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第二章 カフェ・ノードの魔女
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「おはよー琴音ちゃん早起きだねー」
私が店に到着するとお店の前で掃き掃除をするミーナさんがあくびをかみ殺しながら私に手を振っていた。時刻は朝の十時、夜に散歩するようになっていつもなら私はこの時間に眠っている。だけど今日はしっかりと頭が冴えていた。
「もう十時ですから、早すぎました?」
「ちょっとだけねー。私の目が覚めてないだけー。朝が苦手なの」
ちょっとこっちにきてー。とミーナさんは手に持った今や珍しい竹箒を看板代わりに立てかけられた小さな黒板の横へと置いた。そのままお店への階段を昇っていき私もその後を追う。
一階にある工務店のシャッターが開き、そこから康夫さんが顔を出し私におぅ!と笑みを向ける。お酒を飲んでいない間は本当に無口なんだなと私はどこか賑やかな気分になった。
階段を登り終えると巨大な世界樹の絵が目に入り、そこを曲がるとすぐに厨房が見える。その反対側へと曲がるとお手洗いとスタッフルームと書かれた札がドアにかかっていた。ミーナさんはドアを開け私も一緒に中へ入る。
なんとも不思議な香りだろうか。ラベンダーの香りが漂い、遅れて混ざり合ったいろんな香りが頭の周りを包んでいく。不快な香りではなく逆に心地よい香りの重さでちょっと頭がクラクラとした。
縦長の姿見と隣にある壁で干されて枯れ草色をした枝がまとめて並べらえていて、枝先にはホワホワとした白い大き綿毛が浮かぶようについている。部屋の中央に置かれた木造りのテーブルには透明な紅茶ポットが置かれていて、飲みかけの紅茶がティーカップの底にあった。
両脇にはお店の中と同じグレーのソファーがあって、読みかけの本が積まれている。分厚いハードカバーをした難しそうな本と一緒に少女漫画もまた乱雑に積まれていた。
ミーナさんも漫画を読むんだと目を奪われる。端は汚れて折り目がついている。何度も読み返した跡があった。
奥には壁に建てつけられた腰ほどの高さにあるテーブルに小瓶が並んでいる。まるで童話の中で見た魔女の小屋に私は見えてどこか心が浮ついた。
ミーナさんは目を丸める私の顔を覗き込むと満足そうに笑みを含み、部屋の隅にある縦長のロッカーを開いた。その色は学校でもよく見る色をしていてどこかこの部屋からは浮いていた。
「ふふーん。驚いた?ここが私の秘密基地なのです。といってもここに大体住んでいるようなものだけど。お風呂はないから近所の銭湯に通っていますけどねー」
ほら!とミーナさんはロッカーの中から黒いソムリエエプロンを取り出し私に手渡す。着てみて着てみて!と両手を合わせるミーナさんの言われるがままに私はそれを身につけた。
なんだかいよいよアルバイトって感じだと私は思う。学校の文化祭で一度来たことはあったけどそれとはなんだか違う緊張感をはらんだ目の覚める気持ちがした。ミーナさんは大きなこれもまた黒いバンダナを取り出すとそれを私の頭に巻いた。自分を姿見で確かめるとなんとも魔女の弟子という感じがして私はひとりで笑みを含む。その後ろからミーナさんが顔をひょっこりと出して私の肩に手を置いた。
「うんうん。やっぱり似合ってる。黒色が似合う女性は大人だね。八重子さんも見たらきっと気に入って抱きしめたくなるはずだよー」
そんなことはありません。と私はうつむき左右へと首を振る。頬の温度が上がってしまった。
それじゃぁ簡単にお店の準備を教えるねー。とミーナさんは魔女の秘密基地を後にして私もそれに続いた。
「小さいけれど、ここは厨房とホールに分けられていて、琴音ちゃんにはホールを担当してもらいます」
はいと返事をしながら今更私にそれが務まるのだろうかと少し不安になった。大丈夫とミーナさんは頭の上にある黒いバンダナをツンツンと人差し指でつつく。
「お客さんは基本的にこの街に住む常連さんだから、みんな優しいよー。お昼には暇を持て余したマダムたちが、夜には柚みたいな働き疲れた常連さん達が遊びに来る感じ。だから面倒くさがりな私でも務まるのかもねー」
「そんなことはないですよ。ミーナさんはとっても大人です」
ありがとう。とミーナさんは鼻歌まじりにテーブルを拭く布巾の場所や、お店が開いたら点ける照明の電気の場所、お皿の洗い方やメニューの並べ方といった細々としたことまで丁寧に教えてくれた。コルクの生地に挟まったメニューに記された文字は流れるような書体で書かれている。
私もそれを丁寧にメモへと取りつつ、いくら常連さんが集まるお店でも、私にとっては初対面なのだから緊張するのは当たり前だ。
それでもやっと停滞する夜の日々から一歩だけ前に進めた気がする。夜の日々で感じたどうしようもない孤独感の正体。それはきっと社会から隔絶された生活だったのかもしれない。
誰かと同じように朝に起きて学校にいって、学校にいけなくても日中は働いて誰かと同じような日々を過ごす。確かにそれは安心した。誰かと一緒であることに安心するのはきっと私だけではないはずだから。
「さーて!今日も始めますか!賑やかな西賀茂に住むマダムたちが来るはずだから驚かないでね。これも魔女になる修行だと思って」
はい!と私は両手でメモを握ったまましっかりとうなずく。これが私の一歩目だから。
