常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

11.急転直下

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 招かれざる客が訪れた翌日。新たな客が3人の元に訪れた。

朝食を終えた後、マリーに鬱陶しがられながらトウコとリョウがマリーの部屋でだらだらと過ごしていると部屋のドアがノックされた。
「おはようございます。ソウマです。」
その声に3人が目を丸くする。
すぐにマリーが扉を開けると、BDUを着こんだソウマとその部下の5人が笑顔で立っていた。
「ソウマさん!どうしたの!?」
「もっと早くに来るつもりだったのですがなかなか時間が取れなくて。すみません。もう皆さん、この街で起こっていることはお聞きになられましたよね?」
「ええ、爆破テロが続いているって聞いたわ。」
「でしたら皆さん、せっかく南0都市まで来られたのにあまり出歩かれていないでしょう?今日は私とこいつらが非番なものでして。ですので、遊びに来ました。」
そこで言葉を切ったソウマが、いたずらっ子のような顔をして言葉を続ける。
「海に行きませんか?」

突然の訪問と誘いに驚く3人にソウマが説明したことはこうだった。
ソウマは南0都市に到着した翌日に、この街で起こっている一連の爆破テロの件を聞いた。すぐにトウコたちに知らせようとしたが、時間が取れずに連絡できなかった。そうこうしているうちに組合から連絡があり、3人が歓楽街へ移ったことを知った。
それからもなかなか時間が取れなかったが、歓楽街ならばとりあえず安心だと思ったこと。
そして、3人のことなのできっと宿に籠って出掛けておらず、窮屈な思いをしているだろう。軍人である自分たちがBUDを着て3人の側に入れば、住民も3人のことを危険人物だとは思わないのではないか、せっかく海があるのだから海に3人を―主にトウコを連れて行ってやれば喜ぶのではないかと思ったということだった。

ソウマの説明に、「軍人と色無しがいるなんて余計に住民に避けらるでしょ。」と苦笑したマリーだったが、確かにソウマたちと一緒に行動すれば爆破テロの犯人を捕まえようとしている組合員からちょっかいを出されることもないだろうし、何よりも宿に籠っている毎日に正直飽き飽きしていたことも事実だったため、海に行くことを快諾した。
リョウも承諾したため、3人は南0都市への移動にも使用したお馴染みの輸送車に乗り込んだのだが、1人だけ暗い顔をしている人物がいた。

「私は絶対に泳がないぞ。」
トウコが輸送車のバックシートで暗い顔をしながら呟く。
「トウコさん、泳げないのですか?」
ソウマが意外そうな顔でトウコに問うと、トウコはやはり暗い顔で応じる。
「泳げる…。川や湖で泳ぐことはある…。」
そんなトウコを笑いながらリョウが宥める。
「大丈夫だって。タコもイカもいねーよ。いても平気だって。」
「組合長が言っていた。あいつらは足で吸い付いてくるって…!」
リョウがげらげら笑いながらトウコの頭を撫でる。
「やばい。タコとイカに吸い付かれて焦ってるトウコを見てみたい気もしてきた。」
「やっぱり吸い付くんじゃないか!嫌だ!絶対に海に入らない!」
「でもトウコ、タコもイカも美味しかったでしょう?捕まえちゃえばいいのよ。そしてみんなで食べましょ。」
マリーの言葉にトウコが少し考える様子を見せたが、すぐに愕然とした顔で呟いた。
「…私はタコもイカもどんな姿をしているか知らない。どうしよう…。」
またリョウが爆笑し、ソウマやその部下たちの笑い声に包まれたまま一行は海へと到着した。

南0都市は断崖絶壁を削って作られた町のため、目の前に海はあるが泳げる場所は少ない。2区から海へと続く道を降りた場所に数か所、そして3区からは1か所だけ小さな入り江へと続く道が存在した。
輸送車の荷室から降りたトウコが目の前の光景に紫の瞳を丸くする。
崖が波によって浸食されて抉れたようになったその場所は、真っ白な砂浜とエメラルドグリーンの海が広がっていた。
呆けたように目の前の光景に目を奪われているトウコにソウマが説明する。
「ご覧の通り大きな岩場に囲まれているので、大きな波が立たないのです。あの岩場の…入り江の先は白い波が立っているのが見えるでしょう?」
ソウマの説明にトウコが頷く。
「でもこちらは岩場に囲まれているので波がここまで来ないのです。だからとても穏やかですし、こんなに綺麗な色の海になるのですよ。」
ソウマがにっこり笑って言葉を続ける。
「綺麗でしょう?泳がないなんて損ですよ。」
トウコは少しソウマを見つめた後、小さく微笑むと頷いた。

浜辺には数組の先客がおり、一行が輸送車から荷物を降ろして敷物やパラソルを広げると、ぎょっとした顔をして皆そそくさと帰ってしまった。
その様子を見てトウコが「悪いことをしてしまったな。」と言ったが、ソウマは悪びれることなく「貸し切りです。いいじゃないですか。」と笑顔で言い切った。

