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第三話 女神の傀儡
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「我が名によって命じる。天を包む稲妻よ。雷雲をその身に捧げ、悪を討ち滅ぼせ!」
スタンリーは声を張り上げ左手と共に空を見上げる。稲光が鳴り、分厚い雲によって空が包まれた。夜にも似た暗闇。暗いほど心地よい。
雷雲の表面を稲光が走り、地面を揺るがすほどの雄叫びが響く。雷雲が割れ、荒々しくとも力強い、黄色い眼光が雲の合間から見えた。硬い鼻先からは二本の太いひげが伸び、剥き出しの牙からは吐息がもれる。眉間は深く、雲が裂け明らかになる体。胴体からは鋭く空気すら切り裂く腕が雲を掴んでいる。
青色の鱗は透明で青空を写していた。絵画のような光景だ。まるで人に罰を与えるように現れた日本神話の龍である。
綺麗だった。龍は体を揺らしながら空を覆う。龍は首と体を曲げて一気に伸ばす。これがどれほどの時間なのだろうか。
一秒にも満たないだろう。刹那でも足りない。
ただ緩やかで遅い。雷雲と雨雲で作られた龍は脆く見える。身を屈めて空へと跳ねる。身を締め付けていた蔦はたやすくちぎれ地に落ちた。
眼前には龍がいる。恐ろしい。恐ろしくとも美しく。そして・・・儚い。
広げられた龍の口は視界を塞ぎ、牙は僕よりもずっと大きい。濡れた体が帯電している。ただ、それだけだ。
剣を振るうと牙に弾かれた。弾かれた勢いのまま回転し、返す刀で顎を裂く。
ふたつに割れた龍の顎から舌が落ちた。落ちゆく舌を蹴り、ぬるりとした感触を確かめながら駆け上がる。振り下ろされる鍵爪が頬を裂く。血が剣身を染めると影が伸びた。
影をまとった剣。振り下ろし剣閃が影をたどる。
伸ばされた影は龍の首を両断し、龍は断末魔のように稲光を撒き散らしながら消える。
「そんな。僕の雷龍が・・・」
遠目にスタンリーが絶句しており小気味よい。圧倒する力はこんなにも気持ちがよいだなんて。恍惚が体を満たし、指先が震える。
巨大な水滴になった龍と共に地へと降りる。視界を覆う巨大な水滴は地面にぶつかり、弾けて視界を覆った。
水壁の中央が弾け、迫る大剣を振り上げたセオがいる。剣を下げて口元が弛緩していた。僕は僕の体をどこか遠くで眺めている。でも感じている。
自分の体を動かしているのは僕の意思だ。しかし支配するのは僕じゃない。
落ちる水滴が僕の体を映す。白かったはずのシャツは血と土で汚れている。シュバルツに申しわけないな。しかしもうすぐに終わる。
「役に立たないヤツらが! 俺が・・・奪う」
水滴が落ちるよりも早く駆けるセオの動きは、変わらずにひどく緩やかである。上段から振り下ろされる大剣に、僕は無造作に垂らした剣先を合わせる。弾かれた大剣と共に反転したセオが、半身のままで剣を振り上げ股下から僕を裂こうとした。
「どうした。ゆっくりだな。勇者さまなのだろう?」
僕の言葉だろうか。こんな言葉を今まで吐いたことはない。心から滲み出ている。
半歩下がると大剣は空を斬る。空中で体を崩したセオに返す刀で斬りかかると、セオは大剣の柄で剣を受け、回転しながら僕の首へと向けて剣を薙ぐ。
逆手へ剣を持ち替え、セオの大剣を受け止めると火花が散った。セオは瞳を鋭くし睨み続けている。今、僕はどんな表情をしているのかはわからない。きっと惚けたような表情をしているのだろう。嘲るように。
セオは激昂し獣のように叫ぶ。
幾度も振り下ろされる剣を雑に払い、避け、呼吸の合間を縫ってセオの胴を蹴飛ばす。
地面を砕きつつ、もといた騎士たちの中央へ轍を作った。耳元に響くささやき声が、激しく動き燃える体の温度を冷やしていく。
「どうだ? 女神の傀儡となった気分は? 心地よいだろう? 労せず手に入れた才覚を存分に振るうのは甘美だろう? 心が甘露で満たされるだろう? 呪いを使えば使うほど力を増し、お主は妾の一部となる。快感を伴って。お主が嫌う才覚の持ち主になれたのだ。妾に感謝したらどうだ? 望んでいないと思いながら、心の奥底で望んでいた力の行使。才覚を振るわれる側だったお主が、振るう側になった気分はどうだ?」
