常世の彼方

ひろせこ

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金の章

01.破壊屋

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 「みなさーん!」
これから別の都市に移動する商隊やそれを護衛する組合員、遺跡探索に出発するらしき組合員らでごった返している早朝の第16都市の南門の一角で、緑がかった青の目に丸メガネをかけ、薄い茶の髪を申し訳程度に頭に乗せた、明らかに組合員ではない小柄で小太りの男が、人懐っこい笑顔を浮かべてぴょこぴょこ飛びながら短い手を必死に振っている。
その側にいた何人かの組合員の男たちが、小太りの男が手を振っている方に目をやり、次いでぎょっとしたような顔をしてその場を少し離れる。
人でごった返す早朝の南門で自然と人垣が割れ、その中を3人の人物がゆっくりとした足取りでやってきた。

1人は身長が190センチは超えている筋骨隆々の30過ぎの大男で、スキンヘッドで金色に近いこげ茶の顎鬚をはやしており、体とは裏腹に緑がかった青の瞳はつぶらで優しげだ。
黒のズボンにコンバットブーツを履いているが、上半身は裸で背中にバトルハンマーを背負い、腰には万力鎖をぐるぐると巻き付けていた。

大男の少し後ろにいる男は、年のころは20代半ば。身長は180センチ弱で、褐色の肌に少し白みがかった金髪、切れ長の瞳は夏の空のような明るい青をしていた。十分に美形と言われる範疇の顔立ちをしているが、髪と瞳の明るい色とは反対にどこか暗く酷薄な印象を見る人に与えた。
タクティカルベストの下に黒の防刃性のTシャツを着ており、黒のズボンにコンバットブーツを履いている。腰には2本短剣を差しており、右の短剣の柄には紫の石が、左の短剣の柄には青の石が嵌っていた。

最後の1人は女で、金髪の男に腰を抱かれるようにして歩いている。
真っ黒な髪を頭の高い位置で乱雑に1つに結び、意志の強そうな眉にアーモンド形の瞳の色は紫だった。少し吊り上がった気の強そうな目は、好みが分かれるところだが美人といっていいだろう。
20代前半で、身長は170センチ弱、長い手足に均整の取れた体をしており、女が着ている防刃性の白のTシャツの前部分は豊かに盛り上がっている。
防刃性の黒のレギンスの上にデニムのショートパンツ、足元はやはりコンバットブーツを履いていた。腰には小ぶりのウエストポーチを付けており、太ももに投げナイフを数本差している以外、特に武器は持っていなかった。

遠巻きにしている組合員たちから、「破壊屋ども」や「イカれ屋」と言った声の他に、「目を合わせるな。」と言った声が聞こえてくるが、3人は意に介することなくそのままゆっくりと小太りの男の方へ進んだ。

3人が手を振る小太りの男の前まで来ると、男が嬉しそうに言った。
「破壊屋のみなさん、お久しぶりですね。」
大男―マリーが苦笑しながら応じる。
「ええ、ヨシザキさんお久しぶりね。指名依頼をどーも。」
ヨシザキと呼ばれた小太りの男がまた嬉しそうに言う。
「また遺跡に行くときは必ず皆さんとご一緒したいと思っていたので嬉しいです。」
金髪の男―リョウが忌々しそうにヨシザキを睨む。
「てめえ、また指名しやがって。俺はお前とご一緒したくないんだよ!」
「そのような悲しいこと言わないでくださいよ。皆さんの指名依頼料が高くて、稟議が却下されそうになったのを、僕頑張って通したんですよ。」
胸を張って言ったヨシザキにリョウが怒鳴る。
「ふざけんな。何くだらねーことで頑張ってんだ。マジでその髪毟るぞ!」
「ひぃぃ。ト、トウコさん助けてくださいよぅ。」
ヨシザキが頭を両手で守るように押さえて、女―トウコを見た。
「リョウ勘弁してやれ。ヨシザキさん、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」
トウコの言葉にヨシザキがにっこり笑う。
「皆さんもお変わりないようでよかったです。また護衛をよろしくお願いしますね。」
トウコとマリーが苦笑しながら頷き、リョウが盛大に舌打ちした。

