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1 願掛けと引っ越し
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「えっ美紀も出来たの?!」
「できたよー彼氏」
「いつ?」
「先週。あんま知らない先輩だったけど、ちょっとカッコ良かったから、付き合おっかなって」
「えぇ? そんな動機でいいの?」
「いいんじゃん? 始まりってそんなもんよ」
駅前のコーヒーチェーンで、女子高生三人が、いわゆる恋バナに花を咲かせていた。
「えええ……香菜にも美紀にも恋人出来て、私だけボッチじゃん……」
「そう落ち込むなって。結華には私らがいるぞ?」
「でも彼氏欲しい……」
「そうか。まあ、結華にもそのうち春が来るさ」
テーブルに頬杖を付き、頬を膨らませた少女の頭を、一人が撫でる。
「くそう……これがいわゆる持ちの余裕か……」
結華と呼ばれたその少女は、抹茶オレをズズッとストローから飲み、
「彼氏欲しい。この際人でなくていい。人っぽい姿ならなんでもでもいい」
「そういうこと言ってると、ホントになっちゃうかもよー?」
「望むところだ」
❦
最寄り駅から家までの帰り道。結華はふと、そういえば近所に恋愛成就の神社があったっけ、と思い出す。そして、今日のコーヒーチェーンでの会話を思い出し、
「……どうせ、どうにもならないだろうし」
神に頼ってみますか。
そう言って、その神社に向かった。
「……」
着いた神社は、それなりに大きかった。けれど、相当古いのか、建物のあちこちが傷んでいるのが分かりやすいほど目に見えて、その上、結華のほかには誰もいなく、本当にこの神社にはご利益を望めるのだろうか、と結華は思ってしまう。
「……んまあ、気まぐれだし? どうせ何も変わんないし?」
結華は財布から五円玉を取り出すと、カタン、チャリン、と賽銭箱に入れ、鈴を鳴らし、
(彼氏が欲しいです!)
と、結構強めに祈り、神社をあとにした。
「……あ、作法とか忘れてたな。まあ、叶ったら──」
叶わないだろうけど。
「お礼に行くことになるんだから、その時にはちゃんとしよう」
そしてその夜、結華は夢を見た。周りにモヤモヤと霧が巻き、自分は寝た時のパジャマ姿で、足にはサンダルを履いている。
「……え?」
結華は一瞬、自分は寝ぼけて、夢遊病のように外に出てしまったのかと思った。けれど、目の前のそれに、これは現実でなさそうだ、と結華は思う。
目の前には、あの寂れた神社と、そしてその手前の空中に、変な文言が浮かんでいた。
アナタはイケメン達に囲まれた生活を望みますか?
▶はい
いいえ
「なんだそれ」
なんだろう、やったことはないけど、乙女ゲームとかそういうものの導入のようだ。いや、乙女ゲーム知らんけど。
ただ、それに答えなければ、ここから出られないような気がして、結華はどうしたもんかと考える。
「イケメン達に、囲まれた、生活、ねぇ……」
全く思い描けない。小中と、恋愛に全く絡めなかった結華は、高校二年になった今でも、そのまま全く恋愛とは疎遠なままだ。
「ま、これ夢だし。イケメンは眼福だし」
結華は、深く考えず、
「はーい。望みまーす」
と、手を上げて宣言した。
すると、『はい』の部分がピンク色になる。
「お?」
ちゃんと選択されたらしい。そう思った瞬間、
「……んあ?」
結華は自分のベッドの上で、目を覚ました。
ベッド脇に置いてあるスマホで時間を確認すれば、午前六時十五分。いつも六時半に起きている結華からすれば、少し早起きをしたことになる。
「はぁ……」
結華はスマホを置き、寝返りを一度打つと、
「やっぱ夢かぁ」
あの、とても鮮明に覚えているよく分からない夢は、何だったんだろう。
「まあ、夢なんだから、深く考えてもしょうがない、か」
結華は起きて、朝の支度を始めた。
❦
そして次の日。この日は土曜日で、結華はいつもなら土日はバイトをしているのだが、バイト先の店長がギックリ腰になったという連絡をもらい、急遽休みになった。なので、結華は暇を持て余し、昼も食べ終えていたので、寝ようかな。そんなことを考えていたら、外が騒がしくなる。
(なんだ?)
