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紫の章
06.贈り物
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「アンタたちホント何考えてんのよ!昼前には起きろって言ったでしょう!?案の定起きてこないから、わざわざ起こしに行ったっていうのに!それを無視して!信じらんないわ!ちょっとアンタたち聞いてんの!?」
トウコとリョウは、未だ怒り心頭のマリーと3人で3区にある刀工の元へと向かっていた。
「マリー悪かった。反省してるから、もう怒らないでくれ。余計に暑くなる…。」
「仕方ねーだろ。トウコがすげえ可愛いこと言うんだぜ?んなもん、ヤらないわけにいかないだろ。」
暑さにうんざりした様子で謝るトウコと、その腰を抱いて上機嫌のリョウを見て更にマリーが怒る。
「トウコ!アンタそれ反省している態度じゃないわよ!そもそもリョウは反省なんて欠片もしてないじゃない!」
真っ白な家々に挟まれた小路を、ぷりぷりと怒りながら進んで行くマリーの背中を見ながら歩いていると、徐々に人通りが多くなっていき、やがて大通りへと出た。
大通りも道を挟むようにして漆喰が塗られた白い壁の家が立ち並び、道沿いには様々な屋台が立ち並んでいる。屋台の幌は赤・青・黄・緑―様々な色で溢れており、また立ち並ぶ家の窓にも色とりどりの花が飾られており、それらが強い太陽の日差しに照らされている。
右を見れば緩やかに上り坂になっており、崖にへばりつくように白い家々が並んでいるのが見える。左はまた緩やかな下り坂でこちらもまた白い家々が並んでいるが、その先には真っ青な海が地平線まで広がっている。
トウコは足を止めると、強い日差しの中、溢れかえる色に少し目を細めた。
リョウがトウコの顔を覗き込んで悪戯っぽく微笑む。
「お前の黒と紫が一番綺麗だ。」
そう言ってトウコの頬に軽く口付けた。
心の中を見透かされたようで、少し気恥しくなったトウコが目を伏せた時、マリーの声が飛んできた。
「そんなとこでイチャつくんじゃないわよ!」
その声に苦笑しながらトウコが歩き出し、小さく呟いた。
「ありがとう。」
リョウが満足げに笑うと、前を行くマリーに声を掛けた。
「なあマリー。腹減った。何か食おうぜ。朝から何も食ってねーんだよ。」
「私だってお腹空いてるわよ!大体朝から何も食べてないのは自業自得でしょ!」
「腹減ってるから余計にイライラすんだよ。その辺の屋台で適当に買ってくるから、トウコとマリーはちょっとそこで待ってろ。」
そう言うや、リョウは人混みを縫うようにして屋台の方へ歩いて行った。
トウコとマリーが通行の邪魔にならない道の端の木陰で待っている間、道行く人がトウコに目を止めると明らかにぎょっとした顔をしてトウコを避けるように足早で去っていくのに気づいた。
「なんだか明らかに避けられているな。ここまで露骨だとさすがにちょっと傷つくな。」
「本当、何なのかしらね。昨日から嫌な感じだわ…。」
2人が周りの様子に首をかしげているうちに、手のひらサイズの紙で包まれた物を3つ持ったリョウが戻って来た。
戻ってくるなり、2つをトウコに1つをマリーに渡したリョウは、「飲み物買ってくるから先に食っててくれ。」と言ってまた人混みに消えた。
渡された包みをトウコとマリーが開くと、中が空洞のポケット状になったパンに野菜や具材がぎゅうぎゅうに詰め込まれたピタが出てきた。
トウコがそれにかぶりつく。
香ばしく焼かれた具材に、マスタードが混ぜられた柑橘系のソースが掛けられており、さっぱりとした、しかし少しぴりっとする味は、暑い中食べるのにぴったりだった。
