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金の章
24.決戦前夜
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ある日の朝。
仕事を得ようとする組合員でごった返す、1番忙しい時間帯である職業斡旋組合の業務開始直後に、1人の組合員がやってきた。
スキンヘッドで金色に近いこげ茶の顎髭を生やしたその組合員は、大混雑している仕事の受注窓口ではなく、1人も組合員が並んでいない―まだ職員すら座っていない、主に各種契約を扱う窓口に向かうと、窓口の側にいたまだ若い男性職員に声を掛けた。
「ちょっと、そこのあなた。」
190センチは超えている筋骨隆々の大男から放たれた裏声のオネエ言葉に、声を掛けられた職員が少し目を白黒させながら窓口へと近づいた。
男は、「これよろしく。」と言いながら、職員に3枚の書類と組合員証であるドッグタグを3つ差し出してきた。
職員が窓口の椅子に座りながら差し出された書類を見ると、それは組合員の遺産相続先変更届だった。
「私と他2人の分の書類とドッグタグよ。2人の手続きを私がやることに関しては、ほら、そこに委任する旨のサインがあるから問題ないはずよ。」
男が窓口に身を乗り出すようにして書類を指さし、職員がそこを見ると確かに委任する旨のサインがあった。
職員は1つ頷き、書類とドッグタグを確認していく。
「ねえ、悪いんだけどちょっと急いでくれない?私これから仕事なのよ。私の遺産相続先なんてあなたたちにとったらどうでもいいことでしょう?」
1番忙しい朝の時間帯に、このような手続きを持ってきた空気を読まない男に対して、内心毒づいていた職員は、男のこの言葉に苛立った。
書類にミスがあっても知るものかと、確認もそこそこに職員はその書類に受領のサインをした。
それを見た男は、「ありがと。」と言い、手をヒラヒラさせて去って行った。
その日の午後。
忙しい時間帯を乗り切り、のんびりとした空気が漂う組合本部で、受領された書類を面倒くさそうに確認していた女性職員が声を上げた。
「やだ!これ破壊屋の書類じゃない!破壊屋なんていつ来たのよ!今日、遺産相続の書類手続きしたの誰!?」
今朝、大男が持ってきた書類の手続きをした若い男性職員が、朝一でやってきて自分が処理したと申し出ると、女性職員は顔を顰めた。
破壊屋が来たら即座に組合長に報告するよう、お達しが出ているのを忘れていたのかと女性職員が少し強い口調で言うと、若い男性職員は「あれが例の破壊屋だったのですか…。色無しの女と目つきの悪い綺麗な金髪の男がいる3人組だと聞いていたのでてっきり。来たのは大男1人だけだったので…。」と答え、女性職員は頭を抱えた。
「それが破壊屋のマリーよ!私たちの目が向きにくい朝の1番忙しい時間帯に1人で来て、しかも入って来たばかりの新人職員を狙ったわね!」
マリーが朝一にやってきて、破壊屋3人分の遺産変更届が出された旨が組合長に報告された時には、とっくの昔に3人は第16都市を出発して神殿に向かう車中だった。
「今日から神殿調査に向かうと昨日報告に来たと思ったら…今朝は朝一でバカ3人の遺産相続先変更届ね。」
報告を受けた組合長がいつもの微笑を口元に浮かべてひっそり呟く。
「やはりあのバカ共とは1度食事をしないといけないようだ。ミラ、いつでも空けられるようスケジュール調整をよろしく頼むよ。」
いつもの微笑を浮かべてはいるものの、その実、不機嫌になっていると思いながら、組合長の膝の上に跨ったまま、ミラは小さく頷いた。
馬鹿だが使えると、この男は破壊屋の3人を評価しているよう周囲に見せており、事実それは間違いではないのだが、本音のところではあの3人をこの男はいたく気に入って目を掛けている。
先日は、この男にしては珍しく方々に手を尽くしたにも関わらず、知らないうちに全てが解決しており、自分の働きが全て無駄になったことにいたく立腹していたが、それをいつもの微笑と皮肉と嫌味で包み、今回3人が受けた神殿調査の仕事を押し付けていた。
