常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

08.紫と青

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 組合直営の宿を引き払った3人は歓楽街にいた。
歓楽街が一番賑わう時間帯の夜ということもあるだろうが、レックスの言う通り歓楽街は多くの人で賑わっていた。
肌も露わな娼婦たちが客を呼び込み、それを冷かしながら歩く男たちや真剣にどの店にしようか悩んでいる男たち、娼婦の腰に手を回した赤ら顔の男、男娼を連れた女もちらほら見受けられた。
様々な人間の欲望で熱気溢れる中を歩きながら、リョウが口を開いた。

「最初っからこっちに来ときゃよかったな。マジで。」
「事情を知ってたらそうしてたわねぇ。」
「誰も私のことなんか気にしていないな。」
リョウの言葉にマリーとトウコが深く頷いた通り、歓楽街に来るまでトウコたちは道行く人たちから避けられるようにして歩いてきたが、歓楽街に近づくにつれて避ける人は徐々に減っていき、今では3人を気にする者など皆無だった。人に避けられないため、逆に歩きづらいと思えるほどだった。

レックスから紹介された宿は歓楽街の中ほどにある立派な宿だった。
1階が食堂で2、3階が客室になっており、娼婦を連れた男たちが客室へと上がって行くのが見えた。食堂の給仕係も娼婦と男娼らしく、金を渡せばそのまま客室に連れていける仕組みになっているようだった
レックスからの紹介だというと、すぐに部屋が用意された。マリーが3人分の料金を渡すと、店員の不愛想な男が少し訝しげな目でトウコを見たので、トウコが組合員のドッグタグを見せながら、「残念ながら娼婦じゃないぞ。」と言うと、男は鼻を鳴らしたが何も言わなかった。

「そうか。お前、娼婦の恰好をすればもっと目立たないんじゃないか?」
リョウが良いことを思いついたとばかりにトウコに言うと、トウコは呆れた顔をして言い返す。
「ここにいればもう私は目立っていないんだから、わざわざそんな恰好する必要ないだろう。」
「つまんねーな。たまにはそういうのも新鮮味があっていいだろ?マンネリ解消ってやつだ。」
「飽きもせず毎日ヤっててマンネリも何もないでしょうに…。馬鹿なこと言ってないでさっさと荷物置いて夕飯にしましょ。」

荷物を置いた3人が、客で賑わう1階の食堂のテーブルに着くと、すぐに給仕―色無しで肌を露出した女がやってきた。3人が適当に注文し、女は厨房に注文を通すとすぐにまた戻って来て、トウコに挑戦的な視線を向けながらリョウに豊満な胸を押し付け抱き付いた。
リョウが面倒くさそうに女を押し退け、トウコの腰を抱きながら「不要だ。」と言うと、女は面白くなさそうな顔をして去って行った。

それからすぐに酒と料理が運ばれてきた。
魚の酒蒸しや海鮮の炭火焼き、フリッターなどの南0都市ならではの料理がテーブルに並び、トウコがアルコールの入ったカップを傾けながら恐る恐る料理に目を向ける。
「…そこの白い奴。それが昼に食べた10本足だっていうのは覚えた。」
トウコが魚や貝などの炭火焼きの中に入っていた四角く切られた白い切り身を指さしながら言うと、リョウが呆れたようにトウコを見た。
「美味かっただろ?イカもタコもここに来ないと食えないから、怖がってないで食っとけ。」
トウコが恐々とイカの炭火焼きに手を伸ばして口に入れる。
マリーが豪快にカップを傾けながらその様子を見守り、「どう?トウコ、美味しい?」と聞くと、トウコは「悔しいけど、美味しい。」と呟き、マリーとリョウを満足げに笑わせた。

リョウがフリッターに手を伸ばして1つ摘まむ。
「これが8本足、タコだな。観念して食え。」
そう言いながらフリッターをトウコの口元に持っていくと、トウコは少し顔を顰めて逃げる素振りを見せたが、マリーもフリッターを摘まむと食べて見せ、リョウもまた別のフリッターを食べて、「美味いぞ。」と言うと、しぶしぶ口を開いて食べた。
リョウがにやにやしながら、「イカとタコどっちが美味かった?」と聞くと、トウコは物凄く悔しそうな顔をしながら言った。
「どっちも美味しい。でも…タコ。」

トウコの言葉にリョウとマリーが笑っていると、注文を取りに来たのとは別の色無しと、色無しではない女が1人ずつ、そして色無しの男が3人のテーブルにやってきた。
男は意味深にトウコに微笑みかけ、女はリョウとマリーにしな垂れかかりながら蠱惑的に微笑んだ。
トウコが男を見ながらリョウの肩にもたれ掛かり、「こいつの相手で精いっぱいだ。」と言い、マリーが「私は女に興味はないわよ。ついでに、そっちの男もタイプじゃないわ。」と言うと、やはり3人とも面白くなさそうな顔をしてさっさと別のテーブルへと歩いて行った。

