綿あめの溶けたあとに

無言

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リトマス試験紙

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清水からの電話を切るのとほぼ同時にクラスの女子達から一斉に黄色い声があがった。 
声の先にいる人物なんて容易に想像がつく。
「げ、うるせぇのが来た」
目の前の席を陣取って管をまいていた雄治朗が心底嫌そうにため息をつく。
辺りがざわついているのも気にせずに、その人物は真っ直ぐ俺の元へやってきた。
「君、あやの幼馴染くんだよね」
「あやじゃねぇよ。あいつん名前はケントだ」
「その名はあの子には似合わない。そんなことより、きみ、あやが今どこにいるのか知らないか?」
生徒会長、小野里 櫂は人あたりの良さそうな笑顔を浮かべながら、求める答え以外は聞く気がないといった風に問いかけてくる。
絢人に付き纏い始める前までは別に何とも思わなかったこの笑顔も、今となっては胡散臭いどころか見ていて胸くそ悪くなってくる。
「知らねー。かいちょーがキモすぎて帰ったんじゃねぇの?なぁ雄治朗」
「俺に聞くなよ」
ヘラヘラと笑いながらも敵意剥き出しで返すと、お綺麗に上がった口角がぴくりと歪に引き攣るのが分かった。
「……例の、転入生もまだ来ていないようだね」
「清水は下痢でーす」
多分、清水は今絢人と一緒に居る。何処にいるのかは俺にも分からないけど、きっとこいつから逃げてどっかに隠れてんだ。
生徒会長は俺が分かりやすく挑発したところで簡単にキレるような人じゃない。
そんな人が下級生の教室にずけずけ入ってきて、お得意の爽やかスマイルを引き攣らせているなんて、絢人絡みで何かあったとしか考えられない。
半ば睨むようにじっと会長を見詰め返すと、一瞬目を伏せるように逸らして、その口角が下がった。
次の瞬間には元の爽やかスマイルに戻った会長は、「そっか」といって背を向ける。
「あんたさ、そんな好きならちゃんと見てやれよ」
俺の言葉に会長の足が止まる。
「……なんで君が、そんなことを?」
こちらを振り向くことなく、会長が答えた。その声は怒ってんのか、悔しいのか分からないけれど、どこか震えているようにも聞こえた。
「あんたがなんも見えてねぇからだろ。俺よりも、何も知らない他人よりも、全然見えてねぇ」
「僕はそれを見て知りたいからあの子にッ」
「あいつはちゃんと見てやれてるみてぇだぞ」
「───ッ!」
真っ直ぐ伸びた背筋が強ばったのが分かる。会長はそのまま、何も返すことなく教室から出ていった。
「……勇一君は保護者気取りかよ」
一部始終を見ていた雄治朗が茶化す。
変に気疲れしてデカいため息が出た。「保護者だったらもっとなんか出来ただろうよ」
どんだけ長いこと友達やっていようと、俺には出来ないことがあるのは分かっている。
あいつには、清水には出来るのかな。
ちゃんと絢人と向き合って、受け止めてそんで、笑顔にしてやる事が。


