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第二話 転生者たちの住む白い街
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本当に人がたくさんいるものだな。都市の通りは石畳でムラなく舗装されていて、中央の広場には大道芸人たちが、ジャグリングやパントマイムを披露し一段と賑やかだった。
広場の真ん中では噴水が水を吹き上げ、中央には祈りを捧げる少女の石像がある。編み込まれた長い髪が白い女神とよく似ていた。見渡す限りに笑顔が咲く人々を眺めていると、僕も同じく笑顔になった。
人の格好もまた目に付く。女性は白く袖口の広がるワンピースに、肩の開いたローブを羽織っている。肩は開き、宝石のはめ込まれた首飾りで着飾るものも多くいた。ローブの丈や色は花々のように色を変える。すれ違う男性は僕とよく似た格好をしている。まるで絵画で見る中世ヨーロッパと同じ風景。
しかし、似ているとはいえ、僕の住んでいた世界の産業革命あたりではない。治安がよいと言われていても、こんなに整えられた街並みでも、町人全員が着飾ることなんてないだろう。
すれ違うすべての人がドレスを着ることが許された貴族であるとも考えにくい。それに商店が並んでいても工房がない。もちろん僕の目に入っていないだけかもしれないが、都市を歩き回る間にも豊かな品物を並べる軒先しか見えなかった。
物流の一端は見えたが、まだ経済がどう動いているのかは、まったくわからない。
「危ないねぇ。ぼーっと歩かないでくれないかい?」
声をかけられ振り向くと、やわかな栗色の髪が腰まで伸びているのが見えた。長袖のチュニックの袖口は汚れており、首元はフリルで装飾されている。足首までブリーチが包み足元にはレザーのブーツが石畳を踏みしていた。鼻先の丸い可愛らしい顔をしていた。口元を緩ませグリーンの瞳を細めている。
「いや。ただ街並みに目を奪われていた。不思議な町だな。まるで中世に迷い込んだように思えるけど、どこか違う」
「不思議なやつだねぇ。もしかしてあんたはこの世界に来たばかりかい?」
なぜわかる? と尋ねるとそんなやつばかりだからさ。と女は笑った。
「あたいはティナ。あんたは?」
僕はタカハシ。と街並みに目を移しながら答えると、ティナは腰に手を当て息を吐く。
「つれないね。本名だなんて。まぁいいさ。ほら。すぐそこにある通りの角を見てみなよ。いっぺんにこの街が理解できるはずさ」
僕はティナが指差した場所へと目を移す。そこには白いローブに身を包んだ三人の人がいた。周囲の人はローブの三人から距離を置き、期待した面持ちでガヤガヤと言葉を交わしている。視線の先には崩れたレンガ造りの家があり、突き出した柱が斜めに倒れ、中央が折れていた。
「老朽化だろうか?」
僕が目をこらすと、中央にいる人が右手を宙に沿わせる。薄緑色の長方形をした薄い板が浮かび上がる。ティナが僕の脇を小突く。
「いいから見ていな。ギフトを知らないわけではないだろう?」
パソコンのディスプレイによく似ていた。指を沿わせると白色の文字が流れて男はうなずき、反対の手で宙に何やら記している。英語に見えたが幾何学的な図形もまた並ぶ。僕はその文字に馴染みがあった。プログラムを組む時に使用する命令式。
隣の小柄なローブの人はずいぶんと華奢に見える。女性にも見えるが背中からでは判断できない。地面に手を当てると石畳の下から土が露わになり、這い出したイバラで包まれた蔦が太さを増して柱や砕けたレンガに巻きついていく。
