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序章 俺が知ってるゲームじゃない〝主島リストルジア、召喚編〟

#2 こんな序盤にこんな武器……いいんですか?

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 見慣れているはずの景色でも、パソコンのモニター越しから見るのと、実際に、自分の目で、体で感じる風景は違う。
 ゲームの街はBGMが流れて、その音楽に耳を傾けながら、同じことしか言わないNPCに話しかけて情報を得て、次の戦いに備えて準備したりするけど、俺が肌身で感じるこの城下街『リンゴルド』は、どこか殺伐とした雰囲気を醸し出している。
 これもきっと魔王軍がいつ攻めてくるのかという不安の現れだろうか?
 街の至るところに武装した兵士が見受けられる。

(あの紋章は……城の兵士か)

 兵士達の鎧の右胸部分には、この国の象徴である『二本の剣を背負った鷹』が彫られている。
 ハルデロト城と城下街リンゴルドは、アラントルーダこのせかいの中心に位置していて、政治、経済、共に根幹を取り仕切る首都のようなもの。
 日本で言うところの『東京』のような場所。
 だから魔王はこの国『リストルジア』を狙った……のだが、どうやらまだ攻め込んでくる様子はない。兵士達も厳戒態勢を強いられていないようで、ちらほらと兵士同士で立ち話をしているところを目撃した。

 これまで目撃した兵士達が口を揃えて言っていることは、『魔王軍はいつ攻めてくるのか』という不安。やはり、一番の気掛かりはそれだろう。俺だって、魔王軍が攻め込んでくる前には、この夢から覚めたいものだが、一向に夢から覚める気配はない。

「そんな大きな溜め息を吐いて……どうしましたか? サエナイ様」
「その呼び方はやめてくれ……いや、みんな緊張しているなと思ってさ」
「そうですね……」

 ラッテは立ち止まり、晴れ渡る大空を見上げながら呟く。

「魔王の侵略は、刻一刻と迫っています。一ヶ月前は北の国が魔王軍によって滅ぼされました。各国、難民の受け入れは行なっていますが、流れ着いた場所がずっと平和とは限りません。この国だっていつ攻め込まれるか……」


 北の国が、滅んだ──?
 

 俺の知っているメインストーリーでは、北の国『ホワイトランド』が攻め込まれるなんてイベントはないぞ? むしろ、ホワイトランドは武力国家で、豪将の呼び名を持つ『イーダン・ロックゼイン』率いる『白星の騎士団』が統治しているので、一番安全だったばずだ。その『ホワイトランド』が滅んだというなら、ロックゼイン騎士長が敗北したことになる。


 死んだのか、イーダン……。


 イーダンは物語の進行次第では仲間にすることができるキャラクターで、物語クリア後は、各地の復興に力を注ぐ重要な役割を担っている。そのイーダンが死んだとなると、もう俺の知っているイスタの世界とは異なっている。

(俺の夢にしてはやり過ぎだ……)

 街を包む緊張感、そしてホワイトランドの壊滅……妙にリアル過ぎて嫌になる。

「レオ様。あなたは英雄としてレイティア様に召喚されましたが、この世界を救うなんてできるのでしょうか? ……正直なところを申し上げますと、レイティア様の仰る通り、この英雄召喚は失敗です。例えレオ様に〝英雄の恩恵〟があったとしても、その力は将軍レベル。とてもではないですが、魔王を打ち倒す器には……すみません。言い過ぎました」
「勝手に呼んでおいて、酷い言われようだな。まあ、気持ちは理解するさ。俺だってこんなやつが召喚されたら失望する」
「レオ様……?」

 俺は、期待されるような器じゃないし、そんな偉業を成し遂げられるとも思わない。それに、これは俺の夢の中の世界だ。あと数時間もすれば目を覚まして、再びゲームとしてこの世界を冒険するだろう。だから、俺に期待するだけ無駄なんだ。この夢の世界の住人達には申し訳ないが、夢から覚めれば魔王に攻め込まれるなんてこともないだろう。


 でも、もしこれが夢じゃなかったら──?


 俺の中で膨れあがる、この疑問に答えられるやつはいない。俺自身、その答えはどうなるのかと不安になってきている。もし、このままこの世界で暮らすことになるとしたら、俺は、異型のモンスター達と生死をかけた戦いに身を投じることになるのだろうか? そうなった場合、今のステータスなら勝てない戦いではないが……。
 この世界に召喚されてからというもの、俺が知っているストーリーとは異なったストーリー進行をしている。もしかすると、俺が知っているイスタとは異なる『Ifの世界』なのかもしれない。だとするなら、魔王の力も俺が知っている力ではなく、もっと強大な力を所持している可能性がある。


 その根拠こそ『ホワイトランドの壊滅』だ──。


 武力国家であるホワイトランドが陥落するとなると、やはり、魔王は明らかに俺が知る魔王の力よりも遥かに高い力を備えている可能性がある。もっと言えば、俺のステータスが『本当に強いのか』すら危うい。手加減したとはいえ、さっき手合わせしたラッテが『将軍レベル』と言うのだから、きっと、俺の力はその程度なんだろう。それに、俺が今、どれだけの力を発揮できるのかもわからない。


 使える技は?
 魔法はどうなってる?
 奥義は使用できるのか?


