悲偽

弾風京作

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思郷

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携帯の着信音に腕を伸ばす。
寝入りを邪魔されて少し不機嫌なオレは
その主が田舎の父からだと知り溜め息を落とす。
静寂の闇にぶっきら棒に対応した。
「もしもーし、どうした?・・」
しかし聞こえて来たのは父の声ではなかった。
「遅くにすまん。」
もう何年もまともに会話のない兄・修一からだった。
「・・親父が亡くなった。」
突然の報告に事態を飲み込めずしばらく息が出来ずにいた。
沈黙を再び兄の声が現実に戻す。
「忙しいだろう。でもそういう事だ。待ってる」
オレの返事を聞かず電話は切れた。
耳に当てたスマホが冷たい。
『親父が死んだ・・?』
先日75歳を迎えて、とても元気な声だったのに・・
時間が止まったような部屋を見渡す。
暗く何も聞こえない。動けないでいるこれは夢?
『いや違う』
とにかく帰る支度をしなければ。
『何を準備すればいい?』
心の乱れは思考をも乱した。

夜中でも飛んで帰りたい気持ちを抑えて
朝一の新幹線に乗り込むしかなかった。
『冗談であってくれ』
ふるさとへの道すがら何度かそう念じた。
しかし、もう既に近所の方々が我が家を囲み、心配そうに中を伺っていた。
その状況を目の当たりにして現実逃避の望みはかき消されてしまった。
タクシーから降りたオレは挨拶も半端に玄関に入った。
鈴かな空気が止まったようなその部屋には線香が焚かれ、
煙が幻想な世界を作っていた。
その香りは切なく悲しかった。
寝かされて微動だにしない父の姿があった。
無表情で温もりもない顔は穏やかだった。
力が抜ける。
看取れなかった後悔が罪悪感を生んだ。
「おやじ・・」
小さい呼び掛けにも応えてくれない父の顔に涙があふれた。
その様子を兄が傍らで優しく見守っていた。
「オヤジ、大好きな赤飯喉に詰まらせちゃってな・・
側に居てあげられなかった。すまない・・・」

「こんな小さな店を切り盛りして頑張ってたんだけどな・・」
実家は昔から細々と続けて来たラーメン店だった。
ラーメンだけじゃなく餃子も逸品だと評判を得ていた。
固定客も多く、遠くから足を延ばして通う客さえ居た。
おかげで、こんな田舎でも繁盛していたのだ。
しかし、父は肝硬変が原因で現役を引退せざるをえなかった。
それを踏まえたて、兄は自ら引き継ぐ決心をしての今日だった。
父は、忙しい時には店に立つ事もあったそうで、
自らの秘伝の味を自慢げに披露して喜ばれた。
そういった話を父自身からの電話で聞いていた。
ここ最近は年齢からくる膝や腰の痛みをおして
『散歩』と言って外出もしていたはずだった。
今でも独身である兄は、忙しさの中そんな父の面倒をも見ていた。
加えて、長年店を手伝ってくれていたサエおばさんが
男手しかない家が心配で『昔からのよしみ』と言って何かと面倒を見てくれた。
しかし兄は、他人には迷惑掛けられないからと
その行為に甘える事なく努力してたらしい。

「修ちゃん。町内会から帰って来たら家に電気が点いてない事に不信を抱いて・・。」
いつの間にか側に座るサエおばさんが事の経緯を話してくれた。
「お父さん、座椅子に眠るように居たらしいわ。
だから、またいつものように居眠りしてるだけだろうと思ったんだって。」
父からの報告でも、そんな事がたまにあって
『お兄ちゃんによく怒られる』
そんな事を笑いながら言ってたのを思い出す。
「でも、様子がおかしいのが分かったから救急車を呼んだのよ。
わたしのトコに電話掛けて来た時には動揺しててねぇ・・」
涙声になった話に帰す言葉もない。
「急いで駆け付けたら、お父さんの傍でうな垂れていたわ。
で、救急車呼んだの?って尋ねると同時にサイレンが近づいて来て。」
思い出して言葉に詰まった。
「で、こういう亡くなられ方すると警察が入らなくちゃいけないらしく、
修ちゃんも対応させられたし、わたしもいろいろ聞かれたわ。」
確かに聞いた事がある。
事件かもしれないので警察が調べるらしい。
「親子の中でトラブルはなかったか。なんて聞かれたのよ。
あるわけないじゃない!
今日だって一緒に買い出ししてたわ。って応えてやったわよ。」
途中から怒りを抑えるように話す。
こう証言してくれる人が傍に居て良かったとそう思う。
『そっか、そんなこんなでオレへの連絡があの時間になったのか。』
父はその後司法解剖で死に至る原因を探求され、
朝に戻されてこうして居るのであった。

久し振りに見た兄の顔は疲れてやつれたようだった。
オレは盆にも正月にも実家には顔を出さないで居た。
そんな親不孝な生き方をしていた。
実家から疎遠になったのは、この兄が関係していた。
兄とは母親が違った。そう異母兄だった。
けっして嫌いだったからではなかった。
むしろその逆だった。

「お母さんにはいろんな事情があってね・・ 
決して耕太ちゃんが嫌いになった訳ではないのよ。
きっとまた戻って来るから。」
まだ小さい頃にサエおばさんからそんな事を言われた。
でも、母は何年経っても姿は現さなかった。
それからの消息は分からない。
誰からも教えてもらっていないし、
何故か自分からも尋ねる事はなかった。

どうやら父の先妻は事故に遭遇して亡くなってしまったらしい。
長く独身を貫いていた父であったが、ある日母と出逢い、
当然のようにオレを儲け、ごく自然に後妻として迎えたらしい。
その母は、せっかく嫁いで来たにもかかわらず、
病弱だった上に産後も体調が悪い状況が続き、
思うように子育てが出来ないからと
オレを置いて家を出て行った。
これもサエおばさんから聞いたことである。

兄はその頃には既に十歳を過ぎていた。
オレの母には、思春期という難しい時期が邪魔して
上手くは馴染めず、自ら高い壁を作ってしまっていたらしい。
二度にもわたり母と呼べる対象を無くし寂しかったのだろう兄は、
突然現れた異母弟であるオレには興味を示し、相当の可愛がりだったという。
オレもいつも優しく接してくれた兄が大好きだった。
お陰で母を恋しがる事はなかった。
母の面影も追うことなかったような気がする。
父は仕事の忙しさも手伝って、オレの面倒は全て兄に任せる形を取っていた。

オレが十歳を過ぎると成長と共に自尊心が芽生え、
今後の生き方を考え始めたある日、
偶然にも兄の自慰行為を見てしまい
自分の気持ちの中に普通ではない感情があるのに気付いた。
と同時に、オレはそんな自分を恥じた。
そしてその性癖を知られないように、軽蔑されないように、
兄とは次第に距離を置くようになって行ったのだ。
しかし、それは兄に大きく誤解させた原因となった。
オレの行動は、成長につれ独立心が芽生え男だと思ったようだ。
反抗期の時は自分の気持ちとは反対な態度も取った。
兄を好きになっていく自分を隠すのに必死だった。
すでに兄とは異母兄弟というのを知らされていたオレが、
その事実に嫌悪を覚えているのではないかと勘違いしているようだった。
やがて、いつも優しかった兄と距離を置くため、
父の反対にあったのにもかかわらず
高校を卒業と同時に上京を決め家を離れた。
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