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金の章
22.彼方の微笑み
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少し目を赤くして小さく鼻をすすったマリーが立ち上がると、顔を覆ったまま俯いて肩を震わせているカインに、ハンカチを渡した。
カインが小さく頷いてそれを受け取り、またソファに戻ろうと後ろを振り返ったマリーの目に、トウコとリョウの無表情が飛び込んできた。
長い付き合いから、この無表情は明らかに2人がキレていると瞬時に悟ったマリーは、すぐにやってくるのであろうロクでもない未来に小さくため息を吐きながら、ソファに腰を下ろした。
「くだらない。不愉快だ。」
「くだらねえ。不愉快だな。」
リョウが口の端を上げて、トウコを見る。
「ようトウコ。お前もやっぱりそう思うか。」
「ああ。不愉快極まりない。くだらなさ過ぎて、反吐が出る。」
煙草に火をつけたトウコが不味そうに天井に向かって煙を吐き出すと、リョウもまた煙草に火をつけ咥えると、左手でトウコの肩を抱いて引き寄せた。
もたれ掛かるようにして、リョウの肩に頭を置いたトウコが冷めた目でカインを見つめて口を開いた。
「…つまり、私は闇の…黒の巫女とやらの力を持っていると思っていいのか?そしてそのせいで、これまでの黒の巫女の力を持っていた女たちと、おまけに巫女本人の記憶を夢に見る。そのついでに、金の巫女に命を狙われると。」
「災難だなあ、トウコ。」
「まったくだ。」
相変わらず項垂れたままのカインが、顔を覆った両手の間から言葉を絞り出す。
「すまない。君は何も悪くないのに、色無しと呼ばれる存在で生まれてきたばかりか、命まで…。」
深い疲れが刻まれたカインの言葉を、トウコが静かに、しかし鋭い口調で遮った。
「勘違いするなよ。」
不愉快そうに体を起こしたトウコが煙草を灰皿でもみ消し、再びリョウにもたれ掛かると腕を組んでカインを冷たく見据えた。
「私はこう見えても色無しで生まれてきて良かったと思っているんだ。多少、他の色無しと毛色は違うし、子供の頃は色が欲しいと願ったこともあったが、今となってはそんなもの欲しいとも思わない。色無しでなければ、マリーともリョウとも出会わず、今頃退屈な人生を送っていたかもしれないと思うとぞっとするぐらいだ。…そうだな、その点だけを取れば、その黒の巫女に感謝してやってもいい。」
困惑したように顔を覆っていた両手を下ろしたカインを見ながら、トウコが続ける。
「子供のような癇癪を起した金の巫女も、この際どうでもいい。何よりも気に食わないのは黒の巫女だ。男を捨てたくせに、その捨てた男を助けようとした結果がこれだ。」
「捨てた男を助けようなんかせずに、姉を封じるなり殺すなりして自分もとっとと死ねばよかったんだよ。」
トウコの髪を撫でながら静かに口を挟んだリョウに、トウコが大きく頷く。
「まったくだ。自分はどうなってもいいから、姉も男も両方助けたい。くだらない自己犠牲の成れの果てが今の世界だ。」
「おまけに見られなかった世界を見たいとか、頭おかしいだろ。」
「あんたたちらしいけど、もう少し言葉を選びなさいよ…。」
黙って聞いていたマリーが、カインを窺いながら呆れたように口を挟んだが、トウコとリョウはそれを鼻で笑い飛ばした。
「そんな殊勝な心を残念ながら私は持ち合わせていないな。」
「ええ…そうでしょうね…。」
「黒の巫女が男を助けようなどとしなければ、世界を見たいなどと願わなければ、好きでもない男に体を開く色無しの女も、尻を差し出す色無しの男も生まれなかったんだ。娼婦になんかならず、絵描きになれた未来があったかもしれない。色無しが存在しなければ、色があるにも関わらず、蔑まれる人間も生まれなかったし、蔑まれた挙句に殺された家族のために獣になったバカな男も生まれなかった。」