聞き取れる程度の速度で黒の女神はまくし立てる。感覚が抜け落ちていた。
僕が失われていく。
僕の体を返せ。思い浮かべた言葉に絹を引き裂くような、黒の女神の笑い声が脳裏に響く。
「なるほど。お気には召さないか。いいのか? 魔女さまごと死ぬぞ? お主はまた無力に打ちひしがれる。仕方がなかった。僕はこんなにも頑張りました。なんて言葉で甘やかす。立ち上がり自身の無力さから目を背けるために無駄な努力を続け、自分を慰め続ける。かわいそうな自分。こんなに頑張っているのに。誰も認めてなんてくれない、でも大丈夫。僕はこんなにも頑張っているから。僕は立派なんだ・・・馬鹿馬鹿しい」
ほら見ろ。と言葉のままに騎士たちに目を向ける。セオは遠目にもわかるほど、怒りで体を震わせていた。地面に大剣を突き立て、握った右手を胸に当て目を伏せる。
「いけません。それでは! 兵が。私たちが!」
ロゼが声を張り上げて近寄り、跳ね飛ばされる。ヒルダは口元を引きつらせている。
「ロゼ。やめなさい。そのための騎士団ですよ。狩猟祭の前に、セオさまが負けては意味がない」
でも。と食い下がるロゼは剣を杖に立ち上がろうとしている。セオの足元から星屑にも似た光の筋が立ち昇り体を包んでいった。光の筋が増えるほどに騎士は端から倒れていく。まるでセオに体の力を抜かれているようだった。
目を見開いたセオが大剣を地面から引き抜くと、剣は輝きを増し続けている。物語で、悪を滅する聖剣さながらの刀身だった。
セオは聖剣となった大剣を頭上にかかげると、光を透過する同じ形の剣が浮かび上がる。大きさは比にはならない。都市を守る岩壁よりも巨大な、六つの巨大な剣がセオの直上で浮かんでいる。
「いいかよく聞け! お前は絶対に俺にはかなわない。俺に力を与えてくれる友の力を持って、お前を打ち倒してやる。俺が選ばれた勇者なんだ。勇者が負けることは、絶対にあってはダメなんだ」
頭上に浮かぶ六つの剣はセオのかかげた剣を含めて、七色の光を放ち始める。光は空を覆い影が消えていく。
「ほうほう。さすが白い女神の一端を与えられし転生者だ。戯言のような力を持っておる。これでは女神の傀儡では耐えられまい。妾がお主を抱きかかえてやろう。こんなに幸福な男は他にはいまい。お主なら妾の接吻をくれてやってもよいが・・・まだお主には刺激が強そうだ」
ひきつる女神の笑い声が消えると共に頭上の剣が振り下ろされる。ゆっくりと質量を伴った聖剣は、地面に近付くにつれて振動を増した。
木々は揺れ、砕け、地面からは大小の岩が持ち上がる。重力を持ってしまうほどの聖剣は、ひとつの星ほどの重さがあるのだろう。
意思に反して僕の足は前へと進む。右手に持った剣を引きずり、振り下ろされる聖剣の中央で、光り輝く剣身を見上げた。僕の体は剣を抱き込みながら背を曲げる。足を踏み込め力任せに剣を振るう。
影が端から聖剣を包み込み、包み込まれた聖剣は砕けて流星となる。空を流れて燃え尽きながら影へ飲まれていく。六つの剣を砕き終えるころには、セオの聖剣が光を失った。
足元が振るえるのを止め、耳が痛いほどの静寂に包まれる。
「そんな。騎士長さまが・・・」
誰もが呆気にとられて僕を見ていた。穏やかな風景を取り戻した周囲に反して、僕の右手は赤黒く脈動を続ける。
筋が盛り上がり皮膚は裂けた。剣は脈動を止めることなく形状が、今にも形を失いそうなほどに揺らいでいた。もはや僕は何も考えられなくなっている。
女神の傀儡となって、抱擁されたまま剣を振るおうとしていた。体を止められることもできず、細身の剣に呑み込んだ力を振るうと何が起こるか。無力に沈む才覚者の成れの果てばかりが楽しみだった。
それが・・・怖かった。怖いはずなのに高揚している。
返す刀で剣を横へと一文字に薙ぐ。剣を振り進めるうちに、表情を強張らせ恐怖にゆがむセオの顔が見えた。隣では両手で顔を覆っているロゼがいる。
