黒魔女リリィは世界を壊したい!!〜転生者たちの治める国で呪われた魔女と騎士〜

tanakan

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第三話 女神の傀儡

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「我が名によって命じる。天を包む稲妻いなずまよ。雷雲らいうんをその身にささげ、悪を討ち滅ぼせ!」

 スタンリーは声を張り上げ左手と共に空を見上げる。稲光が鳴り、分厚い雲によって空が包まれた。夜にも似た暗闇。暗いほど心地よい。

 雷雲の表面を稲光が走り、地面を揺るがすほどの雄叫おたけびが響く。雷雲が割れ、荒々あらあらしくとも力強い、黄色い眼光が雲の合間から見えた。硬い鼻先からは二本の太いひげが伸び、き出しの牙からは吐息がもれる。眉間は深く、雲が裂け明らかになる体。胴体からは鋭く空気すら切り裂く腕が雲を掴んでいる。

 青色の鱗は透明で青空を写していた。絵画のような光景だ。まるで人に罰を与えるように現れた日本神話にほんしんわの龍である。

 綺麗だった。龍は体を揺らしながら空を覆う。龍は首と体を曲げて一気に伸ばす。これがどれほどの時間なのだろうか。
一秒にも満たないだろう。刹那せつなでも足りない。
ただ緩やかで遅い。雷雲と雨雲で作られた龍はもろく見える。身をかがめて空へと跳ねる。身を締め付けていた蔦はたやすくちぎれ地に落ちた。

 眼前には龍がいる。恐ろしい。恐ろしくとも美しく。そして・・・はかない。

 広げられた龍の口は視界を塞ぎ、牙は僕よりもずっと大きい。濡れた体が帯電たいでんしている。ただ、それだけだ。

 剣を振るうと牙にはじかれた。弾かれた勢いのまま回転し、返す刀で顎を裂く。

 ふたつに割れた龍の顎から舌が落ちた。落ちゆく舌を蹴り、ぬるりとした感触を確かめながら駆け上がる。振り下ろされる鍵爪が頬を裂く。血が剣身を染めると影が伸びた。

 影をまとった剣。振り下ろし剣閃が影をたどる。

 伸ばされた影は龍の首を両断し、龍は断末魔のように稲光を撒き散らしながら消える。

「そんな。僕の雷龍らいりゅうが・・・」

 遠目にスタンリーが絶句ぜっくしており小気味こきみよい。圧倒する力はこんなにも気持ちがよいだなんて。恍惚こうこつが体を満たし、指先が震える。
 
 巨大な水滴になった龍と共に地へと降りる。視界を覆う巨大な水滴は地面にぶつかり、弾けて視界を覆った。

 水壁すいへきの中央が弾け、迫る大剣を振り上げたセオがいる。剣を下げて口元が弛緩していた。僕は僕の体をどこか遠くで眺めている。でも感じている。

 自分の体を動かしているのは僕の意思だ。しかし支配するのは僕じゃない。

 落ちる水滴が僕の体を映す。白かったはずのシャツは血と土で汚れている。シュバルツに申しわけないな。しかしもうすぐに終わる。

「役に立たないヤツらが! 俺が・・・奪う」

 水滴が落ちるよりも早く駆けるセオの動きは、変わらずにひどく緩やかである。上段から振り下ろされる大剣に、僕は無造作むぞうさらした剣先を合わせる。弾かれた大剣と共に反転したセオが、半身のままで剣を振り上げ股下から僕を裂こうとした。

「どうした。ゆっくりだな。勇者さまなのだろう?」

 僕の言葉だろうか。こんな言葉を今まで吐いたことはない。心からにじみ出ている。

 半歩下がると大剣はくうる。空中で体を崩したセオに返す刀で斬りかかると、セオは大剣の柄で剣を受け、回転しながら僕の首へと向けて剣を薙ぐ。

 逆手へ剣を持ち替え、セオの大剣を受け止めると火花が散った。セオは瞳を鋭くしにらみ続けている。今、僕はどんな表情をしているのかはわからない。きっとほうけたような表情をしているのだろう。あざけるように。
 
 セオは激昂げっこうし獣のように叫ぶ。

 幾度いくども振り下ろされる剣を雑に払い、避け、呼吸の合間を縫ってセオのどう蹴飛けとばす。

 地面を砕きつつ、もといた騎士たちの中央へわだちを作った。耳元に響くささやき声が、激しく動き燃える体の温度を冷やしていく。

「どうだ? 女神の傀儡となった気分は? 心地よいだろう? ろうせず手に入れた才覚を存分に振るうのは甘美だろう? 心が甘露かんろで満たされるだろう? 呪いを使えば使うほど力を増し、お主は妾の一部となる。快感をともなって。お主が嫌う才覚の持ち主になれたのだ。妾に感謝したらどうだ? 望んでいないと思いながら、心の奥底で望んでいた力の行使こうし。才覚を振るわれる側だったお主が、振るう側になった気分はどうだ?」

