悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

六十八話 真珠華の物語 前①

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 皇帝は塀の上に造られた観客席に飛んで行き、そこに居座ると俺たちを見下ろした。

「魔の虚の森から魔物を拾っておいてちょうど良かったな。さて六女達、精々足掻くがいい」

 上からそう声が聞こえた直後、周りを取り囲んで奇声をあげていた魔物達が俺たちに向かって突進してくる。

「皆さん、こちらに集まってください!」

 ルシアが叫び、光魔法で結界を展開した。
 少し離れたところにいたリリアン達とダーウード宰相と役人も俺とルシアの方に駆け寄ってきて結界の中に入った。

「絶対に中から出ないでください!」

 ルシアが硬い表情で魔物を見ながら大声で言った。
 ロレンナも同じように手を上げて結界を張り、二重になった結界が突進してきた魔物達を弾き飛ばした。
 バリっと音が鳴った衝撃に驚いたライラが悲鳴を上げてライルにしがみつく。リリアンは双子を守るように二人の前に立っていた。
 魔物の唸り声と悲鳴を聞いて、鞄の中にいたメルが何事かと暴れる。「ぴぃぴぃ」鳴いて出してくれと言っているが、さすがにこの状況で外には出せない。

「大丈夫だから、落ち着け」

 と言って鞄の上からメルを撫でた。
 ルシアの光の精霊力はかなり強いから、中級くらいの魔物は近寄れずに結界の前で弾かれていく。アシュラフ皇帝が召喚した魔物は数は多いが上級以上の魔物はほとんどいなかったから、ある程度の時間はこの中で持ち堪えられるだろう。
 しかし魔物と戦うにはとにかく戦力が足りない。
 俺は魔法を封じられていて使えないし、ライラとライルは言うまでもない。リリアンも魔力は全くないから魔物との戦いには向かないだろう。
 ロレンナは少しは戦えるのかもしれないが、ルシアも防御は出来るが戦闘員ではないし、見たところ官吏の二人も魔法は使えなさそうだ。

 グウェンが駆けつけてくれるまで、なんとか持ち堪えられるだろうか。

「一体ここはどこなんだ?」

 ベルがいれば俺の気配を辿ってくれるが、あまり遠くに転移されていると見つけるまでに時間がかかる。

 結界を取り囲んだ魔物達が次々に弾き飛ばされていくのを見ながらそう呟くと、後ろにいた役人の片方が俺の声に応えた。

「ここは、バグラードにある闘技場ではないかと思われます」

 震える声でそう言った彼を振り返ると、隣にいたもう一人が反応する。

「確かにそうだ。古くて最近はもう使われていないと聞いていましたが、あの観客席に彫られた意匠はバグラードの港の標識です」
「バグラード?」

 地名を言われてもわからないから聞き返すと、ダーウード宰相が俺の疑問に答えた。

「南方にある港街だ。国外から来訪する商船が停泊する大きな港があり、シナとホラサンも比較的近くに位置している。陛下が不死鳥の卵を買ったオークションもバグラードだったと聞いていたが」

 あの港街か!

 最初に着いたあの港街はそんな名前だったらしい。そういえば、サーカスのテントがあった広場の近くには確かに石造りの闘技場があった。何の因果か俺たちは今あの中にいるらしい。
 ルシアがいたシナと、リリアンのいたホラサンの村も近くだったのか。
 港街まで転移させられたことを考えると、グウェンが駆けつけて来るまでには少し時間がかかるかもしれない。

「マスルールが砂漠にいるはずだ。ここからさほど離れていない。彼が異変に気づけばこちらに向かってくるだろう」

 宰相のお爺さんの言葉を聞いて、砂漠に魔物を見に行ったマスルールの存在を思い出した。
 確かに彼でもいい。
 とにかく戦力が必要だ。
 マスルールかグウェンが駆けつけてくれるまでは、なんとかこのメンバーで持ち堪えなければならない。

「マスルールさんを呼ぶ方法はないんですか」
「すまないが、生憎今は持ち合わせていない」

 何か方法がないか聞いてみたが、眉を寄せた宰相は難しい顔で首を横に振った。
 ちらりと観客席を見上げると、最前列に偉そうに座ったアシュラフ皇帝がにやついた顔で結界の中に立て篭もる俺たちを見下ろしていた。

「ルシア、光属性の武器は召喚できる?」

 俺は武器になるものは持っていないし、首輪のせいで大した戦力にならない。

「いいえ、ごめんなさい。今そこまで強い武器を出すのは難しいです」

 申し訳なさそうな顔でルシアが答えた。結界を維持する方に集中したいんだろう。
 俺は少し考えてから地面に魔法陣を描いた。
 精霊力は使えないから俺が自分で召喚することは出来ないが、ルシアに出してもらえばいいんだ。

