常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

04.腕相撲

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都市を出発して既に3日が経った。
今日もまた輸送車のロングシートに座って移動を続けている中、トウコが向かいに座る兵たちの持つ、魔導式小銃を見つめながらに口を開いた。
「なあ、リョウ。軍の武器って基本的に魔導銃なのか?」
その問いに、リョウが嫌そうな顔をする。
「お前な、目の前に本職の方々がいるんだから、そっちに聞けよ。俺に聞くな。」
トウコが苦笑し、「悪い。」と言うと、ソウマが笑いを含んだ声でトウコの問いに答える。
「私よりもリョウさんの方がお詳しいかもしれませんけどね。トウコさんのおっしゃる通り、兵士の武器は魔導式の小銃と拳銃ですね。」
更にソウマが説明してくれたところによると、軍の高官は魔力の高いものが多いが、そうではない一般兵の場合は魔力はさほど高くない。そのため、軍では戦力の均等化を図るために誰でも使える身体強化と、個人の特性から治癒または攻撃魔法のいずれかを入隊後に覚えさせられる。
携行する武器も部隊によって異なる場合もあるが、基本的には魔道式の小銃と拳銃である。

「へえ。じゃあ、軍に魔導士はいないのか?」
トウコの更なる問いにソウマが「いますよ。」と答え、トウコの左斜め前に座っている30代前半の、他の兵に比べると少し線の細い男が「僕がそうですよ。」と手を上げた。
続けてソウマが、高魔力で魔導士の適正があると判断された者は魔導士部隊に配属になると教えてくれた。

「組合員の皆さんが個々人の能力で戦うのに対して、私たち軍隊は数で戦うという感じでしょうか。もちろん短剣やこん棒、格闘術などの教練もありますよ。全ての教練を受けて適性のあったものを本格的に訓練します。」
「面白いな。それならソウマさんや他の人たちも何かしら魔法が使えて、魔導銃以外の戦闘術を持っているわけだ。」
ソウマが頷く。
「ええ、私は兵士全員が覚える身体強化と治癒魔法、それに格闘術ですね。治癒魔法を選択する兵士は多いです。」
そこで、トウコの向かいに座っている50代前半の髪を短く刈り込んだ壮年の兵士が割り込んできた。
「俺も身体強化と治癒魔法、それに短剣だな。俺はてっきり嬢ちゃんは魔導士だと思ってたよ。色無しだけど魔力がたけえって聞いてたし、武器らしきものをなぁんにも持ってないからな。」

ソウマの部下の兵士たちは、最初の頃はトウコたち3人に対してどこか遠慮のある態度だったが次第に打ち解けてきて、3日も経った今では気軽に話すようになっていた。
言葉遣いも丁寧なものから徐々に砕けるようになり、最初はそれを叱責していたソウマだったが、3人が気にしていないこと、何よりも砕けてもらった方が気が楽だとマリーが再三言い続けた結果、今では何も言わなくなった。

「私は無駄に魔力はあるんだが、生憎身体強化以外は使えないんだ。」
今度は別の兵士が笑いながら口を挟んだ。
「初日のアレを見せられてなかったら、とてもじゃないが信じられなかったな!」
その言葉にソウマを含めた兵士全員が笑い声をあげる。
一同の笑いが収まったところで、ソウマが何かに気付いたように「そうだ。」と呟き、次いで3人に質問をした。
「マリーさん、リョウさん、トウコさんで腕相撲をしたら誰が一番強いのですか?あ、皆さん全員が身体強化をする前提です。」
その問いに全員が即答する。
「トウコね。」
「トウコだな。」
「私だ。」
ソウマを含めた兵士たちが驚きの声を上げる。
「えっ!そうなのですか?あ、いえ疑っているわけじゃないというかその…」
トウコがソウマを見てニヤリとする。
「それなら、今夜にでも腕相撲するかい?」
「あらいいわね。夜って何もすることないから暇だし、久しぶりに腕相撲も楽しそうね。たまに飲みに行った時に組合員で即席腕相撲大会するんだけど、盛り上がるわよ。」
ソウマが満面の笑みでそれに頷く。
「私たちもたまにやりますよ。是非やりましょう。」

その言葉を聞いた他の兵士たちが少しそわそわし始める。
それを見たソウマが苦笑しながら、「残留組のお楽しみだ。気にするな。」と声を掛け、その様子を見ていたマリーとリョウが「ああ。」と納得した様子を見せる。
トウコは少し不思議そうにしていたが、すぐに気づいたようで言葉を発した。
「売春村か。」
その言葉にソウマと他の兵士たちがぎょっとした顔をし、マリーが顔を顰める。
「アンタ、黙っててあげなさいよ。」
リョウもまた「だからお前は可愛げがないんだよ。」と、トウコの頭を乱暴に撫でながら窘める。
トウコが苦笑し、「悪い。でも別に気にせず行ったらいいじゃないか。」と言うと、マリーが「そういう問題じゃないでしょ。まったく。」とぼやいた。