リョウがトウコの顎を掴み、無理やり自分の方を向かせる。
「ふざけるなよ、このクソ女。お前が色無しであることを良かったと思っているように、俺も俺の生き方を後悔したことはない。」
その怒気が宿る顔を見つめたまま、トウコが静かに言葉を続けた。
「色無しがいなければ、馬鹿な男が自分の色を厭うこともなかったんだ。」
「その、口を、閉じろ。」
「私は、色無しが存在しなければ色々な可能性があったであろう未来が、全て捻じ曲がってしまったことが悲しい。だから不愉快でたまらない。」
リョウの頬に手を添えたトウコが小さく苦笑を浮かべ、「悪い、リョウ。あとでお説教は聞く。」と言うと、リョウは不愉快そうに顔を歪めてトウコから手を離した。
再びトウコが項垂れたままのカインを見る。
「黒の巫女がくだらない自己犠牲などしなければ、残された哀れな男が孤独に苦しむこともなかったんだ。」
そう言ったトウコの紫の瞳には、僅かに憐憫の色が湛えられていた。
カインが大きく息を吐き出したかと思うと体を起こし、ソファに体を預けて天井を向いた。
ぼんやりと天井を見つめるカインは、リョウやマリーの前で見せていた無機質な人形のような雰囲気とも、大森林でトウコに見せた無邪気な雰囲気とも違う、長い旅路の果てにやっと休息の地を見つけ安堵しているかのようだった。
この男は、一体どれだけ背負う必要のないものを背負い込み続け、しかし、そうしなければきっと前へ進めなかったのであろうとトウコは思った。
「僕はずっと役立たずの自分を責めていたんだ。僕がもっと強ければ。僕が金の巫女を殺せていれば。だから、僕が金の巫女を殺さなければならない。僕が非業の死を遂げる前に彼女たちを助けなければいけない。僕が、僕が、僕が。」
天井を見上げたままカインが呆けたように続ける。
「それなのにどうしよう。君たちに…トウコに彼女が悪いと言われてしまって、僕は安心してしまった。少し楽になってしまった自分が…嫌になる。」
体の力を抜き、だらしなくソファに身体を投げ出して「はは…。」と笑ったカインに、トウコが苦笑を浮かべる。
「とは言っても、1番悪いのは金の巫女だけどな。」
「そうよ!カインさん、この2人に騙されちゃだめよ。」
ここぞとばかりにマリーが追従したが、その後のトウコが放った、「私はカイン、お前にも腹が立っているけどな。」という言葉にがっくりと項垂れた。
「カイン、お前どうして私が大森林で一緒に行こうって誘った時、この話をしなかったんだ。」
「おい、待てトウコ。俺が聞いた話と随分違うな。お前は、こいつに一緒に行こうと誘われたと俺に確かに言ったぞ。あれは嘘だったのか?」
トウコを睨みつけながら地を這うような低い声でリョウが割り込み、トウコが少し目を泳がせた。
「嘘じゃない。」
「じゃあ、なんだ。」
「一緒には行けないが、お前が一緒に来ればいいと言ったんだ。」
「聞いてないぞ。」
「言ってないな。」
開き直ったように言い切ったトウコを睨みつけたまま、「説教が増えたな。」とリョウが静かに言い、トウコが墓穴を掘った自分を少し呪いながらカインを見ると、ようやく体を起こしたカインが未だに少し赤い目でこちらを見ていた。
しかしその顔は、どこから吹っ切れたような少しすっきりした表情をしていた。
「うん。トウコは守らなければならない存在で、助けてもらうのとは違うとあの時は思っていたんだ。だからあの時、もう少し1人で頑張ってみるって言ったのさ。」
「馬鹿だなお前。」
「うん。馬鹿だね。」
呆れたように小さくため息を吐いたトウコが、煙草を1本取り出した。
しかし、火は付けずにそれを指でいじりながら静かに言った。
「それで、カインは私にどうして欲しいんだ。」
「それでもやっぱり僕は彼女を助けたい。もう狂ってしまっているかもしれないけれど、苦しみから解放してあげたい。」
