綿あめの溶けたあとに

無言

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魔性っていうか

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父の母校であるこの私立水の谷学院はそれなりに歴史のある中高一貫校で、中等部高等部併せた総生徒数は3000人弱となる俺からすればかなりデカい学校だ。
去年まで通ってた田舎の公立高校は総生徒数350人程度で一学年4クラスもあれば多い方だった。ちなみに中学までは一学年1クラスだったし、クラスの人数も小学校では15人、中学では32人だった。
そんな所で育ってきたんだ。2年9組とか組数バグってんだろって感じだ。あと広くて迷う。
「これこれ、この学食の日替わり定食マジでうめぇから!」
「お前らの分席取っといてやるから先買ってこいよ」
「悪いな、ありがとう」
編入初日の昼休み、学食に案内してくれるという志村と、更に同じクラスメイトの横山と泉と連れ立って昼食にやってきた。学食、多分地元の公民館より広い。
オススメされた日替わり定食は今日はとんかつ定食だったらしく、志村は定番メニューのカツ丼と迷って、結果カツ丼(特盛)に豚汁(大)をつけていた。
「そんなに食えるのか?」
「食うんだよ!!食って筋トレして身体に厚みを持たせる!その方が試合でも有利だからな!」
志村は俺より背が低い。その上華奢とまではいかないまでも比較的薄めの体格だから、そんな量が腹に入るのかと不思議に思う。
横山たちの飯も揃って、談笑しながら箸を進めていると、目の前に座っていた泉が何かを思い出したように切り出してきた。
「あ、そうだ清水さ、篁に声掛けられてたっしょ」
「あぁ、あの紫の」
あの小悪魔的な微笑みを思い返してドキリとする。
「あいつがあんなの言うのも珍しいけど、あの彼氏になってってのも多分冗談だろうから気にすんなよ」
隣でカツ丼を掻き込む志村が少しくぐもった声で言う。
当たり前だ。冗談じゃないなんてそれこそ冗談じゃないぞ。
「いやま、それもそうなんだけどさ。勇一ほどのアホって自覚してない限りは、あんま篁に近づかない方が楽だよ」
「え?」
「おい雄治朗!何言ってんだよお前!」
「うわ米散った」
泉の台詞に志村が丼を置いて抗議する。向かいの横山が飛散した米粒の被害にあって心底嫌そうな顔をする横で、これまた心底面倒そうな顔をした泉が志村に反論した。
「うーるーせーぇ。あいつの周り、昔からろくなの居なかっただろうが。中坊ン時と言い生徒会長といい……アイツの人格自体は俺も知ったこっちゃねぇけど、あいつが学院内で一番厄介な奴ってのは間違いねぇんだから、進んで面倒事に首突っ込むのはオススメしねぇって言いたいんだよ」
「見た目も、どうしてもやっぱりかなり浮いてる方だしね」
泉に続けて横山が困ったように付け足す。
確かにいくら校則が緩くて染髪も強くは注意されないとはいえ、あそこまで明るく奇抜な髪色にジャラジャラとしたピアスという出で立ちはかなり特殊だ。
「……なんだ、都会がすげぇとかじゃなくて、やっぱり篁がなんか特別なのか」
「絢人は別にヤバいような奴じゃねぇよ!寧ろ被害者だろうが」
「被害者って割には被害者って態度してくれねぇからこっちもやりづれぇんだろうが」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて」
ヒートアップしていく志村と泉を、困った顔で横山が宥める。志村はまだ不貞腐れた様子だったが、中等部から知っているのだろう2人は、そんな様子を気に止めることもせずに食事に戻った。
「篁、あいつ、何かあったのか?」
「うーん……ちょっと、ね。なんだろ、魔性っていうか」
「魔性?」
「まぁなんにせよアレだ。一応忠告はしたから、あとどうするかは自分で決めればいいんじゃねぇの」
これ以上追求していいものか計りかねる言い方に、口を噤むしか無かった。
少し場の空気が重くなったのを察したのか、既に食事を終えていた横山が声を上げる。
「そうだ、清水くんって、何かスポーツしてたりしてた?」