しかしそれも、何かに巻き込まれているのは分かっている、という他に、だから困っているのであれば助けるという意味合いも含んでいたのであろうが、あの3人は前者には気づいているが、恐らく後者には気づいていない。
そもそも、気づいていてもあの3人がこの男に助けを求めることは絶対にないし、この男もそう思っていたはずなのだが、先日珍しく悄然としたマリーが泣きついてきたことで、もしかしたら助けを求めてくるかもしれないと、この男にしては馬鹿な期待したのかもしれない。
結果、やはり3人は何も言わずにとっとと都市を出発してしまった。
「バカ共が帰還報告しに来るのが楽しみだ。何と言ってやろう。」
ずり上がったタイトスカートの中に手を差し込み、はだけさせたシャツの胸元に顔を埋めながらそう呟いた男の頭を見下ろしながら、素直に生きて戻って来いと言えないこの男も、あの3人同様馬鹿だとミラは思った。
そしてまた、自分を抱く時も表情を変えない男を憎々しく思いながら、綺麗にオールバックに撫でつけたプラチナブロンドの髪が崩れることを嫌がるのを知っていて、普段は触らないようにしている男の頭を慰めるようにそっと抱え込むと、男の動きに合わせてミラも腰を動かし始めた。
「あー戻ったらあいつの嫌味を散々聞くことになるんだろうなー。」
今回の神殿行きのために借りた魔道式小型トラックの、3人掛けフロントシートの窓際助手席で、ダッシュボードの上に両足を乗せて座っているリョウが煙草をふかしながら言った。
しかし、その口調はどこか馬鹿にしたような、面白がっている様子だった。
「私らの金に関することで、お前にいちいち言う必要はないって言っとけばいいだろ。」
「たかが神殿調査に行くのに、何故遺産相続先の変更をする必要があったのか教えて欲しいところだね。とか言ってくるのよどーせ。」
組合長の口調をマリーが真似ると、トウコとリョウがそろって声を上げてげらげら笑った。
ミラの想像通り、トウコたち3人は組合長の本音など知る由もなく、元より、知ろうともしていないどころか、知ったとしても鼻で笑い飛ばして終わらせるだろう3人は、カインに話を聞いたあの日から1週間が経った今日、例の神殿に向けて出発した。
今回は護衛対象がいない道中のため、特に見張りをすることもなく3人はのんびりと神殿へ向かった。
途中、2度ほど魔物の襲撃があったが、リョウが適当に助手席の窓から石を投げて撃退した。
組合へ寄った後に都市を出発したため、いつもより遅めの日が沈んだ後に野営地点へと3人は到着した。
簡単に夕飯を済ませ、焚火を囲んでのんびりと煙草をふかしているとき、マリーが「そういえば。」と言い出した。
「ねえリョウ。あんたいつカインさんの正体に気付いたの?」
マリーの言葉に、確かにそうだ、という表情を浮かべたトウコがリョウを見ると、リョウは面白くなさそうな顔をしていた。
「あいつの正体っつーか…トウコのっつーか…。」
面白くなさそうな顔のまま、歯切れ悪くリョウは話し始めた。
最初にカインと出会った時―奈落に落ちたトウコを助けたカインと会った時、何となくこの男がトウコが夢で呟いた男かもしれないと思った。
トウコのことを知っていて、しかも大切に思っている素振りを見せていたからだ。
しかし、その後もトウコは男の名前を呟くものの、起きたらケロっとしていること、また隠れて別の男に会うような可愛げのある女でもないことから、非常に不愉快ではあったもののリョウはそれを黙っていた。
その後、神殿で再びカインがトウコを助けに現れた時、トウコがカインの顔を見て珍しく驚いた表情をしたこと、そしてカインを引き留める素振りを見せたことから、カインはトウコと同じ髪の色、瞳の色をしているのかもしれないと思った。
「あん時は、その前にあのトウコに似た女神像を見てたしなあ。だからこいつ、女神関連の因縁があんのか?とかちょっと思ったんだよ。」