 自分のステータスはなんとなく頭の中に浮かび上がっているけど、技や魔法に関してはさっぱりだ。どうやって確認するのかもわからない。まあ、魔法に関してはあまり期待できる魔法を覚えてなかったし、ソードマスターは物理攻撃系の職業だ。使える魔法も『攻撃力を一定時間上げる』とかのバフ効果魔法しか覚えていなかった気がする。その代わり、技や奥義は沢山覚えていたんだけどな……この世界でそれが使えるかも怪しいところだ。

「……俺は、元の世界に戻れるのか?」

 ラッテは俺がなにか発言するのを待っていたようで、俺が少し考え事をしている時も、黙って待っていた。

「それもきっと、これからレイティア様が伝えになると思います。先ずはレイティア様のお申し出を有り難く受け取りましょう。さあ、こちらです」

 別に案内されなくても、この街のマップは把握しているのだが、やはり、ゲームと実際に見るのでは異なっている気がする。そりゃそうだ。ゲームの時は上空から見下ろしていたし、画面の端にマップが表示されていた。しかし、今はマップが表示されていない。

(こういうところは妙にリアルなんだよな……)

 ラッテの後ろをずっと歩いているが、ラッテはこの街の人達と面識が深いらしく、すれ違う商人や人々から声をかけられては微笑んで返している。
 メイド長という肩書きを持ちながら、アサシンというジョブも持っている彼女は、まだ二十五歳だ。その若さで『メイド長就任』と、上級職『アサシン』まで辿り着くなんて、普通なら考えられないんじゃないか? まあ、元々ラッテは『戦争孤児』で、王妃に拾われるまでは『盗賊』とか、そういうアングラなジョブをやっていたから不可能ではないと思うけど、それを差し引いても『有り得ないくらいの出世』なんだよなぁ……。


 このゲームの開発スタッフは、そういうところの詰めが甘いんだよ。


 俺が頭の中で開発スタッフに八つ当たりしていると、ラッテの足が一件の店の前で止まった。この外観は確か、この街随一の鍛治職人と呼ばれている『ローグ・デルモンテ』のアトリエだ。

「この店で武器と防具を揃えます」

 この街では『名工ローグ』と言われているけど、店で販売してるのは『ロングソード』とか、基本的な武器と防具だ。まあ、一番最初に訪れた街で、ストーリー終盤の武器なんかが買えたら、それこそゲームが破綻してしまう。これこそ『RPGあるある』のひとつだよな。

「どうして先に武器と防具を? 最初に揃えるのは衣服の方がいいんじゃないか?」
「このご時世ですから、武器や防具は人気なんです。なので、衣服店よりも先に訪れておかなければ、良い品が売り切れてしまいます」

 戦争になれば武器が売れる。それは、どの世界でも同じってことか……。

 年季の入った木材を加工して作られている扉をラッテが開けると、扉に取り付けてあった鈴が、カランカランと客の来店を知らせた。だが、店主の挨拶はなく、店内は少し薄暗く埃っぽく感じた。これが商売繁盛している店の雰囲気なのか? 埃っぽいってことは、それだけ客の出入りがないってことだろ?

 店の壁際には、甲冑や盾が展示されている。値段はピンキリのようだ。俺が選んでいいのなら、一番高い盾や鎧を選びたいところだが、ラッテが見繕うという命令をされているので、俺が口出しできるとしたら、渡された装備品に不備がないか確認するくらいだろう。

 店の奥、カウンターを挟んだ壁には、様々なタイプの剣が飾られているが、アレらは買えないのがRPGのお決まりだ。てか、よく見ると日本の『刀』に似た剣や、中国の『青龍刀』みたいなものもある。ゲームだから、各国の剣を参考にしてグラフィックを用意したんんだろう。以前、このゲームの製作チームのインタビュー記事を読んだことがあるが、武器は相当力を入れていると書いてあっただけに、武器選びは結構楽しかったし、ダンジョンで必死になって探したりもしている。物語終盤になると、ローグの店の品揃えは、それこそ今俺が目にしているような強力なものに切り替わるのだが……さて、現状ではどんな装備品を売ってくれるんだろうな。

「ローグ、いますか? ラッテです」
「ちょっと待ってくれ、直ぐいく」

 カウンターの奥にある工房から、野太い男の声が響いた。
 ローグはおっさんだったな。短髪で、白くて長い髭を生やした『いかにも』な風貌をしている。ガタイもいいので『ガチムチ先輩』と、プレイヤーの間では言われていたりする。

「仕方ないですね。ローグが来るまで、店内の物を見ながら暇を潰しましょう」
「……だな」

 ローグを待ったところで、入手できる武器や防具はあらかた予想できるから、俺にとってはなんの面白味もない。

「レオ様。武器に興味がないのですか?」

 どうやらあからさまに退屈な素振りをしていたようで、ラッテからツッコミされてしまった。

「そんなことは……棍棒よりマシな武器が手に入ればいいとは思ってるけどな」
「けど……?」
「どうせ〝大したものは出てこない〟ってわかってるからなぁ……」
「ほう……言うじゃねぇか」
「……え?」

