16 / 27
16 ムラクマ
しおりを挟む
「今ここの家主は俺なんだがな」
入ってきた伊織に目を向け、律が不服そうに言う。けれど激高したりはしなかったので、結華はホッとした。
(ちゃんとおかゆも食べてくれてるし)
律の言葉に湊が「まあまあ」と言い、
「で、律には少し話したけど、また一から話すかな」
と、湊は言う。
「ほら、座って座って」
状況が飲み込めない伊織へ、また湊が促す。
「で、でも……?」
伊織にチラチラと視線を向けられる律は、
「別にもういい。一人増えたくらいで変わらない」
と、食べ終わった粥の器を床に置き、「遠慮すんな」とキツイ目つきだが、威圧感などはないそれを向け、伊織に言う。
「で、では……失礼します……」
伊織は結華の左隣に座った。湊は結華の右隣、律は壁に凭れたままなので、結華の正面。ディアラはなぜか小さくなり、結華の肩の上。
「あ、中館さん、器貸してください。水に浸けますから」
(このままおかゆがカピカピになっていくを見ていられない……)
「え? あ、ああ……」
結華は律からスプーンと器を受け取り、
「じゃあ、説明しててね」
と、立ち上がって、キッチンへ行き、食器を手で軽く洗い、
「でだ、一番重要なことを最初に言うけど、おれ、結華がいないと死ぬ」
湊のその言葉に、食器を落としそうになった。
「はあ?」「えっ?」
案の定、律は呆れた声を出し、伊織は驚く。
「湊、それ、もっとマシな説明の仕方はないの?」
「これからするから。で、どうして結華が必要なのかって言うとな──」
結華は軽く洗った食器を水に浸け、周りにタオルが見当たらなかったので自前のハンカチで手を拭き、元の場所に座り直す。
湊は魔法を見せたりディアラに指示を出して技を出させたり、自分の出自──と言う言葉が合っているか微妙だが──をざっくりと、結華が聞いている程度のことを話して、
「で、だから結華が必要なわけよ」
と、結華の手を握って持ち上げ、ゆらゆらと揺らした。
「……信じらんねぇけど、その、ディアラってのが、作りもんには見えねえし」
律は諦めたようにため息を吐き、
「そういうことだったんですね……」
と、伊織は素直に信じてしまったようだった。
「みんな良いやつだなぁ」
それを見て、湊が笑う。
「俺はほんと、良いトコに越してきたなぁ。……あ、じゃあさ、みんなでラインのグループ作ろうぜ」
「何がじゃあさ、なのか分かんねぇんだけど」
「ただのご近所付き合いだよ。これ作っときゃ、お前もまた、倒れる前にヘルプ送れるしさ」
「倒れる?」
首を傾げた伊織に、
「こいつな、ほとんど物食ってなくて倒れたんだよ」
と、湊が律を示して言う。
「ええ?! 大丈夫だったんですか?!」
「……問題ない」
「結華のおかげでな」
「……そもそも中館さんは、──いえ、この話は後で個別にお伺いしますね」
結華は深く聞こうとして、やめた。
プライバシーに関わる問題、保護者との関係、ストレスなどなど、律がどうしてこうなったか分からないからこそ、他の人がいるこの場で詳しいことは聞けない。そう判断してのことだった。
「ほら、グループ作ろうぜ」
「あ、はい」
湊の言葉に、伊織は素直にスマホを取り出し、結華も取り出すが、
「……」
律は何もしない。
「なー律、別にこんくらい良いだろ。さっき言ったみたいにお前にもメリットがあるんだしさ」
「私もそう思います」
「……メリット、ねぇ」
「また倒れられたら困ります」
「住居人に問題が起こるのが困るってんだろ」
「中館さんのことを心配してるんですよ」
「勝手にしてろよ」
(このやろう……!)
どうしてそこまで意地を張るのか。食糧問題を別件としても、グループに入るくらいならなんの問題もないと思うのに。
「……はぁ……」
けれど、当人がここまで拒むならしょうがない、と結華はため息を吐いて。
「それなら、一旦、私達三人のグループを作りますから、入る気になったら言ってくださいね」
「入る気に、ねぇ」
律はそう言って、ハッ、と嗤う。
(いっちいち煽るんじゃねぇよ……! このヤンキーが……!)