いじっていた煙草に火を付けたトウコを見ながら、カインが続けた。
「だから、金の巫女を殺してほしい。」
「断る。」
煙を吐き出したトウコがきっぱりと答え、カインが虚をつかれた顔をした後に小さく噴き出した。
「酷いな。」
「どうして私が馬鹿な女を助けるために、危険を冒してまで馬鹿な女の頭のおかしい片割れを殺しに行く必要があるんだ。」
「その馬鹿な女の、頭のおかしい片割れに命を狙われているという理由じゃだめかな?」
「死なないお前が守ってくれるんだろう?」
一瞬きょとんとしたカインが苦笑を浮かべる。
「もちろん守るけど、君の恋人が凄い顔で睨んでいるよ?またお説教が増えるんじゃないかな。」
明らかに殺気を孕んだリョウの気配を完全に無視したトウコが「だが。」と言い、煙草を吸って煙を吐き出す。
「こんなクソみたいな世界を作った原因を、一発ぐらいぶん殴らないと気が済まない。そいつを殴るためには、その金の巫女を殺さなければならないというのなら、殺ってやる。…どう思う、リョウ?」
盛大に舌打ちしたリョウが、トウコの指から煙草を奪って吸い、腹立たしそうに煙を盛大に吐き出した。
「このボケ。分かってること聞くな。最初から殺るつもりだ。この男がお前の周りをうろちょろするのも、お前がこいつの名前を呟くのも不愉快で仕方がない。世界で1番殺したい奴なのに、殺せないんだぞ?だったらその原因から殺るしかねーだろ。」
「マリー?」
「あんたとリョウがキレてた時点でこうなることは分かってたわよ…。だけど、トウコが命を狙われるのは虫唾が走るわ。我慢ならない。」
リョウとマリーの言葉にトウコが満面の笑みを浮かべ、嬉しくて堪らないという風に2人の体を引き寄せる。
「決まりだ。イカれ女を殺って、馬鹿女を一発殴る。場所はあの神殿なんだろう?あと何匹主を倒せば入れるんだ?」
呆気にとられたように3人をぽかんと見ていたカインだったが、やがてくつくつと小さく笑い出し、やがて肩を揺すって笑い出した。
「僕も彼女にはお説教しないと気が済まない。トウコの言うイカれ女を殺すことはできないけれど、全力で君たちを助けるよ。」
笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら言ったカインの表情は、とても晴れやかだった。
その後、双子がいる場所はトウコの言う通り例の神殿で、前回トウコたちを襲ったバイティングプラントが空けた穴の先を進めば封印された扉に辿り着くが、残った主は倒す必要がないとカインは語った。
扉の封印はカインにのみ有効で、それ以外の人間ならば開けることができると聞き、金の巫女の徹底ぶり、性格の悪さに3人は何とも言えない表情を浮かべた。
そこでトウコが、扉を開けてもその先にカインが入れない可能性もあるのではないかと指摘すると、カインはあっさり「その可能性は十分あり得る。」と言い、続けて「その時は君たちだけで頑張って。」と悪びれることなく言い切った。
どこか吹っ切れた表情をしてそう言い切ったカインを見て、トウコは楽しそうに声を上げて笑い、「任せとけ。」と言った。
話し終えた時には既に夕方になっていた。
「それじゃあ、僕はあの神殿で待っているから。君たちの好きな時に来てくれればいいよ。」
そう言って、濃紺の外套を再び着たカインが出て行こうとした時、その背中にトウコが声を掛けた。
「カイン、お前は黒の巫女の力を持って生まれてきた女たちを誰1人助けられなかったと言ったが、たぶんそれは間違ってる。」
足を止めたカインに、「兵士に襲われてる女を助けたことがあるだろう?」とトウコが聞くと、カインは前を向いたまま小さく首を振った。
「…僕が行った時にはもう背中とわき腹を切られていた。助けられずに死んでしまったよ。」
「あの子は幸せだったみたいだぞ。お前の腕の中で死ねて、最期に独りじゃなくなって。」