 タイミング悪く工房から出てきた男は、怒りを噛み殺しているような引き攣り笑いを浮かべて、俺の前まで歩いてきた。

「テメェ……俺を誰だか知ってんのかぁ……?」

 青い髪に長髪をオールバックにして、細マッチョな男は肩に鍛治で使うハンマーを担いでいる。

「いや……知らない」

 こんなキャラ、ゲームにいたか? 片耳にシルバーのピアスまで付けているからして、あまり関わりたくない人種であることは確かなんだが。

「ローグ、お久しぶりですね」
「……ローグ? ローグって、あんたがローグ・デルモンテ?」
「ああ、そうだよ。俺がローグだ」

 ローグを名乗るこの男は、フンッと鼻を鳴らして俺から離れると、ラッテに笑顔で挨拶しだした。
 俺の知っているローグとは似ても似つかない男だ。

「久しぶりだな、メイド長さんよぅ。俺が打ったダガーは役に立ってるか?」
「ええ……今日、そちらにいるレオ様にへし折られてしまいましたが」
「……なんだと?」


 おいおいおい……雲行きがどんどん悪くなってるんだが、大丈夫なのか!?


「おい……テメェ、レオっていったか」
「は、い……」

 再び俺の方へと向かってくるローグの顔は、無表情で、それが返って怖い。

「……どうやった」
「はい……?」
「どうやってあのナイフを折ったのか聞いてんだよ。あの金属は、並大抵のやつじゃへし折るなんてことはおろか、傷ひとつ付けることはできねぇシロモノだ。それを、お前みたいな冴えないやつが折るなんて、俺には想像できねぇんだよ」


 俺の顔って、そんなに冴えないんですかねぇ……?


 俺は恐る恐る、さっきのラッテとの手合わせを簡単にローグ説明した。

「棍棒に突き刺ささったから、棍棒を捻るようにして折った……だと? そんな話、信じられるわけが──」
「いいえ、ローグ。レオ様は事実を言ってます。それは、相対した私がなによりの証拠です」
「クソ……マジかよ……」

 だが、納得出来ないローグは、顎に手を当ててぶつくさと独り言を言い始める。

「材料の問題か……? いや、そもそも焼入れが甘かった? そんなはずはない……じゃあ、打ち方に問題が? でも、ダガーだぞ? だったらなにが問題だったんだ……? もう一度、最初から設計を見直す必要があるな。先ずは、素材選びから……」
「ローグ、ダガーの件はあとにして欲しいのです。今は、レオ様に武器と防具を……」
「あ? そんなの適当に持っていけよ。それよりも、俺は今考え事をして──」

 ラッテは小さく溜め息を吐くと、「仕方がありませんね」と、勝手にカウンター内に入り、剣を物色し始めた。

 ローグはというと、カウンターテーブルの上に羊皮紙を広げて、あれやこれやと書き出している。その目は真剣そのもので、この光景を見ると、この男が『ローグ・デルモンテ』だと納得できた。

「レオ様、なにか要望はございますか? 重さや長さや形状など……」
「じゃあ……聖剣エクスブレードみたいなやつ」
「「……っ!?」」

 新しいダガーの設計図を真剣に書いていたローグも、さすがに『聖剣』の名前を出されて驚いたようだ。

「テメェなぁ!? お前みたいな弱そうなやつが、そんなシロモノを扱えるはずねぇだろうが!! 馬鹿なのか? あぁんッ!?」
「さすがの私も、ローグに同意見です」
「冗談だって……。どうせロングソードなんだし、適当でいいから早くしてくれ」

 その発言がイラッとしたようで、ローグはカウンターテーブルに右手を叩きつけた。ダンッという音が店内に響き渡り、静寂が返って五月蝿く感じる程度には、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。

「いい加減にしろよ、テメェ……。ロングソード舐めてんのか……?」
「いや、別に舐めてるわけじゃ……」
「そこまで言うのなら、お前に俺の〝とっておき〟をくれてやる。使いこなせるもんなら使いこなしてみろ」

 ローグは荒々しく工房の扉を開いて、バタンッと閉じると、暫くガチャガチャと音が奥から聞こえて、一本の剣を両手で大事そうに抱えながら戻ってきた。

「この剣の名は、魔剣──」
「──アスカロン」
「なに……? お前、この剣を知ってんのか!?」

 アスカロン──分類は『大剣』に位置するが、腕力の数値さえ高けれ、片手でも扱えるので、プレイヤー間では『中剣』扱いとされている。この剣の特徴としては、硬い装甲を持った相手に有効で、特に『竜族』に対して圧倒的な力を誇る。魔剣としては珍しい『聖属性』の剣で、所有者にデメリットをもたらすことはない。だが、この剣は所有者を選び、適正な持ち主でないと、真価を発揮してくれない……という設定だった気がする。

「なんでそんな強力な剣がここに……っ!?」
「俺はローグだぞ? 神も欲しがるほどの剣を打つのが、このローグおれ様だ。覚えておけ。ほら、持ってけよ。お代は要らん。どうせお前にゃ使いこなせるはずがねぇからな。使えなかったら王にでも献上しろや」

 俺はローグからアスカロンを受け取り、こみ上げてくる笑いを抑え切れなかった。

「……フフッ」
「……ん?」


 アスカロン……そうか、アスカロンかっ!!


