ヒューリアン 巨人の惑星

雨川 海(旧 つくね)

文字の大きさ
7 / 16
2113年 ハジメの場合

☆鋼殻体に乗る-2 ☆

しおりを挟む
「ただ、昼休みの時間を利用しての練習試合なら差し支えないだろう?」

 慎之助の提案の意図は、僕にも察しがついた。士官候補様が、下士官候補を問題化しない方法で叩きのめすつもりだろう。

「つまり、稽古するって事?」

「武道がお望みならそうなる」

 この言い方だと、バスケのシュート対決とかでも良い事になるが、迷わず武道を選ぶ気でいた。ムシャクシャした気持ちは、発散するしかない。

「藤堂さん、ぜひお願いします」

 慎之助は、爽やかな笑顔で応じた。

「何で競う?」

「剣道でお願いします」

 武道経験は授業だけだったが、剣道の時間はマシな方なので、思い切って挑戦する事にした。ここはやっぱり、オセロ対決とかは選べない。

 対決の舞台は、第三稽古場に決まった。教官に許可を求めたのは、慎之助だった。やはり、士官候補の優等生が頼んだからだろう、許可はすぐに降りた。流石、エリート様は違う。

 さて、下士官候補代表が覚悟を決めていると、ミヤコが側に寄って来る。

「どうしたの? 何かあったの?」

 僕を見つめる目が心配そうなので、少し得した気分になる。これだけでも、決闘を申し込んだ甲斐があった。


「おい、エリートをぶちのめしてくれよ!」

 ミヤコと良い雰囲気になるのを邪魔したのは、佐之助だった。本当に、能天気で空気が読めないヤツである。

「凄い意気込みだな。代わる?」

 この振りには、当然、首を横に振る。

「班長の見せ場を取りたく無い」

 何とも謙虚なお言葉ですな。などと思いつつ、更に振る。

「目立つのが好きだろ?」

「いや、いい」

 固くなに遠慮する佐之助に、先行きの不安を覚えた。

 何はともあれ、稽古場に移動すると、対決する二人の後をギャラリーが付いてくる。その中には教官までいた。
 
 さて、防具を付け、竹刀を持ち、蹲踞そんきょすると、竹刀の先が触れ合う。
 僕の格好は、ジャージの上に面 胴 小手だが、慎之助は羽織袴を着込んでいる。

「まるで、武士に挑む足軽やな」

 聞き覚えのある声が胸に刺さる。
 慎之助の場合、藤堂班の誰かが気を利かせ、羽織袴を部屋から取って来たようだ。さすが、士官候補のメンバー。
 斎藤班には、そんな気が利く班員はいない。京言葉で茶化すヤツは居ても……。

 勝負の本数は無制限!
 そんなデスマッチみたいなルールを、周りのギャラリーが無責任に言うが、慎之助は紳士的に対応し、三本勝負となった。

「りゃ、りゃ、りゃ」

 慎之助が、低い気合いを掛ける。僕は、緊張のため無言。どうやら、エリート様は剣道も得意らしい。

 一本目は開始直後、少し攻撃の気配を見せた瞬間、目の前に慎之助が居た。肘の先辺りに激痛が走る。

「小手あり」

 審判役を買って出た訓練生が宣言する。
 僕は痛みに耐えかね、竹刀を取り落とす。足軽には、武士の動きが認識できなかった。やはり、オセロで対決すべきだったか?
 

 二本目。

 今度は、蛇に睨まれた蛙の如く動けない上に、手も痛い。
 硬直状態が続き、ギャラリーが飽き始めた頃、慎之助が胴に隙を作る。それは、完全に誘いで百%罠。もう、母さん助けて詐欺に近い。
 そして、時間を置いて、再び胴にチラリと隙。罠だぞ。絶対に危ない。
 再びチラリ。相手の思う壺だぞ。
 再びチラリ。いや、待てよ。打たれる前に打てないか?
 再びチラリ。そう、渾身の速さを見せるんだ。挙動はこっちが先だから、きっと上手く行く。

 人は、信じたい選択肢を信じる傾向にある。
 再びチラリ。そこで踏み込み、胴を抜きに行く。しかし、それより先に面に激痛が走る。

「面あり!」

 審判の宣言が小憎らしい。慎之助の速さは、自分とは桁違いのようだ。


 三本目。

 もう、二本先取され、負けは確定していた。慎之助は、練習試合の慣例通り、隙を作り、一本を譲ろうとする。
 それは、凄く悔しかった。手も足も出ず完敗は恥ずかしい。「せめて一矢報いたい」と思っていた。

 僕は、意を決して突撃し、慎之助のすねを狙って竹刀を舞わせる。これは、自分でも予想外の攻撃で、逆上していたと言うしかない。

 脛打ちは、古流の剣術にはあるが、剣道になってからは完全な反則技だった。もう、暴走モードで、ギャラリーからも失笑が洩れる。だが、我武者羅に脛を狙い、体制が崩れた慎之助の面を襲う。ルール無用の上下コンボに、さすがの慎之助も困惑している表情だった。

 しかし、何度かかわす内、馴れてしまったのだろう。足を引かれ、脛打ちが空振りに終わると、そのまま下がらずに踏み込んで面打ちがきた。さらに、体当たりをされ、僕は弾き飛ばされた。そして、気絶したらしい。



 次に目覚めたのは、医務室のベッドの上だった。時間の経過は不明だが、目の前には心配そうなミヤコの顔があった。
 僕が微笑むと、彼女も笑顔になる。記憶が翔んでいて意識がハッキリしていないが、得した気分になっていた。
 そして、そこには慎之助の顔もあり、僕を観察している。

「バカな愚か者を見学しに来たな」

 そんな考えを持っていたが、慎之助の表情を見て違うと気付いた。エリート士官候補様の顔には、おごりが無い。

「どうだ、大丈夫か? “班長”のハジメ君」

 慎之助の呼び掛けに、やっぱりバカにしているのか? と思うと、居心地が悪い。なんせ、剣道で脛打ちをした大馬鹿者だから、絶対にアダ名が付く。
 何だろう? 「脛打ち反則太郎?」アアアア! センスまで悪い。もう、この世から消えたい気分だった。

 そんな僕をこの世に呼び戻したのは、慎之助の言葉だった。

「俺の負けだよ」

 これには、自分の耳を疑う。

「はぃ?」

 だが、聞き違いでは無かった。慎之助は、本気でそう思っていたようで、エリート士官候補は、いきなり独白を始めた。

「ミヤコの母親は、家政婦だったんだ。軍人だった父は、凄く忙しくて留守がちで、母は居なかった。だから、ミヤコの母親は、俺の育ての親みたいなものなんだ。そして、ミヤコの家にはよくお邪魔したから、彼女を妹みたいに思っている」

 慎之助は、ミヤコを見つめる。二人が微笑み合う様は、やっぱり意味深に感じる。そして、慎之助は再び語りだした。

「だから、俺の班員がミヤコの噂をした時、怒ればよかった。妹と呼んでおきながら、自分の体面を優先させてしまった。だけど君は違った。なんか、ガツンと殴られた気分だったよ」

 慎之助の告白を聞いても、渋い顔のままだった。ボコボコでベッドの上では、あまり勝った気がしないのは当然になる。だが、少しは収穫もあった。特に、「妹みたいに思っている」の部分は気に入った。「お兄様」と呼びたいくらい。
 とりあえず、慎之助への印象は良くなっていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...