悲偽

弾風京作

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思郷

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郡山から帰宅した耕太の部屋に
玄関のチャイムが鳴ったのは、
19時を過ぎた時だった。
「突然ごめんなさい。」
そう言って顔を出したのはりえだった。
そして、その肩越しからかおりが顔を覗かせた。
「昨夜も、わたしのトコに泊まってね、
で、近くに耕太さんが住んでるって話したら
行ってみたいって。」
「こんばんは。来ちゃった。」
すっと前に出たかおりは
「先日はお世話様でした。驚いたでしょう?
いろいろわたしの勝手で困らせて
申し訳ありませんでした。
耕太さんには直接謝りたかったの。
ちゃんと謝らなかったような気がして・・
良かった、お会い出来て。」
「あ、こちらこそ失礼しちゃいました。
ちゃんとご挨拶出来てませんでしたよね。」
確かに、挨拶はしたものの会話は少なかった。
修一や圭太、りえとは違って、接点が無かった。
「玄関先では何ですから、どうぞ入ってください。」
突然にせよ、せっかく来てもらったのに、
立ち話も何だからと招き入れた。

「あら、いいのかしら。嬉しい。」
「ママ、ちょっとずーずーしいわよ。
挨拶したら帰る約束でしょ。」
躊躇なく足を運ばせたかおりをたしなめた。
が、かおりの行動は早かった。
「散らかってますけど、我慢してくださいね。
これから圭太、あ、圭太くんも来るんですよ。」
「あら、もうそんなに仲良くしてくれてるのね。
あなた達兄弟なんだから呼び捨てでいいわよ。」
「アニキったら、男の兄弟が出来たもんだから
嬉しくてしょうがないのよ。
ここを乗っ取られないよう気を付けてね。」
「はは、大丈夫ですよ。オレも嬉しいんだから。
せっかくいらしていただいたのにこの通り。
まだ帰宅したばかりで、飲み物も何もなくて・・
ちょっとそこのコンビニまで行って来ますので、
留守番お願いしてよろしいですか。」
修一との関係に満たされた耕太には、
このかおりの存在も身近だと
そう思える余裕が生まれていた。
「やだ、何のおかまいもしないで。
手ぶらで来た上に、こんなちゃっかり
言葉に甘えちゃってるんですから。
お会い出来ただけで満足ですわ。
お部屋を見せていただけたら帰りますから。」
「いや、圭太が来るからって、
買い出ししようと思っていたので
気になさらないでください。
ジュースやお菓子ぐらいでいいかなぁ。」
「あ、りえ、あなたもご一緒なさい。
耕太さんにお金を使わせないで。」
かおりはりえに財布を渡した。
「了解。適当に見繕ってくるわ。
その辺覗いたり荒らしちゃダメよ」

耕太の部屋でひとりになったかおりは、
その部屋の様子を眺めながら
何も構ってあげられなかった後悔を
長年持ち続けて後ろめたい思いでいたが、
『独り暮らし出来るまで成長したのね・・』
と感慨深くため息をついた。
母の愛情が無かった耕太は不満では無かったか、
母を慕うような置物が一つもない部屋だった。

『ね、自分の子と再会したのに
案外あっさりと修一さんと別れたわね。』
りえからそう言われたのを思い出す。
『親だって打ち明けていいものか、
そりゃ今更だもの迷ったわよ。
でも、あなた達の事を全て話す。
それにはまず修一さんと私の関係からでしょ。』
『うん。』
『久し振りに会って、もうすっかり大人で、
それは涙が出るほど嬉しかったわ。
でも、それはただわたしのエゴでしかない。
修一さんはすでに母なんて求めていない。
突然現れて母親面すんなって
そう言われなかっただけましよ。
親子だって名乗るには遅すぎたわ。
だから今までの距離間で居た方がいいかって。
また来てください、って言葉だけで
救われたし大満足だったのよ。』
『なるほどね。ベタベタした関係より
そこは割り切った方がお互いの為だもんね。
ところで、借金して静岡に来たって話。
そのお金は返せたの?』
『返そうと連絡したのよ。
けど、圭太に金が掛かるだろうからって。
でもあの時、もしかしたら・・』
『何?どうしたの。』
『気付いていたかも。あなたの事。』
『わたしがお腹に居た事?』
『うん。あなたのお父さん、勘が鋭かったから。』
『会ってみたかったなぁ・・』
『本当にごめんなさい。
修さんにもりえにも本当ごめんなさい・・』
そんな会話を思い出していた。

しばらくして玄関のドアが開き、
「オッス、俺、圭太。入るぞぉ。」
そう声を掛けながら圭太が現れた。
「いらっしゃい。」
そう迎えたかおりの存在に
「うわっ!」
ちょっと後ずさった。
「驚いた?」
にやけてるかおりに
「はぁ?何でここに居るの?」
素朴な疑問が口を出た。
「耕太は?」
「りえとお買い物。」
かおりはここを訪れた過程をザっと説明した。
「独身男の部屋になんか興味持つなよ。」
「あら、自分の子供の暮らしがどんなものか、
親としては気になるものよ。」
「うわっ、ちゃんと育てもしなかったのに
母親気取ってるぅ。
もうすっかり自分の息子宣言してるし。」
笑いが起こるそんな会話の中、
荒々しく玄関のチャイムが鳴り
ドアが開いて、誰かが入って来た。
「耕太、どこ行ってたんだよ」
圭太に向かってそう怒鳴り声を発したのは、
タクミだった。

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