 これは笑いが止まらない……だって、俺が今、ゲームで主人公に装備させてるのが、この『アスカロン』だからな!! どういう巡り合わせだか知らないが、こうして手に入るのは、正直、驚きを隠せない。アスカロンを入手するために危険度Sランクのダンジョンに入って、何度死んだことか……だが、こうやって手に入ったのならそれこそラッキーだ、ラッキー過ぎて夢なんじゃないかと思ってしまうな……夢だったか。

「本当にいいんですか、ローグ? 明らかに不相応な剣ですが……」
「じゃあ、一応こいつも持っていけ」

 ローグは、ロングソードをラッテに手渡した。

「おい……言っておくが、お前がその剣に選ばれるなんてこと万が一にも有り得ねぇんだから、先ずはロングソードで自分の剣の腕を鍛え……て……は? お前、なんでソイツを片手で簡単に持ってんだ……?」

 俺のステータス舐めんなよ? レベルがカンストしてるってことは、ステータスだって尋常じない数値になってるんだわ。だから、これくらいなら簡単に片手装備にできるんだよ!! ……とは言えず、俺は簡単に脱着できるソードホルダーを背負い、ホルダーにアスカロンをはめ込むようにして収めた。

「テメェ……何者だよ……?」

 ラッテは一瞬『しまった』という表情を見せたが、すぐにその表情を引っ込めて、ポカンと口の開いたローグの右肩を叩く。

「そんなことよりもローグ、あとは防具も欲しいんですが……」
「防具? おい、まさかこいつ……兵志願者か?」
「ま、まあ……そんなところです、よね? レオ様」

 話を合わせろと言わんばかりに、片目をウインクしながら俺に合図を送ってくるラッテだが、そのウインクがあまりにも『形式染みたもの』で、ときめきもクソもあったもんじゃない。

「まあ、お前が兵士になったところで、この戦況が変わるこたぁねぇよ。だから、別に期待はしねぇが、やるならしっかりやれよな」

 ローグはそう言うと、俺が使えそうな防具を選び始めた。


 戦況が変わることはない──か。


 ホワイトランドを壊滅させた武力を考えると、確かに、魔王軍の軍事力は相当なものなのだろう。だからなのか、この街を巡回している兵士達が、どこかやつれた顔をしていたのは。
 このゲームのメインストーリーは簡単だったはずだ。なのに、今俺が体感しているものは、むしろハードモード。このままだと、人間は魔王軍に負けるのではないか? ……とまで思わせるような現状が妙にリアルで、俺の心中をざわつかせる。

「おい、レオ。ちょっとこっち来い」

 ローグに呼ばれた俺は、カウンター奥の扉を開けて、ローグの工房へと足を踏み入れた。途端、肌を焼くような熱気で噎せ返る。

「凄い熱だな……」
「こんなもん、大した熱じゃねぇよ。それよりも、お前の盾と鎧と拵えてやるから、そのボロ切れを脱げや」
「は?」

 何言ってんだこいつ……と思ったが、ローグは今、俺の盾と鎧を拵える……って、言ってなかったか?

「別にテメェをどうこうしようとか思ってねぇ。寸法を測らなきゃ、丁度良いサイズが作れねぇだろうが」
「なるほど、確かに」

 ローグは手慣れた手つきで、俺の体のサイズを測りながら、時折首を傾げている。

「人の体を見て溜め息吐かれるのは、あまり良い気分しないんだが」
「五月蝿ぇな。今忙しいんだ、黙ってろ」

 ローグって、こんなに口が悪いキャラだったか? それ以前に、この世界は俺が知っているゲームの世界とは異なっているし、ローグの設定が違うのもそのひとつ。なら、性格が変わってても無理はない。

「よし、おしまいだ」
「完成するまでにどれくらいかかる?」
「そうだな……なるべく早く作る予定だが、長くても一ヶ月は見てくれ」

 ローグが俺のために作った防具を見ることはないだろうな。きっと完成する前に夢から覚めるはずだ……と、思う。だけど、もし完成まで夢から覚めないのであれば、こんなイベント、俺は見たことがないから興味がある。というか、こんなストーリー序盤でアスカロンが手に入ったんだ。もう俺が知っているストーリーから著しく離れている。それはワクワクもするし、不安も大きいが、それよりもこれからなにが始まるのかという期待が強い。ゲーマー魂が燃えるとでもいうべきか?

 でも、どうしてローグは俺にここまでしてくれるのだろうか? 彼が俺に投資するメリットはないはず……。損得勘定で動いてるわけじゃないのは確かだけど、俺とローグの間に友情があるわけでもない。

「俺がお前のここまでするのが不思議だ……みたいな顔してんな」
「え……? どうしてわかったんだ?」

 フンッと鼻を鳴らして、ローグは作業台の角に腰を下ろした。

「別にお前のためじゃねぇよ。……ラッテちゃんには借りがあるしな」


 借り……?