最後に中央の人よりも大柄なローブの、おそらく男性が地面を踏み鳴らすと、何もないはずの大気中から黒い鋼の金槌や、小さな細い金属が形成されて僕は目を剥いた。黒魔女の魔法とは様式が違う。初めて僕が否定したギフト・・・与えられる才能の力を垣間見た。人智をやはり超えている。
大柄な男は右手を振るい、みるみる家は修繕されていく。中央の人がディスプレイを操るたびに、レンガは正しい場所へと置かれ、修善された木々は家の形を取り戻していく。
「まったく手際がいいねぇ。不思議だろう? あんたの生まれ育った世界じゃ、こんな力はなかったはずさ」
「ティナもギフトが扱えるのか? 異能の力を」
ふーん。とティナは首をかしげる。瞳が細まりどこか哀れむような瞳で僕を見た。
「あたいにはもうできないさ。でもあたいはこっちの方が性にあってんだな。土に触れて時間をかけ花を育てる。苦労して育てた季節の花を人に与える。代わりに笑顔をもらう。それだけで十分なんだ。それに街は安全だしさ」
すべての人が目の前にいるローブの人や魔女みたいに、不思議な力を使えるということではないのか。それもそうだ。すべての人が平等ではない。
「まぁ。あんたもすぐにわかるさ。あんたの持つギフトは知らないけどさ。まぁ選ばれることを祈るよ。でも命は大切にしな」
魔女とは違う力へ目を奪われる僕を残して、ティナは雑踏へ消える。混乱する頭でお礼を言うことすら忘れていた。
この世界は思っていた以上に豊かで、説明のつかない力で満たされている。
役割が違うだけで。もちろん。人だけの間ではあるのだけど。
ちょっと疲れたな。噴水を包むように青色で塗られたベンチが等間隔に並ぶ。そこに腰掛け空を仰いだ。空はどこだって変わらない。不気味なほどに。重力だってそうだ、異世界だからといって身を押しつぶそうとする重さは変わらない。
文化も違い世界の成り立ちもまた違うのだから、納得できない部分もある。でも違和感は感じる。釈然とせずに歪な違和感が消せない。
煮詰まってしまった。息を吐くと遠くはない場所でガラスの割れる音がする。
ベンチから起き上がり、振り向くと中央の広場から別れる道で、仁王立ちになる中年の男がいた。
隣にはヘッドドレスで頭を飾る少女がいて、正面にはシュバルツがいた。納品をすると言っていたな。それにしては不穏だ。
男は豊かな腹と恰幅のよい体つきをしているがシュバルツよりはずっと小さい。それなのにシュバルツが両膝を地面につけて首を垂れている。人々は離れシュバルツたちをまるで見せ物を楽しむような表情で取り囲む。声だけが響いてきた。
「おい! なんのつもりだ人虎! みんな聞いてくれ。この獣は俺の娘に爪を向けやがった! そんなに仕事が嫌だったのか? 獣や妖が人に爪や牙を向けると、どうなるか知っているだろう!」
違う! とシュバルツは首を上げて叫ぶ。鋭い牙が太陽に反射して、磨かれた象牙と同じ色で光る。あたりからは悲鳴が聞こえた。
「あっしは・・・そんなつもりはなかったんだ。その嬢ちゃんに渡したい物があった。だから手渡そうとしただけなんだ」
「嘘をつくな! 獣が人にプレゼントだと? そんなのは嘘に決まっている!」
違う。とシュバルツはうなだれ首を振っている。初対面ならまだしも僕はシュバルツを知っている。穏やかで身の丈に合わぬ臆病な獣。ただ人が・・・御人さまと呼ばれる理由はわかった。ひどく気持ちが悪い。
助けなければならない。僕が足を踏み出すと、男の足元に少女が抱きつく。
「だからお父さん。違うって! この獣さんは悪くないの!」
「おぉ。人虎に脅されているんだな。かわいそうに。でも大丈夫だよ。白騎士さまが来てくださった」
シュバルツの毛並みが逆立ち、通りの奥を見ている。体が硬直し肩で息をしていた。
僕は街の人々をかき分けシュバルツの隣に立つ。僕の頭ほどある肩に手を当てるとシュバルツは僕を見た。目を丸め一瞬ほっとして口元を緩めると、すぐに眉間にシワを寄せる。