剣を振り終わっても静寂は続く。騎士団の表情は固まりさながら人形である。しかし僕はわかっている。
重力を持つほどの質量を一気に取り込み振るわれた剣だ。剣だけが意思を持つかのように脈動を続ける。
目の前で大気が切り裂かれた。見えるはずのない剣閃が留まり続け、幅を広げていく。高重量の物体が激しく移動した名残が、空間を切り裂いていた。
風が逆向きに流れている。黒く広がり続ける剣閃の先がどこにつながっているのか。おおよそ生物が生きていられない場所だろう。
騎士団は地面を踏みしめ、互いに身を寄せ合って抵抗している。虚脱したセオはヒルダに抱きかかえられており、金の細い髪は激しく揺れていた。
視界の端で黒いローブの塊が剣閃に引き寄せられているのが見えた。リリィは帽子を押さえたまま固まり、抵抗する術を持たずに身を丸めている。
嫌だと思った。今度は何もできないばかりでなく、自身の振るった力で、人を傷付けようとしている。一度ならず二度までも、救ってくれた魔女を! 失おうとしている。
僕は左手で脈動し続ける剣を握る。手のひらから血がこぼれ落ちた。痛みはもうない。左手の皮膚が爆ぜた。女神の傀儡であるならば、意思に反しても力はまだあるはずだ。強く握る剣が爆ぜ、砕かれた小片となった鋼が、僕を貫いた。冷たく鈍い感触が胸から広がる。
同時に黒い剣閃は収束し消えた。リリィが地に落ち、痛みでうごめくのを見て僕は膝を付く。
「おやおや。なんともお優しい。いや・・・残酷かな? 最後のお楽しみは狩猟祭にとっておくのかな? まぁよい。妾は十分に楽しんだ。それにしても取るに足らないひどい傷だ」
背中を通して女神にくぐもった声が聞こえる。まるで本当に抱かれているかのように、悪寒が背中から指先へと伝わる。
「心配せずともお主は死なない。いや、死ねない。お主も妾に呪われているからな。恋より純粋で、愛よりも混濁とした深い呪い。黒の女神が語る呪詛は命を紡がせる。世界を黒く染めるまで、妾の力が失われるまで続く。たったふたりだけを呪う妾の、白の女神にはない力だ。とくと味わえ。お主の体は染められておる。妾になるまでお主は死ねない。もう死ねない」
自分を呪え。言葉を最後に悪寒が消えて、魔女の声もまた消えた。あたりを見渡すと目を覆いたくなるほどの有様だった。木々は打ち倒されてリリィの小屋は形をなしてはいない。騎士たちはロゼと、セオを抱きかかえるヒルダを残して、腰を落として互いに身を寄せ合っている。
腰を落としてセオはヒルダを見上げた。ヒルダは首を一度見ると分厚い本を開く。
「さぁ。今日はここまでね。セオさま。大丈夫。まだ強くなれる。強くなれる。なんてったって私たちの勇者さま。転生されし勇者は、苦難を糧にして成長を続けるの」
ヒルダの言葉を残して風が舞い、落ち葉が騎士たちを包み消えた。
僕の両手の皮膚が裂けている。胸元に突き刺さる小片の間から血が流れ落ちた。
リリィをシュバルツが抱く。シュバルツの毛皮をリリィが握るのを見て、体の力が抜ける。シュバルツは僕を見ている。しかし固まっていた。
それはそうだろう。僕がこの世界に来なければこんな有様にはならなかった。リリィの小屋で紅茶を飲んだ今朝のように、穏やかな日々を送れていたはずなのだ。
僕は・・・何を望む? 望んでいた? たった一言認められたかった。
生きていてもよいと。生きていてもよかったと思えるほど誰かに認めてほしかった。
両親は今、何をしているのだろうか。僕を失い悲しんでいるのだろうか。僕らしく生きるよう望んだ父と母を裏切っている。また期待を裏切ったのだろう。
ただ僕はたった一言だけでいい。生きた証を残したい。死ぬ間際だけは満足したい。
もう疲れた。
体が冷えていくのを感じる。悪寒が流れ出した血のせいなのか、それとも女神の傀儡になることを許してしまったからなのか。
僕にはもうわからなかった。
「我が名によって命じる。天を包む稲妻よ。雷雲をその身に捧げ、悪を討ち滅ぼせ!」