窓から外を覗くと、引っ越しのトラックが見えた。それも、結華の家の前に。
(ああ、新しい入居者さんかな)
結華は驚くでもなく、それを眺める。
結華の両親は、アパートを経営している。
結華の家は四階建てで、一階から二階までがアパート、三階からが結華とその家族の住居になっていた。
そして今、アパートには一人も入居者がいない。今年の三月までは三人ほど、四期生の大学生が住んでいたのだが、全員就職先が決まり、就職先の寮や、別のアパートに引っ越してしまった。
(これで、お母さんもお父さんも少しは安心できるかな)
次の入居者が決まらず、どうしたものかと悩んでいた両親を見ていたので、結華はホッと息を吐く。そして次に、目を剝いた。
(ぅお、大鷹先輩?!)
トラックの近くにタクシーが止まり、そこから降りてきて引っ越し業者と話を始めたのは、結華の通う私立紅蘭高校に通う、大鷹朝陽。
(ど、どうして先輩が……い、いや、引っ越してくる人の知り合いが偶然先輩、という可能性も……)
大鷹朝陽は、学校内で結構有名だ。身長百八十六センチ、バスケ部のエースで、超がつくほどのイケメン。系統は爽やか系。そして性格も頭も良く、女子達の憧れの人である。そして彼女がいないので、いつも告白されたりしてる、らしい。なぜ彼女を作らないのかと友人が聞いたら、「気持ちは嬉しいけど、勉強と部活に集中したい」と言っているらしいと、結華は耳にしたことがある。
(……あれ?)
そして結華は気づく。引っ越しのトラックが、一台でないことに。その数、四台。道がトラックでぎゅうぎゅうだ。
まさかまだ入居者が? そう思いながら、朝陽に見られないように窓のカーテンを閉め、その隙間から外を観察する。
(……は?)
今度はガラゴロとスーツケースを引きながら、一人の男性、いや、男子がこっちに向かってきた。
(嘘でしょ……?! あれ、校内でいつも問題起こすヤンキーの、中館律じゃん!)
結華と同学年の中館律も、ある意味校内で有名だ。その理由は結華の心の叫びの通り、問題児のヤンキーだから、というのが、一つ。そしてもう一つ理由があり、それは、律もまた、超がつくほどのイケメンであるということ。紫に染めた癖のある髪を風に揺らしながら、律はどう見ても、結華の家に向かってくる。
勘違いであってくれ、という結華の祈りも虚しく、律は引っ越しの業者に声をかけた。
そしてまた一人、顔だけは知っている男子が、旅行カバンのような大きなバックを抱え持つようにして、小走りに結華の家へと向かってくる。
(……これは夢かな……?)
結華は現実逃避をしたくなった。なぜって、そのやって来た男子は、またもや紅蘭の学生。学校に入ってきたばかりだというのに、もう校内の女子の間で噂が立つほどの一年生だ。名前は四月一日伊織。イケメン、というより可愛い系統の顔をして、背丈もそれほど高くないが、それが庇護欲をそそるらしく、やはりというか、女子達からの人気が高い。
(あと一台……もうやめてくれ……無関係の人が来てくれ……)
そしたら、本当に知らない顔の人が来た。男性ではあるが、結華はそれを見てホッとする。背の高いその人は、前髪が長く、顔はよく見えない。が、とてもスラリとした体型をしていて、モデルですか? と結華は言いたくなった。
そして結華は、そういえば、と思う。誰に対してもガンを飛ばすという律が、すぐそばに朝陽がいる──伊織は一年だから知らないのかもしれないと思うことにして──というのに、朝陽の顔を知らないはずがないのに、普通の人のように、業者の人と話をしている、と。
(猫被ってんのかな)
などと邪推していると、結華の視線に気づいたのか、律は窓の──結華のほうへギロリと目を向ける。
(ヒィッ!)
結華は慌てて窓から離れ、やはりヤンキーはヤンキー……顔は良くてもヤンキーだ……と、改めて思った。
そして、結華は重大なことに気づく。今、両親は外出中である。あの四人の引越し作業で、大家が必要になれば、まず、結華が対応しなければならないということに。
今までも、結華が両親の代わりに引っ越してきた人とのトラブルを解決することもあった。なんせ、よほどのものでなければ、その場で解決できる事柄であるか、管理会社に連絡すれば事足りることだったから。
(何も起きませんように何も起きませんように!)
