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思郷
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「そうか。もう一年経つのねぇ。」
ゲイバー『観覧車』のママ・ルリ子はため息をついた。
法事を済ませて帰って来たオレはその足でここに来た。
今回の帰省を報告がてらの立ち寄りだった。
「少しは気持ちの整理は付いた?」
客の接待の合間に尋ねてくれる。
「うん、どうかな。
思った以上に法事って多かったから
一回忌を終えて少しは安心した。」
「来年は三回忌。またあっという間ね。」
馴染みのママには聞かれる範囲で応えていたので
オレの生い立ちなどの事情は知っていた。
兄・修一との一夜の切なさを打ち明けたかった。
しかし、店の賑やかさがそれを拒んだ。
そして、実は今でも兄への感情は隠していた。
「お家ってラーメン屋さんだっけ?」
「うん。ずいぶん前から兄が継いでる。」
「麺も自分で打ってるのかしら?
聞いた事あるわ。麺や汁やチャーシュー全て、
どれも気に入った味になるまで満足しないってね。」
そう話したママに、ふと思いを馳せる顔が浮かんだ
「そういえば、お兄さんも東京に居た事があったのよね?
お兄さんって・・」
話の途中で、店の扉が開く鈴が鳴った。
「あらパンプちゃん、いらっしゃい。」
前にタクミと言い争いになった件で、
ジュンちゃんと一緒に居たのが、このパンプだった。
「あ、コウちゃん。いつぞやは失礼しました。
誤解したみたいでごめんなさいネ。」
立ったまま、許しを請うように彼は頭を下げた。
「あ、そんな。全然大丈夫だから、」
そう言ったものの、彼は気まずそうな顔をしてた。
「ほら、座りなよ。」
彼はすごすごと隣に腰を掛けた。
「なぁに?タクミに殴られたって。」
ママは興味ありげに聞いて来た。
「なぁに、大したことないんだ。何か勘違いでさ。」
「でも、本当に似てたんだよ。」
パンプはそう言うと、事の一件を話した。
「あぁ、それかぁ。あたしも誰だったかに聞いたわ。
耕太がA店やB店にも顔出してるって。
だから、お父様亡くされたから荒れてんのよって、話してた。」
「でしょ?それが全然人違いらしいんだ。
タクミったら真相も調べないで大騒ぎ。ねぇ。」
パンプはオレに振って来た。
「ま、こんな顔はごまんと居るからね。
けど、別のオレが存在してるって気持ち悪いな。」
良い気分では無かった。
「それに、タクミの事、もうオレの中では解決済みだから。」
その発言にママとパンプは顔見合わせた。
「え、別れるの?まぁ最近は一緒のとこ見ないしね。」
「あの殴られた時、鍵返してって言った。
いまだに返してもらってはいないけど、
もういいんだ。話題にもしたくない。」
語尾が強くなった。
「見合いで東京に行く」
そう修ちゃんから連絡があったのは、
一周忌から戻って少し時が経った5月だった。
『修ちゃんが見合い・・・』
どうした心境の変化だったのか、
頑なに見合いを拒んで
『もう一生結婚はしない。』
そう宣言していたはずなのに。
突然の話にどこか安心してた気持ちが崩れた。
でも・・ そう・・・
独りになって改めて寂しさに気付いたのかもしれない。
まだ心身ともに脂の乗り切った年齢である。
これからの人生を誰かと共に暮らすという選択は
当然と言えば当然なのだ。
「嫌じゃなかったらオレんトコに泊まって。
狭くて汚くしてるけど。」
弟としては、せめてもの心遣いであった。
「うん、ありがとう。
でもホテル予約したから大丈夫だ。
耕太に迷惑掛けられないよ。」
「迷惑だなんて・・」
全然迷惑ではなかった。
でもこんな部屋よりは、ホテルの方がゆっくり出来るだろう。
「で、せっかく上京するから一緒に飯でも食いたいなと思って。」
「うん、もちろん。オレ店予約しておくよ。」
「かしこまった店だと落ち着かないから、
普通の居酒屋でいいんだけどな。」
「大丈夫。オレだってそんなちゃんとした店は知らないから。」
「じゃあよろしく頼む。東京で耕太に会えるの楽しみだ。
また連絡する。」
平静を装う対応に自己嫌悪を覚えた。
修ちゃんも年貢の納め時か・・
今まで父の面倒を見て来て
自分の時間も無かっただろう。
今では店も以前の起動に乗って、
忙しさが戻ったと言ってた。
『これからの人生は寄り添う人と充実させて欲しい。』
そう願うのが当然だろう。
でも、この感情はなんだろう。
恋人から別れを切り出されたようで辛い。
父が逝ってしまってからの兄とは
自分の理想以上の形へと変化して来たはずだった。
叶うなら自分も田舎に戻って兄と暮らしたかった。
しかし、それにブレーキを掛けていたのは、仕事とこの性癖・・
兄の結婚が現実味を帯びた今、
帰りやすくなろうとしてた家の敷居が
また高くなったようだった。
どうにもならないこの感情に
終止符を打つ時期が来たのだ。
そう悟った。
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