悲偽

弾風京作

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思郷

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通夜と葬儀の打ち合わせを済ませ、
来客も途絶えて兄と二人きりになった。
「悪いな。ホテルを予約する時間がなかった。
耕太の部屋は物置状態だから、これから探してみるよ。」
そう言って携帯を取り出した。
「いや、ここで充分だよ。実家なんだし。」
「そうか。じゃあ、俺の部屋で良かったら、そこで休め。」
「ん。あぁ。え、修一さんは?」
「俺はオヤジと一緒にここに居るよ。」
オレにひどく気を遣っているのがうかがえた。
オレが、オレの今までの態度がそうさせているのだろう。
「じゃあ荷物を置かせてもらおうかな。」

兄の部屋は兄の匂いで充満していた。
それは甘い胸の痛みと共に懐かしい感情を溢れさせた。
殺風景なそこには昔から大好きな建物の本が並べられている。
他は小さなオーディオ機器があるくらいで、兄らしいと思った。
そこでの兄の生活ぶりが垣間見られた。
『ここは兄の唯一の城だ。オレが占領するわけにはいかない。』

父が眠る部屋に戻り、その父に寄り添う兄に
「オレもここに居るよ。」
そう告げた。
兄は
「遠慮しなくていいんだぞ。あまり寝てないんだろ。
あ、部屋が汚かったか」
そう慌てた。
「ううん、修一さんの部屋だもの悪いよ。
それに修一さんがこうしてオヤジの側に居るなら、オレも・・
オヤジには親孝行らしき事はしてあげられなかったし、
最後にこうして家族三人でいられたらオヤジも安心してくれるよね。
少しは報われるかな。」
自分でも驚いた。
こんな自然に素直な気持ちになってる。
兄は明らかに驚きの表情をした。
「そうか。オヤジ、いつも耕太の事心配しててな。
顔が見たかったと思う。
喜んでいるよ。な、そうだなオヤジ。」
そう言ってもう何も語らないオヤジの頭をなでた。
「ごめん。全部任せっきりにしてて。」
「俺はいいんだ。耕太さえしっかり生きていてくれれば。」
兄の崩れた顔から涙がにじむのを、すまない気持ちで見つめた。
父とは子供のころの記憶があまりなかった。
店が忙しくて多くは構ってもらえなかったのも理由だろうが、
兄の存在があまりにも大きかったからかもしれない。
今またこうして寄り添っていると
あの頃と変わらない自分の気持ちがまだ存在してるのを実感した。
それは切なく感情だった。

兄は当時建築家をめざして勉学に励み資格もとり、上京して就職した。
しかし、5年経ったある日、父が肝硬変で入院を余儀なくされた。
まだ学生で何も出来ないオレの様子に
長男である自分が家に戻らなければと決心した兄だった。
帰省しても当然建築の道を続けるつもりでいた兄だが、
店の存続を願う客の為に、またまた大きな選択を迫られ悩んだ末、
自分が父のあとを継ぐ判断もした。
たったひとりで背負わなければならなかったのだ。

こんな商売という道を進むはめになったをにもかかわらず、
相変わらず口下手で物静かな兄であった。
しかし、葬儀の全てを仕切って、立派に父を送り出した。
オレは何も手伝いが出来ず、兄に任せっきりだった。
「俺の傍に居ればいいから」
の言葉に甘えてしまった。

葬儀は無事に済ませたものの、全てを完了したわけではなかった。
サエおばさんの支持で雑務に追われる兄であった。
オレは邪魔にならないように居た。

「仕事に戻らなくていいのか。
こっちは後は俺が何とかしておくから、気にせず帰れ。」
長い間立ち寄る事もしなかったオレだったが、
気付けば居心地の良いこの家を離れるのが惜しかった。
「修一さんこそお客さんが待っているんじゃないの。」
「あぁ、そうだな。
でも、オヤジの味が恋しくて待っていてくれてるんだろうけどな。」
そう言って少し笑った。
「あぁ、それから、親父が残してくれた物もあるから、
それが片付いた頃にまた戻って来てくれないか。」
「オヤジが残した物?」
「あぁ、大した額ではないけど遺産とか権利とか」
「オレが受け取る権利なんかないよ。
修一さんが今まで面倒見て苦労したんですから
修一さんに全て譲ります。」
「いや、ありがたいけど、そういうわけにはいかないんだ。
生前に親父が気にして言ってたからな。」
司法書士を雇って、前もって書類を作っていたらしい。
しかし、権利だろうが何だろうが、
こんな自分に受け取る気持ちなど無かった。
ただ、戻って来れる家がある。それが嬉しかった。
「オレ、またここに来てもいいんですか。」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。
お前の家だろ。オヤジに会いに来てくれよ。」
「すみません。わがままばかりしちゃってるのに・・。」
「言ったろ。耕太が元気で居てくれればそれでいいんだ。」
また同じことを言った。
「修一さん・・」
「おいおい、そうやって名前で呼ぶのも止めてくれんか。
他人行儀でいやだな。」
「あ・・」
でも、この歳になって何て呼んだらいいのか分からない。
『アニキ』とも『兄さん』とも呼んだ覚えがない。
昔は兄ちゃんとか修ちゃんだったが、
そう呼んだらおかしいだろう。

店を再開する日取りも決まり、
オレもそろそろ仕事に戻らなくてはと腰を上げた。
どうせまた納骨だ四十九日だと帰って来れるんだ。

新幹線の時刻に合わせて、兄に駅まで車で送ってもらった。
「構内まで行けなくて悪いな。」
「いや、そこまでしてもらったら逆に気を遣うよ。ありがとう。
あの、これオレの携帯の電話番号とメルアド。何かあったら連絡して。」
「おぉ。あ、俺のは・・」
「うん、修ちゃんのは親父に聞いて知ってる。」
この時思いがけず昔呼んでたように『修ちゃん』と声に出来た。
兄もそう呼ばれて少し照れていたようだった。
「忙しいだろうが、納骨式には帰って来てくれ。」
「うん。じゃあ、後の事、よろしくお願いします。
帰り、運転に気を付けて。」
「あぁ。耕太も気を付けてな。」
車を見送ると、案の定寂しさが溢れた。
一時でも恋人と離れなくちゃならない、
そんな気分だった。
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