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紫の章
05.南0都市
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「あっついなー」
都市を出発して5日目。
予定通り明日には南0都市へと到着する予定だ。南へ進むにつれて徐々に気温が高くなり、荷室の窓からは生暖かい風が吹き込んでくる。
リョウはタクティカルベストを早々に脱ぎ捨ており、黒のTシャツの袖をまくりながら、暑さにうんざりした顔をしている。
「お前らよくそれ来て平気でいられるな…。見てるだけで暑くなる。」
リョウから呆れたような目を向けられ、BDUを着ているソウマたちが苦笑する。
「我々は慣れていますからね。一応これ暖地仕様ですし。」
そこでソウマがトウコを見て、さらに苦笑を深くする。
「トウコさんも暑いのは苦手ですか?」
「南の方にはこれまで行ったことがなかったんだ。ここまで暑いとは思わなかった。やっぱり来るんじゃなかった…。」
後頭部の高い位置で髪を雑にまとめ、汗ばんだうなじに送れ毛を張り付かせているトウコが、リョウよりも更にうんざりした顔をして、着ている白のTシャツの裾と胸元を引っ張って風を送り込んでいる。
裾を引っ張るたびにトウコの臍が、胸元からは谷間が見え隠れしている。その様子を見たマリーが顔を顰め、リョウがそれを見てニヤニヤする。
「お前それ誘ってんの?」
「トウコ、はしたないわよ。女の子でしょ!」
「近寄るなリョウ、暑い。もうこれ脱いでもいいんじゃないか…。」
トウコの腰を抱いて引き寄せようとするリョウを邪険に押し退け、Tシャツを脱ごうとするトウコをマリーが目を剥いて怒鳴る。
「ダメに決まってるでしょ!」
「どうせインナーを着ているからいいじゃないか…。ずるい。マリーは脱いでいるっていうのに。」
とうの昔に着ていた白のタンクトップを脱いで上半身裸になっているマリーを恨めしそう見やるトウコに、苦笑しながらソウマが声をかける。
「トウコさん、確かに暑いですが今の季節は南0都市が一番綺麗な時期ですよ。きっと気に入ると思います。」
「こんなに暑くて足の多い化け物がいる街を私が気に入るとは思えない…。」
トウコの言葉に皆が笑い、一行を乗せた魔導車は順調に南へと進んだ。
翌日の夕方、トウコたち第16都市の犯罪奴隷移送団は、途中魔物の襲撃で被害者を出したものの、予定通り南0都市へと到着した。
南0都市は、海に面した断崖絶壁の丘にある丘陵地帯を切り開いて作られた都市で、家々が崖にへばりつくようにして建てられている。第16都市と同様に、高く厚い城壁に囲まれており、最も高い場所が1区になっており、下に下がるごとに2区、3区と続き5区まである。
第16都市と異なり、都市の出入り口となる門は1区側にしか存在しない。
しかし、門を入るとすぐにまた城壁が現れ、1区および2区に続く道と3区以降に続く道に別れる。3区以降に続く道は1区と2区の高い城壁を右に、左は海を見ながら下へ下へと緩やかに続いていく。
丘陵地帯を切り開く際に出た石材を組み上げ、漆喰が塗られた白い家々と青い海のコントラストは見事…なはずだった。
この日は生憎の雨で、厚い雲に覆われた南0都市と海は雨の中に沈んでおり、どこか陰鬱としていた。
雨のお蔭で気温は少し下がっていたが逆に湿度が上がり、むっと体に纏わりつくような空気に、南0都市の入り口となる門の検問所で人員輸送車のバックドアから降り立ったトウコが顔を顰める。
「ソウマさんは嘘つきだ。」
どんよりと沈んだ街並みと海を見下ろしながらトウコが呟くと、ソウマが苦笑し頭をかきながら弁解した。
「すみません、雨になるとは。でも本当に綺麗ですよ。雨の次の日は空気も澄みますし、明日こそ楽しみにしていてください。」
雨に降られながら街を見下ろしていたトウコだったが、少し拗ねたようにさっさとまた荷室へと戻ってしまった。
リョウがその様子を見て苦笑しながらトウコを追い、マリーがソウマに謝る。
「ソウマさん、ごめんなさいね。」
「いいえ。トウコさん、口ではああ言いながら楽しみにされていたのですね。明日は晴れるといいのですが。私たちも行きましょう。3区までお送りします。」
