黒魔女リリィは世界を壊したい!!〜転生者たちの治める国で呪われた魔女と騎士〜

tanakan

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第八話 祈りと子守唄

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 満月の夜が近付いていた。月は円形へと近付き、夜空をだんだんと染めていく。準備はしても足りない。町では人虎の長であるフェルトが指導し、大人の人虎たちや人馬、異形と呼ばれる者たちが戦いの準備に明け暮れている。

 作戦を何度も確認し、演習を行う。いつ寝たのかはもう覚えていない。仮眠を繰り返しながら一日の感覚は薄れていった。

 今夜は満月だ。明日には狩猟祭が始まる。沈みゆく太陽がオレンジ色で集落を染めていった。切り立った崖から見つめる白い都市は、不気味なほどに静まり返っていた。

 どこからか子供の声がして、西日と混ざりどこか旅愁りょしゅうを感じる。これから失ってしまう事柄のことを考えると、胸が締め付けれらた。白い都市から視線を外し振り返る。離れた場所で駆け回る小さな人虎と人馬たち、そして中央に黒い人影が見えた。

 リリィは子供たちの中央で杖を振り上げる。

「いい? みんな! この縄張りからは絶対に出たらダメよ? 出たら一回休み! ほら誰か取れるかな?」

 見ると地面に広い円が描かれている。円の中央にリリィは立っており、高々と小石を放り投げた。子供たちは歓声を上げながら頭上を見上げて走り回り、小石を掴み取った人虎に歓声が上がる。呑気だなぁと強張っていた緊張が解けた。

 思えばリリィが望まなければ、僕はこの世界に来ていない。現世で自分の才能の無さに悩み、嫉妬を隠したまま生きていただろう。この世界に来て心底救われた。たとえ現世での命が失われていたとしても。救われた。

 両親はきっと悲しんでいるのだろう。会えないとしてもきっと僕は、自分らしく生きるという願いを叶えようと思う。

 リリィが両手を広げて子供たちを集めると、なにやらこそこそと話している。そして仁王立ちとなり杖先を僕へ向けた。

「さぁ。あんなに暗い顔のタカハシを、あなたたちも許しておけないわね!? みんなで突撃! くすぐりの刑にしょしてやりなさい」

 わぁ! と子供たちがいっせいに駆け出す。僕があっけに取られる間もなく、毛並みの豊かな子供たちに取り囲まれた。さすがに人獣たちだ。大人の足でも敵いはしない。肩から力が抜けるのを感じた。決戦前夜というのに、心から緊張感が抜け落ちる。

 恐る恐る手を伸ばそうとする子供たちに、僕も立ち上がり仁王立におうだちとなる。

 僕の腰くらいの背丈をした人獣たちは、いつかは大人になるのだ。その時はもっと世界が豊かであってほしい。

「どうした。子供たちよ! いや・・・我を倒し、世界の安寧あんねいを望む勇者たちよ! ここまで追い詰められてしまったが我は負けぬ。くすぐりの刑など取るに足らない」

 ぬはは。とわざとらしく笑って見て、子供たちは互いに顔を合わせる。そして足に力を溜めて、笑顔のまま僕に飛びかかった。現世だったらおそろしい光景だな。と勢いのままに押し倒された僕になすすべはなく、脇や腹をくすぐられて耐えきれず吹き出した。近くで足音と砂利のこすれる音がする。

「よくやったね。偉大な子供たちよ。金鵄勲章きんしくんしょうを与えよう。名誉であるぞ」

 腕を組んで立つリリィの声に獣の子供たちは立ち上がり、リリィに集まる。いつの間にか統制がとれている。僕は耐えきれず上体を起こす。高らかに笑うリリィの前で、ひとりの人虎が振り返った。目元は丸く子猫のように瞳はタンポポ色をしている。鼻先を揺らして、トコトコと僕に近付き膝をつく。

「ごめんね。おじちゃん。大丈夫?」

「大丈夫。だけどおじちゃんと呼ばれるのは耐えられない」

「そうなの? なら仕方がないけど、お兄ちゃんと呼ぶね」

 そりゃどうも。と眼を細めると人虎の子供は、私はレミーと名乗る。

「ありがとうね。おじ・・・お兄ちゃんがお人形さんを届けてくれたんだよね。覚えている? 金髪の綺麗な白騎士さんと、村に届けてくれたよね? 窓から見ていたの。あの人はお兄さんの彼女?」

「いいえ。けど、大切な友達だよ」

「なーんだ。つまんない。私ね。嬉しかったんだ。体が弱くて昔から病気ばかりしてたた。黒魔女さんのお薬で良くなったけどまだけっこは全然だめ。でも空を見たかったから、お外に出て倒れちゃった。そうしたらさ。人の親子が助けてくれた。お礼がしたかったんだ」