面白くなさそうな顔のままリョウがトウコの頭を撫でながら言うと、当の本人は全く意味が分からないという顔をしてリョウを見上げた。
「は?私に似た女神像?」
「あの神殿の壊れてない方の女神像よ。」
マリーの言葉に更にトウコが愕然としたした顔になる。
「…あれが、私に、似ている…?」
「そっくりだろ。」
さも当然だとばかりにリョウが即答すると、マリーが少しきょとんとした顔をした後に爆笑した。
「そっくりって!私もヨシ君も何となくトウコに似てるわねって話はしてたけど…!因みに、デニスはちょっと似てるってヨシ君が言った時、世にも恐ろしいものを見た顔をしてたわよ。あの女がこんな顔するもんかって。」
少し気まずそうな顔をしたリョウが、「デニスは馬鹿でおまけに目が腐ってんだよ。」と言うと、トウコがすかさず「お前の目も腐ってるぞ。」と返した。
げらげらとマリーが笑い、リョウが忌々しそうにトウコを睨みながら「とにかく!」と続けた。
大森林の後、予想していた通りカインがトウコと同じ色を持っていることを知らされ、女神像がトウコにそっくりだったこともあり、妙にトウコに執着してうろつくカインもまた、何かしら女神関連の因縁があるのかもしれないと漠然と思ったとリョウは話した。
話し終えたリョウをトウコが得体のしれない者を見るような目で見て、「…お前変態だな。」と呟くと、マリーもまた「なんなのその勘。トウコのことになるとホント気持ち悪いわね、あんた。」と腹を抱えて笑いながら言った。
リョウが気恥ずかしさをごまかすようにトウコの頭を乱暴に撫でながら、「そもそも何でお前があいつの正体に気付かないんだよ。そこがまずおかしいだろ!」と怒鳴ると、トウコは口をとがらせて、「そんなの無理に決まってる。」と言い返し始めた。
賑やかに、しかし楽しそうに言い合いを始めたトウコとリョウを、マリーが目を細めて見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「あんたたちに出会えてよかったわ。」
そのしんみりした口調に、言い合いながらじゃれあっていた2人がぴたりと口を閉じて、マリーをまじまじと見た。
「いきなりなんだよ。」
「いいじゃないのよ。ちょっと言いたくなったの。」
何でもないという風に手を振りながら言ったマリー見て、トウコがにやにやと笑みを浮かべた。
「ついうっかり筋肉の塊を拾った時はどうしようかと思った。まさかそのまま一緒に住むことになるなんてな。」
トウコが笑いながら言うと、マリーが「それはこっちのセリフよ!」と叫んだ。
「頭のおかしな女に拾われちゃってどうしようと思ったわよ!やっとあんたに振り回されるのに慣れてきたと思ったら、今度はあんた以上にイカれた男を連れ帰ってくるんだもの!」
マリーの言葉にトウコがけらけら笑っていると、リョウも笑いながら口を挟んだ。
「頭のイカれた女に散々殴られた挙句、仲間のヒーラーと一緒に住んでるって家に連れていかれたのに、出てきたのがクソでけえ男のオカマだぞ?あんときゃ、やべえとこに来ちまったと思ったな。」
「何よ!文句あるの!?ていうか、リョウ!やばいとこに来たとか絶対思わなかったでしょ!だったらなんであの時、次の日の昼までトウコの部屋から出てこなかったのよ!」
「んなもん、朝までトウコとヤってたからに決まってんだろ。」
「知ってるわよ!」
マリーが叫び、トウコとリョウがげらげらと笑い声を上げた。
その後も、マリーがあの時はああだったこうだったと、トウコとリョウに振り回されたことを怒涛の如く話し続け、そのたびに2人が茶々を入れてはマリーを叫ばせた。
「もう少し大人しくしなさいよね!こっちの身にもなってちょうだい!」
最終的にそう叫んだマリーに、トウコが楽しそうな表情を浮かべながら言った。
「マリーいい加減諦めろ。私はともかく、リョウは大人しくする気なんて更々ないんだ。」
