常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

14.はじまり

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 投げられた石が体に当たり女はよろめいた。また1つ石がぶつけられ、皮膚が裂け血が流れる。次々と投げられる石が頭に当たり、たまらず女は倒れ込んだ。
女の長い黒髪が地面へと広がる。
しかし、女を取り囲んだ群衆はそれには構わず口々に女を罵倒しながら石を投げ続ける。
「お前が俺の親父を殺したんだ!この魔女め!」
また1人、女に石を投げる。
「私の可愛い息子を返して!」
髪を振り乱した女が石を投げる。
「…違う。私は魔女なんかじゃない。」
女のか細い小さな呟きは群衆の叫びにかき消される。
「気持ち悪い髪の色をしやがって!お前のせいで…!」

「私じゃない…!」
女が顔を上げ、紫の瞳から涙を流しながら叫ぶ。
その顔に石が投げつけられた。

**********

トウコは顔に石がぶつかる感触に体を震わせて目を覚ました。
霞む目を上げると、そこにはバケツを持って冷たい目でこちらを見下ろしている男がいた。
「ああ…。」とトウコは口の中で呟いた。
石ではなく水が掛けられたのかとトウコが自嘲気味に小さく笑うと、男が不愉快そうに顔を歪める。
「笑う余裕がまだあるとはな!」
言いながら男が足でトウコの肩を蹴り、横向きに倒れていたトウコの体を仰向けにする。
背中で拘束されている腕と折られた指が硬い床に擦れトウコが小さく呻くも、男は構わずにトウコの胸を足で踏みつけた。

男がトウコを踏みつけたままあざ笑うように言った。
「喜べ。お前を犯罪奴隷の慰み者として与えてやる。どうせその体で男どもを仲間に引き込んだのだろう?…大人しく吐けば苦しまずに殺してやるぞ。」
「好きにしたらいい。男ども全員食いちぎってやる。」
冷笑を浮かべて言ったトウコを、激高した男が蹴り上げようとした時、1人の兵士が少し慌てた様子で部屋に入って来た。

「少尉!第16と第4から電文が…。アーチボルト中将とキサラギ大佐、そしてパーソン少佐が抗議してきています!」
その言葉に男が不愉快そうに眉を顰める。
「何故だ!関係ないだろう!?」
「そ、それが…アーチボルトはその女を大切な友人だと…。キサラギとパーソンは姉だと言っています。そのため、その女の処遇は一旦保留されることになりました!」
「なんだと!?」
男が目を剥いてトウコを見下ろす。
トウコは男の顔を愉快そうに見上げて声を上げて笑った。
「…姉か。間違っちゃいないな。」
「ふざけるな!」
男がトウコの腹を蹴りトウコが呻くと、部屋に入って来た男が少尉と呼ばれた男を慌てて止める。
「駄目です!女の身元がはっきりするまで尋問は止めるように命令が出ています!」
「くそっ!」

トウコが咳き込み口から血を吐き出すと、男を見上げて言った。
「なあ、少尉さん。煙草吸わせてくれよ。」
男は憤怒の形相でトウコを睨み付けると、奥歯を噛みしめて部屋を出て行った。

トウコの哄笑が男の背中を追いかけた。

**********

時を同じくして、リョウとマリーは深夜のスラム街をまた石に導かれて歩いていた。時折、遠くの方から人の話し声や叫び声が聞こえてくるが、2人が歩く道には不自然なほど人がいなかった。
生ごみや汚物、糞尿などの入り混じった臭いの中、ぬかるんだ道を進むこと30分ほどで、1件のあばら家の前で2人の男が焚火を囲んでいるのが見え、リョウとマリーは足を止めた。
そこへ、どこからか石が飛んできて2人足元にコツンと当たった。
リョウは酷薄な笑みを顔に貼り付け、マリーは歯を剥き出しにして笑い、そのあばら家に向かった。

**********

色無しの男はこの世界を諦めていた。色がないだけで親に捨てられ、孤児院で育った後は娼館へと買われ、男娼として生きてきた。そこで男色の豪商の目に留まり、その男に囲われることになった。しかし、豪商の男に買われてすぐ、些細なことでその男の顰蹙を買い捨てられた。捨てられる際、顔と背中に傷をつけられた色無しの男は、どこの娼館にも受け入れてもらえず、結果、スラム街の路地裏で客を取るようになった。
孤児院にいた頃からすべてを諦めていた色無しの男は、豪商に買われた時も捨てられた時も、そしてスラム街へたどり着いた時も悲しいだとか悔しいだとかは思わなかった。
しかし、ある時からそれが一変した。
諦めていた世界を憎み、自分を蔑む人々も憎むようになった。こんなに激しい感情が残っていたのかと自分でも驚くほど憎しみで染まった。
色無しの男は、黙って焚火を睨みつけている目の前の男を見た。
その男は色無しではなかったが、目の色が黒に見えるというだけで親に捨てられ、スラムで生きてきた男だった。
自分を見ていることに気付いた男が色無しの男の方をちらりと見たが、何も言わずにすぐにまた焚火に目を落としたため、色無しの男も焚火に目をやった。
トウコという別の街から来た色無しなのに力があるという女を生贄にして、軍が混乱している間に爆破テロを立て続けに起こす。
色無しの男はそう聞かされていたし、実際に明日はこの男も4区で爆発を起こすことになっていた。
自分が爆弾を投げるその時を想像して、色無しの男は喜びに少し体を震えさせた。

その時、焚火に目を落としていた向かいの男がはっとしたように顔を上げ、道の先の暗闇を見つめるのが目に入った。
色無しの男もつられるようにそちらに目をやると、暗闇の先から1人の男が駆けてくるのが目に入った。
男の両手に短剣が握られているのが目に入り、色無しの男は慌てて立ち上がった。
が、その時には既に瞳の色まで判別できる距離に短剣の男は来ていた。
白みがかった金髪に、青の瞳は明るい色をしているはずなのに、その切れ長の瞳は酷薄で暗い印象を与える男の顔を凝視しながら、色無しの男が助けを呼ぼうと口を開いた時、男の視界が回転した。
地面に落ちた自分の顔に熱い何かがぼたぼたと落ちてくるのを感じながら、短剣の男がもう1人の男の首を刎ねるのを見た。

欲してやまなかった色を持つ男を見ながら、色無しの男の視界は自分が最も憎んでいた黒に染まった。
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