リョウが飲み物を手に戻って来て、トウコとマリーにそれぞれ渡し、トウコに持たせていた自分のピタを受け取ると早速食べ始める。
しばらく黙って食べていた3人だったが、リョウとマリーが横目で自分のことを見ていることに気付いたトウコが、不思議そうに2人の顔を見渡す。
「2人もどうしたんだ?さっきから私の顔をちらちら…。」
そこまで言ったトウコが何かに気付いたように目を見開く。
「リョウ騙したな!」
「騙してねーよ!俺、何も言ってねーだろ!」
リョウがげらげら笑いながら言うと、マリーも笑いながらピタの中を指さす。
「トウコ、これよこれ。この白いのが10本のやつよ。」
見るとそれは、トウコが先ほどから不思議な触感だけど噛めば噛むほど甘くて美味しいと思っていたものだった。
「…酷い。」
「でも美味いだろ?」
リョウの問いに少し悔しそうな顔をしたトウコが小さく呟く。
「美味しい…。」
「だろ?じゃ、夜は8本足の方な。」
「…先に言って欲しい。」
「言ったらアナタ食べないじゃない。」
「言われなければ怖くて何も食べれない…。」
リョウとマリーが楽しげに笑い声をあげ、それを通行人たちが忌々しそうに見ながら足早に去っていく。
気付けばそれなりに人通りがあった大通りが少し閑散としている。付近に出ている屋台の店員も少し顔を顰めて3人の様子を窺っており、明らかにトウコたちを歓迎していない様子が分かった。
「…なんだかなあ。これマジで今の宿を引き払って歓楽街の方に移動した方がいいんじゃねえか?歓楽街なら色無しも多いだろうし、ここまで露骨に避けられはしねーだろ。」
リョウが頭を掻きながら言うと、マリーも少し困惑した様子で頷いた。
「その方がいいかもしれないわね。何だかトウコをっていうよりも、リョウや私のこともなんだか避けてる感じがするわよね。」
「ひとまず、刀工の工房に行こう。ここに長居はしない方がいいみたいだしな。」
トウコの言葉にリョウとマリーは頷いて、また歩き出した。
大通りを20分ほど下ったところで小路に入り、そこから更に歩くと徐々にハンマーで何かを叩く音が聞こえ始めた。
武器屋に防具屋、工房が立ち並ぶエリアに入り、5分ほど歩いたところでリョウが足を止めた。
「ここだな。中将の手紙に書いてあった工房と同じ名前だ。」
そこは、このエリアによくある店構えだった。入ってすぐが店舗になっており、店の奥がどうやら工房になっているようだった。
3人が店に入ると店番をしていた恰幅のいい50代ほどの女性がすぐに声を掛けてきた。
リョウが折れた短剣を見せ、以前ここで打ってもらった短剣だということ、折れてしまったので可能ならば打ち直して欲しい旨を説明し、アーチボルト中将の私信とともに同封されていた紹介状を渡すと、女性は頷いて店の奥―工房へと入っていった。
すぐに女性と同じ年頃の骨太でがっちりした体格の、肩が盛り上がった男がのっそりと現れた。
男は店番をしていた女性が座っていた椅子にどっかりと座り、ジロジロとリョウの全身を見渡すと、無言でリョウに右手を差し出した。
リョウがその手に折れた短剣を乗せると、男はそれを見た後にまたリョウをジロジロと見た。
「派手に壊してくれたもんだな。」
低く重々しい声にリョウが少し苦笑しながら答える。
「ああ。つい全力で魔力を通しちまって。申し訳ない。」
「お前さんほどの魔力を全力で通されたらこうなるな。」
「それで…打ち直すことは可能か?」
「できるぞ。」
「それは助かる。どの位かかるだろうか?俺たちはこの街のもんじゃないんだ。2週間後にはこの街を出る必要がある。」
