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第九話 狩猟祭
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砕かれた階段には土煙が舞い、ふたりの人影が見えた。リリィが息を呑み、シュバルツは固まっている。ロゼがドレークに向けて伸ばした右手が行き先を失っていた。
「なんだぁ。ロゼじゃねぇか? なんで魔物と一緒にいやがるんだぁ?」
土煙が払われて細身の騎士が姿を現した。白騎士の甲冑に身を包み、紫色の長髪が片目を隠している。肩に掲げる半月刀は黒く、所々が無造作に伸びて、切っ先は鈍色に光っている。
「ふん。まぁ彼女はまだこの世界に来て間もない。大方、隣の男と魔女にそそのかされたのであろう。騎士長が言っていただろう? 魔物と同義の転生者だと」
ガシャリ。と重たい鉄の塊が地面を砕く。右手に金で縁取りされた巨大な盾を持ち、シュバルツと見紛うほどの背丈をした女性が立っていた。ロゼより鈍い色の髪をたなびかせ、鍛え上げられた肉体と青い瞳をしている。
ロゼの話していた門番のふたり、魔剣と剣闘士が消えて無くなった土煙から現れた。通りの奥から主人を失ったゴブリンたちが、青緑色の津波となってふたりへと遅いかかる。
「ほうほう。今回は損な役回りだと思っていたが違うらしいねぇ。そんじゃ行きますか」
魔剣は襲い掛かるゴブリンたちを振り向くことなく言って、足を踏み込み空へ跳ねる。そして反転しながら半月刀を振るった。先端を鞭のように増す剣尖がゴブリンたちを縦に割り、血しぶきが舞う。
瓦解し左右に割れるゴブリンたちを剣闘士は振り向き盾を掲げ、左手に持つ柄を持つ小刀で盾を叩く。
盾が響かせる振動に地面が揺れ、振動は大気中を波のように伝わった。眼前のゴブリンたちがチリとなって消える。バラバラと落ちる肉片と、青緑の血を背にふたりは再び向き直る。
「お前らぁぁ!」
悲鳴にも似たロゼの声が響き、いつの間にか彼女は腰から剣を引き抜いている。引き抜き、腰をかがめて構えると剣先をふたりへと向けた。
「攻剣・・・スカーレット・ザック!」
ロゼの剣は炎に包まれる。突き出した剣先からは炎が渦を巻き、前に見た火柱よりも太さを増して回転しながらふたりを包む。視界を埋め尽くす炎の竜巻。
しかし赤色の竜巻は左右に割れ、先には魔剣が剣を頭上に掲げていた。振り上げた半月刀に炎は両断されている。
魔剣は跳んだ。空中で縦に回転しながら半月刀をロゼへと振り下ろす。シュバルツはリリィを背中から乱暴に下ろした。地を駆け魔剣とロゼの間に立ちふさがり、剣を受け、軌道をそらす。地面は溶けるように切り裂かれ、岩盤が舞った。
「おいおい。魔物に守られるなんて情けねぇな。騎士の風上にもおけねぇ。次はどうだ? 守れるのかよ?」
返す刀で魔剣は剣を横に薙ぐ。シュバルツがロゼに覆いかぶさり背中の鎧が裂けた。剣尖は伸び僕とリリィを切り裂こうとする。僕の背中から悪寒が広がり体を満たす。少しずつでいい。そう願うと悪寒は止まる。
僕は女神の傀儡となった。
伸びる魔剣を振り上げた剣で受け止め、跳ね上げる。左の小指から溢れ出した影が、左手を包んでいた。鈍く鉛のような質量を持った影は伸び、剣を柄から剣先へと包む。
「なんだよそりゃ。話が違うじゃねぇか。俺の魔剣に切れる物はこの世にないんじゃ・・・」
「影は切れない。そしてこの世の力でもない」