⿴⿻⿸


不器用な笑顔を見せたあと、目を少し伏せた篁は少し困ったように唸った。
「んー……どこから、話せばいいのかな」
「別に、何でも聞くし受け止めるけど篁が話したくないことは無理に言う必要ねえよ。でも篁が俺に知っておいて欲しいことがあるんなら、俺はそれを知りたい」
俺の言葉を聞いて、俺の制服の裾を弄んでいた篁の指の端が止まる。
目は伏せたまま、唇を震わせながら息を吸って、絞り出すような声が漏れたのが聞こえてくる。
「…………俺の……母さん、割と有名でさ。昔だとモデルとか……女優とかもしてたタカダアヤメって知ってる?」
「タカダアヤメって……何年か前に主演映画公開中に病死した、すげぇ綺麗な人だっけ……え、そのタカダアヤメが篁のお母さん!?」
「うん。中一の時に、急性心不全でね。芸能人の子供だからってそれなりにチヤホヤされてたのはあったけど、そういうの俺だるくて、この学校入ってからはたまにここでサボってたんだ」
瞬きをする篁のまつ毛の隙間から、色素の薄い瞳がちらつく。
ともすれば美少女のようにも見えるこの美貌は、母親譲りのものなんだろうと合点がいった。
「ここで1人でサボってると、色んなものから解放されたような気持ちになれて好きだったんだ。でも、母さんが死んじゃって、父さんも塞ぎ込んじゃって、周りからやたらあれこれ言われるのもしんどくてさ、あの時はここで1人で泣いてばっかだった」
「…………」
淡々と、それでも隠しきれない寂しさを滲ませる篁の姿が苦しい。
日焼けなんか知らないんじゃないかっていう白い肌にはらりと髪の毛が落ちて、儚さが際立つ頬に触れそうになる手を握りしめて堪える。
「そんな時にさ、ここに居る俺を唯一見つけて優しくしてくれたのが、三都井先生だったんだ」
篁の指先が弄んでいた裾をきゅ、と摘んだ。
少し強ばった細い指先はそれでもやっぱり男の無骨さがあって、篁が女の子じゃないことを見せつけてくる。でもそんなの関係ないくらいに、零れて震えだしてしまいそうな篁の孤独が伝わってきた。
「先生は俺のこと叱ったりせずに、沢山話を聞いて、慰めて、それで笑わせてくれた。ゆっくりと、でもほんとに少しずつちゃんと、俺の味方って思わせてくれた。……そう、仕向けられた」
「その三都井って、こないだ言ってた?」
「…………中三の、秋、だったかな。先生がいつもいた社会科資料室に雑務の手伝いがてら話に行って、その時……押し倒されて……怖いとさ、声とか出ないし身体も固まっちゃって、何も出来なくてさ」
乾いた笑い混じりに語る篁は、視線を落としたままだ。
少しずつ弱々しくなっていきながらも、ゆっくりと呼吸を整えながら、篁が続ける。
「詳しいことあんま言うと気持ち悪いだろうけど、その……入った時めちゃくちゃ痛くて。当たり前のことなんだけどね……そこで、初めて痛いって大きい声出せて……いやだ、助けてって言えたんだ」
言いながら震えていく篁の背中を、恐る恐るさする。
顔を上げた篁は少し驚いた表情をしていて、少しして小さく「ありがとう」と言った。
「そのあと、すぐに近くを通っていた先生に見つけてもらえて助けて貰えたんだけど……人の口に戸は立てられないっていうか……まぁ噂はすぐ広まって、あることない事言われるようになっちゃって……俺、すごく浮いちゃって」
「……今よりも?」
「そう、今よりも。昔は髪の毛も黒かったし、小柄で童顔だしで、変な話だけどある意味攻撃しやすい見た目だったからだと思う。高等部あがる頃からこんな感じだけど、ビビられてるのかわかんないけど、今の方が気持ちちょっとそういうの減った」
顔にかかる髪の毛を耳にかけて、今度は飴色の瞳と目が合う。
ぎくりとする俺に気づいているのかいないのか、目をそらすことなく篁が続ける。
遠くで、ホームルームが始まる合図の本鈴が鳴るのが聞こえてきた。
「あの先輩、生徒会長の小野里さんもね、偶然知り合ってから最初は健斗くんみたいに優しく接してくれてたんだ」
「あの、ストーカー予備軍とかいう人が?」