「…コイツを打ったのはもう10年近く前だ。依頼してきたお方は、えらく筋のいいガキがいるが魔力が高くてすぐに短剣を壊しちまうと言っていた。それで高魔力に耐えられる短剣を作って欲しいという依頼だった。そのガキがお前だろう?」
「…ああ、そうだろうな。」
「お前、ガキの頃から魔力が上がっただろう?いい機会だ。もう少し、高い魔力でも耐えられるように打ち直してやろうか?もう1本無事な奴もやってやるぞ。まあその分、値段は上がるがな。」
その言葉にリョウが少し考える素振りを見せ、それを見たマリーが声を掛ける。
「リョウ、値段のことは気にしないでいいわよ。チーム経費で出すわよ。ここに来られる機会は滅多にないんだから、やってもらいなさいよ。」
「いや、でもなぁ…2本とも預けると丸腰になっちまうし…。」
「その間は仮の短剣を貸してやろう。今の短剣ほどじゃないが、それなりに耐えられるぞ。」
まだ渋る様子を見せるリョウに、トウコが声を掛けた。
「リョウ、やってもらえ。どうせこの街にいる間は仕事しないんだ。仮の短剣でも十分だろう。それと、折れた方の短剣の代金は私が出す。」
その言葉にリョウが少し驚いた素振りを見せる。
「は?お前が出す?」
「ああ。私のせいで折れたようなもんだしな。砦でそいつを渡した時、お前物凄く悲しそうな顔をしただろう?折らせてしまって悪かったな。だからその分は私が出すさ。私からの贈り物だと思って受け取ってくれ。」
「やる。やってくれ。トウコからの贈り物だ。やらない理由がない。」
男が1つ手を叩くと言った。
「よし。じゃあ決まりだな。それで最初の質問だが、本当なら7日と言いたいところだが、今は急ぎの仕事もないし、仮の短剣だと不安だろう。そこのお嬢ちゃんを守れないだろうからな。5日でやってやる。大サービスだ。」
ニヤリと笑いながら言った男に満面の笑みを浮かべたリョウが歩み寄り、男の手を両手で握る。
「アンタいい人だ。俺はリョウ。いい短剣を頼む。」
「おう。任せとけ、楽しみにしとくといい。俺はゲイルだ。…ところで坊主。」
そこで言葉を切ったゲイルが、短剣の柄の部分を指さしながら聞いた。
「ここの部分に穴が空いてるだろう?これ元は魔力石を埋め込んでたと思うんだが…。」
「ん?ああ、そういえばそうだったな。すぐ割れた。」
「刃に魔力が通りやすいように触媒の石だったんだがなあ。魔力が高すぎて石が耐えきれなかったんだな。この穴どうする?」
「ああ…可能なら適当に埋めてくれないか?汚れが溜まりやすくて掃除すんのが面倒だったんだよ。」
「分かった。そうしたら坊主、その向こうにある棚から仮の短剣を選べ。それが終わったらお前の魔力がどのくらいあるか測らせてくれ。」
そう言われたリョウは、ゲイルから指し示された棚から短剣を選び始め、それを眺めていたトウコだったが、そっとゲイルに近付き何事かを囁いた。
囁かれたゲイルはニヤリと笑うと、リョウを横目で見ながら大きく頷いた。
その後、店番をしていた女性―ゲイルの妻らしい―とトウコとマリーが支払いについて話している間に、リョウはゲイルから次々と渡される短剣に魔力を通しては壊していった。
リョウの魔力がどのくらいあるのか、どの程度の強度の短剣にすればいいのか調べるためなのだが、渡す度に壊れていく短剣を見てゲイルが呆れたように言う。
「坊主、本当に魔力が高いな。あの短剣を使うのもかなり気を使っただろう?」
「いや、そうでもない。ガキの頃から使ってたからもう体が覚えた。」
「その割に豪快に壊したな。」
「咄嗟にやっちまった。正直あんま覚えてないんだけどな。」
「そうかそうか。惚れた女を守るためなら仕方ないな。」
「そういうことだ。」
リョウが大きく頷くと、ゲイルがちらりとトウコを見た。
「…そこのお嬢ちゃんを守るために5日でやってやると言ったのは嘘じゃねえ。だけど、それだけが理由じゃないんだ。」