剣を振り抜いたまま、魔剣は口を開いていた。魔剣の油断を見計らい、ロゼは炎の剣を振り上げる。
竜の咆哮にも見える爆煙が魔剣を包み、空は赤く染まった。魔剣は再び空を跳ね、剣闘士の隣に並ぶ。剣闘士は呆れたようすで首を振ると盾を構えた。シュバルツはうずくまり、ロゼは人虎の体を抱いている。リリィは腰を下ろして杖を握っていた。
帽子で顔は隠されているが、強く握られた杖は震えてる。彼女は怒っている。
「コーレス。魔剣ばかりを頼り、相手を侮るな」
「ウルセエェなフレイヤ! 仕方がねぇから、ちょっとだけ本気になってやる」
魔剣を両手で握るコーレスが魔剣へ息を吹きかけると、意志を持ち、魔剣が拍動し形を歪ませる。隣で巨大な盾を持ち、腰を落として身構えるフレイヤへ、コーレスは魔剣を振るった。
「俺の魔剣はすべてを切り裂く。魔剣の転生者だ! 騎士の息吹で命を与えられ意志と、使命のもとに悪鬼を討ち滅ぼす!」
コーレスの振る魔剣を受け止め、フレイヤは高らかに左手に持つ小刀を掲げた。力が満ちていく。転がる岩が浮かび上がり、端から崩れていった。
「我が名はフレイヤ。戦の乙女の名を冠する戦士。剣闘士の転生者。我が持つ盾はすべてを受け止める。受け止め放つ。哀れな民を救う慈悲の心で!」
魔剣の衝撃は盾へと伝わり振動を高め続ける。足元が震え、小さな岩が重力を失ったかのように浮かび上がり、砕け散った。身構え呪う。力が足りない。
「さぁさぁ。矛盾の力でお前らが耐えられるかどうか。拝見させてもらおうかねぇ」
魔剣は振動を続ける盾の隣で魔剣を構える。振動で空間すら歪み輪郭が朧げであった。転生者の力は強大だ。いくらエルフの祈りを受けても、シュバルツたちは耐えられないだろう。リリィも同様に、ギフトは僕たちの想像を超えている。
無力が望む。もっと力を・・・と望み、悪寒が四肢を包む。
「これが我らの奥義。矛盾の剣! その身で受けてみよ!」
フレイヤが盾を押し、反動で後ろへ飛ぶ。放たれた振動は空間を裂き、振動によって浮かび上がった瓦礫を切り裂いていく。
視界が速度を落とし続けている。セオの剣に比べればひどく穏やかに見えた。黒の女神の傀儡となった経験は、呪いと共に体へ蓄積されるのだろう。まるで闇夜のように、景色を飲み込んで、経験を得て力を増す。嫌な力だ。
体を包む衣服が剣を握る指先から黒へと染まり、袖がはためいた後で、ぬるりとした質量を持つ。
僕は影に包まれた剣先で階段を撫でる。影は表面を流れていき、剣を振り上げると影の中からイバラが立ち昇った。立ち昇る影のイバラは左右に広がりながら、コーレスとフレイヤから放たれた矛盾の剣を受け止めた。すべての物を切り裂ける魔剣も、魔剣を受け止めることができる盾も、黒色で呑み込む夜には敵わない。
イバラに包まれ矛盾の剣は消える。影をただ流して飲み込むよりも、形をなす方が効率はよい。範囲を犠牲に硬さと力が増す。
切り裂かれた空間は目の前から消えていた。何事もなかったような蒼天が広がっている。嘘だろ。とコーレスが魔剣の剣先を下げる。四肢の虚脱する動きすら緩慢だ。
影を落としつつ僕は魔剣の眼前へと跳び、影をまとった剣で魔剣を持ったコーレスごと、切り上げる。魔剣が砕けることはない。だけども人は法則の中でしか生きることができない。
コーレスの足が浮き、後方へ吹き飛んだ。勢いを殺すことができずに立ち並ぶ家を壊しながら消える。コーレス! フレイヤは叫び、怒りに満ちて細まる瞳を僕へと向けた。
