常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

20.誓い

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「…あら?」
首をなくした身体が崩れ落ちる。
地面に落ちた首が、ごろごろと転がって止まった。

「あなた、幻覚にかかっていなかったの?」
地面に落ちた首―リリアがリョウを見上げて不思議そうに聞いた。
リョウは首を見下ろしながら、「まだ半分はかかってるぞ。現にお前のことが俺にはトウコに見えている。」と言った。
「あら。自分の女の首を刈り取るなんてひどい男ね。」
リョウとリリアが言葉を交わしている間にも、リリアの首の切断面から小さな細長いヒルのようなものが溢れ出て、側に倒れている体へ戻ろうと蠢いている。
「お前も核を壊さないと殺せないクチか?」
「ええ、そうよ。壊せるかしら?」
リリアの肯定を聞いたリョウが、トウコの方を見やった。

リョウが腕を交差させる瞬間、トウコは少尉の男の方に飛んでいた。
そして、リョウがリリアの首を刈り取った時、トウコは男が掲げた腕を掴まえてへし折った。
今、トウコは男にとどめを刺そうとしているところだった。

「トウコ。後ろに退け。」
リョウの言葉に、男にとどめを刺そうとしていた腕を止めたトウコが一瞬考えるようなしぐさを見せた後、男の襟首を掴むと無造作に後ろへ放り投げた。
そしてリョウを一瞥すると、リョウの言葉通りに放り投げた男の方へとトウコも飛んだ。
トウコが下がったことを確認したリョウは、小さなヒルが蠢くリリアの首と身体を見下ろすと静かに言った。
「どこに核があるか分からないなら。」
タクティカルベストのポケットに手を入れたリョウが言葉を続ける。
「全て壊してしまえばいい。」
冷笑を浮かべたリョウが、持っている魔力石の中で一番大きな石を3つ取り出す。
「…私、負けちゃったみたいね。残念だわ。」
「お前自身が弱くて助かった。それじゃあ、死ね。」
そう言ったリョウが後ろに大きく飛びながら魔力を込めた石を3つ、リリアに向かって放り投げた。
大きな爆発が3度起こり、リリアが爆炎の中に消えた。

マリーに群がっていた犯罪奴隷の男たちが途端に気を失って崩れ落ち、マリーが1つ息を吐くとバトルハンマーを下ろした。
爆炎が消え、リリアも消えたことを確認したリョウがトウコの方を見ると、トウコは自分の足元に倒れている少尉の男を見下ろしていた。
リョウが小さく息を吐くと口を開いた。
「やっとお前のことがちゃんと見えるようになった。」
「…どう見えてたんだ?」
「よく分かんねーけど、見てるとすげーイライラするやつ。」
リョウの言葉に、トウコは視線を男に落としたまま小さく笑った。
リョウがトウコに近付きながら声をかける。
「そいつがお前をヤろうとした男だって?」
「…ああ。」
トウコが視線を落したまま頷く。
「そいつ俺が殺ってもいいのか?」
「いいぞ。」
リョウがトウコの隣に立って男を見下ろすと、それと入れ違うようにトウコは踵を返してこちらへ駆けてきていたマリーの方へと向かった。

「トウコ!終わったの!?」
「ああ。…リョウが殺った。」
「リョウが?どういうこと?アイツ、幻覚に掛かってたんじゃないの?」
「掛かってたぞ。途中で半分解けた。」
マリーがトウコに治癒を掛け始め、リョウは気を失ったままの男の頭を足で小突きながら説明した。
リリアがトウコに見えていた間、トウコのことは憎くて仕方ない何かに見えていたこと。その何かと戦っている最中、見覚えのある薄い金色の鎖をその何かが付けているのが見えた。
どうしてトウコに贈ったはずの物を、その何かが付けているのか不思議に思ったが、よく考えるとトウコに見えている人物はその鎖を付けていなかったことに思い至った。
それで、今まで戦っていた―鎖を付けている方が本当のトウコで、トウコに見えている方がリリアだと気付いたと語った。

リョウが足で小突いていた少尉の男が小さく呻く。
「多分、その辺でトウコも俺が少し正気に戻ったのに気付いたんじゃないのか?」
男の側にしゃがみこみながら言ったリョウにトウコが頷く。
「…ああ。とは言っても私が気づいたのはその少し後かな。そいつ…その男が襲い掛かって来た時、リョウは確実に私を殺せたはずなのにそいつの腕を切り落とすだけで終わらせたからな。」
そこで言葉を切ったトウコが小さく笑って言葉を続ける。
「まあその後、追撃してきやがったけどな。だけど、それまでと違って隙があったからもしかしてと思ったんだ。」
「アンタ、もしかしてそれで途中で私の方に走って来たの?」
マリーの問いにトウコが頷いて説明した。
リョウが犯罪奴隷たちを殺すか確認したかったので、マリーの方へ走ったこと。そうすると、リョウは遠慮なく犯罪奴隷たちを切り殺した。しかし、少尉の男は犯罪奴隷を殺せたのに殺さなかった。
また、少尉の男が放った複数の氷柱を避けきれないと思ったトウコがリョウの方へ走ると、リョウはトウコが避けきれる範囲に魔力石を投げ、氷柱と相殺させた。
なので、おそらくリョウの幻覚は解けたのだろうと思った。だったらそれを逆手に取ったらリリアを倒せるのではないか、そして多分リョウも同じことを思っているはずだと思い、リョウに追われている素振りを見せながらリリアに向かって走ったと語った。

トウコの説明を聞いたマリーが盛大にため息を吐く。
「…それうまく行ったからよかったものの、トウコの勘違いだったらアナタ今頃死んでるじゃない。」
苦笑したトウコが口を開きかけた時、少尉の男が目を覚ました。

「お。起きたな?」
リョウが男の顔を覗き込みながら少し楽しそうに言葉を落とす。
男は何が起こっているのか分かっていない様子できょろきょろとあたりを見渡していたが、トウコの顔を見ると目を見開いた。
「お、お前!」
リョウが男の頬を軽く叩く。
「お前と話してんのは俺だぞ?ちゃんとこっち見ろよ。」
「な、何なんだ。お前はいったい、何が起こったんだ…。」
「何があったのかは、お前にはもう関係ない話だ。どうせ死ぬんだしな。」
「何を言って…。」
「そうだ。お前の息子とやらを殺したのは俺だ。」
何でもない事のように言ったリョウの言葉に、男が目を剥く。
「お気に入りの色無しの女を庇って死ねたんだ。あいつも本望だろうさ。…まあ、首謀者になって軍に投降するか、今すぐ死ぬか選べって言ったのに、あいつら命乞いするばかりでなかなか決めなくてな。」
リョウが短剣の刃で男の頬を叩きながら言葉を続ける。
「お前が散々痛めつけてくれたあいつ、トウコな?俺の女なんだよ。俺はあの時、トウコが兵士たちに―お前にいつヤられるか気が気じゃなかったんだ。なのに、お前の息子もあの女も命乞いばかりで、さすがに俺も困っちまったよ。」

リョウが口だけで笑みを作る。
「仕方がないから男の方を殺した。…まあ、軍に投降しても殺されてたからな。結末は一緒だ。」
リョウの言葉に男が奥歯を噛みしめ、射殺すような目でリョウを睨みつける。
「俺を殺したくて仕方がないって顔してるな?だが、先に手を出したのはお前の息子だ。そして、今から死ぬのもお前だ。未遂とは言え、自分の女に手出されて許せるほど俺の器は広くない。本当なら苦しめて殺したいところだが、未遂だからな。楽に殺してやるよ。俺の優しさに感謝しろよ?」
「このケダモノめ…!」
「何とでも言え。じゃあな。」