その言葉に、トウコとマリーもゲイルを見る。
「お前たちこの街に来たばかりだろう?だから知らないと思うが、今この街はちょっとごたついている。2週間後に街を出ると言ったが、悪いことは言わないから短剣が出来たらとっとと街を出た方がいい。…お嬢ちゃんのためだ。」
リョウが少し目を鋭くして、男にその理由を問おうと口を開きかけた時、入り口のドアが開いて客であろう男が2人、店に入ってきた。
男たちは気さくに「よう。」とゲイルに話し掛けたが、トウコを見るとぎょっとした顔をし、次いで少し警戒するような目をしてトウコを睨んだ。
「この辺でいいだろう。短剣は用意しておいてやるから5日後の同じ時間にまた店に来い。…話は組合本部にでも行って聞くといい。」
そう言いながらゲイルがもう行けというように、リョウに向かって手をぞんざいに振ったので、3人は仕方なく店を後にした。
「ゲイルさんはああ言ったけど…」
マリーの言葉の後をリョウが引き継ぐ。
「昨日の感じだと組合にも行く気がしねえなぁ。」
「だけど、私が…というか色無しに何かあるんだろうが、ごたごたの理由が分からない事にはどうしようもないじゃないか。」
「そうねぇ…それじゃ私だけ行ってくるわ。今日はもう夕方でこれからは無理だから、明日朝一で行ってみるわ。」
マリーの言葉にトウコが頷く。
「悪いね、頼むよ。」
「トウコ、それなら明日は邪魔が入らないからマリーが帰るまで楽しもうぜ。」
「リョウ!アンタ私の事を何だと思ってんのよ!いい加減にしないとぶっ飛ばすわよ!」
3人が宿に戻ると、宿の受付にいた店員が慌てて走り寄ってきた。
「南0都市の組合長が宿の応接室で待っている。」と聞き、3人は大きなため息を吐いた。
「こっちから行く手間が省けたと考えたらいいのかしら…。」
「面倒事が増えなきゃいいけどなぁ。」
「組合長って単語だけで拒否反応が出る。」
南0都市の組合長に会う前から3人はうんざりした顔をして応接室へ向かった。
トウコとリョウは、未だ怒り心頭のマリーと3人で3区にある刀工の元へと向かっていた。
「マリー悪かった。反省してるから、もう怒らないでくれ。余計に暑くなる…。」
「仕方ねーだろ。トウコがすげえ可愛いこと言うんだぜ?んなもん、ヤらないわけにいかないだろ。」
暑さにうんざりした様子で謝るトウコと、その腰を抱いて上機嫌のリョウを見て更にマリーが怒る。
「トウコ!アンタそれ反省している態度じゃないわよ!そもそもリョウは反省なんて欠片もしてないじゃない!」
真っ白な家々に挟まれた小路を、ぷりぷりと怒りながら進んで行くマリーの背中を見ながら歩いていると、徐々に人通りが多くなっていき、やがて大通りへと出た。
大通りも道を挟むようにして漆喰が塗られた白い壁の家が立ち並び、道沿いには様々な屋台が立ち並んでいる。屋台の幌は赤・青・黄・緑―様々な色で溢れており、また立ち並ぶ家の窓にも色とりどりの花が飾られており、それらが強い太陽の日差しに照らされている。
右を見れば緩やかに上り坂になっており、崖にへばりつくように白い家々が並んでいるのが見える。左はまた緩やかな下り坂でこちらもまた白い家々が並んでいるが、その先には真っ青な海が地平線まで広がっている。
トウコは足を止めると、強い日差しの中、溢れかえる色に少し目を細めた。
リョウがトウコの顔を覗き込んで悪戯っぽく微笑む。
「お前の黒と紫が一番綺麗だ。」
そう言ってトウコの頬に軽く口付けた。
心の中を見透かされたようで、少し気恥しくなったトウコが目を伏せた時、マリーの声が飛んできた。
「そんなとこでイチャつくんじゃないわよ!」
その声に苦笑しながらトウコが歩き出し、小さく呟いた。