 レミーの話を聞いて、僕は人虎の娘はシュバルツの娘だと気が付いた。よく見ると目元が似ている。きっと僕たちが見ている世界はただの一端でしかない。種族が固まると恐ろしく見えるけど、すべての種族が同じではない。

 社会の端々はしばしでは理解と優しさが混在している。ただ多くの思いに塗りつぶされるだけで、人虎の娘もきっとそうだ。人の子供たちだってきっと同じだ。

 現世ではなくフィドヘルで生まれた命はもう、新しい世界の始まりであるはずだ。

「でもウチのバカな大人と、お父さんがひどいことをしちゃった。ずっと謝りたかったの。白騎士のお姉ちゃんにも謝りたかった。大丈夫。お父さんもわかってくれた。ちょっと手荒くなっちゃったけど」

 僕はシュバルツの目元が腫れていたのを思い出す。なるほど元気になったようだ。そして人虎の子供もまた末恐ろしい。

「ありがとう。とても嬉しいよ」

 僕が返すとレミーは笑みを浮かべてうなずいた。リリィのもとから駆け出した子供たちに続く。こうも世界の一端は平和なのだ。広く見渡したら醜くとも、世界の端ほど美しい。

「どう? ちょっとは元気になった?」

 リリィが歩み寄り僕の隣へ腰を下ろす。元気になったよ。と僕が言うと、良かったとリリィは頬を緩めた。

「最近はこう・・・厳しい顔ばかりしてたからね。大丈夫だよ」

「大丈夫なのかな。今ではみんな僕の話に乗ってきてくれている。期待もしてくれている。なぜかわからないけど、それが不安なんだ」

 あんたねぇ。とリリィは目を細める。説教されるなとリリィの言葉を望んだ。

「あんたは頑張ってくれたじゃない。考えもしなかった提案をしてくれた。何よりも私たちと一緒に戦ってくれる。それだけでいいの。信頼するなんて。寝る間も惜しんで、いろんな人じゃない存在に語りかける。みんな不思議がってたけど、話して意見を交わしている内に、みんなタカハシを信用してるの。わかる?」

「わかったけど、実感がかない。僕のせいで失敗したらどうつぐなえばいいかがわからない」

 弱いなと呆れる。呆れながらも本心を話せている安堵感に身を任せた。リリィの次の言葉を望んでいる。僕を救い続けているリリィの魔法にも似た言葉だ。

「バカだなぁ。とてもこじらせているし、面倒くさい。誰も後悔するわけないじゃない。タカハシがひとりで命令したわけじゃない。みんなの意見に沿わせて、提案して話し合って・・・もうあなたひとりじゃないの。みんなで明日は戦うの。これだから現代っ子は考えすぎなのよ」

 体の力が抜けるのを感じた。あたりを見渡すとみんな笑い合っている。飯場は豊かで酒盛りに興じる獣と、ゴブリンやエルフ、ドワーフがいる。

「私も反省した。自分ひとりが犠牲になれば、次の狩猟祭まではみんなで生きられると思っていたの。私は殺されても死なないから。でも違ったんだね。ずっとみんなも我慢していた。私が犠牲になることで傷付いていた。それに気が付かなかったの。みんなのために死ぬ方がいいと思っていた。怖いのに。原初の転生者たち、もう名前は思い出せないけど、彼女や彼らも傷つけた。命を失うくらいに」

「救われていたはずだよ。結果はどうあれ。それに僕も女神に呪われている間は死ねない。でも死ぬのは怖い。リリィと一緒だ」

 でしょ? とリリィは笑顔のまま言った。西日の影が顎先から首元へ伸び、黒髪が揺れる。綺麗だなと思った。少女の面影に大人の影が差し色となって、世界と同じくらいに綺麗だった。

「しかしリリィが子供に人気だとは思わなかったよ。まるで先生みたいだった」

「あのね? 私は小さな頃から子守唄小町こもりうたこまちとして村では有名だったんだよ? 子守り上手だし、私の子守唄で眠りへ就かない子供はいないの」

 リリィは僕の頭をつかむと自分の膝へと導く。なす術もなく僕は、リリィの太ももへと頭を乗せる。絹で編まれた黒いローブの感触が、優しく頬を撫でる。

「やはり長く生きるべきだ。歳を取るほど人は豊かになる。確固たる自分があればあるほど。安心した。助かったよ」

 うるさい。とリリィは僕の頭を叩く。冗談だよと言うと、知っているとリリィは笑みを含む。リリィは目を閉じ唄い始める。小さい頃にどこかで聞いたことのある子守唄だった。

 僕の両親は元気にしているだろうか。会社の同僚は、共に過ごした人は元気だろか。もう二度と会えない人たちを思うと、自然に涙があふれた。リリィは気が付かないそぶりで唄い続ける。いつしか僕のまぶたは落ちた。

 深い眠りだった。夢さえ見ないほどに。黒い黒いまぶたの裏でリリィの歌声だけが響いていた。
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