「トウコ、てめえ。お前だってそうだろ。なに自分は違うみたいな言い方してんだよ。」
「大体騒ぎを起こすのはリョウの方じゃないか。」
「お前もだよ!」
「私からしてみれば一緒よ!」
また叫んだマリーをトウコが微笑みながら見つめた。
「これからもずっと、私とリョウはマリーを振り回し続ける。だから諦めて、ずっと付き合ってくれ。」
トウコの言葉にマリーが少し目を見張って口をつぐむ。
「私は死ぬ気は更々ないぞ?ずっといつ死んでもいいって思ってたし、その辺で野垂れ死ぬだろうと思ってたけど、死にたくなくなったんだ。やりたいこともできたしな。だから、明日は3人揃って家に帰る。」
「なあ、明日やばそうだったら、カインの野郎を餌に逃げようぜ。」
リョウの言葉にトウコが声を上げて笑い、「お前酷いな。でもそうしよう。置いて帰っても、君たち酷いね、とか言いながらそのうち現れるだろ。あいつ死なないみたいだしな。」と言うと、マリーが盛大にため息を吐いた
「ほんっとアンタたちろくでなしね。でも私もそれに賛成よ。」
マリーが肩をすくめ少しおどけて言うと、「本当にあの野郎を置いて逃げることになったら、マリーが言いだしっぺだってカインに言おうぜ。」と、リョウがトウコの肩を抱きながら言い、トウコがそれに笑いながら頷き、マリーがまた叫ぼうと口を開いたが、そのまま口を閉じた。
トウコとリョウが不思議そうな顔でマリーを見つめる中、マリーが静かに言った。
「ちゃんとこれからも私の事を振り回しなさいよね。」
満面の笑みをトウコが浮かべる。
「ああ。だからマリーはこれからも説教し続けてくれよ。」
マリーが満足そうに微笑み、リョウが愉快そうな表情を浮かべてトウコを抱き寄せた。
そのまま3人はじゃれ合い、賑やかに夜が更けていった。
仕事を得ようとする組合員でごった返す、1番忙しい時間帯である職業斡旋組合の業務開始直後に、1人の組合員がやってきた。
スキンヘッドで金色に近いこげ茶の顎髭を生やしたその組合員は、大混雑している仕事の受注窓口ではなく、1人も組合員が並んでいない―まだ職員すら座っていない、主に各種契約を扱う窓口に向かうと、窓口の側にいたまだ若い男性職員に声を掛けた。
「ちょっと、そこのあなた。」
190センチは超えている筋骨隆々の大男から放たれた裏声のオネエ言葉に、声を掛けられた職員が少し目を白黒させながら窓口へと近づいた。
男は、「これよろしく。」と言いながら、職員に3枚の書類と組合員証であるドッグタグを3つ差し出してきた。
職員が窓口の椅子に座りながら差し出された書類を見ると、それは組合員の遺産相続先変更届だった。
「私と他2人の分の書類とドッグタグよ。2人の手続きを私がやることに関しては、ほら、そこに委任する旨のサインがあるから問題ないはずよ。」
男が窓口に身を乗り出すようにして書類を指さし、職員がそこを見ると確かに委任する旨のサインがあった。
職員は1つ頷き、書類とドッグタグを確認していく。
「ねえ、悪いんだけどちょっと急いでくれない?私これから仕事なのよ。私の遺産相続先なんてあなたたちにとったらどうでもいいことでしょう?」
1番忙しい朝の時間帯に、このような手続きを持ってきた空気を読まない男に対して、内心毒づいていた職員は、男のこの言葉に苛立った。
書類にミスがあっても知るものかと、確認もそこそこに職員はその書類に受領のサインをした。
それを見た男は、「ありがと。」と言い、手をヒラヒラさせて去って行った。
その日の午後。
忙しい時間帯を乗り切り、のんびりとした空気が漂う組合本部で、受領された書類を面倒くさそうに確認していた女性職員が声を上げた。
「やだ!これ破壊屋の書類じゃない!破壊屋なんていつ来たのよ!今日、遺産相続の書類手続きしたの誰!?」
今朝、大男が持ってきた書類の手続きをした若い男性職員が、朝一でやってきて自分が処理したと申し出ると、女性職員は顔を顰めた。