「いけねぇ。旦那。あっしとの約束を忘れてはならねぇ。都市に入ったらあっしと離れていなければダメだ」
「馬鹿なことを言うな。シュバルツはもう僕と知り合いだ。知り合いが言われのない罪に問われている! 黙って見過ごせない!」
奇妙なほどに通りが静まり返っている。僕たちの正面にいる人は左右に分かれ、中央から白色にも見える白銀の甲冑を着込んだ集団が現れた。
四、五人の甲冑に包まれた人の中央には赤いマントを羽織った女性が立っている。
白騎士の甲冑はとても軽装に見える。盛り上がる胸当てと手甲。胴回りにはベルトが曲がれおり十字の柄を持つ剣が揺れていた。
足甲は膝から足先へと伸びると先端は鋭い。そして肝心な頭部を守る兜はなく、代わりに細い絹糸にも似た金色の髪が、太陽の光を透過し毛先が透明に流れた。
碧眼の瞳は厳しく僕たちへと向けられており、よくできた西洋人形のような頬に隙がない。白騎士を引き連れた女性の騎士は、僕たちの眼前に立つと周囲を見渡し、シュバルツへと視線を落とす。
「騒ぎの原因は?」
あっしはただ・・・と弁明しようとするシュバルツの声を、こいつが少女を襲ったんだ! と野次馬の声がかき消す。そうか。と騎士はゆっくりと腰から剣を引き抜いた。
両刃の剣は先端を細く、不思議と殺意を感じなかった。それが僕にはひどく不快だった。戯れに立場の弱い相手へ剣を向ける。心から不快だった。
「お前はこの男を斬るつもりなのか。それともただ脅すだけなのか!」
僕の問いに騎士は目を丸める。困ったように金色の髪を片方の手でかきあげる。
「それが白の都市にあるルールだ。他人に手を上げてはならない。とくに獣や妖は人を傷付ける。爪は尖り、鋭い牙は人の肌など容易に貫く! 治安を守るためならば狩猟祭の前でも斬ることが、私たちは許されている」
そうだろう? と騎士はシュバルツに問いかけ、違う。と背中を丸めた人虎は首を左右に振り続ける。
「だからどうした! わけも聞かずに一方的に斬る。法だとしても無法すぎる! お前は人の命を奪うつもりか」
「人・・・そいつは人虎だろう? 獣だ」
「ならば人の定義とはなんだ。お前に定義ができるのか! ただ姿形が異なるだけではないのか? 知恵を持ち、自分たちと同じ言葉を話す。他人を思いやり、論理を持って内観し、知恵を持つ。知恵を持ち自らの存在を証左できる。そんな獣はいない。人と同じだ。人と同じ存在である獣を斬り捨てる。お前は人殺しだ!」
僕は人虎の前に立ち騎士と対峙する。なぜ自分がこのような行動に出ているのかはわからない。詭弁で諭して、どうにかなる場面ではない。
あぁそうか。この世界でも僕は続けているのだ。理想の自分を描き続けることを。人に疎まれても自分だけを律している。
努力しかない。努力で自分を律するたびに、才能を憎んでいる。
変わらないなと自嘲し笑みを浮かべると女性の騎士の頬が朱に染まる。ひどく小指が冷えた。小指だけが痺れ始めて、温度を失う。
「おかしいことがあるか! 我々白騎士は騎士長より、都市の治安を守る命を受けている。騎士長の定めた法に侮辱するというのか」
「ならばその騎士長を連れてこい。問い正してやる。いかにして法が成り立つのか存分に聞いてやろう」
「また詭弁か。・・・そうか。貴様はこの世界に来たばかりなのだな。なら教えてやる。力を振るうことを許された白騎士の力を。ロゼ・アリエスの力を見せてやろう」
金髪の騎士が祈りを捧げるように胸元へ剣を当てと、人々はざわめき小さな悲鳴を上げ、クモの子を散らすように消えていく。僕は肌が焼かれるようにチリチリと痛んだ。
目線の先では騎士の剣が燃えたぎる赤銅となり、焼かれる温度の正体が騎士の持つ剣だとわかる。ロゼと名乗る騎士は胸元から剣を空に向かって高々と持ち上げた。