犯罪奴隷を移送してきた本隊とソウマの分隊は一旦ここで分かれ、トウコたちを3区へと送った後に、また本体と合流するという。
そして20日後に第16都市へと帰還する。トウコたちはその時にまた、帰還する部隊―ソウマの分隊と合流する手はずになっている。マリーとソウマも輸送車に戻り、都市へ入るため検問所へと進んだ。
しかし、この検問所を抜ける際にひと悶着あった。
トウコを見た検問所の兵が、トウコのみ輸送車から降りるよう命じた。
複数の兵士から魔道式機関銃を向けられながら、トウコが第16都市の組合員の証であるドッグタグを見せるも兵たちは納得せず、ソウマが軍からの命令書を、マリーが組合からの依頼書を見せて説明しても兵たちの態度は変わらなかった。
Tシャツにデニムのショートパンツとレギンスという、明らかに軽装なのにも関わらず執拗なボディチェックを受けた。
しかし、それだけでは終わらず兵士は更にその場でトウコに全ての衣服を脱ぐように命じた。
苛立っていたリョウの纏う空気が一段と冷え、小さくため息を吐いたトウコがリョウを振り返り、「動くなよ。」と釘を刺したが、リョウはそれには構わず冷笑を浮かべて荷室から降り立った。
銃を突き付けられたリョウが、右手を上げたままゆっくりと左手をタクティカルベストのポケットに差し入れ、またゆっくりと1通の手紙を取り出すと、それをトウコに脱ぐように命じた兵士の足元に放り投げた。
砦の司令官―アーチボルト中将の封蝋が押された手紙を拾った兵士が、少し顔色を変えて検問所へ入っていく。
リョウはトウコの腰を抱いて冷ややかにそれを見送り、2人が銃を突き付けられたまま待つことしばし。
先ほどの兵が手紙を手に戻ってくるとリョウに手紙を返し、明らかにしぶしぶといった態で街へ入る許可を出した。
2人が荷室へと戻り輸送車が動き出すと、トウコとリョウ以外の全員が大きく息を吐いた。
緊迫していた空気が少し緩み、ソウマがトウコとリョウを見ながら謝罪する。
「すみません…。軍が失礼なことを。」
リョウは不機嫌そうに鼻を鳴らし、トウコは苦笑しながらリョウの頭を小突いた。
「ソウマさんが謝ることじゃないだろう。南0都市の兵だしな。」
「それにしても何なの!?第16都市でもトウコに対してあそこまでの嫌がらせはないわよ!?」
憤慨するマリーに、トウコが少し考え込むような顔で応じる。
「嫌がらせというよりも…なんだか兵たちは本当に警戒しているというか、少し怯えているような感じがしたけどな。」
トウコの言葉にソウマも頷く。
「確かに少し様子がおかしかったですね…。何があったのか少し調べておきます。」
検問所を抜け、3区に続く道を下って行くこと10分ほどで右に見えていた高い城壁が途切れ、3区へと続く門が現れた。トウコらを乗せた輸送車がそこへ入ると、少し開けた広場になっており、輸送車はそこで止まった。
3人は組合直轄の宿に泊まることをソウマに告げ、ソウマは検問所の件で何か分かったことがあれば連絡することを約束し、一行はそこで別れた。
その後、ソウマから貰った南0都市の地図を頼りに、3人は南0都市の組合本部へと向かった。職業斡旋組合は組合員のための宿泊所を経営している。
民間の宿泊所では色無しのトウコを厭って宿泊を拒否されることもあるが、組合直轄の宿は組合員ならば誰でも使用することができるため、南0都市に滞在中はその宿に泊まることを3人は決めていた。
組合本部に到着するソウマリーは3人分の組合員の証であるドッグタグと仕事の依頼書を受付に出し、南0都市へ来た理由と組合直轄の宿を紹介して欲しい旨を担当者に願い出た。
担当者はいくつかの宿が記載された地図をマリーに手渡すと、宿の説明をし始めたが、ちらちらとトウコの方を不審そうに見ていた。
トウコが肩を竦めて、「私もれっきとした組合員だぞ。ドッグタグを見ただろう?」と言うと、担当者は慌てて目を逸らして口の中で小さく「すみません。」と言った。
一行は、組合から紹介された3区の中心地に近い、立地の良い場所にある1軒の宿に決めた。
また少し宿の係員から不審な目をトウコは向けられたが、何も言われることはなかった。
