常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

03.羽虫

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 南0都市へと向かう日の朝。
トウコたち3人は南門にいた。
遺跡調査と遺跡護衛の時は荷物持ちのヨシが、前回は軍が必要なものは全て支給するということで身軽だった3人だったが、今回は3人とも少し大きめのバックパックを背負っていた。
南0都市の道中に必要なものは軍が用意するということだったので必要ないが、都市に到着後滞在に必要なものを各自用意したためだ。
特にマリーの荷物は大きく、リョウが「お前それ何入ってんだよ。」と呆れたように聞くと、「乙女は荷物が多いのよ。お着替えにお化粧品、色々あるの。」と返ってきた。
次いで、ニヤニヤしながらトウコを見ると、一番荷物が小さいトウコは目を逸らしていた。

3人が南門に止まっていた軍のものと思われる2台の人員輸送車に近づくと、すぐにその中の1台から立派な体格をBDUに包んだ男が降りて、こちらに近寄って来た。
「破壊屋の皆さん、おはようございます。私はソウマ、階級は軍曹です。南0都市までみなさんとご一緒する分隊の分隊長をやっています。今日からよろしくお願いします。」
30代前半で少し茶色がかった金髪を刈り込んだ、青い瞳が綺麗な男―ソウマがそう声を掛けてきた。
「こちらこそよろしくお願いするわね。本当にごめんなさいね。お邪魔しちゃって。…ところであなた、こないだ砦から帰るときに一緒だったわよね?」
マリーの言葉にソウマが頷く。
「覚えてくださっていましたか。そうです。皆さんを第16都市までお送りしたのが私の分隊でした。あの砦には正規で詰めている兵とそうでない兵がいるのです。私たちは後者でして、別の任務であそこにいたのです。任務が終わって都市に帰還するタイミングが皆さんと一緒だったのです。」
「あらそうなのね。少しでも知っている人たちと一緒なのは心強いわ。」
「そうですね。私の分隊にはおりませんが、その…トウコさんを快く思わない兵もおりますので、なるべく私たちと一緒に行動してくださると助かります。」
その言葉にトウコが肩をすくめて答える。
「ああ、分かった。迷惑かけないようにするよ。またよろしく頼む。」
「ありがとうございます。では行きましょうか。」

すっかりおなじみとなった人員輸送車のバックドアから荷室に入ると、左右に据えられたロングシートの左側に3人の兵が座っていた。
「私の分隊は10人で構成されています。残りは向こうの1台に乗っているので、あとで紹介しますね。皆さんはそちらにお座りください。」
右側のシート示され、トウコ・リョウ・マリーの順に乗り込んだ。
最後にソウマが乗り込んでバックドアを閉めると、すぐに人員輸送車は動き出した。ソウマから先に乗っていた兵3名を紹介され、トウコたちも挨拶するとリョウが渋い顔をしながら口を開いた。
「なあ。俺たちはただの組合員だ。そんなに丁寧な口調で話されると落ち着かねぇ。」
「私もそう思っていたわ。私たちは今回お邪魔しちゃった立場なんだから、もっとくだけたというか、横柄な態度でも十分なくらいだわ。」
そう言ったリョウソウマリーに対してソウマはとんでもないと手を振る。
「皆さんはこの間、わが軍のために尽力してくださった方たちです。それに、皆さんはアーチボルト中将と第4都市の大佐とも懇意にされているとお聞きしています。ですので、上官からもくれぐれも失礼のないようにと言われております。」
その言葉にリョウが盛大に顔を顰めて、マリーが遠い目をして予想通りねと呟いた。
恐らく事情を知っているのであろうソウマが2人の様子を見て少し苦笑する。
「南0都市までは6日間かかる予定です。ご一緒する間に砕けた口調になることもあるかもしれません。」
「ああ…早いことそうなってくれ。」
リョウの疲れたような言葉に、ソウマと他の兵士たちも小さく笑った。