返す刀をフレイヤに向けるも、フレイヤの掲げる盾が振動を大気へ流す。そして僕もまた人だ。法則の中でしか生きられない。事象という理の中で生きている。リリィを除いては。あっけなく僕は弾き飛ばされる。
「あぁ。もう好き勝手やってくれちゃって! 許さないんだから」
階段状へ飛ばされながらも、立ち上がるリリィの姿が見えた。杖を持ち震えている。体は薄い皮膜に包まれていた。そしてリリィは残像も残さないほどの速さで跳ぶ。フレイヤに杖の先端を向けてフレイヤの盾を突き、フレイヤが跳ね飛ばされた。家々を砕きながら土煙の轍を作りつつ、フレイヤも並ぶ形ではるか遠くへ消えた。
自分の体を皮膜で包み、その間リリィは事象を改変する。世界で生きている限り体を縛りつつける法則を変えてしまうから、目にも止まらぬ速度で動き、蓄積された運動量を反作用の力を受けることなく一方的に放てる。でたらめな力だと思った。たとえどんなに見た目が地味だとしても。
僕は強かに階段へ打ち付けられた。立ち上がりリリィのもとへ駆けつけると、肩で息をしているリリィが、腰に手を当て僕を見上げる。
「どう? すごいでしょ? 子守唄小町は、幼子は唄で眠らせるけど、いたずら小僧は物理でしばらく眠らせるの」
「そんな物騒ないわれがあったなんて知らなかったよ。でも・・・頑張ったな」
「うん。もう怖いなんて言ってられないから。みんな怖いと知っているから、私はもう負けないの」
だな。と答えるとリリィは再び笑った。そしてシュバルツとリリィもまた歩み寄る。さすがに鎧の端々は切られていたが、無事なようだ。肩は露わになって血が少し流れている程度なのだからやはり人虎は侮れない。
ふたりは歩み寄り、僕たちに並ぶ。リリィは手を後ろに組んで体を揺らした。
「でも魔法にしては物騒すぎないかな? それに地味だ。ロゼみたいに格好よく力を使いたかった」
リリィに見上げられたロゼは、顎先に右手を当てて腕を組む。街を見渡し、ため息を吐く。すごいね。と肩の力を抜いた。僕もまた砕かれた街並みにあらためて唖然とする。
黒の女神の力は、リリィにも注がれ続けている。怒りを自分へ、そして他人に向けるたびに。どうしても時間はない。盤面の終焉が迫っている。ロゼが階段上へと向き直り息を吐く。
「でも・・・力を蓄え物理で勝つ。一理あるわ」
「一理もあるの?」
うん。と満面の笑みでうなずくロゼに、リリィが目を丸めて答える。
「旦那たちが無事で何よりだ。でも・・・ドレークさんが」
シュバルツは肩を丸めて、左右に分かれたドレークを見る。彼がいなくては僕たちだけで、街の外に人を逃がすことができなかった。砕かれた家々と共に誰かを傷付けてしまっていた。みんなが目を伏せる中、リリィだけが身をそらせる。
「大丈夫。言ってたでしょ? 小鬼・・・ゴブリンさんの生命力はすごいんだから」
「でも半分に・・・」
僕が言いかけた時、左右に分かれたドレークの断面がうごめき、ぞわぞわと肉がせり上がる。
ヒッ。とロゼが口に手を当てた。シュバルツは肩を落として表情を弛緩させている。せり上がる肉は形となり、半分に分かれた甲冑のままドレークはふたりに分かれた。ふたりのドレークは互いに目を合わせて手を合わせる。
「おはよう! 俺さま! 相変わらずいい面してやがんな」
「こんにちはご機嫌麗しゅう。俺さま! しかし見惚れるくらいの素敵ボディだ。でもいい加減貧血だな。一歩も動けねぇ」
へっへ。と歪に笑いあうふたりを見て、ゴブリンになるのもいいか・・・ロゼが言い、止めておいた方がよいと僕は目を細める。
