Boy meets girl

ひろせこ

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翌朝。
思っても仕方ないことを悶々と考え続け、なかなか眠れなかったミツルが眠い目をこすりながら起きると、「おはよう」と声が掛けられ、ミツルは言葉通り飛び上がるほど驚いた。
声の方を見ると、既に起きていたらしいトウコがちょこんと部屋の隅に座ってこちらを見ていた。
朝目覚めたとき、誰かにおはようと言われた記憶も、おはようと言ったこともなく、おまけにトウコからそんなことを言われると予想だにしていなかったこともあり、ミツルが激しく狼狽えていると、トウコは不思議そうな顔をして見つめてきた。
「…お、おはよう」
目を逸らし、口の中でぼそぼそと呟くようにミツルが言うと、微笑んだトウコはまた「おはよう」と返した。

それを境に、トウコは話すようになった。
とはいえ、自分から饒舌に話すというわけではなく、ミツルが話し掛ければ相槌を打ち、質問をすればちゃんと答えが返ってくるという程度だったが、それでもトウコときちんと会話が出来ることがミツルは嬉しかった。

その日の午後。
仕事がないぽっかりと空いた空白の時間帯。
いつものように2人で中庭に向かったが、鍛錬をしている団員は誰もいなかった。
「…今日は誰も鍛錬しないんだな」
少しがっかりしながら、いつものように木の下に座ると、トウコもその隣に膝を抱えて座り込んだ。
静かな午後、木の下でミツルはトウコにぽつぽつと質問をした。
その結果、トウコのことが少し分かった。
年齢は「たぶん、9さい。」とのことでミツルより2つ下だった。
本当の親の顔は知らず、赤ん坊の頃に捨てられていたところを、隣の第15都市で組合員をやっていた男が拾い、育ててくれていたとのことだった。
その男はどうしたと聞くと、「このあいだ、まものに食べられた。」と返ってきて、ミツルは絶句した。
「わたしも食べられそうになったけどにげた。」とトウコが続け、「…その時に団長たちに助けられたのか?」とミツルが聞くと、トウコは黙り込んだ。
トウコが黙り込んでしまったため、慌ててミツルが別の話題を話そうと口を開きかけた時、ミツルの瞳を真っ直ぐ見つめたトウコが静かに言った。
「そう。その時にたすけられた。」
嘘だとミツルは思った。
「…助けられてよかったな。」
言いたくない事情があるのだろうと思ったミツルがそう言うと、トウコは小さく頷いた。

気まずくなってしまい黙り込んでいると、中庭に誰かがやってくる気配がした。
「お、いたいた」
そう言いながらやってきたのは、昨日トウコを庇い、治癒した男だった。
赤みがかった金髪を坊主にしたその男は20代半ばで、身長は170センチ前半。
大柄な団員が多い中で、比較的小柄な団員だった。
太い眉毛の下の三白眼気味の一重の瞳は青灰で、目つきの悪い男だった。
顔つきが怖いこともあり、ミツルはあまりこの男に近寄らないようにしていた。
そのため、男のことをよく知らなかった。

男は2人の前に胡坐をかいて座ると、心配そうにトウコの顔を覗き込んだ。
「具合は大丈夫か?どこも気持ち悪くないか?」
「もうだいじょうぶ」
「殴られたところはどうだ?痛かったらまた治癒してやるぞ」
「だいじょうぶ。もう痛くない。ありがとう」
トウコがにっこり笑い、それを見た男が強面の顔を綻ばせ、「ほら」とトウコに紙袋を差し出した。
「昨日言っていたお前の服だ。古着だけどミツルのよりはましだろう」
トウコは差し出されたそれをまじまじと見た後、「…いいの?」と聞き、男が「もちろんだ」と言うと、嬉しそうにはにかみながら、トウコにとっては大きなその袋を抱えるように受け取った。
「見てもいい?」とトウコが言うと、男はまた相好を崩して大きく頷いた。
中からはシャツがとズボンが2枚ずつ、それに靴と下着が数枚出てきた。
この強面の男がどういう顔で女児の服を、しかも下着までを買ったのだろうとミツルが思っていると、それを読んだかのように男が言った。
「知り合いの女に手伝ってもらって買ったんだ。さすがに俺じゃ下着までは買えないからな。」
がははと豪快に笑いながら、「気に入ったか?」と男が聞くと、トウコは嬉しそうに頷いた。