「ま、それをお前に話してやる義理はねぇから教えてやんねぇし、俺はお前が嫌いだ。だから俺には期待なんてすんなよ」

 第一印象から最悪だったもんな、嫌われんのは無理もないか。

「あれは俺がまだ駆け出しの鍛冶屋だった頃の話だ……」


 ──結局話すのかよ。


「素材集めをしに〝エヴァリース火山〟に行ったんだ」

 エヴァリース火山は、この国から離れた、南西に位置する活火山だ。
 メインストーリーだと、暴走した火の精霊イフリートを鎮めるために戦うことになるんだが、今、俺が進んでいるシナリオには、そういうイベントは発生するんだろうか?

「あの頃は必死過ぎてな、採掘中、モンスターの警戒を怠ってしまって、俺はフレイデーモンの攻撃を右足に受けちまった……見ろ」

 ローグは作業着の右足の裾をぐいっと捲ると、生々しい火傷の痕が黒くなって残っていた。

「その時助けてくれたのが──」
「──ラッテだったのか」
「は? 違ぇよ。その時は、偶然通りかかった魔法使いに助けて貰ったんだ」


 違うのかうよっ!? 紛らわしいな、おい。
 今の流れだと、絶対にラッテが助けたって思うだろうが!!


「そうして助けられた俺は、なんとかこの街に辿り着くことができたんだ」
「……ラッテはいつ出てくるんだよ」
「まあ焦んな。俺は店に戻ってから、荷降ろしをしていたんだが、その時、ひとりの美しいメイドが俺のことを訪ねてきて、こう言ったんだ……ハンカチ、落ちてましたよってな」
「……」
「俺はそのハンカチを見て、こう答えたんだ。〝そのハンカチは俺のじゃない〟ってな」


 お前のじゃねぇのかよ!? この際、本当の持ち主の方が気になるわ!!
 ……別に気になんねぇけどな!!


「──ってことがあって、俺はラッテに借りがあるんだ」
「どんな借りもねぇじゃねぇか!! 逆にどんな借りがあるんだよ!?」
「テメェ、人の話すらちゃんと聞けねぇのか!?」
「ちゃんと聞いたから頭の上に〝?〟が浮かんでんだよ!!」


 真剣に聞いて損したわ……ハッキリ言って、超どうでもいい。


「まあ、お前みたいな〝温室育ち〟には、わからない話だな。剣士と言っても、どうせ生温いことしかしてこなかったんだろうよ。その証拠に、お前の体には剣の傷ひとつねぇし、掌だって綺麗だ。そんなやつが、死にそうになってまで素材を集めた最後に、美女を見りゃ心を救われんだろ……それが男の性ってやつだ!!」
「……っ!!」

 罵倒内容はアレだが、言い得て妙だった。確かに俺は、温室育ちと言われても文句は言えない。嫌なこと、苦手なことから逃げて部屋に引きこもったんだ。それは、ローグの言う『温室育ち』と重なる部分がある。そして、最後の『男の性』という言葉は、俺の心に深く突き刺さった。

「テメェみたいなやつがアスカロンを扱えるなんて、アスカロンが認めても、俺は絶対に認めねぇよ。じゃ、話は終わりだ、さっさと出ていけ」

 シッシッと、野良猫を追い払うかのようなジェスチャーで追い出された俺は、店内でポツンと立っていたラッテに一声かけて店の外に出た。




 ── ── ──




「どうかしましたか?」
「……いや、別に」
「そうですか。では、次に衣料品を見に行きましょう。身嗜みを整えるのも、紳士としても、剣士としても当然ですから」

 そうなのか? ゲームの頃はお風呂システムさえなかったこの世界に、身嗜みもなにもないと思ってたんだけどな……ネタ装備で出歩くやつだっているし。

 それにしても、この街並みは見事なもんだ。設定は中世のヨーロッパの雰囲気を醸し出しているが、それだけじゃなく、建造物ひとつにしても、どこか現代的アートを思わせるような、高い芸術性がある。確か、開発チームの中にやたら芸術に拘りがある人がいたとか、そんな話を聞いたことがあるが、こうやって実際に目にすると拘りをヒシヒシと感じる。


 でも、それは風景だけじゃない。


さっきの武器や防具にしても、モブキャラひとりにしても、大切に作り込まれた作品であると言える。じゃあ、メインストーリーはそうかというと……それはまあ、あれだ。あまり言及しないでおこう。

「着きました。この店はレイティア様もお気に入りの店です」

 ラッテが指をしている店は、女性客がメインのガーリッシュな服屋だった。どの世界でも、ヒラヒラフリルは人気なんだな。こんな店に男用の服はあるのだろうか? 仮にあったとしても、とてもじゃないが入る勇気はない。

「なあ、この店の服って女性服だけなんじゃ……」

 俺にそう突っ込まれたラッテは、一瞬、時が止まったかのように微動だにせず、店内を凝視してから「そうでした」と、無表情に、何事もなかったかの如く踵を返した。

「まさか、レオ様にそういう趣味があったとは意外でした」
「ちょっと待て、俺はなにも言ってないし、連れてきたのはお前だろ。俺に過失はないはずだが?」
「細かいことはいいじゃないですか。行きましょう」

 ラッテってこんなキャラだったか……? ゲーム中のラッテはクールビューティだった気がするんだが、これではただのネタキャラじゃないか。こいつ、本当に大丈夫か……?