「めんどくせーなあ。トウコ、お前やっぱり娼婦の恰好しろよ。」
「無理じゃないか?最初の色無しの女は私からリョウを奪うつもりで来てたぞ。」
「トウコが娼婦の恰好して、リョウの膝に座ってたらいいんじゃない。」
マリーが投げやりにトウコに言うと、トウコがすかさず言い返す。
「そうしたらマリーだけに娼婦や男娼が来るぞ。マリー、適当に男娼を買うか?それなら私も娼婦の恰好してやるぞ。」
「嫌よ…悪かったわ。」
「おい、マリー買えよ。トウコが娼婦の恰好して俺の上に乗るんだぞ?」
「なんで私がリョウを喜ばせるために買わないといけないのよ!大体、どうせ毎晩上に乗せてんでしょ!」

その後、3人はようやく誰にも避けられることも遠慮をしなくていい環境に来たことに安堵したかのように、たまに娼婦や男娼に邪魔をされつつも大いに飲んで食べた。

それから4日間、3人はほとんど宿から出ることなく過ごした。
歓楽街では目立たないだけで、歓楽街から出れば目立つことに変わりはない。かといって、歓楽街ですることもない。
トウコは、リョウやマリーに自分に気にせず外出すればいいと言ったが、リョウがトウコを置いて出て行くわけもなく、マリーも1人で出ても面白くないからと言って出掛けることはなかった。
トウコとリョウは2人で部屋に籠り、たまにマリーの部屋に行ってマリーをからかっては怒られるというのんびりとした日々を過ごした。
しかし、4日目の午後。昼食の後にリョウが「ちょっと出てくる。」と言って1人でふらりと出掛け、夕方にまた戻って来た。
トウコは特に気にすることなく、誰にも邪魔されない午睡を楽しんだ。

そして5日目。
短剣が出来上がる約束の日を向かえた3人は、再びゲイルの店へ訪れた。
「おう。来たな。」
3人が店に入ると、ゲイルが待ち構えていたようにカウンターの向こうからすぐに声を掛けてきた。
ゲイルがカウンターの上に2振りの鞘に入った短剣を置く。
「鞘も大分痛んでたからな。新しくしといてやったぞ。サービスだ。」
リョウが1本を手に取り鞘からゆっくりと短剣を抜くと、綺麗に磨き上げられた短剣が現れる。目の前に掲げてじっくりと眺めたリョウがもう1本も抜き、またじっくりと眺めると感心したように口を開いた。
「見事だな。」
その言葉を聞いてゲイルがまんざらでもない顔で頷く。
「当り前だ。」
「魔力の通りが前より良くなってるな。」
「おう。慣れるまでにちょっと時間がかかるかもしれん。前のやつよりは随分高魔力にも耐えられるようになったが、気を付けろよ。さすがに坊主の全力の魔力には耐えられんぞ。」
「分かった。」

新しいおもちゃを与えられた子供のように、わくわくした顔をしているリョウにトウコが不敵な顔をして声を掛ける。
「リョウ、新しい短剣を早く使ってみたいんだろう?私が相手してやろうか?」
「お前を相手にしたらまた短剣が折れるだろ、ボケ。マリーぐらいが丁度いい。」
「アンタ、失礼にもほどがあるわよ。私ぐらいって何よ!っていうか、アンタの相手なんかしたら私の可愛いバトルハンマーが折れるわよ!」
短剣を眺めながら、マリーの言葉にけらけら笑っていたリョウが、何かに気付いたかのように少し不思議そうな顔をする。
そして、短剣の柄を見ながらゲイルに問うた。
「おい、これ。」
問われたゲイルはニヤリとしながら答える。
「いいだろ、それ。お嬢ちゃんの贈り物の方は紫。もう片方は青だ。…握った時に邪魔にならんように付けたが大丈夫か?気になるなら調整するぞ。」
ゲイルの言葉に、握った2本の短剣の柄を少し呆けたような顔で見ながらリョウが呟く。
「…いや、大丈夫だ。気にならない。」
マリーがリョウに近寄り短剣を覗き込むと、柄のグリップ部分に以前はなかった小さな石が埋め込まれていた。
デニスの言う通り、1本は紫でもう1本は青だった。