宿は、1階が食堂で2階と3階が客室になっている良くある作りの宿だったが、各部屋にシャワー室もあるそれなりに立派な宿だった。
組合員で賑わう食堂で食事を取ろうとした3人だったが、どこなくトウコを歓迎しない雰囲気が感じられたため、仕方なくマリーとリョウが外に出ていた屋台で適当な物を買い、マリーの部屋でそれらを食べた。
食事を終えたトウコとリョウが部屋を出ようとすると、マリーが2人に指を突き付けながら釘を刺してきた。
「どうせ、あんたたち明日の昼まで起きてこないでしょう?明日は昼から例の刀工のとこに行くんだからね!っていうか、昼には起きてきなさいよ?いいわね!?昼に起きたけど、それからまたヤったから昼過ぎになったとか許さないからね!」
マリーからしつこいほど念を押され、「分かってるって。」と苦笑しながらトウコが言い、検問所から未だ不機嫌な様子のリョウは何も言わず、トウコの腰を抱いて部屋から出た。
面倒そうな顔をするトウコを無視して一緒にシャワー室へ入ったリョウは、トウコの髪と体の泡を洗い流しながら憮然とした表情で言った。
「悪りぃな。俺がここに来たいとか言ったから。お前を不愉快な目に合わせちまって。」
トウコは苦笑しつつ髪を絞ると、リョウの頭を洗い始める。気持ちよさそうに目を閉じたリョウの顔を見ながらトウコが口を開く。
「リョウが謝る必要はないさ。まあここまで歓迎されないのは久しぶりでちょっと戸惑ってるけどな。」
「歓楽街の方に移動した方が風当たりは弱いかもしんねぇなぁ…。」
珍しく少し気弱になっているリョウの様子に小さく笑いながらトウコはリョウの髪を洗い流すと、次いでリョウの体を洗い始めた。
「…正直に言うと、この街に来るのはちょっと楽しみにしてたんだ。」
「そういえばお前、検問所の前で珍しく拗ねてたな。」
「うん。ソウマさんがこの街は綺麗だって言ってただろう?それに、ルリからもこの街の様子は教えて貰ったんだ。だから…見てみたかった。」
「街をか?」
「うん。それもあるけど…。」
「他にもあんのか?なんだよ、言えよ。」
気まずそうに目を逸らして黙ったトウコに、リョウが意地の悪い笑みを浮かべてトウコの裸体を壁に押し付ける。
トウコの右足を持ち上げ、体を密着させたリョウがトウコを見下ろして囁く。
「言えよ。」
トウコは何も言わずシャワーの湯が降り注ぐ中、リョウの首に腕を回した。
翌日、リョウが目を覚ますと隣にトウコの姿はなかった。
体を起こすと、何も纏っていないトウコが窓際に立って外を見ていた。トウコの背中に流れる黒髪の隙間から見える魔物の爪痕と、そこから緩やかに曲線を帯びた尻、そして真っ直ぐに伸びた引き締まった足が浮かび上がっている。
「晴れたな。」
その声にトウコは振り向くことなく「うん。」と答えた。
リョウもまたベッドから出るとトウコに近付き、後ろから抱き締めるとトウコの頭に顎を乗せて外を見た。
真っ青な明るい空の下、紺碧の海が太陽の光を浴びてきらきらと煌めきながらどこまでも広がり、漆喰が塗られた白壁の家々が青の中に浮かび上がる。
トウコは少し口を開けて呆けたようにその景色に魅入っていた。
「お前の見たいもん見れたか?」
「…うん。」
「結局お前何が見たかったんだよ。」
「リョウ。」
「は?」
「ルリから南0都市の話を聞いた時、お前みたいだと思ったんだ。青い空から太陽の光が差す海ってお前みたいだなと思って。」
トウコがリョウの顔を振り仰ぐと、そこにはポカンと口を開けたリョウの顔があった。
その顔を見ながらトウコが満面の笑みを浮かべて言葉を重ねた。
「リョウの髪と瞳みたいだろ?」
そしてまた前を向くと、広がる空と海を見ながら満足げに呟いた。
「来られて良かった。ありがとう。」
「…よし、トウコ。結婚しよう。」
「しないぞ。」
「じゃあ、ヤろう。」
「マリーに叱られる。」
「あのハンマーで叩き潰されても後悔しない。今お前を抱かない方が後悔する。」
トウコがくすくす笑いながら振り返り、リョウに口付ける。
昼前にマリーが叫びながらドアを叩くのを2人は無視し続け、昼過ぎに部屋を出た2人はマリーに烈火のごとく怒られた。
都市を出発して5日目。