残念そうにしているロゼに眉をひそめて、リリィは階段を見上げた。その先にはもう白銀城が目の前にあった。
砕かれた階段には土煙が舞い、ふたりの人影が見えた。リリィが息を呑み、シュバルツは固まっている。ロゼがドレークに向けて伸ばした右手が行き先を失っていた。
「なんだぁ。ロゼじゃねぇか? なんで魔物と一緒にいやがるんだぁ?」
土煙が払われて細身の騎士が姿を現した。白騎士の甲冑に身を包み、紫色の長髪が片目を隠している。肩に掲げる半月刀は黒く、所々が無造作に伸びて、切っ先は鈍色に光っている。
「ふん。まぁ彼女はまだこの世界に来て間もない。大方、隣の男と魔女にそそのかされたのであろう。騎士長が言っていただろう? 魔物と同義の転生者だと」
ガシャリ。と重たい鉄の塊が地面を砕く。右手に金で縁取りされた巨大な盾を持ち、シュバルツと見紛うほどの背丈をした女性が立っていた。ロゼより鈍い色の髪をたなびかせ、鍛え上げられた肉体と青い瞳をしている。
ロゼの話していた門番のふたり、魔剣と剣闘士が消えて無くなった土煙から現れた。通りの奥から主人を失ったゴブリンたちが、青緑色の津波となってふたりへと遅いかかる。
「ほうほう。今回は損な役回りだと思っていたが違うらしいねぇ。そんじゃ行きますか」
魔剣は襲い掛かるゴブリンたちを振り向くことなく言って、足を踏み込み空へ跳ねる。そして反転しながら半月刀を振るった。先端を鞭のように増す剣尖がゴブリンたちを縦に割り、血しぶきが舞う。
瓦解し左右に割れるゴブリンたちを剣闘士は振り向き盾を掲げ、左手に持つ柄を持つ小刀で盾を叩く。
盾が響かせる振動に地面が揺れ、振動は大気中を波のように伝わった。眼前のゴブリンたちがチリとなって消える。バラバラと落ちる肉片と、青緑の血を背にふたりは再び向き直る。
「お前らぁぁ!」
悲鳴にも似たロゼの声が響き、いつの間にか彼女は腰から剣を引き抜いている。引き抜き、腰をかがめて構えると剣先をふたりへと向けた。
「攻剣・・・スカーレット・ザック!」
ロゼの剣は炎に包まれる。突き出した剣先からは炎が渦を巻き、前に見た火柱よりも太さを増して回転しながらふたりを包む。視界を埋め尽くす炎の竜巻。
しかし赤色の竜巻は左右に割れ、先には魔剣が剣を頭上に掲げていた。振り上げた半月刀に炎は両断されている。
魔剣は跳んだ。空中で縦に回転しながら半月刀をロゼへと振り下ろす。シュバルツはリリィを背中から乱暴に下ろした。地を駆け魔剣とロゼの間に立ちふさがり、剣を受け、軌道をそらす。地面は溶けるように切り裂かれ、岩盤が舞った。
「おいおい。魔物に守られるなんて情けねぇな。騎士の風上にもおけねぇ。次はどうだ? 守れるのかよ?」
返す刀で魔剣は剣を横に薙ぐ。シュバルツがロゼに覆いかぶさり背中の鎧が裂けた。剣尖は伸び僕とリリィを切り裂こうとする。僕の背中から悪寒が広がり体を満たす。少しずつでいい。そう願うと悪寒は止まる。
僕は女神の傀儡となった。
伸びる魔剣を振り上げた剣で受け止め、跳ね上げる。左の小指から溢れ出した影が、左手を包んでいた。鈍く鉛のような質量を持った影は伸び、剣を柄から剣先へと包む。
「なんだよそりゃ。話が違うじゃねぇか。俺の魔剣に切れる物はこの世にないんじゃ・・・」
「影は切れない。そしてこの世の力でもない」
剣を振り抜いたまま、魔剣は口を開いていた。魔剣の油断を見計らい、ロゼは炎の剣を振り上げる。
