酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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56 年末

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「はい、では、今年もお疲れ様でした! 乾杯!」

 かんぱーい、と、みんなでグラスやジョッキを掲げる。
 忘年会の始まりだ。忘年会という名の、飲み会が。
 私はビールを飲み、唐揚げをいただく。周りと話しつつ、飲み食いしていたら、

「隣、OK?」
「ん、OK」

 隣の島から逃げてきたらしい副島が、席替えのタイミングで、横に座った。手に持っているのは、ソフトドリンク。副島は、下戸である。

「はー……こういうノリは、嫌いじゃないけど。社会人、ムズい」

 副島はそう言って、イカリングを食べた。

「飲みニケーションの難しいところだねぇ」
「まっはくほう」

 私もイカリングをいただき、周りを見る。
 今年採用された人たちは、全員、居る。それなりに楽しんでいるようである。
 ユイちゃんは、遠めの島だ。周りにスマホを見せ、何か言っている。アジュールの布教かな。
 リミさんは、副島が居た隣の島。リミさんは酒豪なので、隣の島に居る呑兵衛上司の相手をしている。他数名、サポートがいる。

「神永は今日、あんまり飲まない予定?」
「その予定」

 私は、ビールとソフトドリンクを交互に頼んで飲んでいる。それも、ちびちびと。

「明日は帰省だからね。二日酔いは避けたい」

 それと、帰る前になるべく、セイと一緒に過したいし、セイのための準備もしたい。

「毎年帰省、お疲れ様」
「どもども。そっちはゆっくりして下さいな」

 副島は帰省しない派閥である。休みはゆったりしたい派閥でもある。
 二人で、会社の業績や年末年始の過ごし方などをだべりつつ、焼き鳥をいただく。
 そうこうしているうちに、夜の八時半。一旦解散で、二次会へ行く人は、そのまま幹事が引き連れていく。
 私は二次会不参加なので、そのまま帰宅だ。

「ただいまー」

 子猫たちがおかえりをしてくれたので、玄関でそのままじゃれて、三匹を抱え、リビングへ。

「はー、疲れた」

 ソファに座る。子猫たちを開放し、そのまま寝転がる。
 忘年会、私も嫌いじゃないし、時には二次会も三次会も行くけど、今年は事情が違う。セイが居る。
 セイのために、色々としたいのだ。

「ういっし」

 休憩終わり。オリハルコンオルゴール改め『ハル』に、今年流行った曲の演奏をリピートで頼む。
 それを聞きながら支度して、作り置きの再開だ。
 煮玉子、ほうれん草のおひたし、ピクルス、きんぴら、醤油手羽元、豚の角煮、ポテトサラダ、リンゴとさつまいものコンポート、レンチンプリン、は、作ってある。ご飯も炊いて、分けたり、おにぎりにしたりして、冷蔵・冷凍してある。
 あとは常温でも日持ちの効く、お菓子を作ろうと思っている。カップケーキ、パウンドケーキ、それと、アイスボックスクッキーと絞り出しクッキーを、大量に。
 この前、自分の家もあるからと、アパートの家賃以外の手続きをほぼそのままにしているセイに、生活費についての話を出してみた。そして話し合いの結果、それまでは、料理の材料費だけ持ってもらってたけど、一旦、折半することに決まって。

『本当に、良いんですか?』

 不安そうに言うセイに、君にだから頼むんだよと、そのための口座作りをお願いしたのだ。
 カップケーキを焼きつつ、パウンドケーキに取りかかる。アイスボックスクッキーは、昨日のうちに切って焼くだけの状態で用意してあって、冷凍室だ。絞り出しクッキーの生地は、さっき、冷蔵庫へ。

「……九時半、くらいか」

 時計を見て、呟く。
 セイは、今日、十時頃に帰って来るらしい。
 大晦日と元旦にはショーがあり、来年の一月二日が休みだ。その日に、実家に顔を出してくれることになっている。

「さて、みんなはどういう反応をするか」

 母と、父と、弟と、……伯母さんも、会いに来るかなぁ……。
 伯母さんが一番厄介だよなぁと思いながら、焼けたカップケーキを網に置き、パウンドケーキをオーブンへ。
 スマホが何か受け取った。セイからだ。

『終わりました。直で帰って良いですか?』
『もちろん! 待ってるよ。お疲れ様』

 LOVE、のスタンプを送る。
 セイに、起きた時の話をしたからと、実践してみた。
 具体的に言うと、起きたね、おはよう。と、抱きしめてみた。セイは、ゆるゆると、抱きしめ返してくれて、