予定通り明日には南0都市へと到着する予定だ。南へ進むにつれて徐々に気温が高くなり、荷室の窓からは生暖かい風が吹き込んでくる。
リョウはタクティカルベストを早々に脱ぎ捨ており、黒のTシャツの袖をまくりながら、暑さにうんざりした顔をしている。
「お前らよくそれ来て平気でいられるな…。見てるだけで暑くなる。」
リョウから呆れたような目を向けられ、BDUを着ているソウマたちが苦笑する。
「我々は慣れていますからね。一応これ暖地仕様ですし。」
そこでソウマがトウコを見て、さらに苦笑を深くする。
「トウコさんも暑いのは苦手ですか?」
「南の方にはこれまで行ったことがなかったんだ。ここまで暑いとは思わなかった。やっぱり来るんじゃなかった…。」
後頭部の高い位置で髪を雑にまとめ、汗ばんだうなじに送れ毛を張り付かせているトウコが、リョウよりも更にうんざりした顔をして、着ている白のTシャツの裾と胸元を引っ張って風を送り込んでいる。
裾を引っ張るたびにトウコの臍が、胸元からは谷間が見え隠れしている。その様子を見たマリーが顔を顰め、リョウがそれを見てニヤニヤする。
「お前それ誘ってんの?」
「トウコ、はしたないわよ。女の子でしょ!」
「近寄るなリョウ、暑い。もうこれ脱いでもいいんじゃないか…。」
トウコの腰を抱いて引き寄せようとするリョウを邪険に押し退け、Tシャツを脱ごうとするトウコをマリーが目を剥いて怒鳴る。
「ダメに決まってるでしょ!」
「どうせインナーを着ているからいいじゃないか…。ずるい。マリーは脱いでいるっていうのに。」
とうの昔に着ていた白のタンクトップを脱いで上半身裸になっているマリーを恨めしそう見やるトウコに、苦笑しながらソウマが声をかける。
「トウコさん、確かに暑いですが今の季節は南0都市が一番綺麗な時期ですよ。きっと気に入ると思います。」
「こんなに暑くて足の多い化け物がいる街を私が気に入るとは思えない…。」
トウコの言葉に皆が笑い、一行を乗せた魔導車は順調に南へと進んだ。
翌日の夕方、トウコたち第16都市の犯罪奴隷移送団は、途中魔物の襲撃で被害者を出したものの、予定通り南0都市へと到着した。
南0都市は、海に面した断崖絶壁の丘にある丘陵地帯を切り開いて作られた都市で、家々が崖にへばりつくようにして建てられている。第16都市と同様に、高く厚い城壁に囲まれており、最も高い場所が1区になっており、下に下がるごとに2区、3区と続き5区まである。
第16都市と異なり、都市の出入り口となる門は1区側にしか存在しない。
しかし、門を入るとすぐにまた城壁が現れ、1区および2区に続く道と3区以降に続く道に別れる。3区以降に続く道は1区と2区の高い城壁を右に、左は海を見ながら下へ下へと緩やかに続いていく。
丘陵地帯を切り開く際に出た石材を組み上げ、漆喰が塗られた白い家々と青い海のコントラストは見事…なはずだった。
この日は生憎の雨で、厚い雲に覆われた南0都市と海は雨の中に沈んでおり、どこか陰鬱としていた。
雨のお蔭で気温は少し下がっていたが逆に湿度が上がり、むっと体に纏わりつくような空気に、南0都市の入り口となる門の検問所で人員輸送車のバックドアから降り立ったトウコが顔を顰める。
「ソウマさんは嘘つきだ。」
どんよりと沈んだ街並みと海を見下ろしながらトウコが呟くと、ソウマが苦笑し頭をかきながら弁解した。
「すみません、雨になるとは。でも本当に綺麗ですよ。雨の次の日は空気も澄みますし、明日こそ楽しみにしていてください。」
雨に降られながら街を見下ろしていたトウコだったが、少し拗ねたようにさっさとまた荷室へと戻ってしまった。
リョウがその様子を見て苦笑しながらトウコを追い、マリーがソウマに謝る。
「ソウマさん、ごめんなさいね。」
「いいえ。トウコさん、口ではああ言いながら楽しみにされていたのですね。明日は晴れるといいのですが。私たちも行きましょう。3区までお送りします。」
犯罪奴隷を移送してきた本隊とソウマの分隊は一旦ここで分かれ、トウコたちを3区へと送った後に、また本体と合流するという。
そして20日後に第16都市へと帰還する。トウコたちはその時にまた、帰還する部隊―ソウマの分隊と合流する手はずになっている。マリーとソウマも輸送車に戻り、都市へ入るため検問所へと進んだ。