「お前さ、そこまで心配しなくていいと思うよ?」
「えぇ?」
湊の言葉に、結華は眉をひそめた。
「あ、違う違う。結華じゃなくて。律だよ」
「あ?」
「ほら、言ったろ。お前は良いやつだ。そんで、自分に関わったやつが何かの拍子に不幸になるんじゃないかって思ってるだろ」
「はあ? 何でそんなことが分かんだよ」
「そりゃ、族長の息子として大量に人を診てきたからな」
「族長?」
「あ、前世の話。で、それにお前、少しでも心を開いたやつを、分かりやすいほど心配するみたいだな。今、どうしてか知んないけど、俺達三人のことをすっごく心配してる」
「はあ?」
顔をしかめた律に、
「……へえ?」
結華はスマホを差し出す。
「……なんだよ」
「グループ、入ってください」
「なんでだよ」
「入ってほしいからです。それだけです。あなたにグループに入っていただけるととても嬉しいんですけど、駄目ですか」
「……」
「ほら」
ずい、と結華が律に迫る。
「……」
「ほら」
また寄って、
「聞いてます?」
その眼前まで顔を近づける。
「っ……いっちいち距離が近えんだよお前!」
律が結華の肩を掴んで、押し返そうとした時。
「クルル」
「ん? どしたディアラ」
結華の肩から離れていたディアラが、部屋の棚の一つへ近寄った。
「クルゥ、クルルゥ」
「へ? そこから結華の匂いがする?」
「え?」「はあ?」
湊は律へ顔を向けると、
「あそこ、なに入れてんの?」
「……別に、何でも良いだろ。大したもんなんか入れちゃいねえ」
「じゃ、中見ていい?」
「見るな」
「なんでだよ」
「なんでもだよ」
なぜか苦い顔で言う律に、
「悪意なんて感じないぜ? むしろ、すごく大切にされてるって感じがする」
その言葉に律が驚いた顔をした時。
「あ」
伊織が声を発した。全員が伊織へ顔を向ける。
「あ、いえ、僕じゃなくて……その、ディアラが……」
伊織が指差す方向へ、また全員が顔を向けると、
「あ」「あーあ」「はっ?!」
ディアラは棚の引き出しをいつの間にか開け、そこに顔を突っ込み、
「テメ、こら!」
ディアラをそこから引き離そうと律は立ち上がりかけ、
「クゥ」
くるりとこちらに顔を向けたディアラが咥えているそれに、律の動きが止まった。
それは、可愛くラッピングされた手のひらサイズのなにか。詳しく言うと、薄い紫色のフェルトで作られた、クマのように見えるなにか。が、透明で白い小花が散る小さなラッピング用の袋に入れられ、白いリボンでその口を結び止められている。と、いうもの。
「……えーと。ディアラ。そういうのはあんまり良くないから、やめなさい」
「クゥ」
湊に言われたディアラは、咥えているそれを、前足で持ち直した。
「いや、持ち方じゃなくてね……」
その場のほぼ全員が、ディアラが出したそれにどう反応すればいいか分からず、微妙な空気が流れる。
その中で。
「……む、ムラクマ……?」
結華が呆然と呟いた。
入ってきた伊織に目を向け、律が不服そうに言う。けれど激高したりはしなかったので、結華はホッとした。
(ちゃんとおかゆも食べてくれてるし)
律の言葉に湊が「まあまあ」と言い、
「で、律には少し話したけど、また一から話すかな」
と、湊は言う。
「ほら、座って座って」
状況が飲み込めない伊織へ、また湊が促す。
「で、でも……?」
伊織にチラチラと視線を向けられる律は、
「別にもういい。一人増えたくらいで変わらない」
と、食べ終わった粥の器を床に置き、「遠慮すんな」とキツイ目つきだが、威圧感などはないそれを向け、伊織に言う。
「で、では……失礼します……」
伊織は結華の左隣に座った。湊は結華の右隣、律は壁に凭れたままなので、結華の正面。ディアラはなぜか小さくなり、結華の肩の上。
「あ、中館さん、器貸してください。水に浸けますから」
(このままおかゆがカピカピになっていくを見ていられない……)
「え? あ、ああ……」
結華は律からスプーンと器を受け取り、
「じゃあ、説明しててね」
と、立ち上がって、キッチンへ行き、食器を手で軽く洗い、
「でだ、一番重要なことを最初に言うけど、おれ、結華がいないと死ぬ」
湊のその言葉に、食器を落としそうになった。
「はあ?」「えっ?」
案の定、律は呆れた声を出し、伊織は驚く。
「湊、それ、もっとマシな説明の仕方はないの?」
「これからするから。で、どうして結華が必要なのかって言うとな──」
結華は軽く洗った食器を水に浸け、周りにタオルが見当たらなかったので自前のハンカチで手を拭き、元の場所に座り直す。
湊は魔法を見せたりディアラに指示を出して技を出させたり、自分の出自──と言う言葉が合っているか微妙だが──をざっくりと、結華が聞いている程度のことを話して、
「で、だから結華が必要なわけよ」
と、結華の手を握って持ち上げ、ゆらゆらと揺らした。
「……信じらんねぇけど、その、ディアラってのが、作りもんには見えねえし」
律は諦めたようにため息を吐き、
「そういうことだったんですね……」
と、伊織は素直に信じてしまったようだった。
「みんな良いやつだなぁ」
それを見て、湊が笑う。
「俺はほんと、良いトコに越してきたなぁ。……あ、じゃあさ、みんなでラインのグループ作ろうぜ」
「何がじゃあさ、なのか分かんねぇんだけど」
「ただのご近所付き合いだよ。これ作っときゃ、お前もまた、倒れる前にヘルプ送れるしさ」
「倒れる?」
首を傾げた伊織に、
「こいつな、ほとんど物食ってなくて倒れたんだよ」
と、湊が律を示して言う。
「ええ?! 大丈夫だったんですか?!」
「……問題ない」
「結華のおかげでな」
「……そもそも中館さんは、──いえ、この話は後で個別にお伺いしますね」
結華は深く聞こうとして、やめた。
プライバシーに関わる問題、保護者との関係、ストレスなどなど、律がどうしてこうなったか分からないからこそ、他の人がいるこの場で詳しいことは聞けない。そう判断してのことだった。
「ほら、グループ作ろうぜ」
「あ、はい」
湊の言葉に、伊織は素直にスマホを取り出し、結華も取り出すが、
「……」
律は何もしない。
「なー律、別にこんくらい良いだろ。さっき言ったみたいにお前にもメリットがあるんだしさ」
「私もそう思います」
「……メリット、ねぇ」
「また倒れられたら困ります」
「住居人に問題が起こるのが困るってんだろ」
「中館さんのことを心配してるんですよ」
「勝手にしてろよ」
(このやろう……!)