「いや?苦手ではないし、助っ人とかやったりしたことはあるけど、ちゃんと部活に所属してってのはないな。通学に2時間弱かかってたし」
「2時間!?」
「そんな遠い所にある高校わざわざ受けたのか?」
俺の発言にさっきまで少し険悪な雰囲気だった志村と泉が、全く同じ熱量で食いつく。正直こんなに驚かれるとは思わなかった。
「いや、家から近くて俺の頭で行けるところそこしか無かったんだよ。あとはなんか、全寮制の女子校だとかしかなくてさ」
「マジかよ……田舎すげぇな」
「電車よりチャリ漕いでる時間の方が長かったし、歩いて山越える時もあったし。そのおかげでスポーツしてなくても多少筋肉あるのかも」
思い出しながら話す俺を、信じられないと言った瞳で三人が見る。
俺としては全く特別なことではなかったし、帰り道の星空とか思い出すと、今でも結構気分いいんだけどな。
「なぁ、清水。バスケって興味ないか?」
「ちょっとずるいよ志村くん。僕だって野球部に勧誘したかったのに!」
「いやここは俺もバスケ部として勧誘しないわけにはいかないな。バスケ部どうだよ清水」
「泉くんまで!」
そういって膨れる横山の反応を見て、思わず吹き出してしまう。
いい奴らと友達になれそうだ。
笑いすぎて目じりに浮かんだ涙をぬぐっていると、食堂の入り口の辺りに見覚えのある紫色が見えた気がした。
「って、あれ?」
しかし直ぐにその人影は背の高い他の男子生徒によって見えなくなり、連れ立つようにそのまま食堂から姿を消した。
「どした?」
「いや……」
さっきのは間違いなく篁だ。でもその後ろにいたのは?篁に着いて行ったように見えたのはただの偶然か?
「……なんでもない。なんか言おうとしたんだけど忘れちまった」
「なんだそれ。俺清水に勉強教えてもらうつもりなんだから物忘れとか止めろよ」
「勇一は自分で勉強してろ」
その後の時間も、心のどこかにあの篁の後姿がチラついて、妙に落ち着かないまま、一日が終わろうとしていた。



部活動への勧誘を振り切って、学校や駅の付近を散策していると、見たことの無いようなものばかりが目につく。
なんだか洒落たカフェや本屋、屋台ほどではないが、狭いスペースで切り盛りしてるクレープ屋に、地元にはなかったCDショップ。
洒落た雑貨屋かと思って入った店がお高めのスーパーで、慌てて出てきてしまった時は、思わず周りに変に思われてないかどきまぎしてしまった。
「……まぁ、まだ知り合いも居ねぇし、いいか」
ほっと胸をなで下ろし、また地図アプリを頼りに駅の方面へと向かおうとすると、後ろから聞き覚えのある少しハスキーな声が聞こえた。
「オニーサン」
「……篁?」
振り向くとそこにはやはり、今日要注意人物だと知らされた篁が居た。
「こんなとこで何キョドってんの?」
「み、見てたのか!?」
「ここオーガニック専門のスーパーだよね。何か用あるのかなって思ったらすぐ出てくるし。ふふ、ほんとに変なの」
片手に携えたロゴ入りのカップで口元を隠すように篁が笑う。
ダメだ、顔立ちが美少女なせいか、こいつの笑顔は妙にざわざわする。
「ま、間違えて入っちゃったんだよ。俺の地元にはこんなの無かったから」
「そうなの?地元田舎?」
「ってか、割と集落って感じに近いかも」
「ふぅん」
さっきまで上がっていた口角が下がって、朝に見た何を考えているか分からない無表情になる。
目がチカチカするようなピンクの太いストローが添えられた下唇が潤んで、そこだけを見るとまるで化粧した女性だった。
その艶に何故かどきりとして視線を反らす。カップの中のミルクティーのなかに、黒い斑点が見えて、それは一瞬にして俺の関心の全てをかっさらっていった。
「……なぁ、篁」
「ん?」
「それ……タピオカってやつか?」
「え、そうだけど」
怪訝そうに答える篁を無視してそのカップに詰め寄る。
やべぇやべぇ、都会マジですげぇ。
「すげぇ!俺タピオカ生で見んの初めてなんだよ!」
「それホントに言ってる?」
「田舎育ち舐めんな。わ、すっげ、シャレてんな……なぁこれどこで買えんの?」
今までテレビの中でしか見たこと無かった流行の最先端が目の前にある。もう俺の頭の中はタピオカを飲むことしかない。是が非でもその未知のお味を堪能したい!