「ありがとう。」
リョウが満足げに笑うと、前を行くマリーに声を掛けた。
「なあマリー。腹減った。何か食おうぜ。朝から何も食ってねーんだよ。」
「私だってお腹空いてるわよ!大体朝から何も食べてないのは自業自得でしょ!」
「腹減ってるから余計にイライラすんだよ。その辺の屋台で適当に買ってくるから、トウコとマリーはちょっとそこで待ってろ。」
そう言うや、リョウは人混みを縫うようにして屋台の方へ歩いて行った。
トウコとマリーが通行の邪魔にならない道の端の木陰で待っている間、道行く人がトウコに目を止めると明らかにぎょっとした顔をしてトウコを避けるように足早で去っていくのに気づいた。
「なんだか明らかに避けられているな。ここまで露骨だとさすがにちょっと傷つくな。」
「本当、何なのかしらね。昨日から嫌な感じだわ…。」
2人が周りの様子に首をかしげているうちに、手のひらサイズの紙で包まれた物を3つ持ったリョウが戻って来た。
戻ってくるなり、2つをトウコに1つをマリーに渡したリョウは、「飲み物買ってくるから先に食っててくれ。」と言ってまた人混みに消えた。
渡された包みをトウコとマリーが開くと、中が空洞のポケット状になったパンに野菜や具材がぎゅうぎゅうに詰め込まれたピタが出てきた。
トウコがそれにかぶりつく。
香ばしく焼かれた具材に、マスタードが混ぜられた柑橘系のソースが掛けられており、さっぱりとした、しかし少しぴりっとする味は、暑い中食べるのにぴったりだった。
リョウが飲み物を手に戻って来て、トウコとマリーにそれぞれ渡し、トウコに持たせていた自分のピタを受け取ると早速食べ始める。
しばらく黙って食べていた3人だったが、リョウとマリーが横目で自分のことを見ていることに気付いたトウコが、不思議そうに2人の顔を見渡す。
「2人もどうしたんだ?さっきから私の顔をちらちら…。」
そこまで言ったトウコが何かに気付いたように目を見開く。
「リョウ騙したな!」
「騙してねーよ!俺、何も言ってねーだろ!」
リョウがげらげら笑いながら言うと、マリーも笑いながらピタの中を指さす。
「トウコ、これよこれ。この白いのが10本のやつよ。」
見るとそれは、トウコが先ほどから不思議な触感だけど噛めば噛むほど甘くて美味しいと思っていたものだった。
「…酷い。」
「でも美味いだろ?」
リョウの問いに少し悔しそうな顔をしたトウコが小さく呟く。
「美味しい…。」
「だろ?じゃ、夜は8本足の方な。」
「…先に言って欲しい。」
「言ったらアナタ食べないじゃない。」
「言われなければ怖くて何も食べれない…。」
リョウとマリーが楽しげに笑い声をあげ、それを通行人たちが忌々しそうに見ながら足早に去っていく。
気付けばそれなりに人通りがあった大通りが少し閑散としている。付近に出ている屋台の店員も少し顔を顰めて3人の様子を窺っており、明らかにトウコたちを歓迎していない様子が分かった。
「…なんだかなあ。これマジで今の宿を引き払って歓楽街の方に移動した方がいいんじゃねえか?歓楽街なら色無しも多いだろうし、ここまで露骨に避けられはしねーだろ。」
リョウが頭を掻きながら言うと、マリーも少し困惑した様子で頷いた。
「その方がいいかもしれないわね。何だかトウコをっていうよりも、リョウや私のこともなんだか避けてる感じがするわよね。」
「ひとまず、刀工の工房に行こう。ここに長居はしない方がいいみたいだしな。」
トウコの言葉にリョウとマリーは頷いて、また歩き出した。
大通りを20分ほど下ったところで小路に入り、そこから更に歩くと徐々にハンマーで何かを叩く音が聞こえ始めた。
武器屋に防具屋、工房が立ち並ぶエリアに入り、5分ほど歩いたところでリョウが足を止めた。