 次に訪れた服屋は、全年齢、性別にも対応した服を提供する、一般的な普段着を販売している仕立て屋だった。値段も手頃なので、日本で言うのであれば、某ユニ○ロと言ったところだろうか。店名こそ違えど、服の置き方や店内の構図は、どことなく似ているような気もしないでもない。

「いらっしゃいませ……あら、ラッテじゃない。珍しいわね」
「ここならレオ様も着れる服があると思って寄らせて頂きました」

 ラッテとこの店の女性店員は顔見知りのようだ。

「へぇ……ラッテが男を連れてくるなんて意外ねぇ……しかも、結構いい感じじゃない。まあ、服は酷いけど」

 ここに来て、初めて『冴えない顔だ』と言われなかったな。だが、それはリップサービスのようなものだろう。客の機嫌を取って商品を買わせるのは、服屋ではあるあるだ。似合ってない商品でも『お似合いですよ』とか言うし、更には『こちらも合わせれば』とか、頼んでもいない服を持ってきたりする。果ては小物とか、もう服ですらなかったりするので、服屋の店員の感想は信用ならないというのが俺の持論だ。偏見だけど。

「初めまして。私はここの店で働いている〝トーラ〟と申します」

 トーラは深く頭を下げて、丁寧に挨拶してくれた。こんな当たり前の挨拶が、どうしてこうも俺の胸を掻き立てるのか……こ、これはまさか恋ってやつなのか!? そんなはずはない。単純に、礼儀正しい人物に初めて出会ったというだけだ。

「どうも、俺の名前はレオです」
「レオさんっていうんですね。とても強そうな名前です!! それに、後ろに背負っている剣……凄いですね。とても強そうです!! 服がボロボロなのは戦っている証ですかね? 強そうですね!!」
「……そ、そうですか」

 前言撤回しよう。このひと、俺を褒める材料が『強そう』しかないのか……しかも、そのイメージもアスカロンから来るイメージだろ。これでショップ店員とか語彙力低過ぎるのに務まるのか?

「トーラ、忙しいところ悪いのですが、レオ様に似合いそうな服を仕立ててくれませんか? あと、勘違いされたら遺憾なのではっきり申し上げると、レオ様と私の間には変な感情はありませんので、機嫌取りしても無意味ですよ」
「……え? そうなの? ま、こんな冴えない男がラッテの彼氏なはずないよね」


 聞こえてんだよ、クソが。


 ……結局これか。この世界にいるやつらは、『冴えない』しか言えねぇのかよ。もっと他にもあるだろ、見窄らしいとか……なんで俺は自分で自分をディスってんだろうか。やはり、服屋の店員は信用ならないな。

「じゃあ、ちょっと持ってて? 適当に見繕ってくるから」


 適当じゃなくて、ちゃんと見繕ってくれよ……店員だろうが。
 俺はトーラを待っている間、適当に服を見て回ることにして、店内をふらついていた。


「あまり私から離れないでください。変質者だと思われたら迷惑ですので」
「あのな、お前らいい加減、俺を馬鹿にし過ぎな? さすがに俺も怒るぞ? 大体な、俺を勝手に呼び出したのはお前らだろ。なのに交わす言葉には必ず〝冴えない〟とか〝変質者〟とか……失礼にも程があるだろ」
 段々と苛々してきた俺は、ラッテを睨みつけた。
 そもそも、俺はこんな世界に来ることを望んでいなかった。いくら夢の世界だからと言って、ここまでコケにされるのは納得できない。確かに俺の見た目は貧弱で、冴えない顔かもしれない。だけど、俺にだって感情はある。嫌なことをされたり、言われたりすりゃ腹が立つのも当然だ。

「確かに、その通りですね……失礼が過ぎたと私も思います。大変申し訳ございませんでした」
「……へ? あ、いや……わかりゃいいんだよ」

 まさか素直に謝罪されると思ってなかっただけに、面食らってしまった。

「なあ、どうしてそんなに俺を目の敵にするんだ? レイティを侮辱したからか? つか、俺はレイティを侮辱した覚えはないんだが……」

 暫く黙り込んで、なにかを考えている素振りを見せてから、ラッテは口を開いた。

「きっとこちらの世界と、レオ様が暮らしていた世界の常識というのが違うからではないでしょうか? 私は、レオ様がレイティア様を侮辱したと捉えましたし、親密な仲でもないのに〝レイティ〟と呼ぶのもどうかと感じています。それに、レイティア様をニックネームで呼ぶのなら〝レイ〟ですが、それはかなり親しい間柄の方でしか呼ぶことを許されていません。あなたはいきなり呼び出されたので、多少の無礼は許しますが、それだけは許すことができないので、やめて頂けると助かります」
「わ、わかった……」