都市を出発して15分ほどが経った頃、南0都市へ犯罪奴隷を移送する本隊との合流地点に到着した。
そこで1度車両を降りた3人は、トウコたちが乗っていた車両を運転していた兵と、もう1台に乗っていたソウマの分隊の残りの兵士5名を紹介された。
その時、1台の護送車らしき魔道車がやってきてトウコたちの近くに止まった。それを見たソウマが少し不審そうな顔をする。
「おかしいですね。移送する犯罪奴隷は既に軍の護送車に乗せられているはずなのですが…。あの護送車は都市のものですね。」
様子を窺っていると、護送車の中から都市の職員の制服を着た男が2人降り、複数の兵士がその職員に走り寄っている。しばらく押し問答を続けていた様子だったが、どうやら話がついたらしく、兵士の1人がどこかへ走り去っていった。
「ちょっと様子を見てきます。」
そういってソウマが護送車の方へ歩いていき、残っていた兵士に話を聞いている。
そうこうしているうちに、走り去った兵士が複数の兵士を連れて戻って来た。兵士たちが護送車の後部に展開し、都市の職員らしき男が護送車のバックドアを開いた。
次々と手枷と足枷を付けた薄汚れた男たちが降りてきて、展開している兵士たちの前に座り込んでいく。

ソウマが戻ってきて説明してくれたところによると、移送する犯罪奴隷の追加が都市から送られてきたそうだ。
軍は移送のための護送車を用意しているが、もちろんそれは当初都市から依頼された犯罪奴隷の人数のみを考慮している。そのため当日、しかも出発間際に追加されても護送車の定員を超えるため無理だと拒否したのだが、都市側に押し切られてしまったらしい。
これから追加で軍の護送車が1台来るため、それまで出発は見合わせになると、ソウマは申し訳なさそうに3人に謝罪した。
ソウマが悪いわけでも、特に急いでいるわけでもなく、片道6日かかる日程で多少遅れた程度は問題ない旨をマリーが伝え、3人はその場でのんびりと待つことにした。

人当りの良いマリーがソウマやその部下の兵士たちと雑談している間、トウコとリョウは乗って来た車両にもたれ掛かって煙草を吸っていた。
トウコがぼうっと煙草の煙を目で追っていると、犯罪奴隷の集団の方から野次が飛んできた。
「おい。あそこに色無しの女がいるぞ。兵士相手の娼婦か?」
「いい身体してんじゃねーか。俺たちも相手にしてくれよ。」
騒ぎ出した犯罪奴隷たちを囲んでいた兵士たちが静止するも、奴隷たちは騒ぎ続けた。
騒ぐだけで特に暴れるわけでもないため、囲んでいる兵士たちも真剣には動こうとせず、騒ぎの原因を作ったトウコの方を少し忌々しそうに見ている兵士もいる。
それを黙ってみていたトウコが煙草の煙を細く吐き出すと、ソウマに話かけた。
「なあ、ソウマさん。あの犯罪奴隷たちは多少傷つけても問題ないのか?」
「は?あ、ええ、まあ。移送中に暴れたりした場合は、兵士が取り押さえますし、大人しくしない場合には痛めつける場合もあります。」
「死ぬのは問題だな?」
「それは…多少問題に…。」
「分かった。」
そう言ったトウコは、吸っていた煙草をリョウの口に咥えさせると未だ騒いでいる犯罪奴隷の方へと歩いて行った。
「あら。久しぶりにトウコのあれが見られるかしら。」
「そうだなぁ、アイツ最近大人しくしてたからなぁ。」
マリーの言葉にリョウが煙草を咥えたままのんびりと答える。
そんな2人にソウマが少し焦った様子で話しかける。
「あ、あのトウコさんは一体。」
「痛めつけるのはいいんだろ?じゃあ大丈夫だ。」
リョウがそう答え、ソウマは困った様子でリョウとトウコを交互に見ている。

