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荒涼 彩雲 完結
しおりを挟む冬のタイヤをノーマルに変えると
季節は春を迎える季節である。
俺は血圧の薬を処方してもらう為に、
地元で唯一の総合病院を訪れていた。
いつもながらの混みように辟易しつつ
患者が行き交う待合室で順番待ちをしていた。
「あら、新井さん、お薬ですか」
顔馴染みになった看護師が声を掛けてくれた。
定期的に来院するとそんな知り合いも出来るものだ。
彼女は俺の体を気遣い、
「ちゃんと食事をしてますか。
お酒はほどほどにしないとダメですよ。」
独り身も知ってそう声を掛けてくれた。
彼女の血圧の知識のレクチャーの中、
近くを包帯と松葉杖姿の患者が通り掛かった。
橋本であった。
ヤツは俺の存在には気付かないようだった。
橋本を観察している俺の視線を辿り、
「知ってる人?」
彼女は尋ねて来た。
「いや・・」
そう返すと、困った顔をしながら
橋本の事を話し出した。
「ようやく車椅子からヨチヨチ歩きか。
あの人、半月前に救急外来で運ばれて来たのよ。
仕事で事故に遭ったって。
身体中打撲や骨折しててね。
仕事仲間という人が連れて来たの。」
「へぇー。」
「でも、レントゲンの検査だと
もうリハビリまで回復してるから
主治医から勧められているのよ。
でも、まだ痛いから無理だ、って。
本人は労災だからって居座るつもりみたいだけど、
あれは喧嘩か何かでしょうね。
労災なんか無理よ。」
「患者さんなのに何か酷い言いようだなぁ。」
笑いながら訪ねると
「もう『痛い痛い』って大騒ぎだったのよ。
そりゃあれじゃ痛かっただろうけど、
その連れて来た人が何もしないで
逃げるように帰ってしまって、
どこの誰かもわからないし
尋ねても『痛い、早く治療しろ』ってばかり。
そのあとも、私達を何だと思っているのか、
しょっちゅうナースコールで呼び出して、
偉そうに上から指示してばかり。
早く出て行って欲しいわよ。」
不機嫌な顔を残し、彼女は仕事に戻って行った。
俺は秘かに橋本を追いかけて
病室を確認して、その日は引き上げた。
日を改めて、俺は橋本の病室を訪れた。
一人部屋で退屈そうにベッドに寝そべり、
備え付けのテレビを観ている橋本の姿があった。
入室した俺の気配にイヤホーンを外して顔を上げた。
その目は驚きに大きく見開いた。
身体の痛みなど忘れたかのように飛び起き、
「な、なんだ。何しに来た。」
俺だと知った橋本は震えた声で対峙し、
ベッドの上で身構えた。
「病院だ。見舞いに決まってるだろ。」
「み、見舞いだぁ?嘘をつけ!仕返しに来たんだろ。」
「仕返し?」
「あぁ、あの日の事でな。」
「あの日の事か・・派手にやらかしてくれたよなぁ。
あれはその怪我に免じて忘れてやるよ。
代償は大きかったようだからな。」
『嘘を付け!』と言わんばかりの顔でオレを見た橋本は
「オレがここに居るのを何で知った?」
そう探りを入れて来た。
「なぁに、先日待合室で見掛けてな。
その傷、何があったんだ?」
逆に聞いてみた。
「タカのヤツ、あれから宿に戻って大暴れしやがって、
オレはこんな有様よ。
警察沙汰にはしなかったけど
タカをもう仕事に戻れないようにしてやった。」
相変わらずそんな風に自分の非を認めないこの男に
「橋本、そもそもお前があんな事しでかしたからだろ。
警察沙汰にしたら困るのはお前の方だろ。」
呆れ果て、そう言った。
「うるせぇ!」
その言葉に俺はズイと一歩ヤツに近付いた。
「来るな!人を呼ぶぞ。」
ナースコールのボタンを持った橋本は怯んでそう叫んだ。
「どうぞ、呼ぶがいいさ。
俺は別に何をするつもりはない。」
「嘘だ、嘘を付け!」
「卑怯なきさまとは違って、
病人に手を上げるなんて事はしねぇよ。」
ベッドの傍まで行って、
「橋本。お前あの時画像を撮ろうとした。
で、撮れなくて残念がってたよな。」
「何?」
「手ぶらで見舞いってのもなんだから、
望みの動画、持って来てやったぜ。」
俺は携帯の再生画像を見せながら、
マイクロSDを橋本の近くに放った。
父がまだ生きていた頃、俺は介護をしながらも
買い物などで外出する機会が多かった。
そこで、部屋の様子を携帯で確認出来るようにと
ネットワークカメラを設置していた。
独り暮らしになった今も、
『物騒だから』と外出の際は利用した。
防犯にもなるそれは侵入者対策にもなる。
帰宅時にはoffにすればいいだけである。
それが、あの日は玄関で襲われ、
カメラは作動したままだったのだ。
一部始終が記録してあった。
後で気付いた俺は、こんな機会を待って、
橋本の部分だけを編集してコピーして来たのだ。
「無くしても、何度でもコピーしてやるぞ。
お望みとあらばな。」
そう言って出て行こうとする俺に
「汚ねぇ手を使いやがって・・」
悔しがっているだろう橋本を振り向きもせず、
「もう一切関わらないでくれ。」
そう念を押して部屋を出た。
「元気だったっすか?具合はどうでした?」
待合室で待っていてくれたタカが
心配そうに聞いてきた。
「あぁ、元気だったよ。時期に退院らしい。
もう見舞いになんか来るなって怒られたよ。」
「そうなんだ。入院してる人が居るって聞いて
驚いたけど、良かったっすね。」
その相手が橋本とは知らずに、
タカはホッと胸をなで下ろした。
橋本の存在などもう耳にはしたくないだろうと
言わないまま付き合わせた。
「ところで職は見つかりそうか?」
仕事を探しに飛び回ってるタカであるが、
「うん。取りあえず手に職でも付けようかと。
職業訓練しながらも金になるとこがあるらしい。」
「あぁ、そうだな。それもいいな。
でも無理するなよ。
2人で生活していけるくらいの蓄えはあるから。」
「うん。悪いな・・。
でも甘えてばかりはいられんです。
住むとこも提供してもらって、
ふらふらしていられない。
今まで蓄えた金も少しあるし、頑張る。
働いてちゃんと金を入れるよ。」
「そうか。」
俺は、タカの前を向く姿勢に笑顔を向けた。
『コイツと生きていけるなら・・
でも、また海の男を選択するかもしれない。
まぁ、その時はまた考えればいいか。』
取り返してくれた腕時計の時間を見て、
「どうだ、何か旨い物でも食いに行くか」
そう誘った。しかし、
「いや。家でのんびり呑みたいな。
トシさんの料理、抜群に旨いし。」
嬉しい事言ってくれる。
「なんだ、俺に楽させてはくれないのかぁ。」
冗談交じりに言うと、
「あ、いえ今日は俺が何か作るっす。」
焦って慌てる仕草が可愛い。
「あはは、期待しようかな。じゃあ酒と食材の買い出しに行くか。」
病院を出ると太陽が雲を従え、
色彩豊かに西の空へと傾き始めていた。
完
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