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一章 傾きだす天秤〝主島リストルジア、判決編〟
#18 モテ期、到来。
しおりを挟む竜人族は誇りの高い魔族だが、【竜】であるにも関わらず翼を持たない。それゆえに、同じ竜族から忌み嫌われている。その結果、竜人族の結束は強固となって、誇りを守るために戦う魔族なのだが──俺の目の前に現れたレッドリザードマンに、戦士の誇り云々を語るような気配は感じ取れない。むしろ、怒りで我を失っているかのような血走った眼をしている。
そういえば確か、以前対峙したレッドリザードマンも、こいつと同じような眼をしていた気がする。あいつは問答無用で襲ってきたが、目の前のこいつは刃毀れした剣を構えることはせず、両の手をぶらりと下げていた。
戦う気があるのは事実だ、現に、今もこいつからは殺意が伝わってくる。
でも、武器を構えないのはなぜだろう……?
まるで、自分が武器を振るうことを必死に抑えているかのようだ。
俺はアスカロンを構えながら、こいつがどう動くのか様子見をしていたが、かれこれ数十分は|膠着状態が続いている。
「おい……かかってこないのか?」
ならばこっちから行くぞ──なんて、少年漫画のような展開にはならない。レッドリザードマンとはなにかしら縁があるし、できれば戦いたくないからだ。ガレフというレッドリザードマンも知り合いもいるし、また『レッドリザードマンを殺した』なんて報告はしたくないからだ。
「……」
だが、こいつに俺の言葉は届いているようには思えない。
俺の問いかけに対して黙秘をしているのではなく、言葉の通り『聞こえてない』のだろう。
「どうした? 戦わないなら俺は他に行くぞ」
「……ゲロ」
「ん? なんだ──」
「──逃ゲロ、人間ッ!!」
「……ッ!?」
突然、猛々しい咆哮が大気を揺らし、やつの殺意が空気中に溢れ出たかの如く、瘴気が霧のように発生した。
「な、なにが起きた……ッ!?」
リザードマンは強敵だけど、こんなことができるリザードマンなんて見たことがない。
腐った卵のようなキツい硫黄の臭いは、この瘴気がどれほど濃いものなのかの現れだ。その証拠に、地面に生えていた雑草は茶色く変色して、ここ一帯の草木が忽ち枯れていった。
ここまでの瘴気は規格外だ、いくらレッドリザードマンでも、ここまでの瘴気を放つことなんてできるはずがない。そもそもリザードマンに、『瘴気を放つ』ようなことはできないはずなんだ。
(もしかして、誰かに操られているのか? いや、仮に操られているとしても、瘴気を体内から放出するなんて、突然変異でもなければ不可能だぞ!? それに〝逃げろ〟と言っていたのも気になる……まさかこいつ、〝現・魔王派〟かッ!?)
それなら尚のこと戦いたくないが、もう、そんなこと言っている場合じゃないようだ──。
目の前のレッドリザードマンは、右手に持つ刃毀れした剣を両手で持ち、中段、脇腹に構えて向かってきた。その姿はまるで、先ほど戦ったキラーボアのような獣と同じだ。目の前にいる相手を葬ることだけを考えているように見える。
俺はやつが剣を振るうタイミングを見計らって、同じように剣を横薙ぎに振るう。ぶつかり合う剣は互いに交わり火花を散らし、痺れるような衝撃が俺の両手に走る。
「……ッ!! そんな刃毀れした剣が、今の衝撃でどうして折れないんだよッ!!」
俺は今の一撃でやつが使う剣を折ってやろうと思いっきりぶん回したのだが、新しい刃毀れを作っただけで、折れることはなかった。俺はもう一度やつの剣を折るべく、思いっきりアスカロンをぶつける──しかし、アスカロンを幾度となくぶつけても、やつの剣が折れる気配はない。
(はぁ……はぁ……クソ、マズいな、瘴気の影響が俺の体にも出てきやがった。早いとこ決着をつけないと……)
腰につけた袋の中から、状態異常回復薬を取り出して一気に飲み干す。瘴気に対して効果があるとは思えないが、気休め程度にはなるだろう──ここに来る前に、薬系統を予めデューオさんから購入しておいてよかった……。
── ── ──
宿を出ようとした時、昨日の朝に出会った胡散臭い行商人の【デューオ】に再び出会った。
「おや? おはようございます、レオさん。今日はお早い出発のようですね」
デューオさんは宿屋のエントランスにある食事スペースの椅子に腰かけてメモ帳を読んでいたが、俺が登場するなりメモ帳を懐にしまい込み話しかけてきた。
「色々とやることが多いんで」
「そうですか、それはいいことですね」
「……?」
「やることがないなんて、死んでいるも同然ですから。商人足る者、常に時代の風を読み取って対応していかなければなりません。……そうだ、もしよろしければ魔法薬はいかがですか? 同じ宿仲間の誼でお安くしますよ?」
実はこれから魔法薬を買いに行こうとしていたので手間が省けたけど、デューオさんの商品を信用して大丈夫だろうか? 行商人は嘘が上手い。弁が立つと言ったほうがいいのかもしれないけど、それゆえに信用できない。
「備えあれば憂いなし。魔法薬はあって困るようなものではありませんし、いざという時、心の拠りどころにもなりましょう。どうですか? この万能回復薬があれば、どんな事態に陥っても効果を発揮しますよ?」
「はぁ……アーマンさんに見つかったら、また怒られますよ?」
「商人足る者、ピンチを恐れていたら、商売チャンスを逃してしまいますからね」
全く、逞しいことこの上ないな。いや、図々しいというべきだろうか? これも商人の性ってやつなんだろう。でも、言っていることは確かに──ピンチを恐れていたら、掴めるチャンスも掴めないということは、ここ最近、俺もよく思っていることだ。
「わかりました。幾つか買わせてもらいますよ」
「ありがとうございます。では、これが私の扱う魔法薬です」
懐から取り出したのは、先ほどデューオさんが目を通していたメモ帳だった。ページを開くと、魔法薬の手書きイラストと、その効果が記載されている。しかも、どういうタイミングで飲むのが効果的なのかも書いてあるので、とても分かり易い内容だった。
「これ、全部デューオさんが調べたんですか?」
「ええ、勿論ですよ。私は商人ですが薬学も学んでいまして、そこら辺にいる道具屋よりも魔法薬について詳しいと自負しています」
「凄いですね。なんというか、商売に対する熱意を感じます」
「そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます」
俺は手渡された魔法薬一覧メモの中から、これから使えそうな魔法薬を幾つか選抜して購入した。
「お買い上げありがとうございます。私はまだこの街に滞在する予定なので、またなにかありましたらご贔屓にお願いしますね?」
「わかりました。それじゃ」
「ええ、ご武運を祈っております」
── ── ──
万能回復薬に瘴気を中和する効果はない。でも、身体、精神的な疲労は回復できる。おかげで幾分体が楽になった気がする。しかし、その効果も長くは続かないだろう。これほどの濃い瘴気を浴び続けたら、人間の体が保つ保証はない。
(それにしても、なんでリザードマンばかりがこんな目に合うんだ……?)
まるでダリルのような【狂乱】状態に陥っているみたいだ。ダリルはそれを自分の意思で操るからこそ手強いのだが、魔物の狂乱状態はダリルのそれとは別物。相手を葬ることだけに特化した魔物の狂乱は、相手が死ぬか、自分が死ぬまでその手が止まることはない。だけど、この地にいるリザードマンだけが発症しているのはどうしてだろうか?
(そんなことを考えてる暇はないか。とりあえず、今は目の前の敵をなんとかしなきゃな。この瘴気もいい加減うんざりだ)
アスカロンからドラゴントゥースの持ち替えて、攻撃力上昇を発動する。現状、俺が使える唯一の魔法にして、最後の切り札。──いや、切り札は他にもあるけど、【アレ】の発動がどのタイミングで、どうやって発動するのかわからない以上、頼れるのは『ブレイブ』のみだ。
(攻撃力上昇でどれだけダメージを与えられるか……殺したくはないけど、そんな甘いことを言ってる余裕もない。俺の持てる限りの力をこいつに叩き込むしか──)
俺が一歩踏み出した時、頭の中に声が聞こえた──。
この声の主には心当たりがある。そうだ、俺が初めて戦ったレッドリザードマンの声だ。
『友よ、力を貸そう──。この力で同胞を救って欲しい。我が牙に魔力を注げッ!!』
……どうやって注ぐんだよ。
いや、わかる──言いたいことは理解できるんだ。でも、急に『魔力を注げ』と言われても、俺にはどうやるのかわからないんだよなぁッ!? 漫画やアニメじゃお決まりの覚醒イベントだけど、「よし、わかったッ!!」って、説明なしにできるほど、俺は器用じゃねぇんだけどッ!?
『友よ、内なる力を解放するんだ』
解☆放ッ!! ……って、できるかあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
俺が戸惑っている時も、目の前にいる敵は待ってくれない。容赦なく剣が振り下ろされるが、ダリルとの戦闘経験がここで生きた。相手のタイミングを見計らって弾くのは得意だ。【狂乱のダリル】の刃を死にそうになりながら浴びたのは伊達じゃないぜ? だが、これでは防戦一方。このままでは瘴気によって体力を奪われ続けて、いづれ力尽きるだろう……。
(魔力ってどうやって注ぐんだよッ!! わかり易く説明しろくださいッ!!)
この心の声がドラゴントゥースに届いたらしく、ドクンッ──と、剣が脈を打つ。
『友よ、先ほど発動した魔法同様に念じればいい。自分の体に流れる魔力が剣に流れるイメージを持て』
念じればいい──そう言われても、この状況で集中できるはずがないだろうッ!? 隙あらば俺の体を切り裂こうとしているリザードマンがいて、その猛攻に耐えるだけで精一杯だってのッ!! ──そうだ、隙がないならこの状態でさっき言われた通りやってみるか。
俺の体から魔力が剣に流れるイメージ、流れるイメージ、イメージ……。
『友よ、魔力の供給は完了した──放てッ!! この技こそ、我が生み出した竜の鱗も焼き裂く灼熱の刃──ッ!!
灼滅剣──ッ!!』
【灼滅剣】は剣に炎の刃を宿して大ダメージを与える火属性近距離斬撃技。この技は火属性が弱点のモンスター及び、【竜族】に致命的ともいえるダメージを与える【奥義】に当たる技。──つまり、奥義であるのならソードマスターのスキル【一閃双撃】が発動する。
「オラアァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
一閃双撃の効果で火力が倍に跳ね上がったことにより、俺の剣に宿った炎が、幾ら叩き割ろうとしても折れることがなかったやつの剣をドロドロに溶かした。これでやつはもう無防備だ。ブレス攻撃は使えるだろうけど、今の俺には灼滅剣がある。ブレス程度の攻撃は、剣bに宿る炎の刃で防げるだろう。この時点で勝敗は決した──が、狂乱は相手を葬るまで続く。
「お前に恨みはないけど、終わらせてもらうぞ……」
やつの右肩から灼滅剣で袈裟斬りを浴びせる──。
「グオォォォォォォォガアァァァァァァアアアッッッ!!」
焼け付く鱗の臭いと瘴気の臭いが混じり合い、想像を絶する臭いが俺の鼻を劈く。それでも俺は、グイグイと皮膚を焼きながらこいつの体に食い込んでいく剣を引かない。せめて、最後の断末魔ぐらい聞いてやらないと、こいつも浮かばれないだろう。本来ならこいつは、俺と戦うことはなかったのだ。なにかの事象により狂乱してしまったこいつを救う唯一の方法は、正々堂々と剣を交えて葬ること。誇り高きリザードマンに捧げる、俺からの敬意だ。
俺が剣を振り下ろす頃には、もう、やつの体は灼滅剣の熱で跡形もなく消えて、残ったのは魔力結晶のみで、それを地面から拾い上げて皮袋にしまい込む。やつの消滅により、漂っていた瘴気の霧も消えて、辺りはまるで焼け野原のように、地肌を剥き出しにした大地が顔を出した──これは瘴気の影響だろう。人間界に生息する草花は瘴気に抵抗する力がないのだから当然だが、魔界にはもっと濃い瘴気も存在する。魔王・ルネアリスの屋敷に瘴気はなかったが……そうか、ガレフが守っていたのは屋敷ではなく俺の身だったのか。屋敷の外は瘴気に満ちている。ガレフは俺が無闇矢鱈に外に出ないよう見張っていたのだ。
こんなことに今さら気づくとはなぁ……。
この気づきにより、問題点がまたひとつ浮き彫りとなった。
魔界の瘴気に対抗するなにか──、これが必要だ。
「それにしても、助かったぜドラゴントゥース……って、あれ?」
『……』
無反応というよりも、役目を終えて再び眠ったようだ。
「宝箱の次は剣かと思ったんだけどなぁ……なに楽しんでるんだ、俺は」
魔界への入り口の捜索か手がかり、リザードマンの狂乱現象、瘴気対策……調べることは沢山あるけど、街の外を彷徨いている魔物から情報は得られそうにない。本来ならレイティアが開けるはずだが、俺達の目の前でゲートを開くわけにもいかないだろう。今頃、レイティアも魔道書を探しているに違いない。レイティアはレイティアなりに、正規の手段で魔界にいく方法を調べているのなら、ここで頼ってはいけないな。先ずは自分の力でなんとかする方法を模索しないと。
ゲームの時はどうしていただろうか──?