「紅剣・スカーレット・・・・」
口元からもれ出る言葉と共に掲げられた剣が火を纏う。剣を中央にして炎が舞い上がり回転しながら天へと伸びた。
眼前で伸びる火柱は太さを増しながら回転し僕の髪を焼く。
「旦那だけでも逃げてくだせぇ。あっしが下手を打ったばっかりに、旦那まで焼かれることはねぇ。あっしは・・・娘から預かった人形を渡したかっただけなんだ」
色違いの布で編まれた人形は笑みを浮かべたまま、人虎の手の中へ収まっている。
「やはりシュバルツは危害を加えようとしてなかったのだな。誇っていい」
「誇ってもなんでもいいから。旦那は逃げてくだせぇ」
「逃げるものか。せっかく・・・生まれ変われたのに」
震えて人形を抱くシュバルツを横目にし、次に眼前で温度を増す炎の剣を見上げる。踵を返して逃げ出しても、きっと逃げることはできない。振り下ろされたら逃げている間に焼かれる。
そんな死に方は嫌だ。せめて向かい合い、胸を張って死んでやる。長く生きても変われないなら仕方がない。死に様だけはせめて、産まれ変わった自分の証左として胸だけは張っていたい。
僕は侮っていた。人が魔法を使えてもリリィのような些細な魔法だと。よくわからないギフトの力を知ろうともしなかった。魔法とギフトの力はこうも違う。なぜ違うのだろうか。考えは及ばない。
それに・・・どこかで自分は死なないと思っていたのだ。物語のような世界に来れたのだから。英雄や主人公と同じく死なない。
馬鹿げている。死は平等なはずだ。これは目を背けた罰である。愚かだ。浅慮に任せ身を滅ぼす。どうしようもなく僕は僕が嫌いだ。
「それでいいのかねぇ。勝手に死なれると妾が退屈だ。でも呪ったな?」
耳元で声がした。体は焼かれているはずなのに、声のする耳元だけが氷を当てられたかのように冷たい。ぞわぞわと背中から悪寒が全身へと走る。夜の帳が下りるかのように。
冷たいのにもかかわらず、体に力が満ちていく。踏みしめる足は触れるだけで石畳を砕いた。
剣を振り下ろさんとするロゼの表情が炎の間からちらつく。口元は何かを話そうとしているのか開かれている。それでも炎が巻き上げる空気と風の音で聞こえない。ロゼが目を閉じるのが見えた。同時に僕の眼前が炎に染まる。
「土塊ぇ! そんでもって雨露!」
聞き慣れた声が響いた。声と共に足下の石畳が崩れ、土はせり上がる。半円状のドームを作り、炎が視界から消える。そして乾いた土塊は徐々に湿っていく。
「やっぱり! 絶対すんなりいくとは思ってなかった!」
振り返るとシュバルツの顔が見える。そして視線を下に下げると、リリィが息を切らして膝をついていた。リリィの声と同時に体の悪寒は消えている。死を間近にした走馬灯だったのだろうか。
「なんでリリィがここに? 危ないぞ!?」
「だからなんでそんなに落ち着いてるの! 死ぬところだったんだから!」
「もう一度死んでいるからな。腹が座るのかもしれない」
「あぁもう。いやだ! 逃げるよ!」
リリィはシュバルツの毛皮を握り、杖を持った手を僕に向ける。
「きっと逃げきれない。僕が残るからシュバルツを逃がしてくれ」
どうせ拾った命だから誰かのために使いたい。今の気持ちに嘘はない。散り様としては褒められるものだろう。しかしリリィは眉間にシワを激しく寄せて、口をへの字に曲げる。
「諦めんなバカ! そんなの全然格好よくない。あんたの価値観で周りを巻き込むな!」
本当に人がたくさんいるものだな。都市の通りは石畳でムラなく舗装されていて、中央の広場には大道芸人たちが、ジャグリングやパントマイムを披露し一段と賑やかだった。
広場の真ん中では噴水が水を吹き上げ、中央には祈りを捧げる少女の石像がある。編み込まれた長い髪が白い女神とよく似ていた。見渡す限りに笑顔が咲く人々を眺めていると、僕も同じく笑顔になった。
人の格好もまた目に付く。女性は白く袖口の広がるワンピースに、肩の開いたローブを羽織っている。肩は開き、宝石のはめ込まれた首飾りで着飾るものも多くいた。ローブの丈や色は花々のように色を変える。すれ違う男性は僕とよく似た格好をしている。まるで絵画で見る中世ヨーロッパと同じ風景。
しかし、似ているとはいえ、僕の住んでいた世界の産業革命あたりではない。治安がよいと言われていても、こんなに整えられた街並みでも、町人全員が着飾ることなんてないだろう。
すれ違うすべての人がドレスを着ることが許された貴族であるとも考えにくい。それに商店が並んでいても工房がない。もちろん僕の目に入っていないだけかもしれないが、都市を歩き回る間にも豊かな品物を並べる軒先しか見えなかった。
物流の一端は見えたが、まだ経済がどう動いているのかは、まったくわからない。
「危ないねぇ。ぼーっと歩かないでくれないかい?」
声をかけられ振り向くと、やわかな栗色の髪が腰まで伸びているのが見えた。長袖のチュニックの袖口は汚れており、首元はフリルで装飾されている。足首までブリーチが包み足元にはレザーのブーツが石畳を踏みしていた。鼻先の丸い可愛らしい顔をしていた。口元を緩ませグリーンの瞳を細めている。
「いや。ただ街並みに目を奪われていた。不思議な町だな。まるで中世に迷い込んだように思えるけど、どこか違う」
「不思議なやつだねぇ。もしかしてあんたはこの世界に来たばかりかい?」
なぜわかる? と尋ねるとそんなやつばかりだからさ。と女は笑った。
「あたいはティナ。あんたは?」
僕はタカハシ。と街並みに目を移しながら答えると、ティナは腰に手を当て息を吐く。
「つれないね。本名だなんて。まぁいいさ。ほら。すぐそこにある通りの角を見てみなよ。いっぺんにこの街が理解できるはずさ」
僕はティナが指差した場所へと目を移す。そこには白いローブに身を包んだ三人の人がいた。周囲の人はローブの三人から距離を置き、期待した面持ちでガヤガヤと言葉を交わしている。視線の先には崩れたレンガ造りの家があり、突き出した柱が斜めに倒れ、中央が折れていた。
「老朽化だろうか?」
僕が目をこらすと、中央にいる人が右手を宙に沿わせる。薄緑色の長方形をした薄い板が浮かび上がる。ティナが僕の脇を小突く。
「いいから見ていな。ギフトを知らないわけではないだろう?」
パソコンのディスプレイによく似ていた。指を沿わせると白色の文字が流れて男はうなずき、反対の手で宙に何やら記している。英語に見えたが幾何学的な図形もまた並ぶ。僕はその文字に馴染みがあった。プログラムを組む時に使用する命令式。
隣の小柄なローブの人はずいぶんと華奢に見える。女性にも見えるが背中からでは判断できない。地面に手を当てると石畳の下から土が露わになり、這い出したイバラで包まれた蔦が太さを増して柱や砕けたレンガに巻きついていく。
最後に中央の人よりも大柄なローブの、おそらく男性が地面を踏み鳴らすと、何もないはずの大気中から黒い鋼の金槌や、小さな細い金属が形成されて僕は目を剥いた。黒魔女の魔法とは様式が違う。初めて僕が否定したギフト・・・与えられる才能の力を垣間見た。人智をやはり超えている。
大柄な男は右手を振るい、みるみる家は修繕されていく。中央の人がディスプレイを操るたびに、レンガは正しい場所へと置かれ、修善された木々は家の形を取り戻していく。
「まったく手際がいいねぇ。不思議だろう? あんたの生まれ育った世界じゃ、こんな力はなかったはずさ」
「ティナもギフトが扱えるのか? 異能の力を」
ふーん。とティナは首をかしげる。瞳が細まりどこか哀れむような瞳で僕を見た。
「あたいにはもうできないさ。でもあたいはこっちの方が性にあってんだな。土に触れて時間をかけ花を育てる。苦労して育てた季節の花を人に与える。代わりに笑顔をもらう。それだけで十分なんだ。それに街は安全だしさ」
すべての人が目の前にいるローブの人や魔女みたいに、不思議な力を使えるということではないのか。それもそうだ。すべての人が平等ではない。
「まぁ。あんたもすぐにわかるさ。あんたの持つギフトは知らないけどさ。まぁ選ばれることを祈るよ。でも命は大切にしな」
魔女とは違う力へ目を奪われる僕を残して、ティナは雑踏へ消える。混乱する頭でお礼を言うことすら忘れていた。
この世界は思っていた以上に豊かで、説明のつかない力で満たされている。
役割が違うだけで。もちろん。人だけの間ではあるのだけど。
ちょっと疲れたな。噴水を包むように青色で塗られたベンチが等間隔に並ぶ。そこに腰掛け空を仰いだ。空はどこだって変わらない。不気味なほどに。重力だってそうだ、異世界だからといって身を押しつぶそうとする重さは変わらない。
文化も違い世界の成り立ちもまた違うのだから、納得できない部分もある。でも違和感は感じる。釈然とせずに歪な違和感が消せない。
煮詰まってしまった。息を吐くと遠くはない場所でガラスの割れる音がする。
ベンチから起き上がり、振り向くと中央の広場から別れる道で、仁王立ちになる中年の男がいた。
隣にはヘッドドレスで頭を飾る少女がいて、正面にはシュバルツがいた。納品をすると言っていたな。それにしては不穏だ。
男は豊かな腹と恰幅のよい体つきをしているがシュバルツよりはずっと小さい。それなのにシュバルツが両膝を地面につけて首を垂れている。人々は離れシュバルツたちをまるで見せ物を楽しむような表情で取り囲む。声だけが響いてきた。
「おい! なんのつもりだ人虎! みんな聞いてくれ。この獣は俺の娘に爪を向けやがった! そんなに仕事が嫌だったのか? 獣や妖が人に爪や牙を向けると、どうなるか知っているだろう!」
違う! とシュバルツは首を上げて叫ぶ。鋭い牙が太陽に反射して、磨かれた象牙と同じ色で光る。あたりからは悲鳴が聞こえた。
「あっしは・・・そんなつもりはなかったんだ。その嬢ちゃんに渡したい物があった。だから手渡そうとしただけなんだ」
「嘘をつくな! 獣が人にプレゼントだと? そんなのは嘘に決まっている!」
違う。とシュバルツはうなだれ首を振っている。初対面ならまだしも僕はシュバルツを知っている。穏やかで身の丈に合わぬ臆病な獣。ただ人が・・・御人さまと呼ばれる理由はわかった。ひどく気持ちが悪い。
助けなければならない。僕が足を踏み出すと、男の足元に少女が抱きつく。
「だからお父さん。違うって! この獣さんは悪くないの!」
「おぉ。人虎に脅されているんだな。かわいそうに。でも大丈夫だよ。白騎士さまが来てくださった」
シュバルツの毛並みが逆立ち、通りの奥を見ている。体が硬直し肩で息をしていた。
僕は街の人々をかき分けシュバルツの隣に立つ。僕の頭ほどある肩に手を当てるとシュバルツは僕を見た。目を丸め一瞬ほっとして口元を緩めると、すぐに眉間にシワを寄せる。
「いけねぇ。旦那。あっしとの約束を忘れてはならねぇ。都市に入ったらあっしと離れていなければダメだ」
「馬鹿なことを言うな。シュバルツはもう僕と知り合いだ。知り合いが言われのない罪に問われている! 黙って見過ごせない!」
奇妙なほどに通りが静まり返っている。僕たちの正面にいる人は左右に分かれ、中央から白色にも見える白銀の甲冑を着込んだ集団が現れた。
四、五人の甲冑に包まれた人の中央には赤いマントを羽織った女性が立っている。
