酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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「…………」

 セイは湯船に浸かりながら、天井を見上げる。
 見上げてばかりだな、と、思うのと同時に。

「プレゼント……二つも……」

 自分は、なんという果報者だろうか、と思う。
 それとまた、別に、気になっているのが。

「エメラルド……宝石言葉……知ってるのかな……」

 エメラルドの宝石言葉は、一般的に、幸福、幸運、愛、希望、とされている。
 魔法を使うにあたっての知識や、仕事上の関係で、セイはそれを知っている。けれど、ナツキはそれを、知っているのだろうか。

「……まあ、うん。いつか聞こう、そのうち」

 セイは、髪をかき上げ、言う。
 その前に、聞きたいことが──知りたいことが、あるのだからと。

 *

 セイに、プレゼントのオルゴールは防水だと確認して、お風呂の中でも聴いていた。
 で、お風呂から上がって、リビングに行ったら。

「ナツキさん」

 セイがいつもの浴衣姿──同じものを五着作ったらしい──に、加えて、真剣かつ不安そうな表情で、座っていたソファから立ち上がった。

「どした?」
「……隣に、座っていただけませんか」

 私は「うん、分かった」と言って、オルゴールをテーブルに置いて、ソファへ向かう。
 セイが左、私が右に座る。子猫たちは見当たらないけど、寝室かどこかだろう。

「……ナツキさんに、お聞きしたいことが、ありまして」

 背を伸ばして、でも俯きがちに、セイが言う。

「なんですかね」
「……どこまで……」

 セイが、ぱっと顔を向けた。顔色は赤いのに、何かを恐れているような、カオで。

「どこまで、許してくれますか? ……あなたに、触れるのを」

 触れる、か。

「……やってみる?」
「え」
「こういうの、お互いの確認が大事だって、周りに聞いたことあるから。今、どこまで大丈夫か、やってみない? セイが良いなら」

 ぽかんとしているセイに、語りかけるみたいに優しく言う。

「え、あ、でも……」

 我に返ったらしいセイに、

「どうかな?」

 両手を、差し出してみる。

「……失礼、します……」

 セイは、視線を下に向けてるけど、両手を握ってくれる。

「これは?」

 指を絡めて、また、握る。

「はい」

 握り返してくれる。

「じゃあ、抱きしめてもいい?」
「はい」

 手を解いて、抱きしめる。抱きしめ返してくれる。

「次は……キス、とか?」
「……大丈夫ですか?」

 抱きしめる腕に、力が込められる。

「セイが無理なら、やめるよ」
「いえ、僕は。……ナツキさんに、嫌われたくなくて……」
「嫌いじゃないし、好きだよ。愛してる。セイが良いなら、……私、初めてだけど、やってみ──?!」

 腕が外され、肩に手を置かれ、セイの腕分、距離を取られた。

「は、初めて……なんですか……?」

 その顔は、驚いていて。

「そうだよ。今からするってことは、セイがファーストキスの相手」
「ナツキさんなのに……?」

 どういう意味?

「えと、気を遣ってくれてる?」
「違います。本音です。こんなに素晴らしくて美しい人が、人に……今まで、誰も……?」

 セイが首を傾げる。

「そんなふうに言ってくれるの、セイが初めてかな。恥ずかしいけど、嬉しい」

 セイの頬を包むみたいに、両手を添えて、顔を真っ直ぐにする。視線を合わせる。

「昼間、おでこは、くっつけてくれたよね」
「あ、そ、れは、その、」
「嫌じゃなかった。嬉しかった。もう一回、していい?」
「ぅあ、は、い……」

 真っ赤な顔のセイに、顔を近寄せていく。肩に乗せられた手はそのままだけど、押し返したりしてこなくて。
 ぴとり、と、額を合わせた。

「どう? 気分」
「……ナツキさん」

 セイが、両手で、私の頬を包む。

「やっぱり、していいですか?」
「うん。いいよ」

 そっと顔を引き寄せられ、唇が、触れる。キスってこんななんだって思ったところで、離れた。

「もう一回、いいですか」

 水色が、私を見てる。

「……うん」

 なんだかふわふわしながら、頷いた。
 セイの左手が、頭の後ろに回り、右手を顎に添えられて。
 触れて、押し付けられて。二回、三回、していくうちに。

「ん……」

 これ、あれかな。ディープキスって、ヤツかな。……クセになりそう。
 顎を持っていた手が、首に下りてくる。触れられたところが、熱くて。
 手から力が抜けていって、けど、離れたくなかったから、首に腕を回した。そしたら、目の前の水色が、光った気がして。

「んっ?!」

 きゅ、急に強く? 激しくなったよ?! ま、ちょ、待って、待った、思考が追いつかないから!

