手を振って2人は別れた。


その夜、部屋で寛いでいたトウコの元に、いつものようにリョウがやってきた。
シャワーを浴びたばかりのようで、上半身裸で髪を拭きながら部屋に入ってくると、ベッドに寝転がっているトウコの横に腰掛ける。
「アイシャの店に行ったんだろ?相変わらず化け物だったか?」
リョウの問いにトウコが笑いながら、今度店に来いと言っていたことを伝えると、リョウは顔を盛大に顰め、「絶対に行きたくねぇ。骨までしゃぶられる。」と言い、トウコをまた笑わせた。
リョウがトウコの黒髪を耳にかけ、顔を寄せて耳に舌を這わせる。
その感触に身を少し捩らせながら、トウコはリョウを押し止めて1枚の絵を渡した。
押し止められたことに少し不愉快そうに眉を顰めたリョウだったが、渡された絵を見ると感嘆の声を出した。
「へえ。巧いな。」
「だろう?」
「これ、この間の孤児院か?」
「うん。ルリが描いてくれたんだ。」
「…寂しそうだな。」
「リョウもそう見えるか?」
「ああ。」
「南0都市から帰ってきたら、今度はリョウと3人でお茶しようって言ってたぞ。」
リョウが眉を上げる。
「俺も?」
「うん。今の私とリョウは寂しくないだろうから、それを今度は描かせてくれって。」
「…そうか。そのルリって子、末恐ろしいな。アイシャの店だろ?有名娼婦になるのは間違いないな。」
リョウの言葉にトウコは少し笑って頷いた。
「ああ。私もそう思う。」

リョウの顔が近づいてきて、またトウコの耳にリョウの唇が触れる。リョウがトウコの耳朶を優しく咬み、少し口を離すと囁いた。
「楽しみだな。新しい俺たちの絵。」
「うん。」

トウコは嬉しそうに微笑んで、リョウの髪に手を絡ませた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...