結華は盛大にフラグを立てた。そしてそのフラグは折れなかった。
無常にもインターホンが鳴らされ、それを無視することのできない結華は、「はい!」と返事をして、部屋の中にある全身鏡で一応身だしなみを確認して──クリーム色で無地の長袖シャツと赤が基調のキュロットなので、まあ、良しとする──玄関へと足早に向かう。
「お待たせしましたー。何か……」
そして玄関を開けた結華は、思わず固まってしまった。
目の前に、律が立っていたから。
「できたよー彼氏」
「いつ?」
「先週。あんま知らない先輩だったけど、ちょっとカッコ良かったから、付き合おっかなって」
「えぇ? そんな動機でいいの?」
「いいんじゃん? 始まりってそんなもんよ」
駅前のコーヒーチェーンで、女子高生三人が、いわゆる恋バナに花を咲かせていた。
「えええ……香菜にも美紀にも恋人出来て、私だけボッチじゃん……」
「そう落ち込むなって。結華には私らがいるぞ?」
「でも彼氏欲しい……」
「そうか。まあ、結華にもそのうち春が来るさ」
テーブルに頬杖を付き、頬を膨らませた少女の頭を、一人が撫でる。
「くそう……これがいわゆる持ちの余裕か……」
結華と呼ばれたその少女は、抹茶オレをズズッとストローから飲み、
「彼氏欲しい。この際人でなくていい。人っぽい姿ならなんでもでもいい」
「そういうこと言ってると、ホントになっちゃうかもよー?」
「望むところだ」
❦
最寄り駅から家までの帰り道。結華はふと、そういえば近所に恋愛成就の神社があったっけ、と思い出す。そして、今日のコーヒーチェーンでの会話を思い出し、
「……どうせ、どうにもならないだろうし」
神に頼ってみますか。
そう言って、その神社に向かった。
「……」
着いた神社は、それなりに大きかった。けれど、相当古いのか、建物のあちこちが傷んでいるのが分かりやすいほど目に見えて、その上、結華のほかには誰もいなく、本当にこの神社にはご利益を望めるのだろうか、と結華は思ってしまう。
「……んまあ、気まぐれだし? どうせ何も変わんないし?」
結華は財布から五円玉を取り出すと、カタン、チャリン、と賽銭箱に入れ、鈴を鳴らし、
(彼氏が欲しいです!)
と、結構強めに祈り、神社をあとにした。
「……あ、作法とか忘れてたな。まあ、叶ったら──」
叶わないだろうけど。
「お礼に行くことになるんだから、その時にはちゃんとしよう」
そしてその夜、結華は夢を見た。周りにモヤモヤと霧が巻き、自分は寝た時のパジャマ姿で、足にはサンダルを履いている。
「……え?」
結華は一瞬、自分は寝ぼけて、夢遊病のように外に出てしまったのかと思った。けれど、目の前のそれに、これは現実でなさそうだ、と結華は思う。
目の前には、あの寂れた神社と、そしてその手前の空中に、変な文言が浮かんでいた。
アナタはイケメン達に囲まれた生活を望みますか?
▶はい
いいえ
「なんだそれ」
なんだろう、やったことはないけど、乙女ゲームとかそういうものの導入のようだ。いや、乙女ゲーム知らんけど。
ただ、それに答えなければ、ここから出られないような気がして、結華はどうしたもんかと考える。
「イケメン達に、囲まれた、生活、ねぇ……」
全く思い描けない。小中と、恋愛に全く絡めなかった結華は、高校二年になった今でも、そのまま全く恋愛とは疎遠なままだ。
「ま、これ夢だし。イケメンは眼福だし」
結華は、深く考えず、
「はーい。望みまーす」
と、手を上げて宣言した。
すると、『はい』の部分がピンク色になる。
「お?」
ちゃんと選択されたらしい。そう思った瞬間、
「……んあ?」
結華は自分のベッドの上で、目を覚ました。
ベッド脇に置いてあるスマホで時間を確認すれば、午前六時十五分。いつも六時半に起きている結華からすれば、少し早起きをしたことになる。
「はぁ……」
結華はスマホを置き、寝返りを一度打つと、
「やっぱ夢かぁ」
あの、とても鮮明に覚えているよく分からない夢は、何だったんだろう。
「まあ、夢なんだから、深く考えてもしょうがない、か」
結華は起きて、朝の支度を始めた。
❦
そして次の日。この日は土曜日で、結華はいつもなら土日はバイトをしているのだが、バイト先の店長がギックリ腰になったという連絡をもらい、急遽休みになった。なので、結華は暇を持て余し、昼も食べ終えていたので、寝ようかな。そんなことを考えていたら、外が騒がしくなる。
(なんだ?)