「ここだな。中将の手紙に書いてあった工房と同じ名前だ。」
そこは、このエリアによくある店構えだった。入ってすぐが店舗になっており、店の奥がどうやら工房になっているようだった。
3人が店に入ると店番をしていた恰幅のいい50代ほどの女性がすぐに声を掛けてきた。
リョウが折れた短剣を見せ、以前ここで打ってもらった短剣だということ、折れてしまったので可能ならば打ち直して欲しい旨を説明し、アーチボルト中将の私信とともに同封されていた紹介状を渡すと、女性は頷いて店の奥―工房へと入っていった。
すぐに女性と同じ年頃の骨太でがっちりした体格の、肩が盛り上がった男がのっそりと現れた。
男は店番をしていた女性が座っていた椅子にどっかりと座り、ジロジロとリョウの全身を見渡すと、無言でリョウに右手を差し出した。
リョウがその手に折れた短剣を乗せると、男はそれを見た後にまたリョウをジロジロと見た。
「派手に壊してくれたもんだな。」
低く重々しい声にリョウが少し苦笑しながら答える。
「ああ。つい全力で魔力を通しちまって。申し訳ない。」
「お前さんほどの魔力を全力で通されたらこうなるな。」
「それで…打ち直すことは可能か?」
「できるぞ。」
「それは助かる。どの位かかるだろうか?俺たちはこの街のもんじゃないんだ。2週間後にはこの街を出る必要がある。」
「…コイツを打ったのはもう10年近く前だ。依頼してきたお方は、えらく筋のいいガキがいるが魔力が高くてすぐに短剣を壊しちまうと言っていた。それで高魔力に耐えられる短剣を作って欲しいという依頼だった。そのガキがお前だろう?」
「…ああ、そうだろうな。」
「お前、ガキの頃から魔力が上がっただろう?いい機会だ。もう少し、高い魔力でも耐えられるように打ち直してやろうか?もう1本無事な奴もやってやるぞ。まあその分、値段は上がるがな。」
その言葉にリョウが少し考える素振りを見せ、それを見たマリーが声を掛ける。
「リョウ、値段のことは気にしないでいいわよ。チーム経費で出すわよ。ここに来られる機会は滅多にないんだから、やってもらいなさいよ。」
「いや、でもなぁ…2本とも預けると丸腰になっちまうし…。」
「その間は仮の短剣を貸してやろう。今の短剣ほどじゃないが、それなりに耐えられるぞ。」
まだ渋る様子を見せるリョウに、トウコが声を掛けた。
「リョウ、やってもらえ。どうせこの街にいる間は仕事しないんだ。仮の短剣でも十分だろう。それと、折れた方の短剣の代金は私が出す。」
その言葉にリョウが少し驚いた素振りを見せる。
「は?お前が出す?」
「ああ。私のせいで折れたようなもんだしな。砦でそいつを渡した時、お前物凄く悲しそうな顔をしただろう?折らせてしまって悪かったな。だからその分は私が出すさ。私からの贈り物だと思って受け取ってくれ。」
「やる。やってくれ。トウコからの贈り物だ。やらない理由がない。」
男が1つ手を叩くと言った。
「よし。じゃあ決まりだな。それで最初の質問だが、本当なら7日と言いたいところだが、今は急ぎの仕事もないし、仮の短剣だと不安だろう。そこのお嬢ちゃんを守れないだろうからな。5日でやってやる。大サービスだ。」
ニヤリと笑いながら言った男に満面の笑みを浮かべたリョウが歩み寄り、男の手を両手で握る。
「アンタいい人だ。俺はリョウ。いい短剣を頼む。」
「おう。任せとけ、楽しみにしとくといい。俺はゲイルだ。…ところで坊主。」
そこで言葉を切ったゲイルが、短剣の柄の部分を指さしながら聞いた。
「ここの部分に穴が空いてるだろう?これ元は魔力石を埋め込んでたと思うんだが…。」
「ん?ああ、そういえばそうだったな。すぐ割れた。」
