もののけの森 美貌の孤児は呪われた怪物に愛される

遠間千早

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九話 怖い人

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 市から離れ、麻袋を抱えて人気のない路地を進む。
 町の門に向かって歩きながら、安堵と高揚感で気持ちがいっぱいになった。

 ほしかったものがちゃんと買えた。
 これでもっと快適にノクスと小屋で暮らせる。

 気分が高まっていたから、突然後ろから近づいてきた足音に気づかなかった。

「おい、お前」
「わっ」

 強く肩を掴まれてぎょっとした。
 振り向くと、見知らぬ大男がロイを見下ろしている。

「市の中で一人でうろうろしてただろう。親はどこだ」

 厳つい顔と威圧感のある低い声で聞かれて、息を呑む。
 一瞬町の番兵かと思ったが、男の着ているものは普通の服で、兵にしては人相が悪い。
 ロイが一人であることを確認するように周囲に視線を巡らせ、ローブの下を品定めするようにこちらを見てくる。

 もしかして、人攫いだろうか。
 捨て子や親を亡くした子を、労働力や奴隷にするために売り買いする大人がいることは知っている。

 市で買い物をしていたときから目をつけられていたと知って怖くなった。麻袋を抱きしめながら、袖に手を入れて右手の腕輪を探る。

「買ってるものも農村の子供にしては妙だったな。親に捨てられたか、奉公先から逃げてきたか? それなら一人で大変だろう。いいところに連れてってやるから安心しろ」

 肩を掴んだままロイの顔を覗き込もうとする男に抗って、首を横に振った。なるべく人目につかないようにと路地裏に入ったしまったから、周りに人はいない。
 ぎゅっと袋を抱きしめて、男から離れようと身を捩った。

「大丈夫です、連れはいるから」
「本当か? 姿は見えないが」

 男がロイの肩から手を離そうとしないので、思い切り腕を払いのけて数歩下がった。その拍子にローブのフードがぱさりと頭から外れる。あ、と思ったが両手に袋を抱えているせいで押さえられなかった。

「ん? 青い目……?」

 ロイの顔を見た男は目を丸くして、ぽかんとした表情で食い入るように凝視してくる。
 そして高圧的な雰囲気をがらりと変えると、荒っぽい下品な笑みを浮かべた。

「なんだ、そういうことか。お前、奉公先じゃなくて女郎屋から足抜けしてきたんだろう」
「え?」

 男の言葉がわからず、眉を顰める。

「男かと思ったが、女だったのか?」
「僕、男です」
「男か。まぁその顔ならそれもいいだろう。今どき男でも若くて見目がいいなら客は取れるらしいからな。どこの店だ。足抜けは重罪だとわかってるんだろうな」

 言っている意味はわからないが、ますます嫌な気持ちになった。この男とこれ以上話していてはいけないと自分の中から声がする。

「おじさんが何を勘違いしてるか知らないけど、僕はどこからも逃げてきてない。もう帰るからついてこないで」

 威圧感に負けてはいけないと声に力を入れて、精一杯相手を睨んだ。

「とぼけるな。店に突き出してやる。それとも俺の相手をしてみるか? そしたら見逃してやらんこともない」
「……?」

 にやりと笑いながらじろじろと不躾な目で顔と身体を見られて、鳥肌がたった。
 さっきからなんなんだろう。気持ち悪い。

「男は初めてだが、その顔なら楽しめそうだ」

 妙にギラついた目をした男が、詰め寄ってきて手を伸ばしてくる。自分よりも大きな男が迫ってきてぞっとした。
 腕輪を探って、息を吸い込んだ。

「ノ」
「おい! お前何をしてる!」

 ノクス、と呼ぼうとしたとき、男の背後から鋭い声が響いた。
 そちらを向くと、二十代くらいの若い青年がこっちに走ってくる。

「子供に何してるんだ?!」

 険しい顔で駆けつけてきたのは、赤茶色の髪で、すっきりした目元の背の高い若者だった。町の住人なのか、手には市で売っていたパンの袋を持っている。

「なんだ兄ちゃん、足抜けの礼金を横取りしようなんて卑怯だぞ」
「礼金? こんな小さな子に何言ってるんだ?」
「この顔見てみろ、上玉だろう。どう見ても普通じゃねぇ。一人でふらふらしてるなんて、絶対に足抜けだ。どこかに囲われてたガキだ」
「普通じゃないのはあんただろ。こんな子供に言いがかりをつけて乱暴しようなんて、大人として恥ずかしくないのか」

 青年は男とロイの間に割って入り、口論しながら持っていたパンの袋を渡してきた。
 咄嗟に受け取ってしまい、麻袋と紙袋を抱えて二人から数歩離れて距離をとる。

「チッ、うるせーな。俺が坊主と話してんだからあんたは関係ねぇだろう」
「じゃあ番兵を呼んでくるか? 困るのはあんたじゃないのか」

 揉めている二人からじわじわと後退る。
 二人の会話がもう何も頭に入ってこない。
 一刻も早くこの場から離れたい。

 ──ノクス。

 首のない大きな身体を思い浮かべたら、もう帰ることしか考えられなくなった。
 二人から距離を取ったところで、踵を返して一目散に走る。

「あっおい! 小僧!」
「待て! やめろ!」

 揉めている男と青年の声が後ろから聞こえたが、振り返らずに全速力で走った。素早く路地の角を曲がる。そこから闇雲に走って曲がり角を何度か曲がり、二人が追ってこないとわかるまで走り続けた。
 心臓がドクドク鳴っている。
 恐怖と緊張で、頭の中いっぱいに周りの音が反響して響いた。息が弾んで耳の淵は熱いのに、胸の内側だけが凍えるように冷たい。
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