**********

南0都市から帰還して2か月が経った。
帰還してから3人は、1週間ほどは仕事をせずにゆっくりと過ごしていたが、その後は体が鈍らない程度に日帰りで遺跡探索を行ったり、適当な魔物討伐の依頼を受けたりして過ごしていた。
そろそろもう少し大きな仕事でも受けようかと話していた矢先、組合長から呼び出された。
うんざりした顔で3人が組合長室へ行くと、相変わらず感情が読めない微笑を浮かべた組合長と無表情の秘書のミラに迎えられた。

「旧跡研究団体より指名依頼です。以前、破壊屋の皆さまが主を倒して神殿へと変化した遺跡の調査を旧跡団体が行う際に、その護衛依頼を無事完遂されましたが、再度その遺跡の調査を旧跡研究団体が行います。その護衛依頼です。破壊屋の皆様はあの遺跡に関してはどの組合員よりも精通していると思われますので、我々職業組合本部はこの依頼を受理いたしました。」
言葉を切ったミラが、綺麗に口紅が塗られた唇を少し湿らせて言葉を続けた。

「つきましては、遺跡と都市間の往復2日、遺跡の調査2日の計4日の旧跡研究団体の護衛をお願いいたします。旧跡研究団体より派遣される研究員は今回も男女1名ずつ。男性の方は以前護衛された方と同じとのことです。
出発は2日後の早朝、南門です。前回同様、遺跡までの移動手段および荷物持ちの費用に関しましては、旧跡研究団体が負担いたします。なお、皆様の他にもう1チーム、前回エレナ・マクベル女史が個人的に雇ったチームも護衛任務に就きます。こちらは既に依頼を受理しております。何かご質問はございますか?」
流れるように説明したミラが3人を見る。

マリーがうんざりした顔で口を開いた。
「あの遺跡は、前回の調査時に石像が動き出して襲われるっていう事態が発生したわ。トウコとリョウが足止めしてくれなかったら全滅していてもおかしくなかった。現に、2人は危ないところだったしね。」
トウコとリョウを一瞥したマリーが更に言葉を続ける。
「遺跡の危険度が上がっていてもおかしくないわ。それに、石像が暴れたせいで柱が何本か損壊したから、神殿が崩壊する危険性もあるはずよ。その辺の調査も必要だって以前言っていたと思うけれど、その辺はどうなったのかしら?」
ミラが想定内の質問だと言わんばかりに即座に回答する。
「遺跡の再調査は別の組合員によって既に完了しております。その結果、遺跡内部での魔物の発生はなし。そのため、危険度は現状維持。また、マリー様のおっしゃる通り柱が3本損壊しておりましたが、遺跡の崩壊にまでは繋がらないと判断されました。」
「あっそ。」
「なお、補足事項といたしまして今回の指名依頼を断る場合の罰則金はこちらです。」

ミラが1枚の紙を3人の前に差し出し、それを覗き込んだ3人が三者三様の反応を見せた。
マリーが頭を抱えてがっくりと項垂れ、リョウが盛大に舌打ちをして組合長を睨み付け、トウコは諦めた顔をして煙草に火を付けた。
「はいはい。受けるわよ。」
マリーが疲れた声でそう言いながら契約書にサインするためのペンを取る。
それを見ながらリョウが不愉快そうに言った。
「前回もそうだが、出発までに2日しかないっていうのが意図的なものを感じるなあ。」
「そうだな。そのせいで罰則金が更に高額になっている。」
リョウの言葉をトウコが引き継ぐように言って組合長を見た。
「いやいや、悪いね。新しく入った子に書類の処理を任せていたようなのだが、まだ仕事に慣れていないせいで処理に手間取ったようなのだよ。」
全く悪びれていない、ともすれば、わざとらしいとすらいえる口調で言い切った組合長が更に言葉を続けた。
「元々高額だった君たちの指名依頼料はこの数か月で更に跳ね上がったからね。何せ、主を3体倒したチームだ。そのせいで罰則金も右肩上がりってわけさ。」
「言ってる意味が分からないわね。私とリョウは1体しか倒してないわよ。」
「私が倒したのは2体だぞ。もっと正確にいうと、2体目は主になりかけだ。組合長、ついにボケたのか?」
「耄碌した頭で組合長やられるのは迷惑だ。とっとと引退しやがれ。」
3人の言葉に組合長は変わらず愉快そうな顔をして言った。
「おや?そうだったかな。まあ指名依頼料が高額になるのは君たちにとっても悪いことじゃないはずさ。前回同様、報酬はふっかけてあるよ。僕の好意を遠慮なく受け取ってくれたまえ。」