はっとしたようにカインが振り向くとトウコが微笑んでいた。
「きっと他にもそういう女はいたはずだ。お前はちゃんと助けられていたんだよ、きっと。」
トウコの微笑みが、既に忘却の彼方になってしまったはずの女の顔と重なった。
カインが小さく頷いてそれを受け取り、またソファに戻ろうと後ろを振り返ったマリーの目に、トウコとリョウの無表情が飛び込んできた。
長い付き合いから、この無表情は明らかに2人がキレていると瞬時に悟ったマリーは、すぐにやってくるのであろうロクでもない未来に小さくため息を吐きながら、ソファに腰を下ろした。
「くだらない。不愉快だ。」
「くだらねえ。不愉快だな。」
リョウが口の端を上げて、トウコを見る。
「ようトウコ。お前もやっぱりそう思うか。」
「ああ。不愉快極まりない。くだらなさ過ぎて、反吐が出る。」
煙草に火をつけたトウコが不味そうに天井に向かって煙を吐き出すと、リョウもまた煙草に火をつけ咥えると、左手でトウコの肩を抱いて引き寄せた。
もたれ掛かるようにして、リョウの肩に頭を置いたトウコが冷めた目でカインを見つめて口を開いた。
「…つまり、私は闇の…黒の巫女とやらの力を持っていると思っていいのか?そしてそのせいで、これまでの黒の巫女の力を持っていた女たちと、おまけに巫女本人の記憶を夢に見る。そのついでに、金の巫女に命を狙われると。」
「災難だなあ、トウコ。」
「まったくだ。」
相変わらず項垂れたままのカインが、顔を覆った両手の間から言葉を絞り出す。
「すまない。君は何も悪くないのに、色無しと呼ばれる存在で生まれてきたばかりか、命まで…。」
深い疲れが刻まれたカインの言葉を、トウコが静かに、しかし鋭い口調で遮った。
「勘違いするなよ。」
不愉快そうに体を起こしたトウコが煙草を灰皿でもみ消し、再びリョウにもたれ掛かると腕を組んでカインを冷たく見据えた。
「私はこう見えても色無しで生まれてきて良かったと思っているんだ。多少、他の色無しと毛色は違うし、子供の頃は色が欲しいと願ったこともあったが、今となってはそんなもの欲しいとも思わない。色無しでなければ、マリーともリョウとも出会わず、今頃退屈な人生を送っていたかもしれないと思うとぞっとするぐらいだ。…そうだな、その点だけを取れば、その黒の巫女に感謝してやってもいい。」
困惑したように顔を覆っていた両手を下ろしたカインを見ながら、トウコが続ける。
「子供のような癇癪を起した金の巫女も、この際どうでもいい。何よりも気に食わないのは黒の巫女だ。男を捨てたくせに、その捨てた男を助けようとした結果がこれだ。」
「捨てた男を助けようなんかせずに、姉を封じるなり殺すなりして自分もとっとと死ねばよかったんだよ。」
トウコの髪を撫でながら静かに口を挟んだリョウに、トウコが大きく頷く。
「まったくだ。自分はどうなってもいいから、姉も男も両方助けたい。くだらない自己犠牲の成れの果てが今の世界だ。」
「おまけに見られなかった世界を見たいとか、頭おかしいだろ。」
「あんたたちらしいけど、もう少し言葉を選びなさいよ…。」
黙って聞いていたマリーが、カインを窺いながら呆れたように口を挟んだが、トウコとリョウはそれを鼻で笑い飛ばした。
「そんな殊勝な心を残念ながら私は持ち合わせていないな。」
「ええ…そうでしょうね…。」
「黒の巫女が男を助けようなどとしなければ、世界を見たいなどと願わなければ、好きでもない男に体を開く色無しの女も、尻を差し出す色無しの男も生まれなかったんだ。娼婦になんかならず、絵描きになれた未来があったかもしれない。色無しが存在しなければ、色があるにも関わらず、蔑まれる人間も生まれなかったし、蔑まれた挙句に殺された家族のために獣になったバカな男も生まれなかった。」
リョウがトウコの顎を掴み、無理やり自分の方を向かせる。