「刃に魔力が通りやすいように触媒の石だったんだがなあ。魔力が高すぎて石が耐えきれなかったんだな。この穴どうする?」
「ああ…可能なら適当に埋めてくれないか?汚れが溜まりやすくて掃除すんのが面倒だったんだよ。」
「分かった。そうしたら坊主、その向こうにある棚から仮の短剣を選べ。それが終わったらお前の魔力がどのくらいあるか測らせてくれ。」
そう言われたリョウは、ゲイルから指し示された棚から短剣を選び始め、それを眺めていたトウコだったが、そっとゲイルに近付き何事かを囁いた。
囁かれたゲイルはニヤリと笑うと、リョウを横目で見ながら大きく頷いた。
その後、店番をしていた女性―ゲイルの妻らしい―とトウコとマリーが支払いについて話している間に、リョウはゲイルから次々と渡される短剣に魔力を通しては壊していった。
リョウの魔力がどのくらいあるのか、どの程度の強度の短剣にすればいいのか調べるためなのだが、渡す度に壊れていく短剣を見てゲイルが呆れたように言う。
「坊主、本当に魔力が高いな。あの短剣を使うのもかなり気を使っただろう?」
「いや、そうでもない。ガキの頃から使ってたからもう体が覚えた。」
「その割に豪快に壊したな。」
「咄嗟にやっちまった。正直あんま覚えてないんだけどな。」
「そうかそうか。惚れた女を守るためなら仕方ないな。」
「そういうことだ。」
リョウが大きく頷くと、ゲイルがちらりとトウコを見た。
「…そこのお嬢ちゃんを守るために5日でやってやると言ったのは嘘じゃねえ。だけど、それだけが理由じゃないんだ。」
その言葉に、トウコとマリーもゲイルを見る。
「お前たちこの街に来たばかりだろう?だから知らないと思うが、今この街はちょっとごたついている。2週間後に街を出ると言ったが、悪いことは言わないから短剣が出来たらとっとと街を出た方がいい。…お嬢ちゃんのためだ。」
リョウが少し目を鋭くして、男にその理由を問おうと口を開きかけた時、入り口のドアが開いて客であろう男が2人、店に入ってきた。
男たちは気さくに「よう。」とゲイルに話し掛けたが、トウコを見るとぎょっとした顔をし、次いで少し警戒するような目をしてトウコを睨んだ。
「この辺でいいだろう。短剣は用意しておいてやるから5日後の同じ時間にまた店に来い。…話は組合本部にでも行って聞くといい。」
そう言いながらゲイルがもう行けというように、リョウに向かって手をぞんざいに振ったので、3人は仕方なく店を後にした。
「ゲイルさんはああ言ったけど…」
マリーの言葉の後をリョウが引き継ぐ。
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「だけど、私が…というか色無しに何かあるんだろうが、ごたごたの理由が分からない事にはどうしようもないじゃないか。」
「そうねぇ…それじゃ私だけ行ってくるわ。今日はもう夕方でこれからは無理だから、明日朝一で行ってみるわ。」
マリーの言葉にトウコが頷く。
「悪いね、頼むよ。」
「トウコ、それなら明日は邪魔が入らないからマリーが帰るまで楽しもうぜ。」
「リョウ!アンタ私の事を何だと思ってんのよ!いい加減にしないとぶっ飛ばすわよ!」
3人が宿に戻ると、宿の受付にいた店員が慌てて走り寄ってきた。
「南0都市の組合長が宿の応接室で待っている。」と聞き、3人は大きなため息を吐いた。
「こっちから行く手間が省けたと考えたらいいのかしら…。」
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
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