銀色九尾な孤の彼と

山法師

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学校と日常

12 人目のある場所とその例外

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(ホントに理人が)

 別邸に来ちゃった心配もあったんだけど。

「何が『凪咲を助けたい』だ?! 絶対違うだろ!」

 ユキとどう暮らしていたかを誤解されそうな説明の仕方でユキが話してしまって、訂正しなきゃと焦ったのに。

「羨ましいにも程がある!!」

 そういう方向に行くんだ? と凪咲は反応に困った。

 一日一度は凪咲とキスをする。
 毎晩凪咲と共に寝る。
 凪咲の作る美味い飯を毎日三食食べて、凪咲の作る美味いオヤツも食う。

 その説明を聞いて、出てくる言葉が「羨ましい」になるのか。

(理人には、ずっと迷惑かけてたし)

 力になれるならなりたいけど、同じことをするのは逆に理人のためにならないような。

(なんにしても)

 訂正して、ちゃんとした理由があると伝えたほうがいいはず。
 頭の中では思うけど、凪咲は行動に移せない。

 ──この狐、俺がずっと夢見てた感じのことしやがって!

 どうしてか理人の〝声〟が聴こえてきて、対応に迷う。
 普通の人の〝声〟だって基本的に聴こえないし、神の力を持つ人々の〝声〟が聴こえるはずもない。

(むしろ、人じゃないヒトと近いから聴かせる側だし)

 だとしたら、理人は凪咲にあえて聴かせているということになる。
 その理由も分からないし、本音かどうかも分からないから、対応に困っている。

「黙れ理人。俺を助けることが凪咲を助けることに繋がると説明しただろう。羨ましいと思うならお前も頼んでみろ。俺が今から言うことをできるようになったらの話だが」

 どこか得意げなユキの言葉に、

「あ?! どういう魂胆のどういう話だ?!」

 色々あったせいでか口調が荒っぽくなっている──少しだけ『昔の理人』に戻っているふうな理人は、警戒と若干の期待を感じさせる雰囲気で返す。

(ユキのやりたいこと、だんだん分かってきたかも)

 別邸に帰ってから、

「菰毬から伝達を受けた」

 と楽しそうに言ってきて『微妙に』姿を戻したユキの、リビングのソファであぐらになっている足の間に座って背を預けている凪咲は、右隣に座る理人とユキとのやり取りに嬉しくなる。

(たぶん、俺が寝ちゃってる時に)

 仲良くなれたんだろうな、どういう状況でそうなったかは分からないけど。

 帰ってきた途端に問答無用の勢いでこの姿勢にされたことにも、混乱のほうが勝っているけれど。

「凪咲と代われる家事全般を、俺は妖狐の力で行なっている」

 やっぱりそういう流れになるのかと思っていたら、

「俺にとって鷹司が持つ神の力も妖狐の力も、根本は同じだと捉えているからな」

 ちょっとその言い方は誤解を招くようなと慌てかけた凪咲は、理人が怒りの表情を見せているものの真剣に聞いているようでもあったので、様子を見ることにした。

「鷹司の力でそれら全てを、俺の力を超える水準で行えるようになれ。力の扱い方から軽く修行をつけてやろう。話を蹴りたいなら蹴れば良い。凪咲に『羨ましいこと』頼めなくなるがな。どうだ? 理人」

 得意げな声で楽しそうに銀色の耳を揺らすユキが理人に問いかけながら、三本だけ出した銀色の長い尻尾で凪咲を包み込む。

(三本だけなのに)

 ふわふわのサラサラが、いつになくヤバい。

(菰毬さんからの伝達って、『尻尾が三本の狐』に見せろってことなんだろうけど)

 なぜだろうと不思議に思うが、語らない理由を聞くべきではない。
 狐同士、人ではないヒト同士、知り合い以上に思える二人のやり取りに「三日間だけ共に居た人間」が口を挟んでもいいことなんて起きない。

(それはそれとして)

