小鳥が歌うはクジラの唄、鮫が聴くのは小鳥の歌声

山法師

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10 四月三十日、学校が始まる

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 燐音がなんであの曲を歌おうと思ったか、聞く前に燐音から教えてもらった。

『あの……その……くじらさん……なおちゃんかなって、思ってたから……違くても、偶然でも……わたしの、その、誕生日……アップした……なので……運命的な……一縷の望みをかけたと言いますか……』

 その通りだし、照れる燐音が可愛くて、脳が灼けるかと思った。

 ◇

 鮫島直の『悪人面』がいつ消えるか、消えないか。薄まったとしても、恐らく一生消えない。

 燐音の傷痕と同じように。

 他の傷は治療などで治して消せたけど、右目の上にある傷だけ、どうやっても消えない。薄くはなったけど、誰が見ても傷痕だと分かる。
 目立つ場所に傷痕がある、傷痕を見たら俺が嫌な思いをする。
 中学に上がる頃、なんとかするねと意気込んだ燐音を、動機はともかく否定したくなくて、俺も最初は応援したり手伝えることは手伝ったりした。
 隠したり覆ったり、メイクなんかでも色々努力した結果──悪化しそうになった。
 肌に異常は見られない、どこもおかしくない。
 なのに、痛くないはずなのに、傷痕が痛む。
 痛みに泣きながら必死に傷痕を消そうとする燐音へ、もうやめろと俺も必死に伝えた。

 どんな燐音も燐音だから、今も昔もずっと先も、俺は燐音が大事なんだよ。
 怖い顔の俺を、燐音が大事に思ってくれるのと同じだよ。
 だから頼む、もうやめてくれ。

 抱きしめて必死に伝えたら、傷痕の痛みが急に消えたと燐音が驚いた。理屈なんてどうでもいい。燐音が苦しまなきゃ、なんでもいい。
 説得を続けたら、燐音は傷痕を無理に隠すのをやめてくれた。

 燐音の傷痕と同じってか、俺が燐音と同じになりたいだけかもしれない。
 
 悪人面な鮫島直を、燐音に受け止めてほしいだけかもしれない。

 そう考える理由はとても単純だ。
 俺は燐音が好きだから、それだけ。

 俺はまた、燐音に助けられた。燐音に救われた。
 そんな俺に、燐音は助けられたと言ってくれて、救ってくれた、安心したと言ってくれる。

 なら、もう、ずっと悪人面でいいか。
 燐音のおかげで、俺も自分を受け入れられた。

 悪人面な鮫島直を、燐音はまっすぐ見てくれる。
 仲間たちも気兼ねなく接してくれる。
 ファンクラブは知らん。存在を知らん。誰にも迷惑かけずに、勝手にやってくれ。
 俺は今めちゃくちゃ幸せなんで、幸せを噛みしめてるんで、そっとしといてくれ。

 ◇

 朝のホームルームに間に合うよう、教室へ入ったら、

「なおちゃん!!」

 嬉しそうな燐音に体当たりするように抱きしめられ、クラスメイトたちの『そっとしとこう』という反応を見て、俺は開き直ることにした。

「ありがとうな、燐音」

 悪人面で微笑みながら燐音の頭を撫でたら、クラスメイトたちがざわついた。

 だろうと思う。

 燐音から俺への距離はいつでも近いが、俺から燐音へ何かをなんて──悪人面に耐性のある水泳関係の誰かが居ても──クラスでも校内でもしたことがない。

 燐音には燐音の好きなようにと思う反面、俺のせいで燐音が遠巻きにされるのは嫌だから。
 自分の屁理屈から来る行動だったと、今は素直に認める。

 俺と燐音の様子を気にかけて、他クラスなのに共に来てくれた友人三人が、呆れたようにため息を吐いた。

「バショウの覇者が、とうとう通常運転し始めた」
「お前の一言で、これがバショウの覇者の通常運転なのかって、皆さんがまた動揺したぞ」
「ファンクラブにも激震が走るかもな、バショウの覇者」

 おい、いらんことを言うな。女子数名がさらに動揺したぞ。クラスメイトにも居んのかよ『存在を知らん』ファンクラブの関係者的な誰かが。

「バショウの覇者? なおちゃんのこと、だよね? ん? バショウ?」

 不思議そうに首を傾げた燐音へ四人で説明してたら、ホームルームの時間だからと先生が入ってきて解散となった。
 ざわついていたクラスメイトたちや合同授業でざわついた他クラスも、昼頃には『開き直った鮫島直』に慣れたらしく、ざわつかなくなった。

 みんな、慣れるの早くね?
 


  ──終──
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