「……ナツキさん」

 口が離れて、楽に息が出来る、と思った時、ソファに寝かされていることに気が回った。

「……セイ……」

 すぐ近くの顔は、薄い表情と、真剣な眼差しで。

「僕を、受け入れてくれますか?」

 ……受け入れて……?

「え、ちょ、待った、待って? それ、どこまで?」

 慌てて、そんなことを言ってしまって。

「ちゃんと避妊、しますので」

 そんな言葉を返されてしまって。

「えぇと、あの、初めては痛いって聞く……」

 何言ってんだ? 私は。

「配慮します。あなたを傷つけたくはないので」
「こ、ここ、ソファ……」
「布団のほうが良いですか?」
「わっ?」

 ひょいと抱えられ、額にキスをされ、流れるように寝室に。

「このままのほうがいいですかね」

 暗い中、私を抱えたままのセイが、布団に座って。

「ちゃんと、配慮、しますので」

 *

「……ん……」

 ……あれ、寝てた。いつの間に?
 しかも、カーテンの隙間から、薄く光が射し込んでるし。
 ……光? ……待って、今、何時? セイ、七時に出なきゃなのに!

「……五時半」

 部屋の時計を確認して、ふぅ、と、布団に、戻る。

「……」

 セイが、私の胸に顔を押し付けて寝ている。
 当たり前に、二人とも、裸なのだが。

「セイ、起きて。朝だよ」

 頭を撫でながら言う。

「んぅ……」

 ちょ、そこで声を出されるとくすぐったい!

「セイ、朝ご飯。一緒に食べよ」
「あさごはん……」

 くすぐったい、むずむずする。

「そう。ケーキもあるよ。昨日のケーキ」
「ケーキ……ナツキさんの……ナツキさん? んえ?」

 セイが、上を向いた。私と目が合った。……もう恒例だな、これ。

「おはよう、セイ。起きた?」
「おはよう、ござい、ま、す……、……!」

 セイの顔が一瞬にして赤くなり、私から離れ、布団を被った。

「すみませ、おは、その、昨夜は……!」

 そんなにならなくても。

「謝ること無いよ。痛くなかったし嫌じゃなかった。……えぇと、良かったよ?」

 脱ぎ散らかした下着やパジャマを着ながら、言う。……自分で言うの、恥ずいな。

「……本当に、大丈夫ですか……?」

 布団に潜ったまま、セイが聞いてくる。

「大丈夫だよ。セイのほうこそ大丈夫? 無理させてなかった?」

 布団をぽふぽふ叩きながら、聞く。

「いえ、僕は、全く……いえその、すみません……」
「大丈夫なら良かった。朝ご飯、用意するね。落ち着いたら来てね」

 言って、寝室を出る。
 日頃から鍛えてるからかな。あんまり疲労とか、無いな。

 *

 ナツキの足音が遠ざかり、セイはそっと、掛け布団から顔を覗かせた。

「……はぁ……」

 起き上がり、息を吐く。感嘆の吐息なのか、安心から来るものなのか、セイには分からなかった。
 ナツキは大丈夫だと言っていた。守護霊たちも、最初から最後まで顔を見せたりしてこなかった。
 なら、今は、大丈夫。あとから何かあったら、ナツキは言ってくれる筈。

「……」

 もぞもぞと、下着と浴衣を身に付ける。……昨日のナツキが、脳内でセイを求める。
 美しかった。魅惑的だった。どこまでも欲してしまいそうになった。
 このままだと壊してしまう。そう思って、焼ききれそうな理性で、欲を叩き潰した。
 セイのほうが、ナツキよりも力が強い。膂力も、それを強化する魔力も重なって。簡単に、組み敷けてしまえるのだ。
 ナツキは気付いていないのか、分かっていて指摘していないのか。

「……」

 布団から下り、丁寧に丁寧に、洗浄をかける。そして、その二組の布団を畳んだところで。
 三匹が、布団の上に、現れた。

「ナツキさんに、何かありましたか」
 ──お前の危惧するところは何も無い。

 クロが言う。

 ──ナツキは、朝ご飯の支度を終えようとしている。

 ミケが続く。

 ──早く行かねば、ナツキが呼びに来るぞ。

 シロが言い。

 ──お前はナツキを傷つけなかった。お前はナツキを気遣った。我々は、お前を信頼する。セイよ。

 三匹はそう言うと、陽炎のように消えてしまった。

「……はあぁ……」

 セイは、ボフッ、と、布団に突っ伏し、

「どうもです……」

 情けない声で、言った。


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