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トウコが突然口を開き、ほんの僅かな笑みを浮かべてから数日が経った。
結局、トウコはあの日以降も相変わらず言葉を発することはなかったが、ミツルは気にすることなくポツポツと話しかけていた。
気が向いた時にまた口を開いてくれることを、そしてまた笑みを浮かべてくれることを期待して。
夕方、トウコと一緒にミツルは台所に立っていた。夕飯の準備のために、トウコと2人でせっせと茹でた大量の芋を潰していると、夕飯係の団員が2人入ってきた。
1人の男がトウコを見て、忌々しそうに舌打ちする。
もう1人の男は舌打ちした男を窘めると、「お前、まだミツルの服を着てるのか。いい加減ミツルのお古を着るのは嫌だろう。」と言いながらトウコの頭に手を乗せた。
顔を上げたトウコは、その男をじっと見つめながら小さく首を振った。
「団長が服を買ってくるって言ってたけど、あの人はまた仕事に出たからなあ。俺が明日にでもちゃんと女物の服を買って来てやるよ。ま、それも古着だけどな。」
そう言って頭を撫でる男の顔を、トウコはじっと見つめていたが、男が手を離すとトウコも視線を手元に戻し、また芋を潰し始めた。
しかし、すぐにトウコの手がぴたりと止まる。
かと思うと、突然カタカタと震え出した。
ミツルと男が驚いてトウコを見ると、トウコの顔は真っ青だった。
「おい、どうした。お前大丈夫か?」
男がそう言って手を伸ばした瞬間、口を抑えたトウコが嘔吐した。
突然のことにミツルと男が固まっている間もトウコは嘔吐し続け、台所に入ってきた時に舌打ちした男がトウコを怒鳴りつけた。
「てめえ!何してやがんだ!それもう食えなくなったじゃねえか!」
怒鳴りながら男がトウコを殴り飛ばし、トウコの痩せた体が床に転がる。
「おい!お前こんな子供に何してんだ!」
もう1人の男が殴った男を押さえつけ、ミツルが慌ててトウコに駆け寄る。
おろおろしながらミツルがトウコを覗き込むと、殴られた頬が真っ赤になったトウコはそれでも震えながら嘔吐いていた。
怒鳴り合う2人の声を聞き付けた他の団員たちが何事かとやって来ると、顔を腫らして震えながら嘔吐くトウコを見て事情を察したのか、殴った男に詰め寄った。
詰め寄られた男は、盛大に舌打ちすると悪態をつきながら台所を出て行った。
「嬢ちゃんあいつに殴られたのか?こんなちっこい子に何してやがんだアイツ」
「ほら、お前これ飲め」
男たちがトウコの背中をさすり、水を飲ませてやると、次第にトウコの体の震えは収まっていった。
「大丈夫か?」
男の1人がそう言うと、トウコは「だいじょうぶ」と返した。
言葉を返したことに内心ミツルが驚いていると、更にトウコは「ごめんなさい」と続けた。
男はトウコの言葉に少し顔を顰めると、「お前は謝ることは何もしていないだろう。傷を見てやるから口を開けろ」と言い、トウコが大人しく口を開けると、男はトウコの口の中を覗き込んだ。
「歯は折れてないな。口が切れた程度だ。これなら俺でも治してやれるかな」と呟き、トウコに口を閉じるように言った後、トウコの頬にそっと手をかざした。
ぽうっと男の手が光を帯び、腫れていたトウコの頬が元に戻る。
トウコが目を真ん丸にして、頬を触った。
「いたくない」
「そりゃよかった」
「ちゆ魔法?」
男が頷き、「俺の魔力じゃ簡単な傷しか治せないけどな」と言うと、トウコは首を小さく振り、「すごい、ありがとう」と微笑んだ。
自分に見せたほんの僅かな笑みとは違うその表情に、ミツルの胸がずきりと痛んだ。
