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出逢い2
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◇◆
この世界には、男女の性に加えて『アルファ、ベータ、オメガ』という性別が存在している。
前者が生まれた時から顕現している性別であるのに対し、後者は十歳を越えたあたりの年齢で後天的に出現する。
その大半がベータと呼ばれる一般の人間で占められており、第二の性の影響を受けずに生活が可能であるが、残りの一握りが希少なアルファとオメガに分類され、もしもアルファであれば優秀な能力に恵まれた優位種に、反対にオメガは劣等種とされていた。
男であっても女であっても、認識は変わらない。
日本にこの呼び名が渡ってくる前はかつてはアルファは遺伝子の優秀さから一等星と、オメガは人をかぐわかす甘い香りから花人、もしくは農村地などでは孕み血などと言われ今でも蔑まれることがある。
確たる理由は、オメガの繁殖能力にあった。
男女共にオメガの身体には子を宿す器官が備わり、定期的に発情期が訪れる。ヒートと呼ぶこともあるこの期間はオメガの身体から危険なフェロモンが溢れ、アルファの性欲を刺激してしまう。フェロモンに誘発された衝動に抗うことは難しく、凶暴化したアルファにレイプされるオメガは非常に多かった。
また、発情期中のオメガは意思と関係なく子種を求め、辛いほどの身体の疼きに耐えなければならず、とても外に出られる状態にない。
オメガフェロモンは発情期の前後も微力に放出されるため、安全に暮らしたければ、きつい副作用があっても抑制薬の服用は欠かせなかった。
しかしながら唯一の利点があり、そこが華族間では重要視されている。
オメガは多くのアルファを生むことができた。オメガの生んだ子どもの約八割はアルファになる。
ゆえに、優秀な跡取りが欲しい華族はこぞってオメガを娶りたいと望むのである。
◇◆
「成彦坊っちゃま、お加減はいかがでしょう。旦那様がお呼びでございます」
使用人頭の常田の声に、成彦はのろのろと身体を起こした。旦那様とは父のこと。滅多にない父からの呼び出し。家の事業に携われない自分に用があるとすれば、嫌な予感しかしない。百合の婚約話を聞いたばかりなだけに、沈鬱な気持ちになった。
世間的に父は穏やかな人だが、現実主義で仕事に熱心だ。特に成彦には厳しい。
完全な男として扱うのが難しいオメガの息子にすすんで話しかける性格ではなく、楽しい話題でないのは確実だった。
「わかった。今行くよ」
常田はふらついた成彦の足取りに微かに眉を顰めたが、余計な口出しはせずに視線を外した。常田が仕えているのは厳密には十松家主人の満善であり、仕方がないことだった。
それでも書斎まで先導されながら気にかけてくれていたのが伝わり、成彦は下がらせる前に「ありがとう」と礼を言った。
「父さん、成彦です」
申告してドアを二回叩くと、まもなく満善の返答がある。
「入りなさい」
「はい、失礼します」
書斎に満善はひとりではなかった。兄の秀彦が共におり、不思議に思って首を傾げる。
嫁ぎ先の話に兄の立ち合いは必要だろうか。もしや、自分の婚約相手は兄の関係者なのかと勘ぐる。
「突っ立っていないで座れ」
「は、い・・・」
成彦は訝しみながら肩を緊張させ、革張りのソファに腰を下ろした。
「急にお前を呼んだのは、少々仕事を手伝ってもらいたいからだ」
「えっ、それは、父さんの仕事をということでしょうか」
「そうだ」
驚いた。率直に嬉しかったのだ。
兄たちと同じように仕事を与えられる機会を得るなんて思いもしなかった。
「近々、英国から客人を招く。知っているな? 大事な商談相手だ」
成彦は、こくんと頷いた。
「お前は語学が得意だと聞いた。その英国人はしばし帝都に留まり、色々と観てまわりたいそうなのだ。お前には客人が我が屋敷で寝泊まりする間、世話役になってもらいたい。使用人のような仕事だが」
「いえ、精一杯、勤めさせて頂きます!」
語尾に被せるように、前のめりに返事をする。
きっと男として仕事に立てるのは、最初で最後になる。いいや、相手の英国人の好評を得れば、父は新しい道を模索して下さるかもしれない。また仕事をと、自分に言って下さるかもしれない。成彦はそんな淡い期待を抱いた。
胸を弾ませて書斎を出ると、階段の真下の玄関ホールに百合の姿があった。
「百合! まだいたのかい?」
階段を降り、彼女に駆け寄る。
「ええ、ごめんなさい。つい、使用人の方々とお話に花が咲いてしまって。それはそうと、ずいぶんと顔色が明るくなったわね?」
百合は気さくで、身分関係なく十松家の人間と仲が良く好かれている。成彦は彼女からの指摘に頷いて、手を握った。
「そうなんだ。聞いてよ百合。僕、父さんの仕事を手伝えることになったんだ」
「まあ、とってもすごいわ。おめでとう。良かったわね」
「うん、ありがとう」
成彦の手を握り返して喜んでくれた百合。成彦は思わず涙ぐんだ。
「そんなんで泣いてちゃ駄目よ。やっとお父様が成彦さんの頑張りを認めて下さったんだから」
「ああ、君の言うとおりだね」
「ふふ、それじゃあ私は帰るわね。次回はぜひお仕事のお話を聞かせてほしいわ。ご機嫌よう、またね」
「うん、また」