それにしてもこんなおしゃれなカフェでお手伝いとはいえ働けるなんてちょっとだけ嬉しいな。
そんなことを考えているとガヤガヤと階段の下から甲高い笑い声と共に誰かの話し声が聞こえた。
私が店に到着するとお店の前で掃き掃除をするミーナさんがあくびをかみ殺しながら私に手を振っていた。時刻は朝の十時、夜に散歩するようになっていつもなら私はこの時間に眠っている。だけど今日はしっかりと頭が冴えていた。
「もう十時ですから、早すぎました?」
「ちょっとだけねー。私の目が覚めてないだけー。朝が苦手なの」
ちょっとこっちにきてー。とミーナさんは手に持った今や珍しい竹箒を看板代わりに立てかけられた小さな黒板の横へと置いた。そのままお店への階段を昇っていき私もその後を追う。
一階にある工務店のシャッターが開き、そこから康夫さんが顔を出し私におぅ!と笑みを向ける。お酒を飲んでいない間は本当に無口なんだなと私はどこか賑やかな気分になった。
階段を登り終えると巨大な世界樹の絵が目に入り、そこを曲がるとすぐに厨房が見える。その反対側へと曲がるとお手洗いとスタッフルームと書かれた札がドアにかかっていた。ミーナさんはドアを開け私も一緒に中へ入る。
なんとも不思議な香りだろうか。ラベンダーの香りが漂い、遅れて混ざり合ったいろんな香りが頭の周りを包んでいく。不快な香りではなく逆に心地よい香りの重さでちょっと頭がクラクラとした。
縦長の姿見と隣にある壁で干されて枯れ草色をした枝がまとめて並べらえていて、枝先にはホワホワとした白い大き綿毛が浮かぶようについている。部屋の中央に置かれた木造りのテーブルには透明な紅茶ポットが置かれていて、飲みかけの紅茶がティーカップの底にあった。
両脇にはお店の中と同じグレーのソファーがあって、読みかけの本が積まれている。分厚いハードカバーをした難しそうな本と一緒に少女漫画もまた乱雑に積まれていた。
ミーナさんも漫画を読むんだと目を奪われる。端は汚れて折り目がついている。何度も読み返した跡があった。
奥には壁に建てつけられた腰ほどの高さにあるテーブルに小瓶が並んでいる。まるで童話の中で見た魔女の小屋に私は見えてどこか心が浮ついた。
ミーナさんは目を丸める私の顔を覗き込むと満足そうに笑みを含み、部屋の隅にある縦長のロッカーを開いた。その色は学校でもよく見る色をしていてどこかこの部屋からは浮いていた。
「ふふーん。驚いた?ここが私の秘密基地なのです。といってもここに大体住んでいるようなものだけど。お風呂はないから近所の銭湯に通っていますけどねー」
ほら!とミーナさんはロッカーの中から黒いソムリエエプロンを取り出し私に手渡す。着てみて着てみて!と両手を合わせるミーナさんの言われるがままに私はそれを身につけた。
なんだかいよいよアルバイトって感じだと私は思う。学校の文化祭で一度来たことはあったけどそれとはなんだか違う緊張感をはらんだ目の覚める気持ちがした。ミーナさんは大きなこれもまた黒いバンダナを取り出すとそれを私の頭に巻いた。自分を姿見で確かめるとなんとも魔女の弟子という感じがして私はひとりで笑みを含む。その後ろからミーナさんが顔をひょっこりと出して私の肩に手を置いた。
「うんうん。やっぱり似合ってる。黒色が似合う女性は大人だね。八重子さんも見たらきっと気に入って抱きしめたくなるはずだよー」
そんなことはありません。と私はうつむき左右へと首を振る。頬の温度が上がってしまった。
それじゃぁ簡単にお店の準備を教えるねー。とミーナさんは魔女の秘密基地を後にして私もそれに続いた。
「小さいけれど、ここは厨房とホールに分けられていて、琴音ちゃんにはホールを担当してもらいます」
はいと返事をしながら今更私にそれが務まるのだろうかと少し不安になった。大丈夫とミーナさんは頭の上にある黒いバンダナをツンツンと人差し指でつつく。
「お客さんは基本的にこの街に住む常連さんだから、みんな優しいよー。お昼には暇を持て余したマダムたちが、夜には柚みたいな働き疲れた常連さん達が遊びに来る感じ。だから面倒くさがりな私でも務まるのかもねー」
「そんなことはないですよ。ミーナさんはとっても大人です」
ありがとう。とミーナさんは鼻歌まじりにテーブルを拭く布巾の場所や、お店が開いたら点ける照明の電気の場所、お皿の洗い方やメニューの並べ方といった細々としたことまで丁寧に教えてくれた。コルクの生地に挟まったメニューに記された文字は流れるような書体で書かれている。
私もそれを丁寧にメモへと取りつつ、いくら常連さんが集まるお店でも、私にとっては初対面なのだから緊張するのは当たり前だ。
それでもやっと停滞する夜の日々から一歩だけ前に進めた気がする。夜の日々で感じたどうしようもない孤独感の正体。それはきっと社会から隔絶された生活だったのかもしれない。
誰かと同じように朝に起きて学校にいって、学校にいけなくても日中は働いて誰かと同じような日々を過ごす。確かにそれは安心した。誰かと一緒であることに安心するのはきっと私だけではないはずだから。
「さーて!今日も始めますか!賑やかな西賀茂に住むマダムたちが来るはずだから驚かないでね。これも魔女になる修行だと思って」
はい!と私は両手でメモを握ったまましっかりとうなずく。これが私の一歩目だから。
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