「え、そこの角曲がって少ししたとこにあるけど」
「アプリで調べれば出るのか?この店の名前なんて読むんだ?鹿?」
「……連れてってあげようか」
「マジで!?」
篁の手にあるカップのロゴと地図アプリを交互に見ていると降ってきた提案に思わず勢いよく顔を上げる。
その先の篁の顔が思ったよりもずっと近い距離にあって、思わず目を逸らした。
「……変なの」
「え?何が?」
「まぁいいや、行こ」
そう言って歩き始めた篁を追いかける。
いくつかの角を曲がった先に、その店はあった。
小洒落た店内には見る限り同世代から少し年上の女性しか居ない。
「女子ばっかだな……」
「別にどこもこんなもんだよ」
そう言って素知らぬ顔で列に入る篁の横に、慌てて俺も並ぶ。
周りを見渡しても俺たち以外に男の姿はなくて、楽しげにおしゃべりに興じる女の子達の声がなんだからムズムズする。
「……都会の子って、やっぱ垢抜けててかわいいよな」
「そう?」
「篁とかは見慣れてるかもしれないけど、前居た学校の女子はこんなんじゃなかったからなぁ。元カノもここまで洒落っ気なかったし」
もう大分前に連絡が着かなくなった元カノをここで思い出すことになるとは。そこまで懐かしくもない思い出を反芻していると、篁が不思議そうにこちらを見ていた。
「なんだ、オニーサンってノンケなんだ」
「のんけ?なんだそれ。っていうか、クラスメイトなんだからそのオニーサンっての止めろよ」
「……健斗くんって、女の子が好きなんだね」
指摘した呼び方を訂正して、どこか態とらしく篁が聞き直してくる。
言葉の真意がわからず、思わずまた「はぁ?」と返してしまった。
「健斗くんが俺を見る目、たまにギラついてたから」
「っ、え!?」
自分でも何故そうなってしまうか分からなかった反応を見透かされて、裏返った声が出てしまう。
「別にいいよ、よくあることだから」
「よ、よくある……?」
昼休みに横山が言っていた魔性、という言葉を思い出す。
しかし今の篁の横顔からは誰かを弄ぶような感情は見てとれなくて、それどころか、何かを諦めたような、そんな寂しさすら感じた。
「よくあるんだよ、俺は嫌なんだけど……でも、健斗くんはやっぱり変だね」
「……お前なぁ、初めてあった時からずっとそれ言ってるけど、普通に失礼だぞ」
もう何度言われたか分からない「変なの」を咎めると、篁は横目にちらりとだけ俺を見た。
「健斗くんはギラギラした眼で俺を見るのに、俺と普通に接してくれるから。変だよ、やっぱり」
横目に俺を見てそう言う篁は、微笑んだりはしていなかったけれど、その眦が少し下がっているのが分かった。
なんだ、こいつって。
「お前ちゃんと楽しそうな顔出来るんだな」
思わず零れた言葉に、篁がまた目を丸くする。俺についていちいち驚きすぎだろ。
「ふふふ、健斗くん、やっぱり変なの」
いつの間にか列はかなり進んでいて、篁が俺の分のタピオカも頼んでくれていた。
初めて飲んだタピオカミルクティーは正直めちゃくちゃ美味くて、明日また飲みたいけど一人でここに来れるかどうか心配だ。
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