常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

13.顔役

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 リョウは1人、スラム街を歩いていた。

口元に笑みを浮かべ、何かを探しているかのように視線をさまよわせながら歩くリョウに、店の黒服や呼び込みの娼婦が声をかけ、物乞いやスリが近寄ってくる。
リョウは掛けられる声を全て無視し、物乞いをあしらい、ポケットや胸元に入ってくる腕や指を払い、時に折りながらスラム街を歩き続けた。
その時、道の暗がりから声が掛けられた。
リョウがそちらを見やると、細く暗い路地に隠れるようにして1人の娼婦が立っていた。
薄汚れた茶色の髪を後ろで束ね、元は真っ赤だったであろう色の胸元が大きく開いたロングドレスを着た娼婦を見たリョウが足を止めた。

娼婦は自分を見て足を止めたリョウに嬉しそうに微笑みかけながら、暗い路地の中に入って行く。リョウもまた口元に笑みを浮かべたまま娼婦の後を追った。
娼婦は追って来たリョウの右手を取ると路地の中を静かに進んでいき、5分ほど歩いたところで足を止めた。
生ごみや汚物が散乱する路地の壁を背にして立った娼婦は、右手をリョウの首に回しながら左手でドレスの裾をたくし上げると、露わになった左足をリョウの腰に巻き付けた。
リョウは巻きつけられた太ももを右手で抱え込み、娼婦の体を壁に押し付けると左手の短剣を娼婦の首に突き付けた。
「ひっ」
リョウは口元に笑みを浮かべたまま、震える娼婦に優しいとすら思える声音で問うた。
「俺はお前に用はない。お前らの顔役に会うにはどうしたらいいか教えてくれたら解放してやるよ。」
娼婦は震えながら首を振る。
「し、知らない…。私みたいな娼婦が知っているわけないじゃない…!殺さないで!」
「言えば殺さないでやるよ。」
「本当に知らないのよ!」
「それなら知っていそうな人間を言え。」
「…言えば私がそいつに殺されるわ。」
リョウが微笑みながら首元に突き付けた短剣の刃を引くと、女の首に赤い筋が付く。
「…や、やめて。」
「言わなければここで俺に殺されるだけだ。…そうだな、教えてくれたら金をやるよ。」
そう言ったリョウが懐から金の入った袋を女の手に握らせる。
女が手の中の重みと厚みに少し目を瞠る。
「どうする?言わずに俺に殺されるか、大人しく喋ってその金を持って逃げるか。俺はどっちでもいいんだ。殺して騒ぎを起こせば顔役もそのうち出てくるだろう?さあ、選べ。」
女は震えながら喉を鳴らすと口を開いた。
「いい子だ。」
リョウは女の体を開放すると、静かに元来た道を戻った。

**********

マリーもまたスラム街を歩いていた。
水はけが悪くぬかるみ、ゴミや汚物が散乱する道端に座り込んで胡乱な目で見上げてくる薄汚れたスラム街の住民たちの視線を受けながら、ゆっくりとした足取りで暗い路地を進んでいく。
リョウのように口元に笑みを浮かべることなく、無表情とも言える顔で歩みを進めたマリーの目にトタンを重ね合わせた粗末なあばらやの前で、一斗缶で起こした焚火を囲んでいる男たちの集団が目に入った。
マリーは無言で男たちに近付いた。

集団の中の1人の男が近づいてくるマリーに気付き、誰何の声を上げる。
「なんだぁ?お前。」
その声に他の男たちもマリーを見るが、マリーは気にすることなく男たちの前で足を止めて見下ろした。
「なんだコイツ。ラリってんのか?」
「お前、見ない顔だな。痛い目みたくなかったらどっか行け。」
男たちがマリーを睨み付けながら不愉快そうに手を振って追い払おうとするが、マリーは無表情で男たちを見下ろしたまま口を開いた。
「顔役はどこだ。」

その言葉に男たちが気色ばむ。
「…お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「よそ者が調子乗ってんじゃねーぞ。」
怒りを露わにした男たちが立ち上がり、傍らに置いてあった角材や鉄パイプを手にマリーを取り囲む。
マリーは男たちを見渡すと、また静かに言った。
「顔役はどこだ。」
「死ね!」
男たちが一斉にマリーに襲い掛かると、マリーは愉悦の表情を浮かべてこぶしを振り上げた。


血塗れで倒れている男たちを見下ろしたマリーは、また静かに暗い路地を奥へ進んだ。


**********

深夜、スラム街の路地裏で鼻から血を流した1人の男が短剣を首に突き付けられていた。
「い、言えねえ!よそ者に教えられるわけねえだろう!言ったら殺されちまう!」
震えながら言った男に、リョウは静かな声で返す。
「じゃあ、ここで死ね。」
リョウが短剣を握る手に少し力を籠めると、切っ先が男の首に沈み込んだ。
「ひっ!や、やめてくれ…!」