「坊主に穴を塞いでいいか聞いたら、お前いいって言っただろう?そのあと、嬢ちゃんが埋めるなら石を埋め込んで欲しいって言って来てな。折れた方に紫、もう片方には青、ってね。」
デニスがニヤニヤしながら言った言葉に、リョウが目を見開いてトウコを振り返る。
トウコは少し気まずそうな顔をして目を逸らした。
「…お嬢ちゃんにお願いされたとは言え勝手にやってしまったがよかったか?」
少し窺うようにして聞いたデニスに、リョウは呆けたようにトウコを見たまま呟いた。
「…正直に言うとかなり驚いた。いや、でも埋めていいって言ったのは俺だし問題ない。」
「そりゃよかった!お嬢ちゃんは石の分も払うって言ったが、俺のサービスだ。まあ人工石の安もんだし別の武器に使ったやつの余りなんだ。だから全然いい石じゃなくて悪いな。」
「トウコったらやるじゃない!自分の瞳とリョウの瞳の色の石を埋め込んでもらうなんて!」

マリーの言葉にトウコが気まずそうな顔をしてリョウを横目で窺いながら、口を開いた。
「…悪い。お前に何も言わずに石を埋め込んでもらって。邪魔になりそうなら取ってもらっても構わないぞ…。」
口の中でもごもごと言うトウコを見て、リョウがマリーに叫ぶ。
「マリー!トウコが照れてる!可愛い!俺、どうしたらいい!?」
「アンタはウザいわね。いつものように求婚したらいいじゃない。」
「俺には分かる!こんな状況でもトウコは間違いなく断る!」
マリーの投げやりな言葉に自信満々に言い返しながら、リョウはずんずんとトウコに向かって歩いて行き、トウコを抱きしめた。

「トウコ、ありがとう。…生きててよかったと初めて思った。」
トウコの耳元でトウコにだけに聞こえるようにリョウが囁くと、トウコもまたリョウにだけ聞こえる小さな声で返した。
「…良かった。」


その日の夜。
トウコがシャワーを浴びて部屋に戻ると、先に出ていたリョウがベッドの上に寝転がり短剣を眺めていた。
「リョウ、何か着ないと風邪ひくぞ。」
リョウが横目でトウコを見ると言い返す。
「お前も着てねーだろ。」
「タオル巻いてる。」
その言葉に鼻で笑ったリョウが体を起こすと、ベッドの端を手でぽんぽんと叩いた。トウコがそこに座ると、リョウがトウコの後ろでごそごそと動く気配がする。
何事かとトウコが後ろを振り向こうとするも、それをリョウが制するので内心首を傾げながら大人しく前を向いて座っていると、胸元に何かがヒヤリと当たった。
トウコが下を向くと、谷間の間に親指の爪ほどの大きさの透き通った空色の涙滴型の石が光っていた。
色の薄い細い金の鎖で繋がれたそれを見たトウコが少し息を飲む。
リョウがトウコの肩に口付けると、肩越しにトウコの胸元を見下ろしながら口を開いた。
「…お前が短剣を贈ってくれるっていうから、俺も何か返そうと思って。なのにお前ずるいぞ。」
少し拗ねたようなリョウの口調にトウコが苦笑する。
「ずるいって…。」
「何か贈ろうにもお前物欲ねーし。指輪は殴るのに邪魔って絶対言うだろうし、腕輪も殴るのに邪魔って絶対言うし、ピアスは耳に穴空けてねーし、イヤリングは戦ってたら落ちそうだから嫌って言いそうだし、お前面倒なんだよ。」
その言葉にトウコが笑い声を上げる。
「全部正解だな。」
「だからそれにした。服の中に入れときゃ邪魔にならないだろ。…驚かせようとしたのに、逆に俺が驚かされた。ずるいぞ。」
トウコが石を指先で弄りながら呟く。
「それで昨日出掛けてたのか。…リョウの髪と瞳の色だな。」
「…おう。」
トウコが体の向きを変えてリョウと向き合う。
「考えることは一緒か。でもリョウは髪の色まで入れてる分、私より強欲だな。」
リョウがそれには答えずに、トウコが巻いていたタオルを引っ張る。タオルは簡単に解け、露わになったトウコの胸を指でなぞりながらリョウが囁いた。

「…想像してた以上に自分の女が自分の色を付けてるっていいな。しかも首に自分の色の鎖。興奮する。」
トウコがくすくす笑いながらリョウの首に腕を回す。
「本当に強欲だな。」
「トウコももっと強欲になれよ。」
「リョウに近付く女を全員血祭りにあげるかもしれない。」
リョウがトウコに覆いかぶさりながら耳元で囁く。
「…いいなそれ。」
リョウの耳朶を噛んだトウコがそっと言葉を落とした。
「ありがとう、大事にする。」
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