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◆第二十七話◆〔Kanan〕

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 流し台に皿を置き、キッチンの所々に散りばめられた元恋人、須藤 祥太の残置物にチラリと目をやる。多分、今使ってるこのマグカップも、この皿も、元恋人用に買い揃えた物だ。それでいいと言ったのは自分だから、使えれば何でも文句は無い。

「置いといていいからね」

 遅れてやってきた緒方が蛇口のレバーを上げた。食器用洗剤を含ませたスポンジを揉み込み、河南の皿に手を伸ばす。「うん」と返事をすると、鼻歌を歌いながら、皿を順番に洗っていく。自分の知らない歌をぼんやりと聞き、泡だらけにされていく皿を眺める。

「なんか時代を感じる歌」

「え!そうかな、まあ、実際古い歌だからね。河南くんは知らないか」

 緒方は少しだけ笑い、また皿洗いと鼻歌を再開する。知らないけれど、懐かしい感じのする歌。河南は思いを巡らせ、「あっ」と声を上げた。

「珍しく大きな声出して急にどうしたの?」

 洗う作業を終え、泡を水でゆすいでいる緒方の横顔に言葉を投げかける。

「親がよく聞いてたやつだわ」

 緒方は手を止め、今度は「ふはは」と困ったように笑った。「そうか、そうだよな」と呪文みたいに繰り返す。面白くて眺めていたら、少しして「親かぁ・・」とため息をついた。

「なに落ち込んでんの?」

「ほら、だって河南くんと俺が親子ほど歳が離れてるってことでしょ?」

 当たり前に分かっていることを何を今更。

「それが嫌なの?」

「嫌っていうより、改めて思い知らされてショックなの・・、はぁ、歳はとりたく無いよ」

 河南は嘆く中年に、「ふぅん」と興味のない相槌を打った。いつの間にか、ぴかぴかになった皿がカウンターに積まれ、食器棚に仕舞うために緒方の手が伸びてくる。全ては持ちきれなかったようで、皿は数枚残された。

「手伝う」

 河南は残りの皿を掴み、緒方に手渡した。

「ああ、ありがとう」

 緒方はにこりと微笑んだ。その笑顔に少しだけ、気まずさを感じる。気まずい・・?どうして?親と歳の近い男と深い関係になったから?違う、そうじゃない、自分とこの男の始まりはもとから健全なものじゃない。だから自分にとっては、このおっさんがいくつだろうが関係ない。・・じゃあ、なんでだ?

「・・そろそろ行くわ」

 河南はザワザワした感覚を覚え、キッチンを出た。

「あ、いってらっしゃい」

「終わったら連絡して」

 背中と脇に嫌な汗をかいていた。スニーカーの紐が解けているのに舌打ちをする。こんな時に限って・・、そのままつっかけた状態で外へ出る。バタンと後ろでドアが閉まる音が聞こえても、出来るだけ遠くに離れたくて歩き続けた。途中で紐を踏んづけて、転びそうになってよろけて止まる。

「くそっ」

 急いだせいで胸が苦しい。いつもはサボってるような心臓が、今日はやけに激しく鼓動する。あの男の近くに居なくても、ザワザワが消えない。
 ふわりと煙草の煙が風にのって、鼻を掠めた。どこの誰が吸ってるのか、これは嫌いなタイプの臭いだ。おっさんのやつとは違う・・鼻をおさえてゴホッと咳き込む。

「あー・・そっか」

 河南はなんとなく腑に落ちて、前髪を掻いた。原因が分かっても、それまでだ。このザワザワを消化する方法を、どう考えても見つけられなかった。
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