「ねえ、そういえばトウコとリョウは水着持ってきてるの?」
「んなもん最初から持ってねーよ。」
「私も持っていない。」
マリーの言葉にトウコとリョウが首を横に振るとマリーが目を剥いて叫ぶ。
「なんで用意してないのよ!せっかく南0都市に来るんだから普通は用意するでしょ!」
そう言ったマリーは、襟ぐりが大きく開いたタンクトップとショートパンツが一体になった赤い布地に小さな白い花がちりばめられた水着を着ている。
「お前のそれなんだよ…きもちわりぃ。どこで売ってんだそんなもん。」
盛大に顔を顰めて言ったリョウにマリーが言い返す。
「なによ!可愛いじゃないのよ!ここに来る前に第16都市で買っておいたのよ!」
げんなりした顔でマリーを見るリョウにソウマが苦笑しながら声を掛ける。
「リョウさんはそのまま海に入られるのですか?」
そう言われたリョウは、濃紺のTシャツにひざ丈の黒のハーフパンツを履いており、Tシャツを脱ぎながらソウマに答えた。
「上だけ脱いどきゃいいだろ。これだけ日差しが強かったらすぐ乾くしな。トウコはどうすんだ?」
今日のトウコはいつも履いているデニムのショートパンツに白のシャツを羽織っており、「ああ、私もこれだけ脱ぐ。」と言って、シャツを脱いだ。
シャツの下は丈が胸の下までしかない白のタンクトップで、トウコの谷間の間に光る空色の石を見たマリーが目を瞠ったが、すぐににんまりと目を三日月型に変えた。
マリーが口を開こうとした瞬間、リョウが言った。
「マリー、うっせーぞ。」
「何よ!私はまだ何も言ってないでしょ!」
「まだってことは言おうとしたってことじゃねーか。やっぱうっせーんだよ。」
リョウを忌々しげに見たマリーだったが、ついでニヤニヤすると「リョウったら照れちゃって。トウコ、良かったわね。」と最後はトウコを見ながら言った。

言われたトウコもまた少し照れた様子で、マリーの視線を避けるように後ろを振り向いた。
トウコの背中の傷が強い日差しの元に晒され、それを見たソウマたちがぎょっとした顔をする。
「トウコ、あなた傷が丸見えじゃないのよ…。女の子なんだから少しは考えなさい。」
マリーの呆れたような声にトウコがソウマたちを見て「ああ。」という顔をし、また振り返ると、「忘れてた。見苦しい物を見せて悪い。」と言った。
トウコの言葉にソウマたちが慌てて手を振る。
「ああ、いえ。こちらこそすみません。少しびっくりしただけで、見苦しいなんてそんな。」
「嬢ちゃん、その傷どうしたんだ?」
「子供の頃に魔物の爪にやられた。」
ソウマの部下の中年の男の問いにトウコが何でもないことのように答えるソウマリーが少し眉を下げて言った。
「私の治癒の腕じゃ、トウコの傷は消せないのよねぇ。上位の治癒魔法が使えたら消せるんだけど…。」
「別に私は気にしてないからわざわざ消す必要もないだろう?それにマリーもリョウも体に傷は沢山あるじゃないか。」
「私たちとあなたを一緒にするんじゃないわよ!まったく!」
「男前な嬢ちゃんらしい台詞だなぁ。」
トウコの言葉に中年の兵士が頭をかきながら苦笑すると、リョウがトウコの背中を見ながら言った。
「ま、別にこのままでいいんじゃねーか?トウコの生きてきた証だろ。それに。」
そこで言葉を切ったリョウがニヤニヤすると、トウコの背中の傷を指でなぞりながら言葉を続けた。
「トウコが感じると傷が赤くなるんだよ。エロいだろ?」
トウコが少し非難するようにリョウを見上げ、ソウマたちが目を泳がせ、マリーが怒鳴った。
「ほんっっとあんたって下品ね!そんなこと言うんじゃないわよ!」
げらげら笑いながらトウコの腰を抱いたリョウは、脇腹にトウコの肘を叩きこまれて盛大に悶えた。

その後、日焼けするから泳がないというマリーに対して「だったら何でそんな気持ち悪い水着買ったんだ…。」と言ったリョウは、マリーに殴られてまた悶える羽目になった。
悶えるリョウをひとしきり笑ったソウマの部下たちは、BDUの上着を脱ぐと各々どこかへと散って行き、ソウマとマリーは自分たちは泳がないからトウコとリョウは好きに泳いだらいいと言ってパラソルの下にのんびりと座った。


トウコはリョウに腰を抱かれたまま波打ち際で自分の足に波が静かに押し寄せて引いていくのを見下ろしていた。
それをしばらく見ていたトウコが呟いた。
「透明なんだな。」
「そりゃ水だから透明だろ。」
「遠くで見たら透明じゃなかった。」
「綺麗だろ?」
「うん。」
「泳ぐか?」
その言葉に少し目を泳がせたトウコにリョウが呆れたように声をかける。
「お前本当に面倒くさい女だな。普段は豪胆なのに何でいきなり弱気になるんだよ…。」
「足が沢山あるんだぞ?気持ち悪いじゃないか…。」
トウコの言葉に面倒くさそうにため息を吐いたリョウは、トウコを抱え上げるとそのまま海に入って行き、トウコを海の中に投げ落とした。
海に落とされ慌て悶え、海水を飲んで更に悶えるトウコを見てリョウが腹を抱えて笑う。
海水に咽ながらトウコが笑い続けるリョウを睨み付けると、リョウの腰に組み付いてリョウを海の中に押し倒した。