「俺はクリフォード。クリフって呼んでいいぞ。怪我したら遠慮なく言いに来いよ。すぐに治してやるからな」
「クリフ、ありがとう」
男―クリフがトウコの頭を乱暴に撫でながら「お前は可愛いなあ!」と顔をくしゃくしゃにして言い、トウコが楽しそうにくすくす笑う。
それをミツルが俯きがちに見ていると、笑顔のクリフがこちらを見た。
「ミツル、お前もだぞ。怪我したら俺んとこに来ていいからな」
自分にも声が掛けられると思っていなかったミツルは慌てて顔を伏せた。
「…俺は別に」
下を向いたまま、もごもごと呟くようにミツルが言うと、クリフがぽんとミツルの頭に手を置いた。
「あんま下ばっか向いてると、背伸びないぞ」
俯いたままミツルが何も言わないでいると、クリフは頭から手を離した。
「背が伸びないといやあ、トウコ、お前は痩せてるしちっこいな。いくつだ?」
「9さい。たぶん」
「そうか、9歳か。もっと沢山食って、大きくならないとな!今度は何か美味いもん持ってきてやるよ」
楽しそうに話すトウコとクリフを、膝を抱えて俯きながらミツルは見ていた。
トウコに名前を呼ばれたクリフを羨ましく思いながら。

翌日、トウコを連れ帰って来た数日後に、すぐまた仕事に出た団長が帰還した。
嬉しそうにクリフから貰った服を着たトウコと一緒に、帰還した団員たちから荷物を受け取っていると、団長が近づいて来た。
「トウコ元気にしていたか」
そう言いながら、団長がトウコを抱え上げる。
抱え上げられたトウコは団長の顔をじっとみつめて、こっくりと頷いた。
トウコが着ている服を見て団長が「おや」という顔をした。
「その服どうしたんだい?ミツルのじゃないね?」
「クリフが買ってくれた」
「そうか、クリフに服を買ってもらったのか。先を越されてしまったな」
笑いながら団長がトウコの手に紙袋を乗せた。
「ほら、僕からもプレゼントだ。服と他にもいろいろ入っているからあとで見るといい。遅くなってすまなかったね」
「ありがとう」
トウコがはにかみながらそう言うと、団長は嬉しそうに笑ってトウコの頭を撫でた。
「ミツルもすまなかったね。トウコに服を貸してくれてありがとう。ミツルもそろそろ服が小さくなっただろう?」
団長はミツルにも袋を手渡してきた。
「…ありがとうございます」
俯きがちに目だけを上げたミツルが袋を受け取ると、団長は小さく頷き、袋の中を覗き込もうとしている腕の中のトウコを、目を細めて見つめた。
自分は団長に頭を撫でられたことも、ああして抱え上げられたこともないなと、少しトウコが羨ましくなった。

その日の夜、ミツルが寝る準備をしていると、トウコが「ありがとう」と言いながら何かを差し出してきた。
それは、ミツルが貸していた服だった。
綺麗に洗われて畳まれたそれを、ミツルはじっと見つめた。

クリフや団長と張り合っているわけじゃない。
男物のお下がりなんて押し付けられても嬉しくないに決まっている。
分かっているが、何も持っていない自分にできる精いっぱいの強がり。

「…いらない。それはもう俺には小さいから。予備に取っとけよ。着たくないかもしれないけど…」
その言葉を聞いたトウコは、差し出していた服をぎゅっと胸に抱いた後、「ミツルはやさしい」と嬉しそうににっこり笑った。

真っ直ぐに向けられた自分への笑顔。
初めて呼ばれた自分の名前。

真っ赤になった顔を見られないように、慌ててミツルは布団代わりの薄い布を頭から被って横になった。
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