しかし、この検問所を抜ける際にひと悶着あった。
トウコを見た検問所の兵が、トウコのみ輸送車から降りるよう命じた。
複数の兵士から魔道式機関銃を向けられながら、トウコが第16都市の組合員の証であるドッグタグを見せるも兵たちは納得せず、ソウマが軍からの命令書を、マリーが組合からの依頼書を見せて説明しても兵たちの態度は変わらなかった。
Tシャツにデニムのショートパンツとレギンスという、明らかに軽装なのにも関わらず執拗なボディチェックを受けた。
しかし、それだけでは終わらず兵士は更にその場でトウコに全ての衣服を脱ぐように命じた。
苛立っていたリョウの纏う空気が一段と冷え、小さくため息を吐いたトウコがリョウを振り返り、「動くなよ。」と釘を刺したが、リョウはそれには構わず冷笑を浮かべて荷室から降り立った。
銃を突き付けられたリョウが、右手を上げたままゆっくりと左手をタクティカルベストのポケットに差し入れ、またゆっくりと1通の手紙を取り出すと、それをトウコに脱ぐように命じた兵士の足元に放り投げた。
砦の司令官―アーチボルト中将の封蝋が押された手紙を拾った兵士が、少し顔色を変えて検問所へ入っていく。
リョウはトウコの腰を抱いて冷ややかにそれを見送り、2人が銃を突き付けられたまま待つことしばし。
先ほどの兵が手紙を手に戻ってくるとリョウに手紙を返し、明らかにしぶしぶといった態で街へ入る許可を出した。
2人が荷室へと戻り輸送車が動き出すと、トウコとリョウ以外の全員が大きく息を吐いた。
緊迫していた空気が少し緩み、ソウマがトウコとリョウを見ながら謝罪する。
「すみません…。軍が失礼なことを。」
リョウは不機嫌そうに鼻を鳴らし、トウコは苦笑しながらリョウの頭を小突いた。
「ソウマさんが謝ることじゃないだろう。南0都市の兵だしな。」
「それにしても何なの!?第16都市でもトウコに対してあそこまでの嫌がらせはないわよ!?」
憤慨するマリーに、トウコが少し考え込むような顔で応じる。
「嫌がらせというよりも…なんだか兵たちは本当に警戒しているというか、少し怯えているような感じがしたけどな。」
トウコの言葉にソウマも頷く。
「確かに少し様子がおかしかったですね…。何があったのか少し調べておきます。」
検問所を抜け、3区に続く道を下って行くこと10分ほどで右に見えていた高い城壁が途切れ、3区へと続く門が現れた。トウコらを乗せた輸送車がそこへ入ると、少し開けた広場になっており、輸送車はそこで止まった。
3人は組合直轄の宿に泊まることをソウマに告げ、ソウマは検問所の件で何か分かったことがあれば連絡することを約束し、一行はそこで別れた。
その後、ソウマから貰った南0都市の地図を頼りに、3人は南0都市の組合本部へと向かった。職業斡旋組合は組合員のための宿泊所を経営している。
民間の宿泊所では色無しのトウコを厭って宿泊を拒否されることもあるが、組合直轄の宿は組合員ならば誰でも使用することができるため、南0都市に滞在中はその宿に泊まることを3人は決めていた。
組合本部に到着するソウマリーは3人分の組合員の証であるドッグタグと仕事の依頼書を受付に出し、南0都市へ来た理由と組合直轄の宿を紹介して欲しい旨を担当者に願い出た。
担当者はいくつかの宿が記載された地図をマリーに手渡すと、宿の説明をし始めたが、ちらちらとトウコの方を不審そうに見ていた。
トウコが肩を竦めて、「私もれっきとした組合員だぞ。ドッグタグを見ただろう?」と言うと、担当者は慌てて目を逸らして口の中で小さく「すみません。」と言った。
一行は、組合から紹介された3区の中心地に近い、立地の良い場所にある1軒の宿に決めた。
また少し宿の係員から不審な目をトウコは向けられたが、何も言われることはなかった。
宿は、1階が食堂で2階と3階が客室になっている良くある作りの宿だったが、各部屋にシャワー室もあるそれなりに立派な宿だった。
組合員で賑わう食堂で食事を取ろうとした3人だったが、どこなくトウコを歓迎しない雰囲気が感じられたため、仕方なくマリーとリョウが外に出ていた屋台で適当な物を買い、マリーの部屋でそれらを食べた。