その後、男たちはトウコに部屋に戻って今日はもう休むように言い、トウコは最初それを拒否していたが、やがて小さく頷くと台所を出て行った。
ミツルもその後を追いたかったが、俯いたまま男たちと一緒に夕飯の準備に取り掛かった。
夕飯の支度が終わると、男たちは今日の片づけはしなくていいと言い、2人分の夕飯をミツルに持たせてくれた。
少し小走りでミツルが部屋に戻ると、トウコは所在なさげにぽつんと部屋に座っていた。
「…ちゃんと寝てないとダメじゃないか」
ミツルがそう言うも、トウコは少し小首を傾げるだけで何も言わなかった。
さっきは男たちに言葉を返していたのに、また何も言わなくなったトウコにミツルは苛立った。
「具合が悪いなら言えよ。迷惑だろ…!」
違う、迷惑なんかじゃない。ただ心配だっただけ。
しかし、苛立って口から出てしまった言葉はもう戻せない。
何も言わないトウコと、それに苛立って思ってもいないことを口走ってしまった自分に、更に苛立ったミツルが唇を噛み締めて立っていると、そんなミツルをじっと見つめていたトウコが小さく首を振った。
「ぐあいが悪いわけじゃない」
「…じゃあ、なんだよ」
「なんでもない。もうだいじょうぶ」
「…なんだよそれ、意味分かんねえよ」
夕飯を手に立ち尽くしたままのミツルをじっと見上げたまま、結局トウコは何も言わなかった。
「…具合悪いわけじゃないなら、飯食えるよな」
小さく息を吐き、トウコの向かいに座る。
「持ってきてやったから。食おう」
ミツルが自分の分に手を伸ばし口に運ぶと、トウコも夕飯に手を付けた。
「…顔。殴られたとこ大丈夫か?」
トウコがこっくりと頷く。
自分がこんな髪と目の色でなければ。
自分にも力があれば。
自分にも治癒魔法が使えれば。
自分がトウコの傷を治すことができれば。
あの男よりももっと笑いかけてくれたかもしれない。
そんな、叶うはずもないことをミツルは思い続けた。
結局、トウコはあの日以降も相変わらず言葉を発することはなかったが、ミツルは気にすることなくポツポツと話しかけていた。
気が向いた時にまた口を開いてくれることを、そしてまた笑みを浮かべてくれることを期待して。
夕方、トウコと一緒にミツルは台所に立っていた。夕飯の準備のために、トウコと2人でせっせと茹でた大量の芋を潰していると、夕飯係の団員が2人入ってきた。
1人の男がトウコを見て、忌々しそうに舌打ちする。
もう1人の男は舌打ちした男を窘めると、「お前、まだミツルの服を着てるのか。いい加減ミツルのお古を着るのは嫌だろう。」と言いながらトウコの頭に手を乗せた。
顔を上げたトウコは、その男をじっと見つめながら小さく首を振った。
「団長が服を買ってくるって言ってたけど、あの人はまた仕事に出たからなあ。俺が明日にでもちゃんと女物の服を買って来てやるよ。ま、それも古着だけどな。」
そう言って頭を撫でる男の顔を、トウコはじっと見つめていたが、男が手を離すとトウコも視線を手元に戻し、また芋を潰し始めた。
しかし、すぐにトウコの手がぴたりと止まる。
かと思うと、突然カタカタと震え出した。
ミツルと男が驚いてトウコを見ると、トウコの顔は真っ青だった。
「おい、どうした。お前大丈夫か?」
男がそう言って手を伸ばした瞬間、口を抑えたトウコが嘔吐した。
突然のことにミツルと男が固まっている間もトウコは嘔吐し続け、台所に入ってきた時に舌打ちした男がトウコを怒鳴りつけた。
「てめえ!何してやがんだ!それもう食えなくなったじゃねえか!」
怒鳴りながら男がトウコを殴り飛ばし、トウコの痩せた体が床に転がる。
「おい!お前こんな子供に何してんだ!」
もう1人の男が殴った男を押さえつけ、ミツルが慌ててトウコに駆け寄る。