破壊屋が来たら即座に組合長に報告するよう、お達しが出ているのを忘れていたのかと女性職員が少し強い口調で言うと、若い男性職員は「あれが例の破壊屋だったのですか…。色無しの女と目つきの悪い綺麗な金髪の男がいる3人組だと聞いていたのでてっきり。来たのは大男1人だけだったので…。」と答え、女性職員は頭を抱えた。
「それが破壊屋のマリーよ!私たちの目が向きにくい朝の1番忙しい時間帯に1人で来て、しかも入って来たばかりの新人職員を狙ったわね!」
マリーが朝一にやってきて、破壊屋3人分の遺産変更届が出された旨が組合長に報告された時には、とっくの昔に3人は第16都市を出発して神殿に向かう車中だった。
「今日から神殿調査に向かうと昨日報告に来たと思ったら…今朝は朝一でバカ3人の遺産相続先変更届ね。」
報告を受けた組合長がいつもの微笑を口元に浮かべてひっそり呟く。
「やはりあのバカ共とは1度食事をしないといけないようだ。ミラ、いつでも空けられるようスケジュール調整をよろしく頼むよ。」
いつもの微笑を浮かべてはいるものの、その実、不機嫌になっていると思いながら、組合長の膝の上に跨ったまま、ミラは小さく頷いた。
馬鹿だが使えると、この男は破壊屋の3人を評価しているよう周囲に見せており、事実それは間違いではないのだが、本音のところではあの3人をこの男はいたく気に入って目を掛けている。
先日は、この男にしては珍しく方々に手を尽くしたにも関わらず、知らないうちに全てが解決しており、自分の働きが全て無駄になったことにいたく立腹していたが、それをいつもの微笑と皮肉と嫌味で包み、今回3人が受けた神殿調査の仕事を押し付けていた。
しかしそれも、何かに巻き込まれているのは分かっている、という他に、だから困っているのであれば助けるという意味合いも含んでいたのであろうが、あの3人は前者には気づいているが、恐らく後者には気づいていない。
そもそも、気づいていてもあの3人がこの男に助けを求めることは絶対にないし、この男もそう思っていたはずなのだが、先日珍しく悄然としたマリーが泣きついてきたことで、もしかしたら助けを求めてくるかもしれないと、この男にしては馬鹿な期待したのかもしれない。
結果、やはり3人は何も言わずにとっとと都市を出発してしまった。
「バカ共が帰還報告しに来るのが楽しみだ。何と言ってやろう。」
ずり上がったタイトスカートの中に手を差し込み、はだけさせたシャツの胸元に顔を埋めながらそう呟いた男の頭を見下ろしながら、素直に生きて戻って来いと言えないこの男も、あの3人同様馬鹿だとミラは思った。
そしてまた、自分を抱く時も表情を変えない男を憎々しく思いながら、綺麗にオールバックに撫でつけたプラチナブロンドの髪が崩れることを嫌がるのを知っていて、普段は触らないようにしている男の頭を慰めるようにそっと抱え込むと、男の動きに合わせてミラも腰を動かし始めた。
「あー戻ったらあいつの嫌味を散々聞くことになるんだろうなー。」
今回の神殿行きのために借りた魔道式小型トラックの、3人掛けフロントシートの窓際助手席で、ダッシュボードの上に両足を乗せて座っているリョウが煙草をふかしながら言った。
しかし、その口調はどこか馬鹿にしたような、面白がっている様子だった。
「私らの金に関することで、お前にいちいち言う必要はないって言っとけばいいだろ。」
「たかが神殿調査に行くのに、何故遺産相続先の変更をする必要があったのか教えて欲しいところだね。とか言ってくるのよどーせ。」
組合長の口調をマリーが真似ると、トウコとリョウがそろって声を上げてげらげら笑った。
ミラの想像通り、トウコたち3人は組合長の本音など知る由もなく、元より、知ろうともしていないどころか、知ったとしても鼻で笑い飛ばして終わらせるだろう3人は、カインに話を聞いたあの日から1週間が経った今日、例の神殿に向けて出発した。
今回は護衛対象がいない道中のため、特に見張りをすることもなく3人はのんびりと神殿へ向かった。
途中、2度ほど魔物の襲撃があったが、リョウが適当に助手席の窓から石を投げて撃退した。