白騎士の甲冑はとても軽装に見える。盛り上がる胸当てと手甲。胴回りにはベルトが曲がれおり十字の柄を持つ剣が揺れていた。
足甲は膝から足先へと伸びると先端は鋭い。そして肝心な頭部を守る兜はなく、代わりに細い絹糸にも似た金色の髪が、太陽の光を透過し毛先が透明に流れた。
碧眼の瞳は厳しく僕たちへと向けられており、よくできた西洋人形のような頬に隙がない。白騎士を引き連れた女性の騎士は、僕たちの眼前に立つと周囲を見渡し、シュバルツへと視線を落とす。
「騒ぎの原因は?」
あっしはただ・・・と弁明しようとするシュバルツの声を、こいつが少女を襲ったんだ! と野次馬の声がかき消す。そうか。と騎士はゆっくりと腰から剣を引き抜いた。
両刃の剣は先端を細く、不思議と殺意を感じなかった。それが僕にはひどく不快だった。戯れに立場の弱い相手へ剣を向ける。心から不快だった。
「お前はこの男を斬るつもりなのか。それともただ脅すだけなのか!」
僕の問いに騎士は目を丸める。困ったように金色の髪を片方の手でかきあげる。
「それが白の都市にあるルールだ。他人に手を上げてはならない。とくに獣や妖は人を傷付ける。爪は尖り、鋭い牙は人の肌など容易に貫く! 治安を守るためならば狩猟祭の前でも斬ることが、私たちは許されている」
そうだろう? と騎士はシュバルツに問いかけ、違う。と背中を丸めた人虎は首を左右に振り続ける。
「だからどうした! わけも聞かずに一方的に斬る。法だとしても無法すぎる! お前は人の命を奪うつもりか」
「人・・・そいつは人虎だろう? 獣だ」
「ならば人の定義とはなんだ。お前に定義ができるのか! ただ姿形が異なるだけではないのか? 知恵を持ち、自分たちと同じ言葉を話す。他人を思いやり、論理を持って内観し、知恵を持つ。知恵を持ち自らの存在を証左できる。そんな獣はいない。人と同じだ。人と同じ存在である獣を斬り捨てる。お前は人殺しだ!」
僕は人虎の前に立ち騎士と対峙する。なぜ自分がこのような行動に出ているのかはわからない。詭弁で諭して、どうにかなる場面ではない。
あぁそうか。この世界でも僕は続けているのだ。理想の自分を描き続けることを。人に疎まれても自分だけを律している。
努力しかない。努力で自分を律するたびに、才能を憎んでいる。
変わらないなと自嘲し笑みを浮かべると女性の騎士の頬が朱に染まる。ひどく小指が冷えた。小指だけが痺れ始めて、温度を失う。
「おかしいことがあるか! 我々白騎士は騎士長より、都市の治安を守る命を受けている。騎士長の定めた法に侮辱するというのか」
「ならばその騎士長を連れてこい。問い正してやる。いかにして法が成り立つのか存分に聞いてやろう」
「また詭弁か。・・・そうか。貴様はこの世界に来たばかりなのだな。なら教えてやる。力を振るうことを許された白騎士の力を。ロゼ・アリエスの力を見せてやろう」
金髪の騎士が祈りを捧げるように胸元へ剣を当てと、人々はざわめき小さな悲鳴を上げ、クモの子を散らすように消えていく。僕は肌が焼かれるようにチリチリと痛んだ。
目線の先では騎士の剣が燃えたぎる赤銅となり、焼かれる温度の正体が騎士の持つ剣だとわかる。ロゼと名乗る騎士は胸元から剣を空に向かって高々と持ち上げた。
「紅剣・スカーレット・・・・」
口元からもれ出る言葉と共に掲げられた剣が火を纏う。剣を中央にして炎が舞い上がり回転しながら天へと伸びた。
眼前で伸びる火柱は太さを増しながら回転し僕の髪を焼く。
「旦那だけでも逃げてくだせぇ。あっしが下手を打ったばっかりに、旦那まで焼かれることはねぇ。あっしは・・・娘から預かった人形を渡したかっただけなんだ」
色違いの布で編まれた人形は笑みを浮かべたまま、人虎の手の中へ収まっている。