竜の咆哮にも見える爆煙が魔剣を包み、空は赤く染まった。魔剣は再び空を跳ね、剣闘士の隣に並ぶ。剣闘士は呆れたようすで首を振ると盾を構えた。シュバルツはうずくまり、ロゼは人虎の体を抱いている。リリィは腰を下ろして杖を握っていた。
帽子で顔は隠されているが、強く握られた杖は震えてる。彼女は怒っている。
「コーレス。魔剣ばかりを頼り、相手を侮るな」
「ウルセエェなフレイヤ! 仕方がねぇから、ちょっとだけ本気になってやる」
魔剣を両手で握るコーレスが魔剣へ息を吹きかけると、意志を持ち、魔剣が拍動し形を歪ませる。隣で巨大な盾を持ち、腰を落として身構えるフレイヤへ、コーレスは魔剣を振るった。
「俺の魔剣はすべてを切り裂く。魔剣の転生者だ! 騎士の息吹で命を与えられ意志と、使命のもとに悪鬼を討ち滅ぼす!」
コーレスの振る魔剣を受け止め、フレイヤは高らかに左手に持つ小刀を掲げた。力が満ちていく。転がる岩が浮かび上がり、端から崩れていった。
「我が名はフレイヤ。戦の乙女の名を冠する戦士。剣闘士の転生者。我が持つ盾はすべてを受け止める。受け止め放つ。哀れな民を救う慈悲の心で!」
魔剣の衝撃は盾へと伝わり振動を高め続ける。足元が震え、小さな岩が重力を失ったかのように浮かび上がり、砕け散った。身構え呪う。力が足りない。
「さぁさぁ。矛盾の力でお前らが耐えられるかどうか。拝見させてもらおうかねぇ」
魔剣は振動を続ける盾の隣で魔剣を構える。振動で空間すら歪み輪郭が朧げであった。転生者の力は強大だ。いくらエルフの祈りを受けても、シュバルツたちは耐えられないだろう。リリィも同様に、ギフトは僕たちの想像を超えている。
無力が望む。もっと力を・・・と望み、悪寒が四肢を包む。
「これが我らの奥義。矛盾の剣! その身で受けてみよ!」
フレイヤが盾を押し、反動で後ろへ飛ぶ。放たれた振動は空間を裂き、振動によって浮かび上がった瓦礫を切り裂いていく。
視界が速度を落とし続けている。セオの剣に比べればひどく穏やかに見えた。黒の女神の傀儡となった経験は、呪いと共に体へ蓄積されるのだろう。まるで闇夜のように、景色を飲み込んで、経験を得て力を増す。嫌な力だ。
体を包む衣服が剣を握る指先から黒へと染まり、袖がはためいた後で、ぬるりとした質量を持つ。
僕は影に包まれた剣先で階段を撫でる。影は表面を流れていき、剣を振り上げると影の中からイバラが立ち昇った。立ち昇る影のイバラは左右に広がりながら、コーレスとフレイヤから放たれた矛盾の剣を受け止めた。すべての物を切り裂ける魔剣も、魔剣を受け止めることができる盾も、黒色で呑み込む夜には敵わない。
イバラに包まれ矛盾の剣は消える。影をただ流して飲み込むよりも、形をなす方が効率はよい。範囲を犠牲に硬さと力が増す。
切り裂かれた空間は目の前から消えていた。何事もなかったような蒼天が広がっている。嘘だろ。とコーレスが魔剣の剣先を下げる。四肢の虚脱する動きすら緩慢だ。
影を落としつつ僕は魔剣の眼前へと跳び、影をまとった剣で魔剣を持ったコーレスごと、切り上げる。魔剣が砕けることはない。だけども人は法則の中でしか生きることができない。
コーレスの足が浮き、後方へ吹き飛んだ。勢いを殺すことができずに立ち並ぶ家を壊しながら消える。コーレス! フレイヤは叫び、怒りに満ちて細まる瞳を僕へと向けた。
返す刀をフレイヤに向けるも、フレイヤの掲げる盾が振動を大気へ流す。そして僕もまた人だ。法則の中でしか生きられない。事象という理の中で生きている。リリィを除いては。あっけなく僕は弾き飛ばされる。