おろおろしながらミツルがトウコを覗き込むと、殴られた頬が真っ赤になったトウコはそれでも震えながら嘔吐いていた。
怒鳴り合う2人の声を聞き付けた他の団員たちが何事かとやって来ると、顔を腫らして震えながら嘔吐くトウコを見て事情を察したのか、殴った男に詰め寄った。
詰め寄られた男は、盛大に舌打ちすると悪態をつきながら台所を出て行った。
「嬢ちゃんあいつに殴られたのか?こんなちっこい子に何してやがんだアイツ」
「ほら、お前これ飲め」
男たちがトウコの背中をさすり、水を飲ませてやると、次第にトウコの体の震えは収まっていった。
「大丈夫か?」
男の1人がそう言うと、トウコは「だいじょうぶ」と返した。
言葉を返したことに内心ミツルが驚いていると、更にトウコは「ごめんなさい」と続けた。
男はトウコの言葉に少し顔を顰めると、「お前は謝ることは何もしていないだろう。傷を見てやるから口を開けろ」と言い、トウコが大人しく口を開けると、男はトウコの口の中を覗き込んだ。
「歯は折れてないな。口が切れた程度だ。これなら俺でも治してやれるかな」と呟き、トウコに口を閉じるように言った後、トウコの頬にそっと手をかざした。
ぽうっと男の手が光を帯び、腫れていたトウコの頬が元に戻る。
トウコが目を真ん丸にして、頬を触った。
「いたくない」
「そりゃよかった」
「ちゆ魔法?」
男が頷き、「俺の魔力じゃ簡単な傷しか治せないけどな」と言うと、トウコは首を小さく振り、「すごい、ありがとう」と微笑んだ。
自分に見せたほんの僅かな笑みとは違うその表情に、ミツルの胸がずきりと痛んだ。
その後、男たちはトウコに部屋に戻って今日はもう休むように言い、トウコは最初それを拒否していたが、やがて小さく頷くと台所を出て行った。
ミツルもその後を追いたかったが、俯いたまま男たちと一緒に夕飯の準備に取り掛かった。
夕飯の支度が終わると、男たちは今日の片づけはしなくていいと言い、2人分の夕飯をミツルに持たせてくれた。
少し小走りでミツルが部屋に戻ると、トウコは所在なさげにぽつんと部屋に座っていた。
「…ちゃんと寝てないとダメじゃないか」
ミツルがそう言うも、トウコは少し小首を傾げるだけで何も言わなかった。
さっきは男たちに言葉を返していたのに、また何も言わなくなったトウコにミツルは苛立った。
「具合が悪いなら言えよ。迷惑だろ…!」
違う、迷惑なんかじゃない。ただ心配だっただけ。
しかし、苛立って口から出てしまった言葉はもう戻せない。
何も言わないトウコと、それに苛立って思ってもいないことを口走ってしまった自分に、更に苛立ったミツルが唇を噛み締めて立っていると、そんなミツルをじっと見つめていたトウコが小さく首を振った。
「ぐあいが悪いわけじゃない」
「…じゃあ、なんだよ」
「なんでもない。もうだいじょうぶ」
「…なんだよそれ、意味分かんねえよ」
夕飯を手に立ち尽くしたままのミツルをじっと見上げたまま、結局トウコは何も言わなかった。
「…具合悪いわけじゃないなら、飯食えるよな」
小さく息を吐き、トウコの向かいに座る。
「持ってきてやったから。食おう」
ミツルが自分の分に手を伸ばし口に運ぶと、トウコも夕飯に手を付けた。
「…顔。殴られたとこ大丈夫か?」
トウコがこっくりと頷く。
自分がこんな髪と目の色でなければ。
自分にも力があれば。
自分にも治癒魔法が使えれば。
自分がトウコの傷を治すことができれば。
あの男よりももっと笑いかけてくれたかもしれない。
そんな、叶うはずもないことをミツルは思い続けた。
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