 俺はこのゲームを『ゲーム』としてクリアしているからそういう呼び方をしているけど、『この世界』でその呼び方は明らかに不自然だったか。俺も反省しなきゃならないことがあると、これ以上強くは言えない。
 ただ──、それはラッテとレイティだけだ。
 ローグやトーラに関しては確実に初対面であり、あそこまで言われる筋合いはない。これは、一体どういうことなのか……と、ラッテに質問をしてみた。

「俺は確かにカッコイイと呼べる容姿ではない。でも、初対面からいきなり〝冴えないやつ〟と言われる筋合いもない。どうして俺が出会う連中は、俺を見るなり〝冴えない〟を連呼するんだ?」
「それは……私とレオ様様を比較しているからではないでしょうか? 私は自分で言うのもなんですが、容姿は悪くないと思っています……ので、私とレオ様が並んだ時、自然とそういう結論に至るのでは……?」
「ご親切にどうも。……聞かなきゃよかったわ」


 つまり、容姿端麗な自分には不釣り合いだ……と、こいつはそう言ってるんだろう。
 はあ……早くこの夢覚めねぇかなぁ。


「お待たせしまし……って、あれ? ラッテ、なにかあったの? レオさん、かなり不機嫌そうだけど」
「えっと、その……」

 ある意味凄いなこの女店員……自分が客に言ったことすら覚えてないのか。

「気づいてないならもういい。服はそれか?」

 俺はトーラから服を受け取って、試着室へ向かった。
 ふたりは試着室の前で、コソコソと話をしているが、その声は試着室まで丸聞こえである。

「ねぇ、ラッテ。一体なにがあったの?」
「トーラが〝冴えない〟って言ったのがレオ様にも聞こえていて、それにご立腹のようです」
「げっ……本当に? 聞こえちゃってた……?」
「しかも、これまで会った方々全員にそう言われているものだから、余計に……」
「どうしよう、ラッテ……私、これ以上店に迷惑をかけたらクビになっちゃうよ……」

 先ず自分の心配とか、どんだけクソ店員だよ。普通ならどうやって謝罪するのかを考えるべきなんじゃないのか? ……だったらお望み通り、ここの店主を呼び出して大事にしてやろうか。

「トーラ。それは違います。自分に引け目があるのなら、先ずは謝罪するのが筋というものです。その上で、自分がどうなろうと、それは自分の責任であり、甘んじて受け入れるしかないのではないでしょうか?」

 そういえば、ラッテは俺が物申した時、素直に謝罪していたな……。

「でも、このご時世でしょ? 今、職を奪われたてしまったら再就職なんてできないし……なんとか穏便に済ませる方法はないかなぁ……?」
「……どうやら見解の相違のようですね。さっき私が言った言葉は忘れてください」
「そ、そんなぁ……」

 なんだか俺が悪者みたいな流れになってないか? 俺は悪くないよな? 明らかにあっちが悪いよな? だから俺は許さないぞ。小さい男だと思われても構わない。

 試着し終えた俺は、試着室のカーテンを開けてラッテに目配せをした。

「悪くないと思います。それならレイティア様の前に出向いても、問題ないでしょう」
「レイティア様に……会う? え? これからレイティア様にお会いなさるんですか!? ラッテ、どうしてそれを先に言ってくれなかったの!?」

 レイティアという名前を聞いて、かなり焦っている様子だ。もし、今回のことがレイティアの耳に入れば、自分がどうなるのかと不安なのだろう。結局、最後まで自分のことしか考えないやつだったな。

「あ、あの……か、数々の御無礼、どうかお許しください!!」


 トーラは深々と頭を下げたが、もう、時すでに遅しだ。
 俺の怒りのボルテージは、限界点を突破している。


「とりあえず、店主を呼んでくれるか? アンタが俺に対して行った数々の侮辱、店主に報告させてもらう」
「そんな……こ、この通りですから!!」
「トーラ、もう無意味です。あなたは自分の身のことだけしか考えていませんでした。だから、レオ様の要求を受け入れるべきです」
「……はい」

 その後、俺はこの店の店主から謝罪をされて、店を出るまで見送られた。その時、その場にはトーラの姿はなく、その後、トーラがどうなったのかは俺の知る由もなく、俺がこの店を訪れることはもうないだろう。




 ── ── ──




「レオ様、不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 城に戻る途中、休憩がてらに立ち寄った喫茶店のような店でお茶を飲んでいたら、突然、ラッテが俺に頭を下げてきた。

「レオ様に行った数々の無礼や侮辱、メイド長でありながら、そんなことをしてしまった自分が恥ずかしいです」
「……もういいって」
「しかし……それでは私が納得できません。なにか埋め合わせではないですが、挽回するチャンスを頂けませんでしょうか?」
「挽回ねぇ……」

 『なんでもする』という言葉があったら、あんなことやこんなことを要求できるけど、さすがに『なんでもする』とは言及しなかったか。それだけリスク管理ができるというのに、どうして俺に対して散々侮辱する言葉を吐いたのだろうか?