『ありがとうございます、ナツキさん』

 と、言ってくれたので、そのまま続けることに決めた。
 ……セイは、こういう行為に対して、何か怖がっている感じがある。と、私は思う。昔の話を聞ければ、とは、思うけど、トラウマだったりしたらと思うと、ほっくり返したくないと、思ってしまう。
 だから、代わりに。セイに対しての好意を、なるべくまっすぐ素直に伝えることにした。私には怯えなくていいよ、と、伝えたくて。

「……ただいま、帰りました」
「セイ!」

 スマホを仕舞い、玄関に直行。少し緊張している感じのセイに、

「おかえり、セイ」

 抱きついて、抱きしめる。

「お疲れ様。カップケーキ焼いたんだけど、食べる?」
「……食べます。ただいまです。ナツキさん」

 セイも抱きしめてくれて、肩に頭を乗せてくれる。

「うん、本当に、お疲れ様」

 セイの頭を撫でる。セイが頭を押し付けてくる。
 ……キッチンのほうから、オーブンが終了を伝えてきた。

「……今の、カップケーキですか……?」
「今のはね、パウンドケーキ。それも食べる? あ、あと、クッキーも焼く予定だよ」
「食べたいです……けど、それ、……ナツキさんが帰省してからのものでは……?」
「良いんだよ。材料はまだあるし。セイと食べられるなら、食べたいし」
「では、いただきます……」

 セイが頭を起こして、私の顔を見る。私もセイを見る。迷子のような顔に、安心してもらいたいと、笑顔を向けて。

「……ナツキさん」
「うん」
「……キス、しても、良いですか?」
「うん」

 触れて、少し絡められて、離れた。
 そしてまた、肩に頭を乗せて、ぐりぐり。

「ナツキさん、好きです」
「私も好きだよ。セイ」
「……少し、このままでも、良いですか」
「いいよ。嬉しい」

 子猫たちに呼ばれるまで、そうしていた。

 *

『今から家、出るね。行ってきます』

 休憩室で昼を食べていたセイのスマホに、そんなメッセージと、ハートのスタンプが送られてきた。

「……」

 もう、来年まで、ナツキと会えないのだ。
 そう思ったら、心に穴が空いたようで、セイの手が止まる。
 ナツキは、自分のために、沢山のことをしてくれた。この弁当だって、そうだ。
 卵焼きと唐揚げ、ミニトマトとブロッコリー。ご飯にはじゃこが、混ぜ込まれている。

「……」

 セイはなんとか、『いってらっしゃい。お気をつけて』と送り、弁当へ箸を伸ばした。
 休憩時間が終わり、撮影が始まり。
 なんとか時間内に終わらせ、部屋の玄関へ直帰する。

 ──よく帰ってきた。セイよ。

 守護霊たちが、出迎えてくれた。

「……ただいま、帰りました」

 セイはしゃがみ込み、子猫たちと、目線の高さをなるべく合わせる。

 ──恋しいのなら、スマホを見るがいい。ナツキに言われたことを、忘れたか?

 シロに言われ、思い出す。

『ちょっとアレかも知れないけど、逐一な感じで連絡するね。暇な時に確認して』

 セイは慌てて、スマホを取り出す。ナツキからの通知が、来ていた。

『お弁当、美味しいって言ってくれて嬉しい』
『電車乗ったよ。意外と空いてる』
『駅に到着。結構町並み、変わってる』
『家です。これが外観』
『これから大掃除するよ。お風呂場を任された』

 駅の画像と、ナツキの生家の画像と、それらのメッセージと、様々なスタンプ。

「ナツキさん……」

 セイは泣きそうになりながら、

『今、帰りました。これから支度をして、夜のご飯、いただきます』

 震える指で、なんとか、そう送る。

「!」

 返事が来た。

『おーお疲れ様。お風呂も入れるなら入ってね。一杯だけだけど、レモネードもあるから。お風呂掃除は佳境です』

 お疲れ様のスタンプと、ハートを持った猫のスタンプ。

「ナツキさん……!」

 セイはその場に、蹲る。
 あなたに、会いたいです。声を、聴きたいです。
 セイはそのまま泣き始め、子猫たちは、助言をすべきかどうするかと、顔を見合わせた。


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