「ふざけるなよ、このクソ女。お前が色無しであることを良かったと思っているように、俺も俺の生き方を後悔したことはない。」
その怒気が宿る顔を見つめたまま、トウコが静かに言葉を続けた。
「色無しがいなければ、馬鹿な男が自分の色を厭うこともなかったんだ。」
「その、口を、閉じろ。」
「私は、色無しが存在しなければ色々な可能性があったであろう未来が、全て捻じ曲がってしまったことが悲しい。だから不愉快でたまらない。」
リョウの頬に手を添えたトウコが小さく苦笑を浮かべ、「悪い、リョウ。あとでお説教は聞く。」と言うと、リョウは不愉快そうに顔を歪めてトウコから手を離した。
再びトウコが項垂れたままのカインを見る。
「黒の巫女がくだらない自己犠牲などしなければ、残された哀れな男が孤独に苦しむこともなかったんだ。」
そう言ったトウコの紫の瞳には、僅かに憐憫の色が湛えられていた。
カインが大きく息を吐き出したかと思うと体を起こし、ソファに体を預けて天井を向いた。
ぼんやりと天井を見つめるカインは、リョウやマリーの前で見せていた無機質な人形のような雰囲気とも、大森林でトウコに見せた無邪気な雰囲気とも違う、長い旅路の果てにやっと休息の地を見つけ安堵しているかのようだった。
この男は、一体どれだけ背負う必要のないものを背負い込み続け、しかし、そうしなければきっと前へ進めなかったのであろうとトウコは思った。
「僕はずっと役立たずの自分を責めていたんだ。僕がもっと強ければ。僕が金の巫女を殺せていれば。だから、僕が金の巫女を殺さなければならない。僕が非業の死を遂げる前に彼女たちを助けなければいけない。僕が、僕が、僕が。」
天井を見上げたままカインが呆けたように続ける。
「それなのにどうしよう。君たちに…トウコに彼女が悪いと言われてしまって、僕は安心してしまった。少し楽になってしまった自分が…嫌になる。」
体の力を抜き、だらしなくソファに身体を投げ出して「はは…。」と笑ったカインに、トウコが苦笑を浮かべる。
「とは言っても、1番悪いのは金の巫女だけどな。」
「そうよ!カインさん、この2人に騙されちゃだめよ。」
ここぞとばかりにマリーが追従したが、その後のトウコが放った、「私はカイン、お前にも腹が立っているけどな。」という言葉にがっくりと項垂れた。
「カイン、お前どうして私が大森林で一緒に行こうって誘った時、この話をしなかったんだ。」
「おい、待てトウコ。俺が聞いた話と随分違うな。お前は、こいつに一緒に行こうと誘われたと俺に確かに言ったぞ。あれは嘘だったのか?」
トウコを睨みつけながら地を這うような低い声でリョウが割り込み、トウコが少し目を泳がせた。
「嘘じゃない。」
「じゃあ、なんだ。」
「一緒には行けないが、お前が一緒に来ればいいと言ったんだ。」
「聞いてないぞ。」
「言ってないな。」
開き直ったように言い切ったトウコを睨みつけたまま、「説教が増えたな。」とリョウが静かに言い、トウコが墓穴を掘った自分を少し呪いながらカインを見ると、ようやく体を起こしたカインが未だに少し赤い目でこちらを見ていた。
しかしその顔は、どこから吹っ切れたような少しすっきりした表情をしていた。
「うん。トウコは守らなければならない存在で、助けてもらうのとは違うとあの時は思っていたんだ。だからあの時、もう少し1人で頑張ってみるって言ったのさ。」
「馬鹿だなお前。」
「うん。馬鹿だね。」
呆れたように小さくため息を吐いたトウコが、煙草を1本取り出した。
しかし、火は付けずにそれを指でいじりながら静かに言った。
「それで、カインは私にどうして欲しいんだ。」
「それでもやっぱり僕は彼女を助けたい。もう狂ってしまっているかもしれないけれど、苦しみから解放してあげたい。」
いじっていた煙草に火を付けたトウコを見ながら、カインが続けた。
「だから、金の巫女を殺してほしい。」
「断る。」