娼婦から教えられた人間を辿り5人目の男を脅していたリョウの耳に、コツンと石が壁に当たる音が聞こえた。
唇を笑みの形に歪めたリョウが男に囁く。
「良かったな。」
リョウは震える男から体を離すと、音が聞こえた方向に向かって歩き出した。

歩き出してすぐに分かれ道が現れたが、すぐに右の道から石粒が転がってくる。リョウは石粒が飛んできた道へと入る。
そうして石に導かれながら歩いているとマリーが向かいから歩いてくるのが見えた。
マリーを見たリョウが少し顔を顰める。
「マリー、血みどろじゃねーか。まだ血の雨を降らせんのは早えーよ。無関係な人間殺し過ぎたらトウコに怒られるぞ。」
「まだ殺してない。」
低く言ったマリーにリョウが鼻を鳴らした時、右の道から石粒が飛んできた。
2人は右の道の奥を見つめると、そちらに向かって静かに歩き出した。

2人が無言で歩いて行くと、襤褸を纏った枯れ木のように痩せた老人が道の突き当りに座り込んでいるのが見えた。
老人の前まで歩いた2人が足を止めると、老人が顔を上げて歯のない口を開いた。
「…随分暴れてくれたのう。」
呆れたようなその言葉にリョウは何も言わず煙草に火をつけると、タクティカルベストから封を開けていない煙草の箱を取り出して老人に向かって投げた。
目の前に落ちたそれを嬉しそうに拾った老人―スラム街の顔役は、封を開けて煙草を一本抜き取ると口に咥えた。
マリーが血に塗れた手でライターを顔役に向かって放り投げると、顔役はそれで火をつけうまそうに煙を吐き出しながら言った。
「お前さんが脅した子たちを始末せにゃならん。全く可哀想なことをする。」
「俺たちがスラムに入ったことは分かっていただろう?用件も分かっていたはずだ。その時にとっとと姿を現しときゃよかったんだよ。」
リョウが無感情な声で返すも顔役は何も言わず、うまそうに目を細めて紫煙を吐き出した。

その様子を冷たい目で見ていたリョウが口を開いた。
「それで…俺たちの前に姿を見せたってことは、この件にスラムは関わっていないと思っていいんだな?」
「そうだの。正直、儂らも困っておったのさ。」
「だったらとっとと手を打っときゃよかったんだ。2区でテロが起こるまで放置しやがって。」
「耳が痛いのう。…儂らも動いてはおったんだがの。2区の人間も関わっていると分かったら、色無しもそうじゃないのも随分取り込まれてしまっての。」
顔役が煙草を吸い、煙を吐き出すと少し声を潜めて言葉を続けた。
「1か月ほど前だったかの。1人の女がスラムに現れてな。どこにでもいるような凡庸な顔をした女だったが…その女が現れてからおかしな言動をする者…特に色無しが増えての。様子を探っておるうちにテロが起こったのさ。」
「その女が首謀者か?」
「儂らはそうだと思っておる。」
「その女は今どこにいる?」
「もうここにはおらん。別の場所に行った。」
少し探るような目でそう言った顔役を、リョウは不愉快そうに見ると鼻で笑った。
「はっ。俺たちにその女を片付けさせようとするんじゃねーよ。もうここにいないなら興味はない。」
「テロを起こした奴らの潜伏場所と交換条件でどうかの?」
「ふざけてんのか?笑えない冗談に付き合ってる暇はないんだ。お前らの不手際を俺たちに押し付けるな。」
自分を睨み付けるリョウの顔を見上げていた顔役は小さくため息を吐いた。
「…まあそう言われても仕方がないのう。」
「テロに関わった奴らは全員殺してやる。それで手を打て。あぁ…1人は軍に突き出すが同じことだろう。」
顔役は少し考え込むように少し顔を俯かせたが、すぐに顔を上げて小さく頷いた。
「いいだろう。ただ1つだけ頼みごとを聞いてくれんか。」
「…聞くと思うのか?」
「なに、大した頼み事じゃないでな。自分たちの街でないところで散々暴れてくれたんだ。1つくらい聞いてくれても罰は当たらんぞ。」
リョウが不愉快そうに顔を顰めるが顔役は構わず言葉を続けた。
「お前さんたちのお姫さんを助け出したら1度会わせてくれんかの。」
「…俺たちで決められることじゃねーな。あいつが会うって言ったら連れて来てやろう。」
顔役は歯のない口でにやりと笑うと大きく頷いた。


リョウとマリーは再び人気が消えたスラム街の道を進んだ。
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