スタンリーは声を張り上げ左手と共に空を見上げる。稲光が鳴り、分厚い雲によって空が包まれた。夜にも似た暗闇。暗いほど心地よい。
雷雲の表面を稲光が走り、地面を揺るがすほどの雄叫びが響く。雷雲が割れ、荒々しくとも力強い、黄色い眼光が雲の合間から見えた。硬い鼻先からは二本の太いひげが伸び、剥き出しの牙からは吐息がもれる。眉間は深く、雲が裂け明らかになる体。胴体からは鋭く空気すら切り裂く腕が雲を掴んでいる。
青色の鱗は透明で青空を写していた。絵画のような光景だ。まるで人に罰を与えるように現れた日本神話の龍である。
綺麗だった。龍は体を揺らしながら空を覆う。龍は首と体を曲げて一気に伸ばす。これがどれほどの時間なのだろうか。
一秒にも満たないだろう。刹那でも足りない。
ただ緩やかで遅い。雷雲と雨雲で作られた龍は脆く見える。身を屈めて空へと跳ねる。身を締め付けていた蔦はたやすくちぎれ地に落ちた。
眼前には龍がいる。恐ろしい。恐ろしくとも美しく。そして・・・儚い。
広げられた龍の口は視界を塞ぎ、牙は僕よりもずっと大きい。濡れた体が帯電している。ただ、それだけだ。
剣を振るうと牙に弾かれた。弾かれた勢いのまま回転し、返す刀で顎を裂く。
ふたつに割れた龍の顎から舌が落ちた。落ちゆく舌を蹴り、ぬるりとした感触を確かめながら駆け上がる。振り下ろされる鍵爪が頬を裂く。血が剣身を染めると影が伸びた。
影をまとった剣。振り下ろし剣閃が影をたどる。
伸ばされた影は龍の首を両断し、龍は断末魔のように稲光を撒き散らしながら消える。
「そんな。僕の雷龍が・・・」
遠目にスタンリーが絶句しており小気味よい。圧倒する力はこんなにも気持ちがよいだなんて。恍惚が体を満たし、指先が震える。
巨大な水滴になった龍と共に地へと降りる。視界を覆う巨大な水滴は地面にぶつかり、弾けて視界を覆った。
水壁の中央が弾け、迫る大剣を振り上げたセオがいる。剣を下げて口元が弛緩していた。僕は僕の体をどこか遠くで眺めている。でも感じている。
自分の体を動かしているのは僕の意思だ。しかし支配するのは僕じゃない。
落ちる水滴が僕の体を映す。白かったはずのシャツは血と土で汚れている。シュバルツに申しわけないな。しかしもうすぐに終わる。
「役に立たないヤツらが! 俺が・・・奪う」
水滴が落ちるよりも早く駆けるセオの動きは、変わらずにひどく緩やかである。上段から振り下ろされる大剣に、僕は無造作に垂らした剣先を合わせる。弾かれた大剣と共に反転したセオが、半身のままで剣を振り上げ股下から僕を裂こうとした。
「どうした。ゆっくりだな。勇者さまなのだろう?」
僕の言葉だろうか。こんな言葉を今まで吐いたことはない。心から滲み出ている。
半歩下がると大剣は空を斬る。空中で体を崩したセオに返す刀で斬りかかると、セオは大剣の柄で剣を受け、回転しながら僕の首へと向けて剣を薙ぐ。
逆手へ剣を持ち替え、セオの大剣を受け止めると火花が散った。セオは瞳を鋭くし睨み続けている。今、僕はどんな表情をしているのかはわからない。きっと惚けたような表情をしているのだろう。嘲るように。
セオは激昂し獣のように叫ぶ。
幾度も振り下ろされる剣を雑に払い、避け、呼吸の合間を縫ってセオの胴を蹴飛ばす。
地面を砕きつつ、もといた騎士たちの中央へ轍を作った。耳元に響くささやき声が、激しく動き燃える体の温度を冷やしていく。
「どうだ? 女神の傀儡となった気分は? 心地よいだろう? 労せず手に入れた才覚を存分に振るうのは甘美だろう? 心が甘露で満たされるだろう? 呪いを使えば使うほど力を増し、お主は妾の一部となる。快感を伴って。お主が嫌う才覚の持ち主になれたのだ。妾に感謝したらどうだ? 望んでいないと思いながら、心の奥底で望んでいた力の行使。才覚を振るわれる側だったお主が、振るう側になった気分はどうだ?」
聞き取れる程度の速度で黒の女神はまくし立てる。感覚が抜け落ちていた。
僕が失われていく。
僕の体を返せ。思い浮かべた言葉に絹を引き裂くような、黒の女神の笑い声が脳裏に響く。