どうしてそこまで意地を張るのか。食糧問題を別件としても、グループに入るくらいならなんの問題もないと思うのに。
「……はぁ……」
けれど、当人がここまで拒むならしょうがない、と結華はため息を吐いて。
「それなら、一旦、私達三人のグループを作りますから、入る気になったら言ってくださいね」
「入る気に、ねぇ」
律はそう言って、ハッ、と嗤う。
(いっちいち煽るんじゃねぇよ……! このヤンキーが……!)
「お前さ、そこまで心配しなくていいと思うよ?」
「えぇ?」
湊の言葉に、結華は眉をひそめた。
「あ、違う違う。結華じゃなくて。律だよ」
「あ?」
「ほら、言ったろ。お前は良いやつだ。そんで、自分に関わったやつが何かの拍子に不幸になるんじゃないかって思ってるだろ」
「はあ? 何でそんなことが分かんだよ」
「そりゃ、族長の息子として大量に人を診てきたからな」
「族長?」
「あ、前世の話。で、それにお前、少しでも心を開いたやつを、分かりやすいほど心配するみたいだな。今、どうしてか知んないけど、俺達三人のことをすっごく心配してる」
「はあ?」
顔をしかめた律に、
「……へえ?」
結華はスマホを差し出す。
「……なんだよ」
「グループ、入ってください」
「なんでだよ」
「入ってほしいからです。それだけです。あなたにグループに入っていただけるととても嬉しいんですけど、駄目ですか」
「……」
「ほら」
ずい、と結華が律に迫る。
「……」
「ほら」
また寄って、
「聞いてます?」
その眼前まで顔を近づける。
「っ……いっちいち距離が近えんだよお前!」
律が結華の肩を掴んで、押し返そうとした時。
「クルル」
「ん? どしたディアラ」
結華の肩から離れていたディアラが、部屋の棚の一つへ近寄った。
「クルゥ、クルルゥ」
「へ? そこから結華の匂いがする?」
「え?」「はあ?」
湊は律へ顔を向けると、
「あそこ、なに入れてんの?」
「……別に、何でも良いだろ。大したもんなんか入れちゃいねえ」
「じゃ、中見ていい?」
「見るな」
「なんでだよ」
「なんでもだよ」
なぜか苦い顔で言う律に、
「悪意なんて感じないぜ? むしろ、すごく大切にされてるって感じがする」
その言葉に律が驚いた顔をした時。
「あ」
伊織が声を発した。全員が伊織へ顔を向ける。
「あ、いえ、僕じゃなくて……その、ディアラが……」
伊織が指差す方向へ、また全員が顔を向けると、
「あ」「あーあ」「はっ?!」
ディアラは棚の引き出しをいつの間にか開け、そこに顔を突っ込み、
「テメ、こら!」
ディアラをそこから引き離そうと律は立ち上がりかけ、
「クゥ」
くるりとこちらに顔を向けたディアラが咥えているそれに、律の動きが止まった。
それは、可愛くラッピングされた手のひらサイズのなにか。詳しく言うと、薄い紫色のフェルトで作られた、クマのように見えるなにか。が、透明で白い小花が散る小さなラッピング用の袋に入れられ、白いリボンでその口を結び止められている。と、いうもの。
「……えーと。ディアラ。そういうのはあんまり良くないから、やめなさい」
「クゥ」
湊に言われたディアラは、咥えているそれを、前足で持ち直した。
「いや、持ち方じゃなくてね……」
その場のほぼ全員が、ディアラが出したそれにどう反応すればいいか分からず、微妙な空気が流れる。
その中で。
「……む、ムラクマ……?」
結華が呆然と呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる