小鳥が歌うはクジラの唄、鮫が聴くのは小鳥の歌声

山法師

文字の大きさ
2 / 10

2 小学校の低学年、お化け屋敷

しおりを挟む
 小学校の低学年。
 お化け屋敷でのことと、そのあとに起こった一連の出来事。

 遠足か何か、遊園地に行く学校行事があった。

 俺と運悪くグループを組むことになったクラスメイトたちの中に、燐音も居た。
 俺からそれとなく距離を取りたがるグループメンバーと違って、燐音は俺と一緒のグループになれたと喜んでくれていた。

 その燐音は、とても怖がりだ。

 とても怖がりで、ルートにお化け屋敷があると知った時、『暗いもんね。怖いの、いるもんね。入りたくないな』と、燐音は確かに言っていた。
 そういう子がいると分かっているから、「入る気分にならない人たちは、先生たちと待っていましょう」と先生たちも言っていたのに。

『お化け屋敷、入ってみたいんだけどね。ちょっと、えと、ちょっといっぱい、怖いから。一緒に行ってくれたり、しない、かな』

 お化け屋敷の前まで来た時、燐音は笑顔で言って、俺の手を握った。
 燐音より怖がりなのに、怖がりだと知られると馬鹿にされるから、なんて意地を張ってお化け屋敷へ突入するつもりでいた俺の、震えている手を。

 俺が怖がりなことを、燐音より怖がりなことを、燐音は知っている。

 とても怖がりな燐音よりも怖がりな俺にお化け屋敷への嫌な思い出があることも、燐音は知っている。

 幼稚園の時、怖いのかよお前、などと茶化され、怖くねーしと意地を張ってお化け屋敷へ突入した俺を。
 意地なんてすぐ消えて、怖くて怖くて途中で動けなくなって、過呼吸を起こして倒れた俺を。
 涙を流して震え、過呼吸から普通の呼吸へ戻れないまま、幼稚園の先生に抱えられて、お化け屋敷を途中離脱した俺を。
 外へ出たことで過呼吸は多少落ち着いてくれたけれど、周りにからかわれて、消え去らない恐怖と悔しさと恥ずかしさと惨めさで本格的に泣いてしまった俺を。
 周りへ注意している先生たちが宥めてくれても、泣きやめない俺を。

 最初から、ちゃんと『怖くて』と伝えて、お化け屋敷に入らなかった燐音は、全部見ていた。

 全部見ていた燐音は、しゃがみ込んで過呼吸に近い呼吸をしながら泣いていた俺を、体当たりする勢いで抱きしめてきた。
 俺を抱きしめてきた燐音は、髪の毛をワシャワシャとかき混ぜるみたいに、俺の頭を撫でた。

 何も言わないで、ずっと。

 周りが「またやってる」と冷やかしてきても、ずっと。

 俺が泣きやむまで、過呼吸から普通の呼吸へ戻るまで、ずっと。
 抱きしめてくれていて、頭を撫でてくれていた。

 燐音に手を握られて、燐音にしてもらったことを思い出した俺は、急に恥ずかしくなった。

『怖いんなら待ってていいって、先生言ってただろ。無理に入っても良いことないんだし』

 意地を張っている自分にこそ言うべきことを燐音へ言って──純粋に燐音が心配だったのもあるけど──その手を振り払おうとした。

 振り払おうとして、気づく。
 燐音の手も、震えていることに。
 燐音の笑顔が、不安や怖さを隠そうとしてか、無理やり作られたものであることに。

『怖いのは、そうだけどね。でもね、なおちゃん、入るなら。一緒に入りたいんだ、お化け屋敷』

 片手で握っていた俺の手を、両手で握って、言われた。
 もう片方の手も、同じように震えている。

 やっぱり怖いんだろ。
 分かってるから、怖いのはお前のせいじゃないんだから、やめとけ。

 今度は本当に心配になって、言おうとした。
 言おうとした、けど。

『オバケ、怖いから、守ってくれたりすると、嬉しい、な。なんて』

 下手すぎる作り笑いの笑顔で、へへ、と下手すぎる笑い方をした燐音を見た瞬間。
 俺の中にあった、意地も、恥ずかしさも、気遣われた悔しさも、何もかもが吹き飛んでいった。

 残った思いは、一つだけ。

『……じゃあ』

 燐音の手を、握り直して。

『怖くても、入りたいなら、守るから。一緒に入るか、お化け屋敷』

 言った言葉の通り。

 燐音を心配する俺を、燐音はまた守ろうとしてくれているから。だから今度こそ、燐音を守り切ってやる。

 子どもなりに強く誓った、その思いだけ。

『うん!』

 折れるんじゃないかってくらい思い切り首を縦に振った燐音と一緒に、恐怖に勝る「守るんだ」という思いで、お化け屋敷へ入って──

『んぎゃあああああ!!』

 初っ端に出てきたゾンビっぽい幽霊(のスタッフ)を見てギャン泣きした燐音を半分抱えるようにして、先生の一人と一緒にお化け屋敷から離脱した。

 怖かった。なおちゃん、怖かったよぉ。

 泣きじゃくる燐音へ、『そうだな、怖かったな。やめときゃ良かった、ごめんな』と、俺は必死に声をかけ、背中を撫でたりした。

 俺だって怖かった。お化け屋敷の暗闇にも、ゾンビっぽい幽霊のスタッフにも、どうしたって本気で恐怖してしまう。

 でも今は、自分のことより。

 燐音を守りきれなかった。燐音を怖がらせてしまった。怖がってる燐音を早く安心させてやりたい。

 そっちのほうが重要だった。

 だから、周囲を気にする余裕なんて、欠片もなかった。

 周囲が自分たちを、俺を、どう思って見ているか、頭から抜け落ちていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...