「やはりシュバルツは危害を加えようとしてなかったのだな。誇っていい」
「誇ってもなんでもいいから。旦那は逃げてくだせぇ」
「逃げるものか。せっかく・・・生まれ変われたのに」
震えて人形を抱くシュバルツを横目にし、次に眼前で温度を増す炎の剣を見上げる。踵を返して逃げ出しても、きっと逃げることはできない。振り下ろされたら逃げている間に焼かれる。
そんな死に方は嫌だ。せめて向かい合い、胸を張って死んでやる。長く生きても変われないなら仕方がない。死に様だけはせめて、産まれ変わった自分の証左として胸だけは張っていたい。
僕は侮っていた。人が魔法を使えてもリリィのような些細な魔法だと。よくわからないギフトの力を知ろうともしなかった。魔法とギフトの力はこうも違う。なぜ違うのだろうか。考えは及ばない。
それに・・・どこかで自分は死なないと思っていたのだ。物語のような世界に来れたのだから。英雄や主人公と同じく死なない。
馬鹿げている。死は平等なはずだ。これは目を背けた罰である。愚かだ。浅慮に任せ身を滅ぼす。どうしようもなく僕は僕が嫌いだ。
「それでいいのかねぇ。勝手に死なれると妾が退屈だ。でも呪ったな?」
耳元で声がした。体は焼かれているはずなのに、声のする耳元だけが氷を当てられたかのように冷たい。ぞわぞわと背中から悪寒が全身へと走る。夜の帳が下りるかのように。
冷たいのにもかかわらず、体に力が満ちていく。踏みしめる足は触れるだけで石畳を砕いた。
剣を振り下ろさんとするロゼの表情が炎の間からちらつく。口元は何かを話そうとしているのか開かれている。それでも炎が巻き上げる空気と風の音で聞こえない。ロゼが目を閉じるのが見えた。同時に僕の眼前が炎に染まる。
「土塊ぇ! そんでもって雨露!」
聞き慣れた声が響いた。声と共に足下の石畳が崩れ、土はせり上がる。半円状のドームを作り、炎が視界から消える。そして乾いた土塊は徐々に湿っていく。
「やっぱり! 絶対すんなりいくとは思ってなかった!」
振り返るとシュバルツの顔が見える。そして視線を下に下げると、リリィが息を切らして膝をついていた。リリィの声と同時に体の悪寒は消えている。死を間近にした走馬灯だったのだろうか。
「なんでリリィがここに? 危ないぞ!?」
「だからなんでそんなに落ち着いてるの! 死ぬところだったんだから!」
「もう一度死んでいるからな。腹が座るのかもしれない」
「あぁもう。いやだ! 逃げるよ!」
リリィはシュバルツの毛皮を握り、杖を持った手を僕に向ける。
「きっと逃げきれない。僕が残るからシュバルツを逃がしてくれ」
どうせ拾った命だから誰かのために使いたい。今の気持ちに嘘はない。散り様としては褒められるものだろう。しかしリリィは眉間にシワを激しく寄せて、口をへの字に曲げる。
「諦めんなバカ! そんなの全然格好よくない。あんたの価値観で周りを巻き込むな!」
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そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~
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「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。
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※挿絵有りますが、自作です。
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