組合へ寄った後に都市を出発したため、いつもより遅めの日が沈んだ後に野営地点へと3人は到着した。
簡単に夕飯を済ませ、焚火を囲んでのんびりと煙草をふかしているとき、マリーが「そういえば。」と言い出した。
「ねえリョウ。あんたいつカインさんの正体に気付いたの?」
マリーの言葉に、確かにそうだ、という表情を浮かべたトウコがリョウを見ると、リョウは面白くなさそうな顔をしていた。
「あいつの正体っつーか…トウコのっつーか…。」
面白くなさそうな顔のまま、歯切れ悪くリョウは話し始めた。
最初にカインと出会った時―奈落に落ちたトウコを助けたカインと会った時、何となくこの男がトウコが夢で呟いた男かもしれないと思った。
トウコのことを知っていて、しかも大切に思っている素振りを見せていたからだ。
しかし、その後もトウコは男の名前を呟くものの、起きたらケロっとしていること、また隠れて別の男に会うような可愛げのある女でもないことから、非常に不愉快ではあったもののリョウはそれを黙っていた。
その後、神殿で再びカインがトウコを助けに現れた時、トウコがカインの顔を見て珍しく驚いた表情をしたこと、そしてカインを引き留める素振りを見せたことから、カインはトウコと同じ髪の色、瞳の色をしているのかもしれないと思った。
「あん時は、その前にあのトウコに似た女神像を見てたしなあ。だからこいつ、女神関連の因縁があんのか?とかちょっと思ったんだよ。」
面白くなさそうな顔のままリョウがトウコの頭を撫でながら言うと、当の本人は全く意味が分からないという顔をしてリョウを見上げた。
「は?私に似た女神像?」
「あの神殿の壊れてない方の女神像よ。」
マリーの言葉に更にトウコが愕然としたした顔になる。
「…あれが、私に、似ている…?」
「そっくりだろ。」
さも当然だとばかりにリョウが即答すると、マリーが少しきょとんとした顔をした後に爆笑した。
「そっくりって!私もヨシ君も何となくトウコに似てるわねって話はしてたけど…!因みに、デニスはちょっと似てるってヨシ君が言った時、世にも恐ろしいものを見た顔をしてたわよ。あの女がこんな顔するもんかって。」
少し気まずそうな顔をしたリョウが、「デニスは馬鹿でおまけに目が腐ってんだよ。」と言うと、トウコがすかさず「お前の目も腐ってるぞ。」と返した。
げらげらとマリーが笑い、リョウが忌々しそうにトウコを睨みながら「とにかく!」と続けた。
大森林の後、予想していた通りカインがトウコと同じ色を持っていることを知らされ、女神像がトウコにそっくりだったこともあり、妙にトウコに執着してうろつくカインもまた、何かしら女神関連の因縁があるのかもしれないと漠然と思ったとリョウは話した。
話し終えたリョウをトウコが得体のしれない者を見るような目で見て、「…お前変態だな。」と呟くと、マリーもまた「なんなのその勘。トウコのことになるとホント気持ち悪いわね、あんた。」と腹を抱えて笑いながら言った。
リョウが気恥ずかしさをごまかすようにトウコの頭を乱暴に撫でながら、「そもそも何でお前があいつの正体に気付かないんだよ。そこがまずおかしいだろ!」と怒鳴ると、トウコは口をとがらせて、「そんなの無理に決まってる。」と言い返し始めた。
賑やかに、しかし楽しそうに言い合いを始めたトウコとリョウを、マリーが目を細めて見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「あんたたちに出会えてよかったわ。」
そのしんみりした口調に、言い合いながらじゃれあっていた2人がぴたりと口を閉じて、マリーをまじまじと見た。
「いきなりなんだよ。」
「いいじゃないのよ。ちょっと言いたくなったの。」
何でもないという風に手を振りながら言ったマリー見て、トウコがにやにやと笑みを浮かべた。
「ついうっかり筋肉の塊を拾った時はどうしようかと思った。まさかそのまま一緒に住むことになるなんてな。」