「あぁ。もう好き勝手やってくれちゃって! 許さないんだから」
階段状へ飛ばされながらも、立ち上がるリリィの姿が見えた。杖を持ち震えている。体は薄い皮膜に包まれていた。そしてリリィは残像も残さないほどの速さで跳ぶ。フレイヤに杖の先端を向けてフレイヤの盾を突き、フレイヤが跳ね飛ばされた。家々を砕きながら土煙の轍を作りつつ、フレイヤも並ぶ形ではるか遠くへ消えた。
自分の体を皮膜で包み、その間リリィは事象を改変する。世界で生きている限り体を縛りつつける法則を変えてしまうから、目にも止まらぬ速度で動き、蓄積された運動量を反作用の力を受けることなく一方的に放てる。でたらめな力だと思った。たとえどんなに見た目が地味だとしても。
僕は強かに階段へ打ち付けられた。立ち上がりリリィのもとへ駆けつけると、肩で息をしているリリィが、腰に手を当て僕を見上げる。
「どう? すごいでしょ? 子守唄小町は、幼子は唄で眠らせるけど、いたずら小僧は物理でしばらく眠らせるの」
「そんな物騒ないわれがあったなんて知らなかったよ。でも・・・頑張ったな」
「うん。もう怖いなんて言ってられないから。みんな怖いと知っているから、私はもう負けないの」
だな。と答えるとリリィは再び笑った。そしてシュバルツとリリィもまた歩み寄る。さすがに鎧の端々は切られていたが、無事なようだ。肩は露わになって血が少し流れている程度なのだからやはり人虎は侮れない。
ふたりは歩み寄り、僕たちに並ぶ。リリィは手を後ろに組んで体を揺らした。
「でも魔法にしては物騒すぎないかな? それに地味だ。ロゼみたいに格好よく力を使いたかった」
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黒の女神の力は、リリィにも注がれ続けている。怒りを自分へ、そして他人に向けるたびに。どうしても時間はない。盤面の終焉が迫っている。ロゼが階段上へと向き直り息を吐く。
「でも・・・力を蓄え物理で勝つ。一理あるわ」
「一理もあるの?」
うん。と満面の笑みでうなずくロゼに、リリィが目を丸めて答える。
「旦那たちが無事で何よりだ。でも・・・ドレークさんが」
シュバルツは肩を丸めて、左右に分かれたドレークを見る。彼がいなくては僕たちだけで、街の外に人を逃がすことができなかった。砕かれた家々と共に誰かを傷付けてしまっていた。みんなが目を伏せる中、リリィだけが身をそらせる。
「大丈夫。言ってたでしょ? 小鬼・・・ゴブリンさんの生命力はすごいんだから」
「でも半分に・・・」
僕が言いかけた時、左右に分かれたドレークの断面がうごめき、ぞわぞわと肉がせり上がる。
ヒッ。とロゼが口に手を当てた。シュバルツは肩を落として表情を弛緩させている。せり上がる肉は形となり、半分に分かれた甲冑のままドレークはふたりに分かれた。ふたりのドレークは互いに目を合わせて手を合わせる。
「おはよう! 俺さま! 相変わらずいい面してやがんな」
「こんにちはご機嫌麗しゅう。俺さま! しかし見惚れるくらいの素敵ボディだ。でもいい加減貧血だな。一歩も動けねぇ」
へっへ。と歪に笑いあうふたりを見て、ゴブリンになるのもいいか・・・ロゼが言い、止めておいた方がよいと僕は目を細める。
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