 学校で回復させてくれた時や。

(俺の)

 額にキスをして眠らされた時にも思ったけれど。

(なんかこう)

 朝より『死にそうな幸せ感』が強いんだよな。力が戻ったんだとしても、お昼ご飯とオヤツだけでこんなに力が戻るもんなのか。

「やってやるよ築城。お前の見え透いた魂胆に乗ってやる。俺でもお前でもなく、凪咲のためにな」

 期待を隠しきれない眼差しで食ってかかるという妙な様子になっている理人を見てか、

「凪咲のためになるならば、俺のためにもなるし理人のためにもなる訳だ。理人は上手いことを言う。そう思わないか? 凪咲」

 さらに得意げで楽しそうになったユキは凪咲に話を振るついでのような素振りで、凪咲の顎に左手を軽くかけてきた。

「え、あ、ユキ?」

 二人のやり取りを眺めながら『ユキがこんなに力を取り戻したらしい理由』を頭の片隅で考えていた凪咲は、目の前にある嬉しそうな銀色の瞳と自分の姿勢に一拍してから気が回り、

「やっていいことと悪いことがあるからな?! 今すぐ凪咲から手を離せ築城!」

 思いも寄らないことに固まっていたらしい理人も、我に返ったように凪咲の顎にかけられたユキの左手首を掴む。

「凪咲のためにならないことはしない。凪咲のためにとこうしている。俺のことで何か気にかかっているのだろう? 言ってみろ、凪咲」

 理人が居るこの場で聞いてもいいのか、どうにも迷う。

「え、えぇと……、っ!」

 凪咲の迷う気配を読んでか、読んだとしてどうしてそうなるのか。

 ユキがなぜか余計に嬉しそうに銀色の瞳を細めて額へ『勘違い』しそうなキスをしてきて、三本だけでも『幸せで死にそう』な破壊力が増している尻尾で包み込んでくる。

 完全に不意打ちの『勘違いしそうなキス』と『幸せで死にそう』な状態に固まった凪咲に代わるように、

「マジで何考えてんだ築城?! 今の絶対寝かせるためのヤツじゃないだろ?!」

 悔しそうな理人がユキの左手首を掴む手に力を込め、凪咲の額とユキの口の間にもう片方の手をねじ込む。

 不愉快そうに眉をひそめ、不可解そうに耳を動かしたユキが、

「ちょ、おい?! 築城?!」

 口を塞いだ理人の手を右手で素早く外し、

「お前に問い返したいくらいなんだが? 理人」

 不愉快そうに眉をひそめたまま、真面目で素直な色を映す銀の眼差しを理人に向けた。

「人目のある場所では駄目だと凪咲は言ったが、理人が共に居たあの場でのキスに凪咲は異論など言ってこなかった。理人が共に居ても凪咲に『額へのキス』をしてもいいということだろう?」

 首を傾げて素直そうに聞いてくる、ユキお前、本当お前。

「そういうことじゃないからね?!」

 半分叫ぶように言った凪咲と、

「色々言いたいが曲解がすぎるだろ築城!」

 完全に怒声になっている理人に、

「……理人が共に居ては凪咲を幸せにできないと理解した。今は凪咲を幸せにするためのキスをやめてやる。理人のためでなく凪咲のためだ、そこは譲ってやらん。分かったか、理人」

 不貞腐れたユキはキレのいい舌打ちをして、理人の手を離して凪咲を右手と三本の尻尾で抱きしめ直す。凪咲の顎には左手をかけたままで。

 呆気にとられて動きが止まった凪咲と理人の、再起動するのは理人が先だった。

「なんも理解してねぇだろお前! もうその姿勢もやめろこの狐!」

 怒りから来ているらしい勢いでユキに掴みかかろうとした理人を止めたのは、慌てた凪咲でも不貞腐れているユキでもなく。

 別邸内に響いた音──数種類ある音の一つ、部外者が訪ねてきたことを知らせる音だった。

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