常世の彼方

ひろせこ

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紫の章

21.エピローグ

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 トウコが切羽詰まった余裕のない声でリョウの名を呼び、リョウは征服欲に染まった目でトウコを見下ろしたまま動きを速めた。
小さな悲鳴のような嬌声を上げたトウコが背を逸らせ、リョウがトウコを抱き締めてその首筋に顔を埋めた。
2人はそのまましばらく荒い息を吐いていたが、やがてリョウがゆっくりと体を起こすと、未だ少し肩を上下させているトウコがリョウを見上げて聞いた。
「昼間のルリのあれ。どっちって…?」
トウコの言葉にリョウが顔を顰める。
「忘れろって言っただろ。」
「…気になる。」
少しむくれて言ったトウコに、リョウが眉を下げた。

**********

トウコたち3人が南0都市の鉱山で予期せぬ迷宮の主―リリアと遭遇し、倒してから8日が経っていた。
あの後、迷宮はやはり宝物庫には変化せず、またもや神殿へと変わった。
予想していた結果に特に落胆しなかった3人は、さっさとその場を離れた。
南0都市のスラムの顔役と約束したテロ一味残党の掃討は、リリアとの戦いの最中に死んだ者の他に幾人かが残っていたが、リリアを消し去るためにリョウが投げた魔力石の爆発に巻き込まれて全員死んだ。
リリアに操られていたそれなりの数の犯罪奴隷たちが意識を失って倒れていたが、わざわざ殺す必要もないし、本音を言うと面倒だったので放置した。
宿に戻った3人はすぐに荷物をまとめて歓楽街を出ると、3区に新たに取った宿に籠って1日を過ごし、翌日、3区の門の前の広場でソウマたちと合流した。
その時、「ここだけの話ですが、鉱山で犯罪奴隷たちの反乱があったそうです。そのせいで、南0都市の軍は大パニックに陥っています。また、真偽の程は確かではないのですが…鉱山の一部が神殿へと変化したとか…」と、ソウマが3人を少し窺うようにして言ってきた。
マリーは「へー大変ね。」と答え、リョウが「おい、トウコ。今度は犯罪奴隷を扇動したとか言いがかり付けられるかもしんねーぞ。」と言うと、「もう軍に拘束されるのはこりごりだ。早くソウマさん出発しよう。」とトウコが真顔でソウマを見つめながら答えた。
ソウマは苦笑を浮かべ、「そうですね。出発しましょう。」と言って、3人を輸送車に乗るよう促した。
3人が乗り込み輸送車が動き出した時、「ちょっと!待って!3人とも待つんだ!」とレックスの叫び声が聞こえた。
ソウマがちらりとトウコたちを見ると、3人とも素知らぬ顔をしていたため、ソウマは再び苦笑を浮かべたが何も言わず、輸送車を止めることもしなかった。
そのまま何事もなく6日後に第16都市へと帰還した3人は、その翌日に無事に帰還した旨を組合長に報告するために組合本部に訪れ、組合長の呆れた顔に出迎えられた。

「君たちがどう思っているかは分からないが…。」 
紫煙をくゆらせながら組合長が少し呆れた様子で言葉を続ける。
「僕はね?これでも南0都市行きは、君たちへのプレゼントという意味合いもあったのだよ?君たちはいい働きをしてくれているから、少し仕事から離れてゆっくりしてきたらいいと思っていたのさ。」
組合長が煙を吐き出しながら、目の前に座っている3人を見る。
マリーは口をへの字にして組んだ足の上に肘をつき、煙草を持った手で頬杖をついている。
だらしなくソファの背もたれに寄り掛かっているリョウは、相変わらず左手でトウコの腰を抱き、頭を背もたれに預けて天井に向かって吐き出した煙を目で追っている。
トウコは煙草を灰皿でもみ消すと、リョウの指から煙草を奪って一口吸うと、またリョウの口に煙草を戻した。
3人の様子を見た組合長が微笑む。
「何故君たちはどこへ行っても暴れてくるのかな?」

組合長の視線を受けながら、トウコが傍らのリョウを見上げて不思議そうに言った。
「なあリョウ?何故この目の前の男もその弟も、何もしていない私たちに向かって暴れた暴れたと失礼なことばかり言うんだ?」
トウコの言葉に組合長が眉を上げる。
「私は謂れのない嫌疑を掛けられて軍に拘束された、いわば被害者だ。それを心配するどころか暴れただなんて、酷い話だ。」
リョウがトウコを慰めるように頭を撫でて言葉を引き継ぐ。
「トウコの言う通りだ。俺もマリーも軍に連行されたお前が心配で心配でどうしていいか分からなかったっていうのにな。」
組合長が少し面白そうな顔をすると、黙っているマリーに声をかけた。
「ちなみに、君とリョウはトウコが解放されるまで何をしていたんだい?」
マリーは面白くなさそうな顔で煙草の煙を吐き出すと、「右往左往してたわよ。」とぞんざいに答えた。
その言葉に組合長は小さく声を上げて笑うと、「右往左往しながら惨殺か。君たちらしい。」と言ったが、3人は何も答えなかった。

「ところで…。」
次の煙草に火を付けた組合長が含みを持たせた顔で3人を見る。
「トウコが解放された翌日。南0都市の鉱山で犯罪奴隷の反乱があったのは知っているかい?」
「そんな話を聞いた気がするわね。」
「即座に鎮圧されて、かなりの数の犯罪奴隷が死んだらしいが…実はその時、その鉱山の一部が遺跡化しており主がいたと。南0都市の軍は主を討伐。結果、神殿へ変化したらしい。軍は、主の影響で犯罪奴隷が反乱を起こしたのだろうと発表しているね。」
「へーすごいわね。」
組合長が口だけを笑みの形に変える。
「もちろん僕は南0都市の軍の発表を爪の先ほども信じていないよ。」
しばらく組合長と3人は無言で煙草を吸い続けていたが、組合長がまた口を開いた。
「これは個人的な興味から来る質問なのだけれど。反乱が起こった日、君たちはどこにいたのかな?」

トウコが煙を小さく吐き出しながら、傍らのリョウを見上げる。
「あの日…私はお前の上と下、どっちにいた?」
「…俺の前にいて後ろから突かれてたんじゃねーか。」
「そうか。そうだったかもしれないな。」
口の端を上げてトウコが組合長を見ると、組合長は愉快そうな顔をしてマリーを見た。
「夕飯の時間になっても出てこないから、こいつらの部屋のドアを叫びながら叩いてたわよ。トウコの喘ぎ声を聞きながらね!」
マリーがそう言うと、珍しく組合長が大きな声を上げて笑った。
「いや、そうか。すまないね。どうやら組合員のプライベートな事情を聞いてしまったようだ。失礼した。」
目の端に滲んだ涙を拭いながら言った組合長にマリーが言う。
「じゃ、そういうことで無事に依頼は完遂よ。」
「ああ、分かった。ご苦労だったね。」
3人が立ち上がり、部屋から出て行こうとした時、「ああ、大事なことを忘れていた。」と組合長が声をかけた。
「弟から電文が入ってね。君たちに大変感謝していたよ。」
その言葉に3人が足を止め、不審そうに組合長を見る。
「もう2度と南0都市に足を踏み入れるな、だそうだ。また折を見て訪れるといい。泣いて喜ぶよ。」
リョウが鼻で笑いながら答える。
「アイツがお前の弟じゃなかったらと何度思ったことか。」
「では、あれを消したくなったら君たちに依頼するとしよう。」
本気とも冗談とも取れる口調で言った組合長に、トウコもまたどちらとも取れる口調で応じた。
「格安で請け負ってやる。」
組合長のくつくつと笑う声を聞きながら3人は部屋を出た。

その翌日。
トウコとリョウは歓楽街を歩いていた。
歓楽街の中央部、高級娼館が立ち並ぶ中でもひときわ立派な店構えの店に2人が入るとすぐに声が掛けられた。
「お、トウコこないだ振りだな。今日はリョウも一緒か。」
こげ茶の髪を坊主にした、緑がかった瞳をした店の用心棒―イワンを見たリョウが顔を顰める。
「お前まだくたばってなかったのか。早くマリーに殺されろ。」
リョウの言葉にイワンが笑う。
「あいつまだ怒ってるか?」
「マリーの前でお前の名前は禁句だ。」
「おっかねぇ!」
げらげら笑うイワンをトウコとリョウが冷めた目で見ていると、艶気を含んだ声が2人に掛けられた。
「トウコ、リョウいらっしゃい。」
その声の方を2人が見ると、この店のオーナー兼娼婦の色無しの女―アイシャが妖艶に微笑んで立っていた。
「リョウ久しぶりね。たまにはうちの店で遊んでいきなさいよ。あなた好みの色無しの女がいるわよ。あなただったら私が相手してあげてもいいわ。」
「勘弁してくれ。つい最近、トウコに嫉妬されて殺されかかったんだ。」
言葉とは裏腹に少し嬉しそうな口調のリョウの言葉に、アイシャが少し眉を上げてトウコを見る。
「あら。嫉妬だなんて。トウコもお子様になったものね。」
トウコがアイシャの言葉に苦笑した時、「トウコさん!」と嬉しそうに声を弾ませたルリがやってきた。
「リョウさん、きちんとお会いするのは初めてですね。初めましてルリです。今日はお時間ありがとうございます。」
リョウが小さく頷くと、ルリはトウコの手を取った。
「トウコさん行きましょう。アイシャ姐さん行って来ます。」
「ああ。アイシャ、ルリを借りるよ。」
「ええ、ルリ行ってらっしゃい。トウコ、リョウよろしくね。」

南0都市へ出発する前の、今度はリョウも交えて3人でお茶をしようというルリとの約束を果たすために、前回も訪れた店へ3人は入った。
早速、トウコが南0都市で買った土産をルリへ渡すと、ルリは歓声を上げた。
小瓶の中の真っ白な砂と小さな貝殻を大きな瞳でじっと見つめ、「とっても綺麗。」と呟いた後、小瓶を握りしめながらルリは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、トウコさん。大事にするわ。」
「気に入ってももらえてよかった。」
その後、ルリにせがまれて南0都市が話どおりの綺麗な街だったこと、海が綺麗だったこと、そしてタコもイカも美味しかったことをトウコが語り、ルリはその話を目を輝かせて聞き、時に楽しそうに笑い声を上げた。

ルリから南0都市では他に何をして過ごしていたのかを聞かれ、トウコが苦笑しながら実は…と軍に拘束されたことを話すと、ルリは目を丸くした。
しかし、リョウとマリーが助けてくれたことを話すと、ルリはリョウを見ながら「素敵な王子様ね。」と言った。
その言葉にリョウがにやりと笑い、「血塗れの王子様だけどな。」と応じると、ルリは少し目を丸くしたが、にっこり笑うと「やっぱり素敵だわ。」と言った。
その言葉にトウコが少し意地悪な顔をして、「その素敵な王子様は別の女に唆されたんだぞ。」と言い、リョウが盛大に顔を顰めた。
ルリからどういうことか聞かれたトウコが、ここだけの内緒の話だけど、と前置きして説明すると、ルリは大きな瞳を更に大きくして驚いていたが、少し意味深に微笑んでリョウを見た。

「ねえ、リョウさん。リョウさんはどっちだったの?」
ルリの問いに、トウコが首を傾げてリョウを見ると、リョウは少し眉を顰めていた。
眉を顰めたままリョウが口を開いた。
「あまりに聡い女は客に嫌われるぞ。」
その言葉にルリが小さく舌を出す。
「そうだったわ。アイシャ姐さんにも、つい最近そう叱られたばかりなの。リョウさん、ごめんなさい。さっきの言葉は忘れてください。」
ぺこりと頭を下げたルリに、リョウがもういいという様に顔の前で小さく手を振る。
トウコがどういうことだろうと不思議に思っていると、ルリが悪戯っぽくトウコを見た。
「ふふ。トウコさんはさっきの言葉覚えていてね。今晩にでも聞いてみて?」
リョウが顔を顰めて、「忘れろ。」と言ったが、トウコはその様子を面白がって、「分かった。今夜聞いてみる。」と答えると、リョウは盛大に舌打ちした。
その様子をくすくす笑いながら見ていたルリが、「そうだわ。」と言い、トウコとリョウに1枚の紙を差し出した。
「この間、新しい絵を贈らせて欲しいと言ったでしょう?新しく描いたのよ。」
トウコとリョウが差し出された絵を覗き込む。
途端トウコとリョウが苦笑する。
その様子を不思議そうに見ていたルリが問いかけた。
「お気に召さなかったかしら?」
トウコが苦笑したまま絵を手に取って、「いや、そうじゃない。」とルリの言葉を否定する。
手元の絵をじっと見ていたトウコが小さく微笑んで言った。
「…良い絵だ。」
リョウもまた微笑みながら頷く。
「ああ、良い絵だな。」
ルリはそんな2人を満足そうに見ていた。

**********

眉を下げたリョウを見つめながらトウコが「教えてくれないのか?」と言うと、リョウは小さく息を吐くと観念したように口を開いた。
「あの女―リリアが言ってただろ?あいつの幻覚は、掛かった奴の願望か理想の人物に見えるって。」
トウコが小さく頷くと、リョウがトウコの額に汗で張り付いた黒髪を指で梳きながら言葉を続けた。
「ルリが聞きたかったのは、幻覚に掛かった俺がトウコを見たのは、理想の人物がトウコだからなのか、それとも俺の願望だったのかってことだ。」
トウコが小さく小首を傾げる。
「…お前、俺の理想の人物がお前だと思ってるか?」
その問いにトウコが口をとがらせる。
「…そうであれば嬉しい。」
リョウが小さく笑う。
「ズルいぞ。まあ違わないんだが…多分、どっちもだ。」
「どっちも?」
「俺の願望もだってことだよ。…リリアが言ってただろ?色無しが幻覚に掛かったら、金髪に青目の女に見えるって。」
トウコが少し目を瞠る。
「俺は、お前と同じ色になりたいんだよ。黒髪と紫の瞳が俺の願望なんだ。俺の理想であり願望だからトウコに見えたってことだ。」
呆けたように口をぽかんと開けたトウコを見てリョウが笑う。
「お前、その顔ブサイクだぞ。」
未だに少し呆けた顔をしているトウコが腕を上げてそっとリョウの頬に手を添えた。
「私は…お前のその金の髪も、青い瞳も綺麗だと思う。」
「…そうか。」
「うん。私はお前のその色が好きだ。だから…。」
トウコがリョウの首に腕を回して抱き付いた。
「同じ色にならなくていい。」
「そうか。…そうだな。」
「うん。」

2人がそっと唇を重ねたベッドの隣。
サイドボードに2枚の絵が飾ってあった。
2枚とも、トウコとリョウが手を繋いで木漏れ日を浴びながら木立の中を歩いている後ろ姿が描かれていたが、1枚はどこかもの悲しさを感じさせた。
しかし、もう1枚は純白のドレスとスーツを纏った2人が描かれていた。

褐色の腕が伸びてきて、1枚の絵をパタンと静かに倒した。
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