窓から外を覗くと、引っ越しのトラックが見えた。それも、結華の家の前に。
(ああ、新しい入居者さんかな)
結華は驚くでもなく、それを眺める。
結華の両親は、アパートを経営している。
結華の家は四階建てで、一階から二階までがアパート、三階からが結華とその家族の住居になっていた。
そして今、アパートには一人も入居者がいない。今年の三月までは三人ほど、四期生の大学生が住んでいたのだが、全員就職先が決まり、就職先の寮や、別のアパートに引っ越してしまった。
(これで、お母さんもお父さんも少しは安心できるかな)
次の入居者が決まらず、どうしたものかと悩んでいた両親を見ていたので、結華はホッと息を吐く。そして次に、目を剝いた。
(ぅお、大鷹先輩?!)
トラックの近くにタクシーが止まり、そこから降りてきて引っ越し業者と話を始めたのは、結華の通う私立紅蘭高校に通う、大鷹朝陽。
(ど、どうして先輩が……い、いや、引っ越してくる人の知り合いが偶然先輩、という可能性も……)
大鷹朝陽は、学校内で結構有名だ。身長百八十六センチ、バスケ部のエースで、超がつくほどのイケメン。系統は爽やか系。そして性格も頭も良く、女子達の憧れの人である。そして彼女がいないので、いつも告白されたりしてる、らしい。なぜ彼女を作らないのかと友人が聞いたら、「気持ちは嬉しいけど、勉強と部活に集中したい」と言っているらしいと、結華は耳にしたことがある。
(……あれ?)
そして結華は気づく。引っ越しのトラックが、一台でないことに。その数、四台。道がトラックでぎゅうぎゅうだ。
まさかまだ入居者が? そう思いながら、朝陽に見られないように窓のカーテンを閉め、その隙間から外を観察する。
(……は?)
今度はガラゴロとスーツケースを引きながら、一人の男性、いや、男子がこっちに向かってきた。
(嘘でしょ……?! あれ、校内でいつも問題起こすヤンキーの、中館律じゃん!)
結華と同学年の中館律も、ある意味校内で有名だ。その理由は結華の心の叫びの通り、問題児のヤンキーだから、というのが、一つ。そしてもう一つ理由があり、それは、律もまた、超がつくほどのイケメンであるということ。紫に染めた癖のある髪を風に揺らしながら、律はどう見ても、結華の家に向かってくる。
勘違いであってくれ、という結華の祈りも虚しく、律は引っ越しの業者に声をかけた。
そしてまた一人、顔だけは知っている男子が、旅行カバンのような大きなバックを抱え持つようにして、小走りに結華の家へと向かってくる。
(……これは夢かな……?)
結華は現実逃避をしたくなった。なぜって、そのやって来た男子は、またもや紅蘭の学生。学校に入ってきたばかりだというのに、もう校内の女子の間で噂が立つほどの一年生だ。名前は四月一日伊織。イケメン、というより可愛い系統の顔をして、背丈もそれほど高くないが、それが庇護欲をそそるらしく、やはりというか、女子達からの人気が高い。
(あと一台……もうやめてくれ……無関係の人が来てくれ……)
そしたら、本当に知らない顔の人が来た。男性ではあるが、結華はそれを見てホッとする。背の高いその人は、前髪が長く、顔はよく見えない。が、とてもスラリとした体型をしていて、モデルですか? と結華は言いたくなった。
そして結華は、そういえば、と思う。誰に対してもガンを飛ばすという律が、すぐそばに朝陽がいる──伊織は一年だから知らないのかもしれないと思うことにして──というのに、朝陽の顔を知らないはずがないのに、普通の人のように、業者の人と話をしている、と。
(猫被ってんのかな)
などと邪推していると、結華の視線に気づいたのか、律は窓の──結華のほうへギロリと目を向ける。
(ヒィッ!)
結華は慌てて窓から離れ、やはりヤンキーはヤンキー……顔は良くてもヤンキーだ……と、改めて思った。
そして、結華は重大なことに気づく。今、両親は外出中である。あの四人の引越し作業で、大家が必要になれば、まず、結華が対応しなければならないということに。
今までも、結華が両親の代わりに引っ越してきた人とのトラブルを解決することもあった。なんせ、よほどのものでなければ、その場で解決できる事柄であるか、管理会社に連絡すれば事足りることだったから。
(何も起きませんように何も起きませんように!)
結華は盛大にフラグを立てた。そしてそのフラグは折れなかった。
無常にもインターホンが鳴らされ、それを無視することのできない結華は、「はい!」と返事をして、部屋の中にある全身鏡で一応身だしなみを確認して──クリーム色で無地の長袖シャツと赤が基調のキュロットなので、まあ、良しとする──玄関へと足早に向かう。
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