「なるほど。お気には召さないか。いいのか? 魔女さまごと死ぬぞ? お主はまた無力に打ちひしがれる。仕方がなかった。僕はこんなにも頑張りました。なんて言葉で甘やかす。立ち上がり自身の無力さから目を背けるために無駄な努力を続け、自分を慰め続ける。かわいそうな自分。こんなに頑張っているのに。誰も認めてなんてくれない、でも大丈夫。僕はこんなにも頑張っているから。僕は立派なんだ・・・馬鹿馬鹿しい」
ほら見ろ。と言葉のままに騎士たちに目を向ける。セオは遠目にもわかるほど、怒りで体を震わせていた。地面に大剣を突き立て、握った右手を胸に当て目を伏せる。
「いけません。それでは! 兵が。私たちが!」
ロゼが声を張り上げて近寄り、跳ね飛ばされる。ヒルダは口元を引きつらせている。
「ロゼ。やめなさい。そのための騎士団ですよ。狩猟祭の前に、セオさまが負けては意味がない」
でも。と食い下がるロゼは剣を杖に立ち上がろうとしている。セオの足元から星屑にも似た光の筋が立ち昇り体を包んでいった。光の筋が増えるほどに騎士は端から倒れていく。まるでセオに体の力を抜かれているようだった。
目を見開いたセオが大剣を地面から引き抜くと、剣は輝きを増し続けている。物語で、悪を滅する聖剣さながらの刀身だった。
セオは聖剣となった大剣を頭上にかかげると、光を透過する同じ形の剣が浮かび上がる。大きさは比にはならない。都市を守る岩壁よりも巨大な、六つの巨大な剣がセオの直上で浮かんでいる。
「いいかよく聞け! お前は絶対に俺にはかなわない。俺に力を与えてくれる友の力を持って、お前を打ち倒してやる。俺が選ばれた勇者なんだ。勇者が負けることは、絶対にあってはダメなんだ」
頭上に浮かぶ六つの剣はセオのかかげた剣を含めて、七色の光を放ち始める。光は空を覆い影が消えていく。
「ほうほう。さすが白い女神の一端を与えられし転生者だ。戯言のような力を持っておる。これでは女神の傀儡では耐えられまい。妾がお主を抱きかかえてやろう。こんなに幸福な男は他にはいまい。お主なら妾の接吻をくれてやってもよいが・・・まだお主には刺激が強そうだ」
ひきつる女神の笑い声が消えると共に頭上の剣が振り下ろされる。ゆっくりと質量を伴った聖剣は、地面に近付くにつれて振動を増した。
木々は揺れ、砕け、地面からは大小の岩が持ち上がる。重力を持ってしまうほどの聖剣は、ひとつの星ほどの重さがあるのだろう。
意思に反して僕の足は前へと進む。右手に持った剣を引きずり、振り下ろされる聖剣の中央で、光り輝く剣身を見上げた。僕の体は剣を抱き込みながら背を曲げる。足を踏み込め力任せに剣を振るう。
影が端から聖剣を包み込み、包み込まれた聖剣は砕けて流星となる。空を流れて燃え尽きながら影へ飲まれていく。六つの剣を砕き終えるころには、セオの聖剣が光を失った。
足元が振るえるのを止め、耳が痛いほどの静寂に包まれる。
「そんな。騎士長さまが・・・」
誰もが呆気にとられて僕を見ていた。穏やかな風景を取り戻した周囲に反して、僕の右手は赤黒く脈動を続ける。
筋が盛り上がり皮膚は裂けた。剣は脈動を止めることなく形状が、今にも形を失いそうなほどに揺らいでいた。もはや僕は何も考えられなくなっている。
女神の傀儡となって、抱擁されたまま剣を振るおうとしていた。体を止められることもできず、細身の剣に呑み込んだ力を振るうと何が起こるか。無力に沈む才覚者の成れの果てばかりが楽しみだった。
それが・・・怖かった。怖いはずなのに高揚している。
返す刀で剣を横へと一文字に薙ぐ。剣を振り進めるうちに、表情を強張らせ恐怖にゆがむセオの顔が見えた。隣では両手で顔を覆っているロゼがいる。
剣を振り終わっても静寂は続く。騎士団の表情は固まりさながら人形である。しかし僕はわかっている。
重力を持つほどの質量を一気に取り込み振るわれた剣だ。剣だけが意思を持つかのように脈動を続ける。
目の前で大気が切り裂かれた。見えるはずのない剣閃が留まり続け、幅を広げていく。高重量の物体が激しく移動した名残が、空間を切り裂いていた。