この世界にインターネットが存在しないのなら、情報が集まる場所に行って、情報収集するのがセオリーだよな。魔物達からなら様々な情報を得られると思っていたけど、俺の考えが浅はかだったようだ。
「ひと先ず、街に戻ってから考え直しだな」
千里の道も一歩からというし、今日という時間はまだある。街の中をぶらつきながら考えるか──と、俺は道を引き返した。
── ── ──
俺が目指す千里の道は一体どこにあるのやら……と、リンゴルドに戻ってから、街の中央にある広場へと足を向けて歩いていた。
本来活気のある街だったリンゴルドの面影はない、あるのは重苦しい雰囲気と、すれ違うひとびとの疲弊しきった顔、そして、どうしていいのかわからず立ち尽くしている兵士達。
これが主島の中央にある街、リンゴルドなのか──?
そう疑わずにはいられない光景だが、まだ希望を信じて日々を過ごす者達だっている。俺はこの街を救うことができるのか? と、不安にかられそうになるのを必死に堪えて前を向いた。
大丈夫だ、きっと手がかりは見つけられる。
そう信じていなければ、俺も街全体に漂う暗い雰囲気に飲み込まれてしまいそうだ。
中央広場に到着した俺は、適当なベンチに座ってこれからどうするべきかを考えようと空を眺める。青い空、白い雲……こうやって書き出せばそれとなくファンタジックな物語が始まりそうだけどお生憎様で、時既に俺はファンタジックな世界にいる。
未だに俺がこの世界に召喚されたというのが夢の話に思えるけど、肌に伝わる風や草の匂いや、先ほどの戦闘で痛めた傷が『夢なんかではない』と俺に告げてくる。
「はぁ……」
──そりゃ溜め息も出るでしょうよ。
手がかりも見つからない、情報が集まる場所もわからない、どうすればいいのかもわからない、ないないないの三連鎖。自分で道を切り開くにしたって限度があるだろう。
「それじゃあこのままなにもしないのか? それこそ時間の無駄じゃないか」
どこかにヒントを教えてくれる【キーマン】のような存在がいれば、こんなに手間取ることもないんだけどなぁ……。仕方ない、親方にでも話を聞いてみるか。親方なら武器を販売する時に、情報が入り込んでくる可能性もなきにしも非ず。ここでボーッと空を眺めているよりはマシだ。
すっかり根が張りそうになっていた重い腰を上げて、親方の店に向かった──。
親方の店の中は、あいも変わらず薄暗い。
親方は工房にいるらしく、店内は閑古鳥が鳴きそうなほどに静か。
ただ、時折鳴り響く金槌の音が店内に響いている。
「親方ー? ちょっと話を聞きたいんだけどー!!」
カウンター奥の部屋に聞こえるように大声で親方を呼ぶと、金槌の音が止まった。
「おう、ちょっと待てや!!」
作業中に手を止めさせるのは心苦しいけど、こっちもこっちで切羽詰まってるんだ。文句を言われたら甘んじて受け入れよう。
工房から出てきた親方は、首に巻いたタオルで顔についた煤を拭いながら、腰辺りに大きなポケットのある茶色のエプロンを身につけて登場した。
「なにか用か? 忙しいからあまり構ってやれんぞ」
「わかった。じゃあ、単刀直入に聞くけど、この街で情報が集まる場所に心当たりはない?」
「身も蓋もねぇことを言っちまえばハルデロト城だが、お前が聞きたいのはそういうことじゃねぇんだろ? ……あまり大きな声じゃ言えねぇが、〝裏酒場〟って知ってるか?」
「裏酒場……?」
なんだろう、全く聞き覚えのない単語だ。
ゲームでもそんな場所は存在していない──。
「あまりおすすめはできないが、そこなら〝裏側の情報〟が手に入るだろう。どうせお前のことだ、そういう情報が欲しいんだろ?」
さすが親方だ、俺が聞きたかったことをすぐに察してくれた。
「でも、気をつけろよ? 柄の悪い連中がうじゃうじゃいるからな。それに、そこで手に入れた情報が正しいかもわからねぇ、怪しい情報がわんさかだ……それでも行くか?」
「行くしかなさそうだし、行ってみるよ……場所はどこに?」
「中央広場から西に一直線に進むと〝アルカロ〟という名前の酒場がある。そこのマスターに〝赤麦酒にひと匙のスパイスを〟っと注文すれば、裏酒場に通してもらえるはずだ」
合言葉か──なんだかアウトローな映画みたいになってきたけど、こういう展開は結構好きだ。でも、好きとか嫌い以前に、その店に出入りしている連中のことが気になる。想像するのは難しくないけど、実際にそういう場所にいく時に、なにを注意すればいいのだろうか?
俺は鼻先の煤が拭けていない親方に、なにを気をつけるべきなのかを具体的に訊ねてみた。
「なにを、か……。俺も実際に裏酒場へ行ったことはないが、所謂〝咎者〟には注意するべきだろうな。詐欺、スリ、殺し……そういうのを生業にしているやつらの溜まり場と考えれば、自ずと答えは出るんじゃねぇか?」
「それ、絶対に近づかないほうがいいやつじゃん……」
「……そういうことだ。興味本位で近づくと痛い目に合うぞ」
話を聞くと、裏酒場という場所が如何に危険な場所なのかが明確になっていく。しかし、手がかりがそこにあるのなら──少しでも情報が欲しい。
「アルカロって店は何時からやってるんだ?」
「夜、それも大分遅い時間からだ。出歩くのなら見回りしている兵士に気をつけろよ? 特にアルカロ周辺には多く配備されているはずだ、見つかれば面倒ごとになりかねないぞ」
「わかった。ありがとう、親方」
俺は親方にそう感謝して店を出た。
一度招き猫まで戻ると、シュガーが店の前で不機嫌そうな表情で待ち構えていた。もしかして、俺が単独で動いていたことに腹が立ったのかもしれない。 一言くらい声をかけるべきだっただろうか? いや、今はそういうことをしている場合じゃないし、シュガー
シュガーで調べてくれていると思っていたが……この調子だと、ずっと俺の帰宅を待っていたように思える。お前は主人の帰りを待つペットか──なんて、それはひとに対して失礼過ぎるかもな。
「遅いぞ、兄様」
俺の姿を見るなり、シュガーは駆け寄ってきた。……やっぱり小動物感がある。
「情報集めしてたんだ、そう怒るなって」
「メイドが兄様を訪ねてきたぞ? なにやら神妙な趣きじゃったが……そんなことより、じゃ!!」
そんなことよりって……ラッテ訪ねてきたってことは、なにか問題が発生したとか重要な案件を伝えにきたんじゃないのか? それよりも重要なことってなんだよ……。
「さっきまでレイナードと一緒にいたのじゃが、兄様は裏酒場を知っておるか?」
「ああ、ついさっき親方から聞いたよ。今日の夜にでも行ってみようと思ってる」
「知っておったか……。儂……私も噂程度にしか知らんが、かなり危険だとレイナードがいっていたぞ?」
「それも知ってる。でも、今は少しでも情報が欲しい。危険は覚悟の上だ」
「……多分、あのメイドが訪ねてきた理由もそれじゃろう」
「……?」
ラッテも俺と同様に裏酒場の情報を得て、忠告しにきたのか……? でも、もし忠告されても『はい、そうですか』と引き下がるわけにもいかない。
「これは儂の推測じゃが、兄様はあのメイドがアサシンだということを知っておるか?」
「知ってるけど……だからなんだ?」
「では、〝死神〟については知っておるか?」
「あー……何度か耳にした程度だな。それとなにか関係があるのか?」
「はぁ……兄様、もう少し知恵を巡らせたほうがよいぞ。〝死神〟というのはただの異名ではない、〝処刑執行人〟の異名じゃ」
「処刑……執行人……?」
具体的にどういうことをする者なのかはわからないけど、なにをする者かは想像に難くない。
国に仇なす者を暗殺する──とか、そういう組織だろう。
ファンタジーには大抵そういう組織が存在するので、とって驚くこともないけど、シュガーはなにを伝えたいのだろうか?
「レイナードが言っておったがあのメイド……アサシンなんじゃろ? 間接的にあのメイドの〝触れられたくないところ〟に触れてしまう可能性もある。裏酒場にはきっとラッテ以外のアサシンも来ておるじゃろうしな、だから兄様を止めに来たのかもしれん」
「抽象的過ぎて話が見えないな……つまり、どういうことだ?」
「誰にでも触れられたくない過去や素顔がある……兄様にもあるのではないか?」
「……」
そう言われてもな……。
仮にそうだとしても、裏酒場にいるアサシンと関わらなければいいだけの話だろ? そこまで過敏に反応するようなことだろうか? 俺みたいに存在自体が黒歴史ではないだろうし、ラッテがこれまでどう生きてきたのも、俺はゲームのストーリーを通じて知っている。今さらそれを聞いたところで──
「あのメイドは兄様に惚れておる。それは儂も同じじゃからわかるのじゃ」
「え? あ、いや……え? シュガー、お前、まさかそれ……」
「兄様はかっこいいから当然じゃろう? 苦悩しながらも前に進もうとしている兄様の姿は、兄様に関わった者なら誰でも好感を持つ……まさか、気づいておらんかったのか?」
「全ッッッ然、気づかなかった……」
「鈍感もここまでくると国宝ものじゃな……」
シュガーは大きく溜め息を吐いて呆れてしまっている。
ラッテの気持ちは気づいていたし、俺もラッテに心を動かされていたが、いやまさか……兄妹宣言したシュガーまで俺のことを……こ、これはまさか『モテ期』というやつなのか!? 都市伝説だとばかり思っていたけど、俺にもついに訪れたのかッ!!
「なあ、シュガー。お前、今、俺にその……告白をしたのか……?」
「したぞ?」
「俺達、兄妹だよな?」
「そうじゃな、それがどうしたのじゃ?」
「え……いや、どうってわけじゃないけど……やけに冷静だなーっと」
「自分の気持ちを伝えるのは恥じることでもなかろう?」
そりゃそうだけど……考えかたが男前過ぎるでしょうが……。
「話が脱線してしまったが、つまり、惚れている相手に知られたくないことがあるのは女として当然ということじゃ。裏酒場に行くのなら、今の関係に傷が入ることも視野に入れるべきじゃな」
「わ、わかった……肝に命じておくよ」
こういうところはさすが年長者だけある。
シュガーの言い分は理解できたが、それとこれとは別のようにも感じる。
しかし、乙女心か──。
この世界にきて初めて女性と触れ合った俺が、乙女子を理解しろというほうが無理だろう。
情報を取るか、女心を取るか、ふたつにひとつ──なら、俺ができる決断はどっちだ?
目的をはき違えてクエストを失敗するなんて、俺は絶対に嫌だ。それに、もしこれで壊れてしまう関係だというのなら、所詮その程度だったってこと。……なんて割り切れるほど、俺は強くない。
俺は──、俺が好きな相手って、誰だ。
いや、今考えるべき問題はそれじゃないだろ……っ。
ひとつの答えを探しているのに、他の問題が複雑に絡み合っている気がする。そういう事象のことをよく『毛糸玉のように』と例えるが、なるほど、言い得て妙だ。──でも、なにが一番悪いのかはわかる。それは、俺自身だろう。
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そして、妹として受け入れたシュガーからも……。
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「兄様、そんな顔しないで欲しい……」
「え……?」
「儂……私は兄様を苦しめたくてこんなことを言ったわけじゃない。兄様がどんな決断をしようとも、私はついていくつもりじゃ。だから……」
「……ありがとう、シュガー。おかげで色々と気づくことができた」
「兄様……?」
なにが大切で、誰が大切か──そんな難しい答えが、馬鹿な俺に直ぐ出てくるはずがない。でも、優先しなければならないことはわかってる。今は、この国がどう傾くのかの重要な時期だ。それを理解してない皆じゃないだろう。この考えかたがただの逃げだってこともわかっている。だから、この問題が全部解決したら、その時は──。
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