 聞き取れる程度の速度で黒の女神はまくし立てる。感覚が抜け落ちていた。

 僕が失われていく。

 僕の体を返せ。思い浮かべた言葉にきぬを引き裂くような、黒の女神の笑い声が脳裏に響く。

「なるほど。お気にはさないか。いいのか? 魔女さまごと死ぬぞ? お主はまた無力に打ちひしがれる。仕方がなかった。僕はこんなにも頑張りました。なんて言葉で甘やかす。立ち上がり自身の無力さから目を背けるために無駄な努力を続け、自分をなぐさめ続ける。かわいそうな自分。こんなに頑張っているのに。誰も認めてなんてくれない、でも大丈夫。僕はこんなにも頑張っているから。僕は立派なんだ・・・馬鹿馬鹿しい」

 ほら見ろ。と言葉のままに騎士たちに目を向ける。セオは遠目にもわかるほど、怒りで体を震わせていた。地面に大剣を突き立て、握った右手を胸に当て目を伏せる。

「いけません。それでは! 兵が。私たちが!」

 ロゼが声を張り上げて近寄り、跳ね飛ばされる。ヒルダは口元を引きつらせている。

「ロゼ。やめなさい。そのための騎士団ですよ。狩猟祭カーニバルの前に、セオさまが負けては意味がない」

 でも。と食い下がるロゼは剣を杖に立ち上がろうとしている。セオの足元から星屑ほしくずにも似た光の筋が立ち昇り体を包んでいった。光の筋が増えるほどに騎士は端から倒れていく。まるでセオに体の力を抜かれているようだった。

 目を見開いたセオが大剣を地面から引き抜くと、剣は輝きを増し続けている。物語で、悪を滅する聖剣さながらの刀身だった。

 セオは聖剣となった大剣を頭上にかかげると、光を透過する同じ形の剣が浮かび上がる。大きさは比にはならない。都市を守る岩壁よりも巨大な、六つの巨大な剣がセオの直上で浮かんでいる。

「いいかよく聞け! お前は絶対に俺にはかなわない。俺に力を与えてくれる友の力を持って、お前を打ち倒してやる。俺が選ばれた勇者なんだ。勇者が負けることは、絶対にあってはダメなんだ」

 頭上に浮かぶ六つの剣はセオのかかげた剣を含めて、七色の光を放ち始める。光は空を覆い影が消えていく。

「ほうほう。さすが白い女神の一端を与えられし転生者だ。戯言ざれごとのような力を持っておる。これでは女神の傀儡では耐えられまい。妾がお主を抱きかかえてやろう。こんなに幸福な男は他にはいまい。お主なら妾の接吻せっぷんをくれてやってもよいが・・・まだお主には刺激が強そうだ」

 ひきつる女神の笑い声が消えると共に頭上の剣が振り下ろされる。ゆっくりと質量を伴った聖剣は、地面に近付くにつれて振動を増した。

 木々は揺れ、砕け、地面からは大小の岩が持ち上がる。重力を持ってしまうほどの聖剣は、ひとつの星ほどの重さがあるのだろう。

 意思に反して僕の足は前へと進む。右手に持った剣を引きずり、振り下ろされる聖剣の中央で、光り輝く剣身を見上げた。僕の体は剣を抱き込みながら背を曲げる。足を踏み込め力任せに剣を振るう。

 影が端から聖剣を包み込み、包み込まれた聖剣は砕けて流星となる。空を流れて燃え尽きながら影へ飲まれていく。六つの剣を砕き終えるころには、セオの聖剣が光を失った。

 足元が振るえるのを止め、耳が痛いほどの静寂に包まれる。

「そんな。騎士長さまが・・・」

 誰もが呆気にとられて僕を見ていた。穏やかな風景を取り戻した周囲に反して、僕の右手は赤黒く脈動みゃくどうを続ける。

 筋が盛り上がり皮膚は裂けた。剣は脈動を止めることなく形状が、今にも形を失いそうなほどに揺らいでいた。もはや僕は何も考えられなくなっている。

 女神の傀儡となって、抱擁されたまま剣を振るおうとしていた。体を止められることもできず、細身の剣に呑み込んだ力を振るうと何が起こるか。無力に沈む才覚者の成れの果てばかりが楽しみだった。

