綿あめの溶けたあとに

無言

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ウケる

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家の前の道路のコンクリートがきちんと舗装されている事ですら、俺としては驚きだ。
生まれてから17年間を過ごしてきた山の中の大自然に囲まれた小さな田舎町からこの大きな都市に引っ越して今日はまだ2日目。
今までは高校に通うために1時間かけて駅まで自転車を漕ぎ、そこから電車で更に45分ほど揺られてやっとファミリーレストランが1軒だけあるような街中に出ていたが、今では徒歩5分の位置にコンビニもファミリーレストランもあり、徒歩10分の位置に駅だってある。
「空気あっつ……」
引越し作業も一段落し、折角だから電車で二駅の繁華街まで足を伸ばしたら?という母の提案に乗って、財布とスマホだけ持ち駅へと向かう。
地図アプリと睨めっこしながらたどり着いた駅にもコンビニがあり、なんならパン屋さんもあったし、オシャレで有名なカフェチェーンすらあった。
「都会すげぇな」
通学用の定期券になっているICカードにひとまず5000円チャージして、これまた乗り換えアプリと睨めっこしながら目的地行きの電車に乗る。
新学期前の平日ともあって、俺と同じ学生くらいの乗客も少なくない。
すごく混んでいるわけでもないけども、座ることができるほどの余裕もなくて座席前の吊革に掴まりながら、動き出した車窓を眺める。
今までは電車に乗ったとしても見える景色は豊かな緑と広い田畑、ぽつりぽつりと点在する家屋くらいなものだった。
前まで通っていた高校の最寄りからさらにもう30分ほど先まで行けば更に栄えた街まで行けたことには行けたけど、移動距離も長いし、田舎だから電車の本数も少ないしで滅多に街で遊んだことは無い。
移り変わる街並みは今まで見たことがないくらい数の建物で埋め尽くされていて、大小様々なそれらに、それだけ多くの人が暮らしているんだと思うと、何だか胸が高鳴った。
窓ガラスに反射する自分の顔がにやけている。思わず掌で口元を隠して目を逸らした。
「……?」
視線の先、扉前の手すりに捕まる白く細い指が、不自然に震えていた。
その華奢な指の人の後ろに、なんでか汗だくなおじさん。
無駄にでかい図体の影からちらちらと柔らかくて明るい紫色の髪の毛がチラつく。
白昼堂々痴漢だなんて。正直初めて見かけた。
周りを見渡すと、誰も彼もが視線をスマートフォンに落としている。気づいているのか見て見ぬふりをしているのか分かったものではない。
痴漢なんて最低なことをする人間に声をかけたところで、暴れて逆に余計危ないことになってしまったら。
誰か、誰か助けてやれよ。
さっきまでの高揚感は一転して、ざわざわと不快な焦燥感になっていく。
俯きかけたまま、ちらりとまた震えるその人の指先を見ると、震えていたその手が、きゅ、と手すりを握りしめた。まるで何かに耐えているみたいに。
「……ッ、おいおっさん!」
堪えきれなくなっておっさんの少しよれたシャツの襟元を掴み、被害者から引き離す。
おっさんは無様にもスラックスの前を寛げて性器を露出する寸前で、胸の内の不快感が一気に倍増した。
「いい大人が痴漢なんてゴミクソみてぇなことしてんじゃねぇよ!」
イラつく気持ちを抑える事もせずに一喝すると、おっさんが小さく呻き始めて、その声は少しずつ大きくなっていった。
「ぅ……ぁ、ぁ、ぁあああああ!!」
その車両にいた誰もがびくりと震えるほどの声量で叫んだかと思うと、まるで謀ったかのように電車が駅に到着した。
「どけ!!」
「ぅわっ!?」
思い切り身を捩って俺の手を振り払い、突き飛ばしたおっさんはそのままホームへどたどたと逃げていき、一瞬呆然としていた俺が立ち上がって追いかけようとした時には人混みに紛れて行方が分からなくなっていた。
目の前で電車のドアが閉じ電車が動き始めると、淡々としたアナウンスが、日本語といくつかの他言語で次の行き先を告げ始める。
宙ぶらりんになってしまった正義感のぶつけどころが分からず、奥歯を噛み締めながら扉に背を向けた。
「……あ」
振り向くと、紫の髪の毛のその人が、まあるいミルクティーみたいな色の瞳を見開いて俺を見ていた。
透き通るような白い肌にオーバーサイズの水色のパーカーを纏って、すらっと伸びる内股の足元は、黒いダメージスキニーのせいか華奢に見えた。
さっきまで縋るように手摺を握りしめていた手は、今は胸元の白いサコッシュを握りしめている。
「あ……あの、なんか、すみません。」
痴漢を撃退したとはいえ、みすみす逃がしてしまった手前、どこかバツが悪い。
切ったばかりの後頭部を擦りながら謝ると、その人は俺の掌くらいしかないんじゃないかっていうくらい小さい顔をこてんと傾げて俺を見る。
ふわふわとカールした短い髪の毛に留められた色とりどりのヘアピンが、落ちてきた髪の毛で隠れる。その整った顔に落ちる影すら何だか儚げだ。正直芸能人か何かかってくらい可愛い。ちょっとボーイッシュなコーデの今どきの美少女って感じだ。
「や、その、捕まえて警察に突き出すのが1番だと思うんスけど……逃がしちまって」
「……ふぅん」
言い訳がましい台詞しか出てこなくて、余計居心地が悪い。
当事者だったはずなのにどこか他人事のような相槌しか返って来なくて、さらに恥ずかしくなってきた。
これが都会なのか。
また多言語なアナウンスが流れ始める。一駅のインターバル短いな都会。
目の前の美少女が俺の方に向かってくる。
「っえ、え?」
我ながら気持ち悪い声が出てしまった。
そんな俺の様子を見て美少女が笑う。
「変なの」
少しハスキーぎみな声でそう聞こえた次の瞬間には俺の後ろにある扉が開いて、彼女はホームの人混みに消えていった。
また目の前で扉が閉まるのを見届ける。
「……都会すげぇ」
思わずそう呟いた後で、目的の駅を乗り過ごした事に気づいた。




