Boy meets girl

ひろせこ

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 トウコと寝起きするようになって1か月が経った。

朝、ごそごそとトウコが動く気配でミツルは目を覚ました。
布団代わりに包まっている薄い布から顔を出すと、未だに痩せてはいたが、出会った頃より体に肉が付き、頬も少しふっくらとしてきたトウコが部屋の片隅にちょこんと座り、綺麗に畳まれている服の中から1枚を手に取っているところだった。
いつもトウコは寝る前に風呂を済ませ、その時に着替えた服のまま眠りにつき、翌日はその服で過ごしていた。
この部屋で着替えるなんて珍しいなとミツルは思ったが、すぐに昨日の夜は暑かったから汗をかいたのだろう。だから着替えようとしているのだろうと、寝起きの頭でぼんやりとそう思い、そしてはっとした。
慌てて目を逸らそうとしたが、遅かった。
こちらに背を向けていたトウコが着ていた上着を脱いだ。

小さな背中に走る、大きな傷。
何かに引っ掛かれたかのような、醜く引き攣った傷。

「え?」
思わず漏れた声が小さな部屋に響き、目を丸くしたトウコがこちらを振り返った。
ばっちりと目が合ってしまい、「ご、ごめん!」と慌ててミツルは薄い布を頭から被った。
そのままじっとしていると、ごそごそとトウコが動く気配がし、しばらく後に「ミツル?」と声が掛けられた。
恐る恐る布から顔を出すと、トウコはこちらに体を向けてちょこんと座っていた。
「…その、ごめん」
トウコが小首を傾げる。
「着替え…見ちゃって…」
「だいじょうぶ」
「…傷…どうしたんだ」
「まものにやられたの。もう痛くないからだいじょうぶ」
「クリフに言ったら治してくれるんじゃないのか…?」
トウコはふるふると首を振った。
「いいの、このままで」
「でも」
「いいの」
初めて聞くトウコの強い口調。
トウコは真っ直ぐミツルを見つめて、また静かに、しかし強く言った。
「いいの、このままで」

いつもならぽつりぽつりとトウコに話しかけながら仕事をするのだが、今日はそんな気持ちにもなれず、悶々とした気持ちを抱えたまま、ミツルはその日の午前中の仕事を終わらせた。
トウコも何も言わず、しかしいつもと変わらない態度で静かに仕事をしていた。
午後の空白の時間帯、鍛錬を見ようとトウコと一緒に中庭へ向かっていると、いつも色無しだと馬鹿にしてくる団員たちが2人を呼び止めた。
ニヤニヤしながら買い物を言いつけた団員たちは、2人の足元に金を投げ落とすとさっさと行ってしまった。
俯いてそれを聞いていたミツルは金を拾い、「俺が行ってくる」と暗い声で呟いた。
「なんで?わたしも行く」
「…駄目だ」
「でも買うもの多いから、ミツルだけだともてない」
「走って行って、2回行けばいい」
「だめ。わたしも行く」
「駄目だ」
「わたしも行く」
トウコが全く引く気がないと分かり、しぶしぶ2人で街へ出た。

家がある4区から、商業エリアの3区へは歩いて30分ほどだった。
2人が並んで歩いていると、道行く人が胡乱な目で2人を見てきた。
正確にはトウコを胡乱な目で見て通り過ぎていく。

色無しは忌み子として生まれてすぐ殺されるか、もしくは捨てられる。
そのどちらでもない場合は、娼館に売られる。
捨てられた場合も、最終的に行きつく先は歓楽街もしくはスラム街の娼館だった。
色無しは美しい容姿と恵まれた体を持っている。
そのことから、殺されなかった色無しは売られて娼婦または男娼として生きるのが普通だった。
そのため、歓楽街へ行けば色無しは珍しくないが、それ以外の場所で色無しを見ることはほとんどなかった。

時にトウコのことを気持ち悪そうに見ながら大きく避ける人もいたが、トウコは全く気にする素振りを見せずに、まっすぐ前を見て歩き続けた。
背を少し丸め、俯きがちに歩いていたミツルが、そんなトウコを横目に窺いながらぼそりと呟いた。
「…お前気にならないのか」
「なにを?」
「その…」
ミツルは言い淀んだが、何が言いたかったのか気付いたトウコが小さく頷いた。
「べつに、だってわたしは色無しだから」
そう言ったトウコは、まっすぐ前を向いて歩き続けた。
前を見据えるその紫の瞳が妙に眩しく感じ、ミツルはトウコの顔から視線を外した。

買い物を済ませた2人が岐路に着き、もうすぐ家が見えてくるという頃。
ミツルと同じ年ごろの子供たちが数人ばたばたと走って来た。
広くはない道いっぱいに広がって走ってくる子供たちを、荷物を抱えたミツルとトウコは脇に寄って避けようとした時、1人の子供がトウコに気付いた。
「色無しだ!色無しがいるぞ!」
面倒なことになったとミツルが思っていると、子供たちは囃し立てながら2人を取り囲み始めた。
ミツルがトウコを庇うようにしながら、「…そこを通してくれ」と言うも、子供たちは一向に退ける気配がなかった。
トウコの手を引いて走って逃げよう、そう思ったミツルがトウコに手を伸ばした時、1人の子供が足元に落ちていた石を拾い、トウコに投げつけた。
ごつんという音。
トウコの足元に落ちる石。
「色無しなら歓楽街にいればいいんだ!」
子供たちは歓声を上げて走って去って行った。

「だ、大丈夫か!?」
ミツルが慌ててトウコを見ると、トウコは走り去る子供たちの背中をじっと見つめており、その額からは血が流れていた。
「血が出てる!大丈夫か!?」
服の袖で血を拭ったトウコが、「だいじょうぶ」と言いながら歩き出したので、ミツルは慌ててその後を追った。
「だ、だから俺1人で行くって言ったんだよ…」
「だいじょうぶ。なれてるから」
「…でも」
その時トウコがぴたりと足を止め、ミツルを真っ直ぐに見つめてきた。
「な、なんだよ…」
「色無しなら歓楽街にいろってあの子たちは言ったけど」
「…あんなの何でもない。あいつらだって意味なんて分からず言ってるんだ」
歓楽街にいろ。
その意味をミツルは分かっていたし、言葉ではそう言ったが彼らも理解していることは分かっていた。
しかし、まだ小さいトウコがその意味を理解していると、色無しの境遇を理解していると思いたくなかった。

「そうやってばかにする色無しは、色のある娼婦よりたかい。たかいお金を払って買うのは色のある人たち」
トウコが微笑んだ。
「おかしいね」

そう言ったトウコは再び歩き出したが、ミツルは動くことができなかった。
歓楽街にいろという意味を、トウコは理解していないとそう思い込みたかっただけで、正しく理解できていることは分かっていた。
だから、そのことに対して胸の痛みは感じるが、それだけならばミツルは動けた。

おかしいねと言った時のトウコの微笑み。
笑っているようで笑っていない口元。
何かを拒絶するような、嘲笑っているかのような紫の瞳。
前を向いて歩く、ぴんと伸びたトウコの小さな背中を、ミツルは何も言えないまま見ていた。
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