「ルシア、この魔法陣に精霊力を流せる?」
「ルシア様、結界は私が維持しますので大丈夫です」

 ロレンナが横からサポートして、ルシアが俺の描いた魔法陣に精霊力を流し込み光属性の槍を召喚した。困った時に使ういつものあれである。

「ありがとう」

 俺はお馴染みの武器を手にして少し安心した。魔物達は相変わらずガンガンと結界にぶつかり弾かれて飛んでいく。

「このままでは、諦めた魔物が闘技場の外に出てしまうのでは?」

 役人の一人が恐々と呟き、俺もその通りだと思った。
 俺たちは結界に守られているからいいが、魔物が闘技場の外に出てしまったら街では収拾がつかなくなるだろう。

「ある程度戦ってこちらに注意を向けておいた方がいいということでしょうか」

 ロレンナがその声に反応して硬い表情になった。

「レイナルド様! あれ、見てください! 厄介なのが来ます」

 ルシアの叫び声がして、前方に視線を戻すと四つの頭を持った真っ黒な巨大な犬がこちらに突進してくるところだった。よく見ると尾は蛇で黒い煙を撒き散らしている。
 ケルベロスに似ているが、上級に近いかもしれない。黒い煙は毒だろう。確かに厄介だ。

「あの尻尾を切り落とさないと。ロレンナさんは攻撃魔法が使えますか? あの煙は毒かもしれない」
「一通りは使えますが、実戦の経験は殆どありません」

 自信の無さそうな声を出しながらも、ロレンナは真っ直ぐに魔物を見据えて腕を前に伸ばした。
 彼女は雷撃を何度か放ったが、素早く跳ねる魔物の尾には当たらず、どんどんこちらに迫ってくる。

 雷撃なら、俺も簡易魔法陣を持ってるな。

 と思ったが、あれは一回しか使えない。俺もコントロールは良い方じゃないから外したら終わりだ。
 
「あの、その武器貸してもらってもいいでしょうか」

 突然後ろからリリアンが話しかけてきた。
 驚いて振り向くと、真剣な顔をした彼女は俺の持つ槍をじっと見つめていた。

「私、飛び道具全般は得意なので、投げてもよろしいですか」

 投げる?

 俺は驚きながらも魔物が迫っていることもあり、彼女の言う通りに槍を渡した。
 リリアンは俺の前に出ると結界のギリギリのところまで進み、ロレンナの雷撃を避けて跳ねる魔物をじっと見据えた。
 槍を掴むと片足を後ろに下げ、身体を捻り腕を振りかぶると美しいフォームで槍を投擲する。
 助走がないにも関わらず、槍は真っ直ぐに魔物の方へ飛ぶとその尾に深く刺さって地面に貫通した。

「ロレンナ様、今です!」

 リリアンの声でロレンナが雷撃を放った。
 尻尾と下半身に直撃した雷撃が魔物の尾を吹き飛ばす。続けて放たれる雷撃で魔物の頭が二つ飛んだ。断末魔のような奇声を上げ、黒い犬がどすんと地面に倒れる。

 ……すごくない?

 俺は呆気に取られてリリアンの後ろ姿を見つめた。
 動体視力が良すぎるとは思っていたが、ここにきて思わぬ伏兵がいたな。

「私、あの槍取ってきます」

 と言ってリリアンは結界からひょいと出て行った。

「ちょっと! リリアン?!」

 ぎょっとして止めようとしたが、彼女はもう外に出て襲いかかってくる魔物を軽快に跳んで避けながら倒した犬の魔物に駆け寄り、焦げた尾から槍を引き抜いた。

 そういえば、逃げるのは得意って言ってたな……。

 他の皆も唖然として口を開けてリリアンを見つめているが、まさかあの可憐な美少女が槍を持って笑いながら走ってくる様を目にすることになるなんて、六女典礼が始まった時は誰も思わなかっただろう。

 次々に襲いかかる魔物を全て避けながら結界の方に戻ってきたリリアンは、中に入る手前で何もない地面でこけた。
 ずざっと綺麗に滑って地面に倒れる。

「えっ」

 後ろからライラの小さな声が聞こえた。
 俺も心の中で突っ込んだ。

 何故そこでこけるんだ。
 そんなの、可愛すぎるだろう。

「リリー様、危ない!」

 ロレンナが悲鳴をあげてリリアンに襲いかかろうと跳躍した獅子の魔物に雷撃を放つ。
 身体を捻って避けた獅子がリリアンに向かっていくのを見て、我に返った俺は服の中に手を入れた。
 簡易魔法陣を破ろうとした時、空から鋭く風を切る音が聞こえ、リリアンに飛びかかった獅子の首にどこからか飛んできた短剣がどすりと刺さった。雄叫びを上げて獅子が地面に倒れる。
 続いて同じ方向から大柄な人影が矢のように飛んできて、リリアンの前に着地した。次に襲いかかってきた魔物を、その見覚えのある茶髪の若者が腰から抜いた剣で軽々と切り捨てる。

 逞しい身体つきをしたその青年を見上げて、槍を片手に立ち上がったリリアンは瞬きしてこてんと首を傾げた。

「あら、マークス。こんなところで何してるの」
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