煙を吐き出したトウコがきっぱりと答え、カインが虚をつかれた顔をした後に小さく噴き出した。
「酷いな。」
「どうして私が馬鹿な女を助けるために、危険を冒してまで馬鹿な女の頭のおかしい片割れを殺しに行く必要があるんだ。」
「その馬鹿な女の、頭のおかしい片割れに命を狙われているという理由じゃだめかな?」
「死なないお前が守ってくれるんだろう?」
一瞬きょとんとしたカインが苦笑を浮かべる。
「もちろん守るけど、君の恋人が凄い顔で睨んでいるよ?またお説教が増えるんじゃないかな。」
明らかに殺気を孕んだリョウの気配を完全に無視したトウコが「だが。」と言い、煙草を吸って煙を吐き出す。
「こんなクソみたいな世界を作った原因を、一発ぐらいぶん殴らないと気が済まない。そいつを殴るためには、その金の巫女を殺さなければならないというのなら、殺ってやる。…どう思う、リョウ?」
盛大に舌打ちしたリョウが、トウコの指から煙草を奪って吸い、腹立たしそうに煙を盛大に吐き出した。
「このボケ。分かってること聞くな。最初から殺るつもりだ。この男がお前の周りをうろちょろするのも、お前がこいつの名前を呟くのも不愉快で仕方がない。世界で1番殺したい奴なのに、殺せないんだぞ?だったらその原因から殺るしかねーだろ。」
「マリー?」
「あんたとリョウがキレてた時点でこうなることは分かってたわよ…。だけど、トウコが命を狙われるのは虫唾が走るわ。我慢ならない。」
リョウとマリーの言葉にトウコが満面の笑みを浮かべ、嬉しくて堪らないという風に2人の体を引き寄せる。
「決まりだ。イカれ女を殺って、馬鹿女を一発殴る。場所はあの神殿なんだろう?あと何匹主を倒せば入れるんだ?」
呆気にとられたように3人をぽかんと見ていたカインだったが、やがてくつくつと小さく笑い出し、やがて肩を揺すって笑い出した。
「僕も彼女にはお説教しないと気が済まない。トウコの言うイカれ女を殺すことはできないけれど、全力で君たちを助けるよ。」
笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら言ったカインの表情は、とても晴れやかだった。
その後、双子がいる場所はトウコの言う通り例の神殿で、前回トウコたちを襲ったバイティングプラントが空けた穴の先を進めば封印された扉に辿り着くが、残った主は倒す必要がないとカインは語った。
扉の封印はカインにのみ有効で、それ以外の人間ならば開けることができると聞き、金の巫女の徹底ぶり、性格の悪さに3人は何とも言えない表情を浮かべた。
そこでトウコが、扉を開けてもその先にカインが入れない可能性もあるのではないかと指摘すると、カインはあっさり「その可能性は十分あり得る。」と言い、続けて「その時は君たちだけで頑張って。」と悪びれることなく言い切った。
どこか吹っ切れた表情をしてそう言い切ったカインを見て、トウコは楽しそうに声を上げて笑い、「任せとけ。」と言った。
話し終えた時には既に夕方になっていた。
「それじゃあ、僕はあの神殿で待っているから。君たちの好きな時に来てくれればいいよ。」
そう言って、濃紺の外套を再び着たカインが出て行こうとした時、その背中にトウコが声を掛けた。
「カイン、お前は黒の巫女の力を持って生まれてきた女たちを誰1人助けられなかったと言ったが、たぶんそれは間違ってる。」
足を止めたカインに、「兵士に襲われてる女を助けたことがあるだろう?」とトウコが聞くと、カインは前を向いたまま小さく首を振った。
「…僕が行った時にはもう背中とわき腹を切られていた。助けられずに死んでしまったよ。」
「あの子は幸せだったみたいだぞ。お前の腕の中で死ねて、最期に独りじゃなくなって。」
はっとしたようにカインが振り向くとトウコが微笑んでいた。
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