「なあ、俺ってそんなに冴えない顔してるか?」
「そ、それは、その……」

 ちょっと意地悪な質問だったか。

「この世界では、初対面の相手を罵ることが日常茶飯事なのか?」
「そんなことはない……ですが、今まで散々でしたから、そう思われても致し方ありませんね」

 この世界が魔王の脅威に曝されていることは知っている。だから、みんなピリピリしているのも頷けるが、だからと言って、相手に八つ当たりするように罵るのはどうなのだろうか? それとも、これは一種の風土病のようなものなのか?

「挽回ってわけじゃないが、ひとつだけ俺の要求を飲んで欲しいんだけど、いいか?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「じゃあ……俺と、友達になってくれないか」
「……え?」

 どの世界においても、友人がいないというのは寂しいものだ。現実の俺にも友人と呼べる存在はいたが、引きこもってからは連絡すら来ない。それはもう『友人』とは呼べないだろう。だから、せめて夢の中だけでも友と呼べる存在が欲しい。


 うわぁ……、俺ってすげぇ寂しいやつだな。


「申し訳ございませんが、それはできません。私はメイド長としてレイティア様に仕える身ですので、友人など……」
「だ、だよな。……忘れてくれ」

 まさか、友人になってくれという要求でさえも拒まれるとは……別に『付き合ってくれ』って言ってるわけじゃなし、そこまで頑なに拒まれると、かなり辛い……。

「はあ……私は、メイド長失格ですね。レオ様は仮にも他の世界から召喚された英雄であり、レイティア様のお客様でもあります。そんな方に、こんな嫌な思いをさせてしまうなんて……」
「レイティ……レイティア様に仕えるメイドとして、今はどれくらいなんだ?」
「メイド長に就任してからですので、約三年です」
「それまでは一般メイドとして城で作業をしつつ、アサシンとしても活動していた……って感じだったか?」

 アサシンというと『暗殺』が仕事だが、この世界でいう『アサシン』の意味は少し違う。確かに暗殺や殺人が主な仕事なのだが、それ以前に『SP』としての役割が多い。それがこの世界の『盗賊』と『アサシン』の違いでもある。

「はい……あの、レオ様はなぜそんなにも私の素性を知っているのですか? 私はまだレオ様になにも打ち明けてはいないですが……」

 ゲームのイベントで知ってる……と言っても理解してもらえないだろうな。適当に、曖昧に受け流すしかない。

「まあ、なんというか……英雄だから、かな?」
「英雄とはそういうものなのですか……?」

 だから、『ゲームで内容を知っているから』とは言えないだろう!? それに、仮にそれを話したところで信じてもらえるはずもない。だったら『英雄』という不確定要素を上手く使っていくしかないじゃないか!? などと心の声を飲み込むようにして、ふう……と小さく溜め息を漏らす。

 溜め息を吐いた俺の姿を見て、ラッテは勘違いでもしたのだろうか、顔を伏せてしまう。

「いつか、必ずこのお詫びはさせて頂きますので……そろそろ城へ戻りましょう」
「あ、あぁ……」

 俺とラッテはそれ以上会話をせずに、城への道を黙々と歩いた。

 
 ──気まずい。非常に気まずいぞこの状況はッ!!


 ラッテは声をかけてくる人々に作り笑いを浮かべながら会釈をしているが、それもラッテを知るひとからすれば『無理して笑ってる』と一目でわかるらしく、一歩後ろを歩いてる俺を見ては『あいつ、ラッテさんになにしたんだ』みたいな痛い目線を向けてくるのだ。どうにかしなければならないけど、この状況をひっくり返せるほど、俺のコミュ力は高くない。むしろ、この状況をひっくり返せるのなら、俺はソロでこのゲームをプレイなんてしてないんだが……悲しいかな、これ真実なり。しかし、いくら落ち込んでいるからと言っても、さすがはメイド長。その佇まいは凛としていて、背筋をシャキッと伸ばして歩くと、豊かに育ったふたつのメロン乳が、たゆんと揺れる。……って、後ろ姿から想像してる俺って相当キモいな。だが、健全なる高校生の俺が、そういう妄想をすることは必然。森羅万象、曼荼羅の理と等しく、男子高校生がスケベな画像や動画を夜な夜な観ながらムフフ……となるのは当たり前だ。だから俺は悪くない。


 淫靡な妄想に耽りそうになる思考を振り払うかのように、頭を振ってそれを搔き消す。


「あの……先ほどからなにをしているのですか?」

 俺の様子が気になったのか、それとも俺の奇行が気になったのかは定かではないが、ラッテは急に足を止めて振り返った。腰まである長い黒髪がひらりと舞い遊ぶように姿みせたアレのようだ。そう、俺の妄想に終わりはない、終わせることはできるが……。

「い、いや? 別にナニもしてないぞ!?」
「そうですか……そろそろ城に到着しますが、今回は正門から〝客人〟として中にはいりますので、あまり不審な行動をとるのはおやめください」
「は、はい……」


 普通に怒られてしまった……。
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