トウコが近づいたことで、犯罪奴隷たちが更に騒ぎ出す。
「お!相手してくれんのか!俺から先に頼むぜ!もうずっと女抱いてねーんだ。」
「お前ずるいぞ!俺だって溜まってんだ!おい色無し!俺も頼むぞ!」
トウコは歩きながら1人の犯罪奴隷を見据えて話しかける。
「まずは誰が私の相手をしてくれるって?お前か?」
話しかけられた男がニヤニヤと答える。
「おう!俺から頼むぜ!この通りだから、お前は跨って腰振ってくれりゃいいからよ!」
手枷と足枷をトウコに見せつけるようにしながら男が答え、トウコはその男の眼前まで歩いて行くと男を見下ろしながら妖艶に微笑んだ。
「私を満足させてくれよ?」
微笑んだままトウコが男の顎を蹴り上げる。
「がっ」
トウコの軍用ブーツのつま先が男の顎にめり込み、蹴り上げられた男が血と折れた歯をまき散らしながら体をのけ反らせて呻く。そのままトウコが蹴り上げた足の靴底を男の顔面に叩きこむと、男は仰向けになって地面に倒れた。トウコの靴と地面に挟まれた男の顔から、鼻が折れる鈍い音がする。
白目を剥いて動かなくなった男をトウコが見下ろす。
「おい、どうした?私はまだ満足していないぞ。もういったのか?仕方がない奴だな。次だ。」

そう言ったトウコは男の顔を踏みつけたまま、隣にいた男に目をやる。
「次はお前だな。頼むぞ?」
ひっと呻いた男に構うことなく、男の顔を踏みつけていた足を振り上げ、隣の男の後頭部に踵を振り下ろした。男の顔面が地面と激突し、また歯と血が飛び散るも、トウコはそのまま呻く男の後頭部を踏みつけた。
「いくのが早いな。威勢がいいのは口だけか?色無しの女1人満足させられないとは、だらしがない。私をがっかりさせないでくれ。次はどいつだ。」
トウコが男の頭を踏みつけたまま周りを見渡すも、犯罪奴隷たちは顔を引き攣らせてトウコから少しでも離れようと身じろぎする。
周りの兵士たちも突然の出来事に唖然としていたが、トウコの言葉に皆少し後ずさる。
トウコに頭を踏みつけられている男の横にいた1人の股間が黒く染まる。それを見たトウコがまた妖艶に微笑んだ。
「私を見ただけでいくとはいい子だな。ご褒美だ。」
そう言ったトウコはその男の顎も蹴り上げると、妖艶な笑みを浮かべたまま周囲を見渡す。
「いつでも相手してやるぞ。大歓迎だ。」
そう言い捨てたトウコは踵を返して、リョウたちの方へと歩き出した。

それを見ていたソウマが呟く。
「あ、あの。トウコさんって静かで大人しい方だと思っていました。その、あまりお話になりませんし…。それに、その…砦から帰還する時も兵士からああいった野次が飛ぶのを見た記憶があるのですが、その時は別段気にした素振りをしていらっしゃらなかったように…」
その言葉にリョウが鼻で笑う。
「そりゃ兵士相手に暴れられるわけないだろ。今日は十分大人しい方だぞ、あれ。」
「あの子、別にキレてるわけじゃないのよ?羽虫が顔の周りでぶんぶん飛び回っていたら鬱陶しいでしょう?それを手で払ってる感覚よ、あれでも。」
「追い払うにも相手を選んでんだよ。鬱陶しい奴が仕事相手だと大人しくしてるからな。」
リョウとマリーの言葉に、ソウマと仲間の兵士たちが唖然とする。
「羽虫を、手で、払う…?」
マリーがそれには構わず楽しそうに笑う。
「久しぶりねぇ、トウコの女王様バージョン。でも今日はちょっと地味だったわね。」

戻って来たトウコの腰をリョウが抱いて引き寄せる。
「最初のあいつ、顎砕いたのか?」
「いや、砕いてない。3人とも鼻が折れた程度だ。」
「珍しく優しいな。」
リョウに咥えさせた煙草のほとんどが灰になっているのを見たトウコが少し悲しそうな顔をして、新しく煙草に火をつける。
「あいつら鉱山に送られるんだろう?腕や足が使い物にならなくなったら困るじゃないか。それに…。」
「それに?」
トウコが未だに恐怖に引き攣った顔でこちらを見ている兵士たちを一瞥する。
「兵士たちが見てるからな。今回は少し大人しくしといた。」
その言葉にリョウが大笑いする。
「お前、全員ドン引きだぞ。」
「そうか、それなら今日から6日間快適だな。ソウマさんに迷惑かけることもない。良いこと尽くめだ。」

トウコが満面の笑みを見せ、リョウがけらけらと笑い、ソウマたちが顔を引き攣らせた。
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