成彦は心優しい彼女にも幸あれと願い、送りの車に乗り込む後ろ姿を見送った。
この世界には、男女の性に加えて『アルファ、ベータ、オメガ』という性別が存在している。
前者が生まれた時から顕現している性別であるのに対し、後者は十歳を越えたあたりの年齢で後天的に出現する。
その大半がベータと呼ばれる一般の人間で占められており、第二の性の影響を受けずに生活が可能であるが、残りの一握りが希少なアルファとオメガに分類され、もしもアルファであれば優秀な能力に恵まれた優位種に、反対にオメガは劣等種とされていた。
男であっても女であっても、認識は変わらない。
日本にこの呼び名が渡ってくる前はかつてはアルファは遺伝子の優秀さから一等星と、オメガは人をかぐわかす甘い香りから花人、もしくは農村地などでは孕み血などと言われ今でも蔑まれることがある。
確たる理由は、オメガの繁殖能力にあった。
男女共にオメガの身体には子を宿す器官が備わり、定期的に発情期が訪れる。ヒートと呼ぶこともあるこの期間はオメガの身体から危険なフェロモンが溢れ、アルファの性欲を刺激してしまう。フェロモンに誘発された衝動に抗うことは難しく、凶暴化したアルファにレイプされるオメガは非常に多かった。
また、発情期中のオメガは意思と関係なく子種を求め、辛いほどの身体の疼きに耐えなければならず、とても外に出られる状態にない。
オメガフェロモンは発情期の前後も微力に放出されるため、安全に暮らしたければ、きつい副作用があっても抑制薬の服用は欠かせなかった。
しかしながら唯一の利点があり、そこが華族間では重要視されている。
オメガは多くのアルファを生むことができた。オメガの生んだ子どもの約八割はアルファになる。
ゆえに、優秀な跡取りが欲しい華族はこぞってオメガを娶りたいと望むのである。
◇◆
「成彦坊っちゃま、お加減はいかがでしょう。旦那様がお呼びでございます」
使用人頭の常田の声に、成彦はのろのろと身体を起こした。旦那様とは父のこと。滅多にない父からの呼び出し。家の事業に携われない自分に用があるとすれば、嫌な予感しかしない。百合の婚約話を聞いたばかりなだけに、沈鬱な気持ちになった。
世間的に父は穏やかな人だが、現実主義で仕事に熱心だ。特に成彦には厳しい。
完全な男として扱うのが難しいオメガの息子にすすんで話しかける性格ではなく、楽しい話題でないのは確実だった。
「わかった。今行くよ」
常田はふらついた成彦の足取りに微かに眉を顰めたが、余計な口出しはせずに視線を外した。常田が仕えているのは厳密には十松家主人の満善であり、仕方がないことだった。
それでも書斎まで先導されながら気にかけてくれていたのが伝わり、成彦は下がらせる前に「ありがとう」と礼を言った。
「父さん、成彦です」
申告してドアを二回叩くと、まもなく満善の返答がある。
「入りなさい」
「はい、失礼します」
書斎に満善はひとりではなかった。兄の秀彦が共におり、不思議に思って首を傾げる。
嫁ぎ先の話に兄の立ち合いは必要だろうか。もしや、自分の婚約相手は兄の関係者なのかと勘ぐる。
「突っ立っていないで座れ」
「は、い・・・」
成彦は訝しみながら肩を緊張させ、革張りのソファに腰を下ろした。
「急にお前を呼んだのは、少々仕事を手伝ってもらいたいからだ」
「えっ、それは、父さんの仕事をということでしょうか」
「そうだ」
驚いた。率直に嬉しかったのだ。
兄たちと同じように仕事を与えられる機会を得るなんて思いもしなかった。
「近々、英国から客人を招く。知っているな? 大事な商談相手だ」
成彦は、こくんと頷いた。
「お前は語学が得意だと聞いた。その英国人はしばし帝都に留まり、色々と観てまわりたいそうなのだ。お前には客人が我が屋敷で寝泊まりする間、世話役になってもらいたい。使用人のような仕事だが」
「いえ、精一杯、勤めさせて頂きます!」
語尾に被せるように、前のめりに返事をする。
きっと男として仕事に立てるのは、最初で最後になる。いいや、相手の英国人の好評を得れば、父は新しい道を模索して下さるかもしれない。また仕事をと、自分に言って下さるかもしれない。成彦はそんな淡い期待を抱いた。
胸を弾ませて書斎を出ると、階段の真下の玄関ホールに百合の姿があった。
「百合! まだいたのかい?」
階段を降り、彼女に駆け寄る。
「ええ、ごめんなさい。つい、使用人の方々とお話に花が咲いてしまって。それはそうと、ずいぶんと顔色が明るくなったわね?」
百合は気さくで、身分関係なく十松家の人間と仲が良く好かれている。成彦は彼女からの指摘に頷いて、手を握った。
「そうなんだ。聞いてよ百合。僕、父さんの仕事を手伝えることになったんだ」
「まあ、とってもすごいわ。おめでとう。良かったわね」
「うん、ありがとう」
成彦の手を握り返して喜んでくれた百合。成彦は思わず涙ぐんだ。
「そんなんで泣いてちゃ駄目よ。やっとお父様が成彦さんの頑張りを認めて下さったんだから」
「ああ、君の言うとおりだね」
「ふふ、それじゃあ私は帰るわね。次回はぜひお仕事のお話を聞かせてほしいわ。ご機嫌よう、またね」
「うん、また」
成彦は心優しい彼女にも幸あれと願い、送りの車に乗り込む後ろ姿を見送った。
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