売春村とは、第16都市と死の森の間に組合員の休憩を目的とした集落があったように、都市と都市の間にも同じような集落は存在する。その集落の中で主に売春に特化した集落を指して俗に売春村と呼ばれていた。

「ご存知でしたか。」
ソウマの苦笑するような言葉に、マリーが答える。
「そりゃ知ってるわよ、当然。組合員だって売春村のお得意様だし、私たちも商隊の護衛で立ち寄ることもあるわ。ごめんなさいね、この子デリカシーがなくって。」
「今夜は売春村の近くで野営なのです。ですので、兵士の慰労もかねて約半数はそちらに行きます。その、申し訳ありません。」
申し訳なさそうにするソウマを尻目にリョウがトウコの腰を引き寄せながら言う。
「トウコ、俺たちも売春村行こうぜ。もう3日ヤってないんだし、売春村で宿取ろう、そうしよう。」
「アンタたちまで行ってどうすんのよ。ここには仕事で来てんのよ!」
「じゃあ、マリーが売春宿に行けよ。俺とトウコが残るから。それで丸く収まる。」
「収まらないわよ!結局私がいない天幕でヤる気じゃないのよ!おバカ!」
マリーの言葉を無視してトウコの腰を撫でるリョウを押し退けながらトウコが言う。
「私は行かないぞ。行きたいならリョウ一人で行け。私が行ったら腕相撲大会はどうなるんだ。」
その言葉にリョウが少し意外そうに、そして呆れた調子で言った。
「おい…お前、腕相撲やる気になってやがるな?」
トウコは何も言わなかったが、少し恥ずかしそうに目を逸らした。

3日目の野営地点に着いた一行は、そのまま売春村へと向かう兵士らを羨ましそうに見送った残留組の兵とともに、天幕を張った。
夕飯を済ませるといい笑顔をしたソウマが残った部下の兵士5名とともに、木箱を持ってトウコらのところへやってきた。
「早速やりましょう。因みに、トウコさんの次にお強いのはマリーさんですか?」
その問いにマリーが「リョウよ。」と答えると、ソウマたちがまた意外そうな顔をする。
「トウコほどじゃないが、俺も身体強化は得意なんだよ。逆にマリーは苦手だからな。おい、マリー先にお前がやれよ。」
「ふふ。良いわよ。」

木箱を挟んでマリーとソウマの部下の1人が座り、お互いの手を握って組んだ。ソウマの合図と同時に、ソウマの部下の手の甲が木箱についた。
「はっ?えっ?」
「ほほほ。身体強化が苦手だってこの美しい筋肉があれば私だっていけるのよ!」
次々とマリーがソウマの部下たちを瞬殺し、ソウマが少しいい勝負をしたがマリーが野太い声を出した時にはソウマの手の甲もまた木箱についた。
その頃には他の分隊の兵たちも周囲に集まりだしていた。

ソウマが爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「これでも少し自信があったのですけどね。全然ダメでした。リョウさん、少し見せてもらってもいいですか?」
ソウマの言葉にマリーもまたリョウに声をかける。
「久しぶりにやりましょう、リョウ。」
リョウがニヤニヤしながらマリーの向かいに座って組み合うと、ソウマが開始の号令を出した。
マリーのように筋骨隆々の肉体美を誇る体ではないが、リョウももちろん鍛え上げられた体をしている。それでも、これまでマリーが瞬殺してきた兵士と同じような体格のため、周囲に集まっていた兵士たちはリョウもまたマリーに負けると思われていた。
しかし、予想に反してがっちりと組み合った2人の腕は動かない。
また、マリーは少し苦しげな表情をしており、それと反対にリョウは余裕の笑みを浮かべている。
その結果に周囲から少しどよめきが上がった。

「おいマリー、強化してねーだろ。使わないのか?」
リョウが挑発するような口調で言い、それに少し悔しそうな表情を浮かべたマリーだったが、どうやらマリーも強化したらしくマリーの腕がリョウの腕を押し始めた。
周囲の歓声が大きくなり、リョウの甲があとわずかで木箱につくというところでリョウが不敵な笑みを浮かべた瞬間、マリーの腕を木箱に叩きつけた。
「んもう!悔しい!いつか勝ってやるんだから!」
これまでで一番大きなどよめきが周囲から上がる中、マリーが悔しがる。
「凄いですね。私も身体強化は使いますが、ここまで強化できるものだとは思いませんでした。」
ソウマが少し興奮を滲ませながら言い、次いでトウコを見て言葉を続けた。
「じゃあ、トウコさんいいですか?リョウさんとお願いします。」
リョウがその言葉に嫌そうに顔を顰める。
「トウコ、お前俺の腕折るなよ…。」
「私が治癒してあげるから、トウコ全力でいっちゃいなさい!」