 それが・・・怖かった。怖いはずなのに高揚こうようしている。

 返す刀で剣を横へと一文字に薙ぐ。剣を振り進めるうちに、表情を強張らせ恐怖にゆがむセオの顔が見えた。隣では両手で顔を覆っているロゼがいる。

 剣を振り終わっても静寂は続く。騎士団の表情は固まりさながら人形である。しかし僕はわかっている。

 重力を持つほどの質量を一気に取り込み振るわれた剣だ。剣だけが意思を持つかのように脈動を続ける。

 目の前で大気が切り裂かれた。見えるはずのない剣閃が留まり続け、幅を広げていく。高重量の物体が激しく移動した名残なごりが、空間を切り裂いていた。

 風が逆向きに流れている。黒く広がり続ける剣閃の先がどこにつながっているのか。おおよそ生物が生きていられない場所だろう。

 騎士団は地面を踏みしめ、互いに身を寄せ合って抵抗している。虚脱きょだつしたセオはヒルダに抱きかかえられており、金の細い髪は激しく揺れていた。

 視界の端で黒いローブの塊が剣閃に引き寄せられているのが見えた。リリィは帽子を押さえたまま固まり、抵抗する術を持たずに身を丸めている。

 嫌だと思った。今度は何もできないばかりでなく、自身の振るった力で、人を傷付けようとしている。一度ならず二度までも、救ってくれた魔女を! 失おうとしている。

 僕は左手で脈動し続ける剣を握る。手のひらから血がこぼれ落ちた。痛みはもうない。左手の皮膚がぜた。女神の傀儡であるならば、意思に反しても力はまだあるはずだ。強く握る剣が爆ぜ、砕かれた小片となったはがねが、僕を貫いた。冷たく鈍い感触が胸から広がる。

 同時に黒い剣閃は収束し消えた。リリィが地に落ち、痛みでうごめくのを見て僕は膝を付く。

「おやおや。なんともお優しい。いや・・・残酷ざんこくかな? 最後のお楽しみは狩猟祭にとっておくのかな? まぁよい。妾は十分に楽しんだ。それにしても取るに足らないひどい傷だ」

 背中を通して女神にくぐもった声が聞こえる。まるで本当に抱かれているかのように、悪寒が背中から指先へと伝わる。

「心配せずともお主は死なない。いや、死ねない。お主も妾に呪われているからな。恋より純粋で、愛よりも混濁こんだくとした深い呪い。黒の女神が語る呪詛じゅそは命を紡がせる。世界を黒く染めるまで、妾の力が失われるまで続く。たったふたりだけを呪う妾の、白の女神にはない力だ。とくと味わえ。お主の体は染められておる。妾になるまでお主は死ねない。もう死ねない」

 自分を呪え。言葉を最後に悪寒が消えて、魔女の声もまた消えた。あたりを見渡すと目を覆いたくなるほどの有様ありさまだった。木々は打ち倒されてリリィの小屋は形をなしてはいない。騎士たちはロゼと、セオを抱きかかえるヒルダを残して、腰を落として互いに身を寄せ合っている。

 腰を落としてセオはヒルダを見上げた。ヒルダは首を一度見ると分厚い本を開く。

「さぁ。今日はここまでね。セオさま。大丈夫。まだ強くなれる。強くなれる。なんてったって私たちの勇者さま。転生されし勇者は、苦難をかてにして成長を続けるの」

 ヒルダの言葉を残して風が舞い、落ち葉が騎士たちを包み消えた。

 僕の両手の皮膚が裂けている。胸元に突き刺さる小片の間から血が流れ落ちた。

 リリィをシュバルツが抱く。シュバルツの毛皮をリリィが握るのを見て、体の力が抜ける。シュバルツは僕を見ている。しかし固まっていた。

 それはそうだろう。僕がこの世界に来なければこんな有様にはならなかった。リリィの小屋で紅茶を飲んだ今朝のように、穏やかな日々を送れていたはずなのだ。

 僕は・・・何を望む? 望んでいた? たった一言認められたかった。

 生きていてもよいと。生きていてもよかったと思えるほど誰かに認めてほしかった。

 両親は今、何をしているのだろうか。僕を失い悲しんでいるのだろうか。僕らしく生きるよう望んだ父と母を裏切っている。また期待を裏切ったのだろう。

 ただ僕はたった一言だけでいい。生きた証を残したい。死ぬ間際だけは満足したい。

 もう疲れた。

 体が冷えていくのを感じる。悪寒が流れ出した血のせいなのか、それとも女神の傀儡になることを許してしまったからなのか。

 僕にはもうわからなかった。
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