リョウが男の喉を掻き切って立ち上がると、トウコとマリーの方を振り返った。
「マリー、俺も治癒してくれよ。トウコに蹴られたあばらがいてーんだよ。」
その言葉にマリーが白い眼を向ける。
「あんた、その前にトウコに謝りなさいよ。トウコ、怒ってるからね。」
「…やっぱ怒ってるか?」
恐る恐るリョウがトウコを見るも、トウコは視線を足元に落としたまま答えない。
それを横目で見たマリーが代わりに答えた。
「いい加減現実逃避はやめなさい。さっきからトウコ、あんたのこと見ようとしてないわよ。」
「いや…うん…気づいてた…。」
「人の男に手を出した阿呆と、わけのわからない女に唆された阿呆、どっちも殺すって言ってたわよ。よかったわね、トウコにヤキモチ妬かれて。」
「マジで!トウコがヤキモチ!?どうしよう!嬉しい!けど怖い!」
「トウコ激怒してるわよ。…じゃあ私は知らないから。頑張んなさい。」
リョウにぞんざいに手を振ってその場を去ろうとするマリーに、リョウが慌てたよう叫ぶ。
「待て!マリー!マジで治癒してくれ!」
「嫌よ、バーカ。散々トウコを切り刻んでおきながら、あんたは軽症じゃないのよ。」
未だ足元に視線を落としたままのトウコの肩を1つ叩くとマリーはその場から離れた。
歩きながら、マリーが上を見上げて呟く。
「ああ、やっぱり主だったのね。」
その言葉通り、きらきらと輝く金色の粒子が降り注ぎ始めた。


金色の粒子が降り注ぐ中、リョウがトウコの前に立つ。
「…悪かった。」
顔を上げないままトウコが口を開いた。
「リョウ。」
「…なんだ?」
「一発殴らせろ。」
言い終わる前にトウコがリョウを押し倒して圧し掛かると、両膝を地面につけてリョウの体を足で挟んだ。
「いってえ!あばら!あばらを挟むな!お前のせいで骨がいってんだぞ!わざとやってるだろ!」
「私はお前に胸やら腕を散々切られた。おまけに最後のナイフ、あれはなんだ?肩に刺さったぞ?」
「手抜いてんのあの女にバレたら困るだろ!?いや、ちょっと掠めるつもりが刺さっちまったんだけど、悪かった!」
「そうか。まあそんな些細なことはどうでもいい。とりあえず殴らせろ。」
据わった目でリョウを見下ろしたトウコが拳を構える。
「せめて平手打ちで勘弁してくれ!拳はダメだ!そのグローブで殴られたら死ぬ!いや、平手打ちも首の骨が折れる!」
「死ね。」
言い終える前にトウコが拳を振り下ろした。
リョウの顔のすぐ側にトウコの拳が振り下ろされ、地面に亀裂が走る。
「…マジで勘弁してくれ。」
咄嗟に目を閉じたリョウが恐る恐る目を開けると、そこには今にも泣き出しそうなトウコの顔があった。
小さく息を飲んだリョウが、両腕を上げてトウコの頭と背に手を添えると、トウコは顔を隠すようにリョウの首元に顔を埋めて抱き付いた。

リョウがトウコの頭を撫でながら囁く。
「泣くなよ。」
「泣いてない。」
「…本当に悪かった。許してくれ。」
「ごめんなさいって言え。」
リョウの耳元で小さく言ったトウコに、リョウが苦笑する。
「ごめんなさい。」
「許さない。」
即答したトウコにリョウが虚をつかれた顔をした後、眉を下げる。
「…どうしたら許してくれる?」
その言葉にトウコは何も答えず、リョウは降り注ぐ金色の粒子を見ながらトウコの頭をゆっくり撫で続けた。
しばらくしてトウコが囁くように言った。
「リョウに手を振りほどかれた時。…世界が終わったと思った。」
頭を撫でていたリョウの手が止まる。
トウコがリョウにしがみ付く腕に力を籠め、今にも消えそうなか細い声で言葉を続けた。
「…置いて行かないで。」
リョウがトウコを掻き抱く。
「どこにも行かない。ずっとお前の側にいる。」
「絶対…?」
「ああ。ずっとお前の側にいると誓う。」
幼子がするように、トウコがリョウの首筋に顔を摺り寄せる。
「本当に悪かった。許してくれ。」
小さくトウコが頷く。
「お前がもう嫌だって言っても離れない。」
「…それは困る。」
「別に困らないだろ。嫌にならないだろ?」
「うん。」

金色の光が2人を包んだ。

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