リョウの向かいにトウコが不敵な笑みを浮かべて座ると、これまでで一番のどよめきが周囲から上がる。しかしこれまでのどよめきとは違い、少し嘲るような雰囲気も混じっていた。
2人が手を組み、ソウマが開始の合図を出す。
マリーとリョウの時と同様に2人の腕は組みあったまま動かない。それを見た周囲が野次を飛ばす。
「自分の女だからって手ぇ抜いてんじゃねーぞ!」
騒ぐ周囲には構うことなくトウコとリョウは見つめ合ったまま組み続けている。よく見ると、2人の腕は小刻みに震えており、力が拮抗していることが分かる。
そのまま幾ばくかの時間が過ぎた頃、トウコがにやりと笑うと均衡が崩れ、リョウの腕がじわりと木箱に近付く。
「…くっそ。」
リョウが歯を食いしばって呻くとまた、2人の腕が中央に戻った。しかし、次の瞬間にはリョウの腕が木箱に叩きつけられた。
「あぁ、くそっ!いてぇ!!」
リョウが叩きつけられた手を振りながら叫ぶ。
「思いっきり握りしめやがって!骨が砕けるかと思ったぞ!」
「私だって痛いさ。でもまた私の勝ちだな。全勝だ。」

そこからはトウコとリョウの八百長だと罵倒する兵を次々にトウコが瞬殺していき、トウコの実力が本当だと分かると、俺も俺もと挑戦してくる兵を全てトウコは相手にし、そして全員に勝った。
最終的に身体強化無しの腕相撲大会へと移行し、トウコはあっさりと1人目で負けた。リョウも3人目で負け、マリーが優勝して夜空にマリーの高笑いが響いた。
ずっと胡乱気な目で見ていた兵たちも腕相撲の後にはトウコに楽しそうに話し掛け、トウコもまた楽しそうに笑い声を上げていた。


その日の深夜、魔物の襲撃があった。
兵士の半数が出払っていたこともあり、トウコとリョウが見張りに出ていた。炊かれていた篝火の1つが倒れ、銃声と兵士の絶叫が響き渡る。
倒れた篝火の炎の中に、ライオンとヤギの頭に蛇の尾を持った魔物が兵士を喰っている姿が浮かび上がった。
また別の場所で銃声が響き、犯罪奴隷を収容した護送車が倒されるのが見えた。そこにもまた同様の魔物が1匹おり、護送車の檻を壊して中の奴隷を喰おうとしている。
「キメイラか。なんでこんなとこに。」
「しかも2匹。最悪だな。早く倒さないと被害が広がる。」
死の森の中層に生息している強力な魔物で、深夜に襲われたことに加えて半数以上の兵が出払っている軍の手に負えるとは思えない魔物だった。
天幕から出てきたマリーに、「俺とトウコが行く!マリーはソウマたちを守れ!」と言い捨て、リョウが1匹のキメイラに向かって駆け出す。
トウコは既にもう1匹に向かって駆け出していた。

トウコとリョウの手によってキメイラは倒されたが、結局この日の襲撃で兵士5名と奴隷8名が死んだ。
護送車が壊されてしまったこともあり、複数の奴隷が逃げたようで兵たちがその対応で追われている中、トウコとリョウは死んだ兵士が収容された死体袋を見ていた。

トウコが「リョウ。」と、ぽつりと呟いた。
「これまで色んな奴が死んでいくのを見てきた。見知った顔の組合員がいつの間にか見なくなるなんて日常茶飯事だ。今日みたいに腕相撲をした翌日に死んだなんてこともあった。でも私は別段悲しくもなんともなかった。そういうもんだと思ってたからね。」
「そうだな。俺も悲しいと思ったことはないな。」
「…でも、何でだろうな。今日は悲しい。こんな気分になるんだったら、周囲と関わらない方がマシだって思ってしまう。」
「んなこと言ったらルリが悲しむぞ。」
リョウはトウコの頭に手を置いて言葉を続けた。
「多分、俺は誰が死んでももう悲しいとは思わない。もしお前が誰かに殺されたなら殺した相手を憎んで、そいつを殺して俺も死ぬだけだ。だから、悲しめるお前は悲しんでやれ。」
「…お前結構酷いな。私に押し付けるなよ。」
トウコの少し拗ねたような声に、リョウが苦笑しながらトウコの頭を撫でる。

その時、2人の後ろの魔導車の陰から、死んだ兵士から奪ったのであろう魔導小銃を構えた1人の男が飛び出して来た。
「死ね!このクソアマ!」
リョウが振り向きざまに投げた投げナイフが、鼻が折れて潰れている男の顔面と喉に突き刺さる。
男―初日にトウコに鼻を折られた奴隷の1人が地面に仰向けに倒れそのまま息絶えた。
トウコは男を振り返ることなく死体袋を見つめていた。

「死ねばいい奴が生き残って、死ななくていい人間ほどあっさり死ぬな。」
「死ねばいい奴も今あっさり死んだけどな。」

トウコは小さく微笑んだ。
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