トウコが笑いながら言うと、マリーが「それはこっちのセリフよ!」と叫んだ。
「頭のおかしな女に拾われちゃってどうしようと思ったわよ!やっとあんたに振り回されるのに慣れてきたと思ったら、今度はあんた以上にイカれた男を連れ帰ってくるんだもの!」
マリーの言葉にトウコがけらけら笑っていると、リョウも笑いながら口を挟んだ。
「頭のイカれた女に散々殴られた挙句、仲間のヒーラーと一緒に住んでるって家に連れていかれたのに、出てきたのがクソでけえ男のオカマだぞ?あんときゃ、やべえとこに来ちまったと思ったな。」
「何よ!文句あるの!?ていうか、リョウ!やばいとこに来たとか絶対思わなかったでしょ!だったらなんであの時、次の日の昼までトウコの部屋から出てこなかったのよ!」
「んなもん、朝までトウコとヤってたからに決まってんだろ。」
「知ってるわよ!」
マリーが叫び、トウコとリョウがげらげらと笑い声を上げた。
その後も、マリーがあの時はああだったこうだったと、トウコとリョウに振り回されたことを怒涛の如く話し続け、そのたびに2人が茶々を入れてはマリーを叫ばせた。
「もう少し大人しくしなさいよね!こっちの身にもなってちょうだい!」
最終的にそう叫んだマリーに、トウコが楽しそうな表情を浮かべながら言った。
「マリーいい加減諦めろ。私はともかく、リョウは大人しくする気なんて更々ないんだ。」
「トウコ、てめえ。お前だってそうだろ。なに自分は違うみたいな言い方してんだよ。」
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「お前もだよ!」
「私からしてみれば一緒よ!」
また叫んだマリーをトウコが微笑みながら見つめた。
「これからもずっと、私とリョウはマリーを振り回し続ける。だから諦めて、ずっと付き合ってくれ。」
トウコの言葉にマリーが少し目を見張って口をつぐむ。
「私は死ぬ気は更々ないぞ?ずっといつ死んでもいいって思ってたし、その辺で野垂れ死ぬだろうと思ってたけど、死にたくなくなったんだ。やりたいこともできたしな。だから、明日は3人揃って家に帰る。」
「なあ、明日やばそうだったら、カインの野郎を餌に逃げようぜ。」
リョウの言葉にトウコが声を上げて笑い、「お前酷いな。でもそうしよう。置いて帰っても、君たち酷いね、とか言いながらそのうち現れるだろ。あいつ死なないみたいだしな。」と言うと、マリーが盛大にため息を吐いた
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マリーが肩をすくめ少しおどけて言うと、「本当にあの野郎を置いて逃げることになったら、マリーが言いだしっぺだってカインに言おうぜ。」と、リョウがトウコの肩を抱きながら言い、トウコがそれに笑いながら頷き、マリーがまた叫ぼうと口を開いたが、そのまま口を閉じた。
トウコとリョウが不思議そうな顔でマリーを見つめる中、マリーが静かに言った。
「ちゃんとこれからも私の事を振り回しなさいよね。」
満面の笑みをトウコが浮かべる。
「ああ。だからマリーはこれからも説教し続けてくれよ。」
マリーが満足そうに微笑み、リョウが愉快そうな表情を浮かべてトウコを抱き寄せた。
そのまま3人はじゃれ合い、賑やかに夜が更けていった。
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ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
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屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
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