「○○県の△△高校から来ました。清水健斗です。前に住んでたのはこことは比べ物にならない程田舎で、慣れない事も多いですが、仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
転入初日、そう挨拶して一礼すると、拍手と一緒に賑やかな声も貰えた。
「よろしくなー!」
「転入生都会楽しめよ!」
「よろしくー!」
嫌味のない笑顔と一緒にそう言ってもらえてほっとする。
楽しそうなクラスでめちゃくちゃ嬉しい。
父の母校とはいえ、中高一貫校で外部入学生が少ないと聞いていたから、新学期2日目とかいうめちゃくちゃ中途半端な時期の転入は不安だらけだったが、なんとか上手くやれそうだ。
「予め清水は出席番号順に組み込んであるから、席はあそこ、志村の後ろな」
「清水ー!はよこいよー!」
挨拶の後一番に声を上げていた賑やかそうな奴の後ろの席。騒がしいのは嫌いじゃない。
席まで行く道中ですら注目されるのは照れくさいが、悪い気はしなかった。
席に着くと、目の前の志村が身体ごと俺に向かい合う。
「俺、志村勇一!よろしくな!」
「おう。よろしく」
「志村ーまだホームルーム終わってないぞー」
担任からそう注意を受けた志村がえぇー、とブーイングしたのを見て、クラスにどっと笑いが起きる。
こいつは所謂ムードメーカー的なやつなんだろう。
担任が淡々と連絡事項を報告していくのを聞きながら、見える限り室内を見回した。
「……あれ」
丁度俺から斜め右前の席が空席だった。
特に何か置き勉されてる訳でもない。
不思議に思っているとホームルームが終わり、一限目の前の休憩時間になる。
志村が待ってましたとばかりに俺に向き直るのとタイミングを合わせて、クラスメイトの何人かが集まってくる。
「なあなあ、清水って頭いいの?うちの編入試験マジムズいってマジ?」
「え、いや、どうだろ。俺自体は普通だと思うけど、編入試験はぶっちゃけめちゃくちゃ勉強した」
「じゃあぜってぇ頭いいじゃん!今度勉強教えてな!」
「初対面で言うことかよそれ」
クラスメイトの誰もが話しやすくてすごく心地いい。
談笑していると、ガラリと教室の扉が開く。その瞬間、クラス中が静まり返った。
「え、なに?」
「おーケントやっと来たんか」
唯一何も変わらない様子の志村が振り向いて声をかける。
その先を見て俺は思わず立ち上がった。
「あぁ!!」
突然大きな声を上げた俺に驚いたのか、まあるいミルクティー色の瞳がまたこちらを見ていた。
ふわふわとカールしたパステルな紫の髪の毛。耳元で留められたピンの色はこの間とは違った組み合わせだった。
ジャラジャラといくつもピアスをつけた耳がついている顔は俺の手のひらくらいしかないんじゃないかってほど小さくて、着崩した男子用の制服から覗く首筋がその身体の華奢さを物語っていた。
「あ、こないだのオニーサン」
「ん?なに、ケントと清水知り合いなん?」
「うんー。こないだ痴漢から助けてくれた」
目元以外の表情筋は動かないんじゃないかってくらいそのままで、ケントと呼ばれたその人が斜め前の空席に着く。
しんとした教室の中で志村だけがどこか呑気にケントに話しかけていた。
「マジで?清水マジ正義のヒーローじゃん!やべぇ」
「あ、いや、ってか、お前、男!?」
話題を振られてようやくまともな声量で声を発することが出来た。
しかしその問いかけに答えたのは志村だった。
「そーそー。こいつタカムラケントっつーの。字がなんかムズい篁と、絢と人でけんと、だったよな?」
「ゆーいち漢字覚えられたんだ」
「まぁな!小学校からの付き合いだしな!そういえば、清水も名前健斗じゃん!」
お揃いすげぇな!と言ってあっけらかんと笑う志村とは対照的に、何を考えているか、何を思っているか分からない瞳で篁が俺を見ていた。
「……ふうん、転入生なんだ」
「お、おう、よろしく」
そう言いながら座ると、また篁が目を丸くしていた。
俺、そんないちいち驚くこと言ったか?
「やっぱり変なの」
そう言って篁が小さく笑う。どきりとするほど可憐なその表情から目が離せない。
篁が俺の机まで移動してしてしゃがみこむ。
微笑んだまま下から見上げられると、心拍がさらに高鳴った。
「ねぇ健斗くん」
「え……な、なに?」
「俺の彼氏になってよ」
「…………は!?」
驚きのあまりまたガタリと立ち上がると、タイミングよく予鈴がなる。
篁はまた小さくふふ、と笑って立ち上がる。
「ウケる」
そう言って欠伸しながら席に戻るその後ろ姿は、何を考えいるのか本当に何もわからない。
「……はぁ!?」
そう叫んだところでやってきた教師と目が合ってしまい、今度は志村でなく俺が教室を笑いで沸かしてしまった。
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