3人は―特にトウコとリョウが組合長を罵倒し、全て組合長の微笑に流された後、部屋を後にした。
そして2日後の今日、3人は南門へとやってきたのである。

**********

「ところでヨシザキさん、今回ももう1人同行する研究員がいるってことだったけれど?」
マリーがそう問うと、ヨシザキは「そうなんです。」と言いながらキョロキョロと辺りを見渡し、「あ!いました。おーい!ハナ!こっちですよー!」と叫び、また短い手を精いっぱい降り始めた。
3人がそちらを見ると、10代後半と思われるまだ少女と言っていいような小柄な女が、こちらに向かって走ってきていた。
赤みがかった金髪のおさげをぴょこぴょこと跳ねさせながら走って来た女は、灰青の瞳をおどおどさせながらペコリと頭を下げた。
「遅れてすみません。私はハナ・マツモトと言います。ヨシザキ部長の部下で、今回の遺跡調査に同行させていただきます。よ、よろしくお願いします。」
頭を下げた拍子にずり下がった大きな眼鏡をせわしなく上げる様子は、どことなく小動物を思わせた。
「よろしくね、ハナちゃん。私は、マリー。彼女がトウコでこっちがリョウよ。」
人当りの言いマリーが笑顔で言い、トウコとリョウがハナに向かって小さく手を上げると、ハナはまたペコリと頭を下げた。

「おい、ヨシザキ。お前部長なのかよ。」
「そうですよ。僕、実は偉いんです。」
ヨシザキが胸を張って言い、その様子をリョウが鼻で笑った時、一行の後ろから魔導車の警笛が鳴らされた。

一行が後ろを振り返ると、1台のピックアップトラック式の魔道車が近づいて来ていた。助手席に座っている、茶色に近い金のくせっ毛を耳辺りで切り揃えた十代後半の男が、そばかすの散った顔を綻ばせながら窓から身を乗り出して手を振っていた。
魔導車を運転している、こちらも茶に近い金のくるくるした髪をポニーテルにした助手席の男よりも若い少女と言っていい愛嬌のある顔立ちをした女が、片手でハンドルを押さえもう片方の腕を窓から出して笑顔で手を振っていた。

魔導車がトウコたちの前で止まると、荷台から人が降りてきた。
「よう。破壊屋。久しぶりだな。」
20代後半から30代前半の、赤みがかった金髪に群青色の瞳をした大剣を担いだ大柄な男―デニスが片手を上げてそう言い、デニスの後から降りてきた2人の男たちも3人に向かって片手を上げた。
マリーが笑顔で「久しぶりね。」と返し、トウコとリョウが軽く手を上げ返した。
ヨシザキがデニスたちにハナを紹介しているのを見ていると、魔導車に乗っていた男女―ヨシとリカが魔導車から降りてきて、トウコたちに駆け寄ってきた。
「みなさんお久しぶりです。また皆さんとお仕事できて嬉しいです。」
ヨシがにこやかに言い、リカがリョウの腕にじゃれつくように抱き付いた。
「リョウさん!お久しぶりです!」
自分の腕に抱き付くリカに少し顔を顰めたリョウだったが、邪険にはせず「元気だったか。」と声をかけた。
リカは嬉しそうに「はい!」と答えると、次いでトウコとマリーを見てまた嬉しそうに言った。
「この間の遺跡護衛ぶりですねー!今回は私、ちゃんとお留守番していますから!またよろしくお願いしまーす!」
リカの言葉にトウコたちが苦笑する。
「そうして頂戴。さ、それじゃ全員揃ったしそろそろ出発しましょうか。」

マリーの言葉に皆が頷き、懐かしい面々に囲まれたトウコたち3人は、再び死の森に向かって出発した。
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