風が逆向きに流れている。黒く広がり続ける剣閃の先がどこにつながっているのか。おおよそ生物が生きていられない場所だろう。
騎士団は地面を踏みしめ、互いに身を寄せ合って抵抗している。虚脱したセオはヒルダに抱きかかえられており、金の細い髪は激しく揺れていた。
視界の端で黒いローブの塊が剣閃に引き寄せられているのが見えた。リリィは帽子を押さえたまま固まり、抵抗する術を持たずに身を丸めている。
嫌だと思った。今度は何もできないばかりでなく、自身の振るった力で、人を傷付けようとしている。一度ならず二度までも、救ってくれた魔女を! 失おうとしている。
僕は左手で脈動し続ける剣を握る。手のひらから血がこぼれ落ちた。痛みはもうない。左手の皮膚が爆ぜた。女神の傀儡であるならば、意思に反しても力はまだあるはずだ。強く握る剣が爆ぜ、砕かれた小片となった鋼が、僕を貫いた。冷たく鈍い感触が胸から広がる。
同時に黒い剣閃は収束し消えた。リリィが地に落ち、痛みでうごめくのを見て僕は膝を付く。
「おやおや。なんともお優しい。いや・・・残酷かな? 最後のお楽しみは狩猟祭にとっておくのかな? まぁよい。妾は十分に楽しんだ。それにしても取るに足らないひどい傷だ」
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自分を呪え。言葉を最後に悪寒が消えて、魔女の声もまた消えた。あたりを見渡すと目を覆いたくなるほどの有様だった。木々は打ち倒されてリリィの小屋は形をなしてはいない。騎士たちはロゼと、セオを抱きかかえるヒルダを残して、腰を落として互いに身を寄せ合っている。
腰を落としてセオはヒルダを見上げた。ヒルダは首を一度見ると分厚い本を開く。
「さぁ。今日はここまでね。セオさま。大丈夫。まだ強くなれる。強くなれる。なんてったって私たちの勇者さま。転生されし勇者は、苦難を糧にして成長を続けるの」
ヒルダの言葉を残して風が舞い、落ち葉が騎士たちを包み消えた。
僕の両手の皮膚が裂けている。胸元に突き刺さる小片の間から血が流れ落ちた。
リリィをシュバルツが抱く。シュバルツの毛皮をリリィが握るのを見て、体の力が抜ける。シュバルツは僕を見ている。しかし固まっていた。
それはそうだろう。僕がこの世界に来なければこんな有様にはならなかった。リリィの小屋で紅茶を飲んだ今朝のように、穏やかな日々を送れていたはずなのだ。
僕は・・・何を望む? 望んでいた? たった一言認められたかった。
生きていてもよいと。生きていてもよかったと思えるほど誰かに認めてほしかった。
両親は今、何をしているのだろうか。僕を失い悲しんでいるのだろうか。僕らしく生きるよう望んだ父と母を裏切っている。また期待を裏切ったのだろう。
ただ僕はたった一言だけでいい。生きた証を残したい。死ぬ間際だけは満足したい。
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僕にはもうわからなかった。
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
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旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
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異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
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悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
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