そのままぎゃあぎゃあと騒ぐ2人をパラソルの下、目を細めて見つめながらソウマがマリーに声をかけた。
「トウコさんとリョウさんは本当に仲がいいですね。」
その言葉にマリーが微笑みながら答えた。
「そうね。でも少し前は違ったのよ。」
「え?そうなんですか?とてもそうは見えませんが…。」
少し目を瞠ったソウマにマリーが肩を竦めながら言葉を続ける。
「別に仲が悪かったわけじゃないんだけどね。あの2人は出会った時からべったりよ。」
「それならどうして…。」
「リョウはトウコと出会ったときからずっとトウコに執着してたの。それはいつかトウコが自分の元から離れて行くと思っていたからでしょうね。少しでも自分から離れていくのを遅らせようとするかのように、トウコに執着していたわ。」
「トウコさんが離れるようにはとても見えませんが…。」
「私がトウコと出会ったのが3年前。リョウと出会ったのはたった2年前なのよ。トウコはそれまで10年近く一人で生きてきたの。でも、トウコからしてみたらその前から…生まれてきてからずっと一人のようなものだったのでしょうね。」
マリーの言葉にソウマはリョウとじゃれ合うトウコを見た。
「あの子は孤独を人一倍嫌っているくせに、いつかまた独りになると思っていたのよ。だから私たち…リョウに対しても壁を作っていたの。トウコは自分から離れる気はないけれど、リョウや私が離れていくと思っていたのよ。ほんっっっと馬鹿なんだから。」
「そうですか…。」
「でも最近、それがちょっと変わったの。」
ソウマがマリーを優しく見つめる。
「マリーさんはトウコさんとリョウさんを大切に思われているのですね。」
「…そうよ。私はトウコもリョウも本当の姉弟だと思っているのよ。…2人とも生意気で可愛くないけれどね!…ねえ、聞いてくれる!?あの子たちったら私がいくら声をかけてもドアを叩いても平気でヤり続けるのよ!?信じられないでしょう!?」
ソウマが声を上げて笑い、未だじゃれ合うトウコとリョウを見て言った。
「それだけトウコさんとリョウさんは、マリーさんに甘えているのでしょう。」
その言葉にマリーが少し目を瞠る。
「…そうなのかしら。」
「ええ、そう思いますよ。あの2人はマリーさんに甘えています。素敵な優しいお姉さんですもんね。」
少しおどけて言ったソウマに、マリーがトウコとリョウを見つめながら言った。
「…甘えてくれているのなら嬉しいわ。本当に、本当にあの2人は私の家族なの。」
「素敵な家族だと思います。」
「…ありがとう、ソウマさん。」

その後、遊び疲れたトウコとリョウがマリーたちの元へ戻って来ると、ソウマの部下たちも釣った魚や取った貝を手に自慢気に戻って来た。
ソウマの部下が捕って来たものの中にタコも混じっており、それを見たトウコが小さく悲鳴を上げてリョウに「短剣で細切れにしろ…!」と言い、リョウに馬鹿にされる一幕もあったが、結局トウコは細切れにされて焼かれたタコを悔しげな表情をしながらも美味しいと言って食べた。

夕日が沈む海をトウコがリョウと一緒に眺めていると、ソウマが声をかけて来た。
「トウコさん、満足していただけましたか?」
トウコは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ソウマさん、ありがとう。ソウマさんの言った通り街は想像以上に綺麗だったし海もとても楽しかった。ついでにお願いが1つあるのだけど…。」
お願いがあるというその言葉にソウマが少し目を瞠ったがすぐに笑顔を浮かべて頷く。
「ええ。もちろんです。遠慮なく何でもおっしゃってください。」
「友人の女の子にお土産を買いたいんだ。私たちだけで街に出ると面倒だから、これからついでにどこかに適当な店に付き合ってくれないか?」
ソウマは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「もちろんです。行きましょう。」

その後、トウコはソウマたちと連れ立って1件の雑貨屋に立ち寄り、真っ白な砂と小さな貝殻が入った小瓶を買った。
手の中の小瓶を見つめながらトウコが少し心配そうにリョウに聞く。
「…ルリは喜んでくれるかな?」
「お前が選んだもんならあの子はなんでも喜ぶだろ。」
リョウがトウコの頭を撫でながら言うと、トウコは嬉しそうに小さく微笑んだ。


その日、トウコたち3人がソウマたちに送られて宿に戻った時、5度目の爆発が2区で起こった。

そして、それはトウコの名で犯行声明が出された。

トウコはリョウたちの目の前で南0都市の軍に連行された。
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