食事を終えたトウコとリョウが部屋を出ようとすると、マリーが2人に指を突き付けながら釘を刺してきた。
「どうせ、あんたたち明日の昼まで起きてこないでしょう?明日は昼から例の刀工のとこに行くんだからね!っていうか、昼には起きてきなさいよ?いいわね!?昼に起きたけど、それからまたヤったから昼過ぎになったとか許さないからね!」
マリーからしつこいほど念を押され、「分かってるって。」と苦笑しながらトウコが言い、検問所から未だ不機嫌な様子のリョウは何も言わず、トウコの腰を抱いて部屋から出た。
面倒そうな顔をするトウコを無視して一緒にシャワー室へ入ったリョウは、トウコの髪と体の泡を洗い流しながら憮然とした表情で言った。
「悪りぃな。俺がここに来たいとか言ったから。お前を不愉快な目に合わせちまって。」
トウコは苦笑しつつ髪を絞ると、リョウの頭を洗い始める。気持ちよさそうに目を閉じたリョウの顔を見ながらトウコが口を開く。
「リョウが謝る必要はないさ。まあここまで歓迎されないのは久しぶりでちょっと戸惑ってるけどな。」
「歓楽街の方に移動した方が風当たりは弱いかもしんねぇなぁ…。」
珍しく少し気弱になっているリョウの様子に小さく笑いながらトウコはリョウの髪を洗い流すと、次いでリョウの体を洗い始めた。
「…正直に言うと、この街に来るのはちょっと楽しみにしてたんだ。」
「そういえばお前、検問所の前で珍しく拗ねてたな。」
「うん。ソウマさんがこの街は綺麗だって言ってただろう?それに、ルリからもこの街の様子は教えて貰ったんだ。だから…見てみたかった。」
「街をか?」
「うん。それもあるけど…。」
「他にもあんのか?なんだよ、言えよ。」
気まずそうに目を逸らして黙ったトウコに、リョウが意地の悪い笑みを浮かべてトウコの裸体を壁に押し付ける。
トウコの右足を持ち上げ、体を密着させたリョウがトウコを見下ろして囁く。
「言えよ。」
トウコは何も言わずシャワーの湯が降り注ぐ中、リョウの首に腕を回した。
翌日、リョウが目を覚ますと隣にトウコの姿はなかった。
体を起こすと、何も纏っていないトウコが窓際に立って外を見ていた。トウコの背中に流れる黒髪の隙間から見える魔物の爪痕と、そこから緩やかに曲線を帯びた尻、そして真っ直ぐに伸びた引き締まった足が浮かび上がっている。
「晴れたな。」
その声にトウコは振り向くことなく「うん。」と答えた。
リョウもまたベッドから出るとトウコに近付き、後ろから抱き締めるとトウコの頭に顎を乗せて外を見た。
真っ青な明るい空の下、紺碧の海が太陽の光を浴びてきらきらと煌めきながらどこまでも広がり、漆喰が塗られた白壁の家々が青の中に浮かび上がる。
トウコは少し口を開けて呆けたようにその景色に魅入っていた。
「お前の見たいもん見れたか?」
「…うん。」
「結局お前何が見たかったんだよ。」
「リョウ。」
「は?」
「ルリから南0都市の話を聞いた時、お前みたいだと思ったんだ。青い空から太陽の光が差す海ってお前みたいだなと思って。」
トウコがリョウの顔を振り仰ぐと、そこにはポカンと口を開けたリョウの顔があった。
その顔を見ながらトウコが満面の笑みを浮かべて言葉を重ねた。
「リョウの髪と瞳みたいだろ?」
そしてまた前を向くと、広がる空と海を見ながら満足げに呟いた。
「来られて良かった。ありがとう。」
「…よし、トウコ。結婚しよう。」
「しないぞ。」
「じゃあ、ヤろう。」
「マリーに叱られる。」
「あのハンマーで叩き潰されても後悔しない。今お前を抱かない方が後悔する。」
トウコがくすくす笑いながら振り返り、リョウに口付ける。
昼前にマリーが叫びながらドアを叩くのを2人は無視し続け、昼過ぎに部屋を出た2人はマリーに烈火のごとく怒られた。
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しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
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