「え?……ふふ、それ言ってたの誰?まぁでも、その通りだね。俺も今自覚したけど、予備軍っていうかストーカーそのものって認識で良いと思う……多分」
「多分てなんだよ、言いきれよ」
眉尻を下げて頬をかきながら篁が言い淀む。
「ん、と……健斗くんが転校してきた時に言った言葉、覚えてる?」
「転校してきた時?変なのって何回も言ってきたことか?」
「それじゃなくて……俺の彼氏になって、ってやつ」
「あ、ああ!あの、タチの悪い冗談!」
体格差のせいなのか癖なのか、少し下から俺を伺うようにその言葉を口にする篁に、どくりと、心臓が大きく脈打った。
「あれ言うとリトマス試験紙みたいに相手の反応が分かるから、あまり人に面と向かって打ち明けることじゃないけど、新しく知り合った人には言うようにしてるんだ。面白半分で近づいてきても、その言葉でドン引きする人なら周りから聞いて俺の噂を知ると、遅かれ早かれ距離をとって避けられるし、逆にワンチャン狙って来る人はもう態度で分かるから、すぐに俺の方から避けられるし」
「……お前、そういうことしてるから余計浮くんじゃねぇの?」
「……分かってるよ、そんなこと。自分でも、こんな打算的にしか相手を判断出来ないの性格悪いなって思う……でももう疲れちゃったんだもん。誰かがそばに居てくれる事を期待してあとから傷つくのも……どうでもいい相手に変な目で見られるのも……」
力なくそう言ってまた俯く篁にかけるべき言葉がすぐに出てこない。
連られて俯いていると、呟くように篁が言葉を続けた。
「そのリトマス試験紙をね、先輩にも使ったんだ。先輩は驚いた顔してたけど、優しく笑って、俺のその言葉には触れずに接してくれた。それで、俺もこの人は大丈夫なのかなって、安心っていうか、油断しちゃって……いつの間にか心配だから、とか言って束縛みたいなこと言われるようになって、俺のこともちゃんと呼んでくれなくなって……あの言葉は冗談です、忘れてくださいって言っても聞いてくれなくなっちゃって……だから、俺のせいもあるんだろうなって思ってたから……」
「だからって、あからさまに拒否してる相手に付き纏ったり無闇に束縛したりするのは、絶対許していいことじゃないだろ!!」
思わず強い語気で言い返してしまった。
自分で出した声に驚いて、また俯く。
「あ……ごめん、大声出して」
「いや……健斗くん間違ったこと言ってないよ……俺の話ちゃんと聞いてくれて、ほんとにありがとう」
そう言って微笑む篁の顔が直視出来なくて、少し目を逸らす。
「おう、まあ……聞くことしか出来ねぇけど」
「俺がこんなに自分のこと話すの、健斗くんが初めてなんだよ?勇一達には、全部話すのどうしても抵抗感じちゃうし」
「そう、なのか……」
唯一フランクに接している志村に対してもそう思っているとは思っていなかったが、志村の頼んだという言葉を思い出すとそれも頷けた。
よいしょ、と小さく言って篁が立ち上がったと思うと、今度は俺の目の前にちょこんと座り込む。その表情は、ここに来た最初に比べて、心做しか血色も良くなったように見えた。
「ねぇ、健斗くん。俺このあとね、教室はしんどいかもだから保健室いこうと思うんだけど、健斗くんは教室戻るよね?」
「ん?おう、ギリギリ一限にも間に合いそうだしな」
「じゃあ、放課後また一緒にタピオカ飲みに行こ。俺のおすすめのお店、連れてってあげる」
楽しそうに笑う篁は、きっと久々に信頼出来そうな友人という存在が出来たのが嬉しいのだと直ぐにわかった。
いつだったか、横山が言っていた言葉を思い出した。
魔性。
確かそう表現していた。なるほど、こういう気持ちなのか。
「おう!都会での遊び方教えてくれ」
俺ってこんなに無理やり感情封じこめて笑うの得意だったっけ。
でも、心底嬉しそうなこの笑顔に向かって、俺も篁のことが好きかもしれない、なんて言っちゃいけない事だけは、すぐに分かった。
暑くなった気温とは関係なく、じっとりと汗をかいた背中が、どうにも気持ち悪かった。
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