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本編
16.5 鈴音の話 杏達が診察を受けていた頃
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「これはまた、超重要人物ね」
超自然対策委員会、通称TSTI第二十五支部副支部長の宍倉は、高いヒールをものともせずに大股で通路を歩く。
「そうですね。知っている事もあるだろうとは思っていましたが、ここまで当時の話が聞けるとは思いませんでした」
二十五支部所属の遠野もそう言い、宍倉に続く。
「それにしても本当、あなたの言う通りになっているのが、言い意味で恐ろしくもあるわね。”てつ“というあの異界人を招く事で、こんなにも事が動き出すなんて」
言いながら、宍倉は持っていた小型レコーダーをぐっと握り直す。
「あまり強く持つと、危ないですよ」
「ああ、ごめんなさい」
二人はある部屋へ向かう。この支部で、一番大きな部屋へ。
第二十五支部の支部長に、今の話を伝えなければ。
あたしは十年前に彼方に来た。それまでは故郷から出るなんて、考えた事もなかったねぇ。
その時あたしはあの子を……華珠貴を身ごもっていたし、愛しい旦那も隣にいた。何かを変える気なんて起きなかったのさ。でも、あの人はそうじゃなかった……。
近々大きな集まりがあると、旦那が言ってきた。この國を越えた、これからを変える大きなものだと。あたしらの家も持っていた方だからと、その集まりに呼ばれたのさ。いや、それも本当は虚言だったんだろうねぇ……。
その日、國を繋いであちこちでやっていたらしい集まりに、あたしらも遅れて入っていった。あたしの調子が良くなくてね。臨月だったしどうしたもんかと思ったけれど、どうしてもって言われちゃあね。旦那は普段、そういう事言わないもんだから。だから遅れて行ったのさ。けど、今思えばそれが不幸中の幸いだった……。そう、不幸中の…………。
集まりはなにやら既に佳境だったんだよ。司式みたいなのが櫓の上で大きく呼びかけ、周りもそれに応えて……。祭りとも儀式とも宴とも違ったもんだからあたしはちょっと驚いちまってねぇ。でも隣を見たら、いつかの子供みたいな目で旦那も大声出してるもんだから、もっと驚いたよ。この國を変える、世界を変える、繋ぎを合わせる?とか言ってたんだっけねぇ?あたしは完全に部外者みたいになっちまっていて、良く分からなかったけれど……。
そんな時、妙な気配を掴んだんだ。しかも呼びかけの櫓から。元からまともに見えなかったからね、その時あたしは帰ろうと言ったけれど、旦那の耳には入っていかなかった。
この騒ぎが大きくなって、お腹の子に何かあったらと思ったもんでね。結局帰りはしなかったけれど、少しずつ呼びかけの輪から離れていこうとしたのさ。そしたら、急に、あの妙な気配が濃くなった。櫓から何かが落とされて、辺りの空気が一気に膨れ上がったんだ。あたしは反射的に、腹の子を守ろうとした。そして、櫓を中心とした大きなうねりが、その場を巻き込んで……。
……それで、気付いたらどこかの森の中。身体中傷だらけだったけど、なんとかやや子は無事だった。そしたら今度は目の前にどこかの天狗が現れて「逃げろ」と! もう何がなんだか分からなかったよ。ぎょっとしてそいつを見返したら、
その天狗が、千千に散れたんだ。
拍子にそいつの鋭い爪が、あろう事か腹に飛んできた。あたしは何とか体をねじってそいつを背で受けたのさ。今思えば、風でも起こせば良かったんだろうに、頭が回ってなかったんだねぇ。そして、少し遠くに人の気を感じた。いつもと違う『気』だった上に、一目で分かるほどの力を持った得物を持って立っていた。その先をこちらに向けて。
こいつらが天狗を殺したと、理解した。
今度はあたしが、あたしのお腹の子が殺されると思って、なんとかそこから狭間に逃げ込んだんだよ。……あれは、あんたらだろう?
その後、脚が動かなくなったと気付いて絶望したよ。でも、あたしは、華珠貴やこっちで出来た妹達を守るために狭間に住処を作った。妹達も沢山頑張ってくれた。
暫くして、「ここ」が、あたしらの故郷と違うと知った。けれどもう戻れない。こんな身体じゃあ、あっちに戻ってもたかが知れてるからねぇ。旦那かい? もう諦めてるよ。
でもやっぱり郷の方があたしには合っていたんだろうね。だんだんと弱っていくあたしを、みんな心配してくれて、……心配かけちまって…………。
華珠貴は妙薬を求めて飛び出すわ、美緒も妙薬でないにしろ飛び出すわ……。生きた心地がしなかったよ。そこからは、あんたらも知っている通り。
こんなので良いかい? ……あたしがここまで話すのも、華珠貴や妹達を助けて貰った恩があるからだ。あんたらを信用してる訳じゃあないけれど……。
超自然対策委員会、通称TSTI第二十五支部副支部長の宍倉は、高いヒールをものともせずに大股で通路を歩く。
「そうですね。知っている事もあるだろうとは思っていましたが、ここまで当時の話が聞けるとは思いませんでした」
二十五支部所属の遠野もそう言い、宍倉に続く。
「それにしても本当、あなたの言う通りになっているのが、言い意味で恐ろしくもあるわね。”てつ“というあの異界人を招く事で、こんなにも事が動き出すなんて」
言いながら、宍倉は持っていた小型レコーダーをぐっと握り直す。
「あまり強く持つと、危ないですよ」
「ああ、ごめんなさい」
二人はある部屋へ向かう。この支部で、一番大きな部屋へ。
第二十五支部の支部長に、今の話を伝えなければ。
あたしは十年前に彼方に来た。それまでは故郷から出るなんて、考えた事もなかったねぇ。
その時あたしはあの子を……華珠貴を身ごもっていたし、愛しい旦那も隣にいた。何かを変える気なんて起きなかったのさ。でも、あの人はそうじゃなかった……。
近々大きな集まりがあると、旦那が言ってきた。この國を越えた、これからを変える大きなものだと。あたしらの家も持っていた方だからと、その集まりに呼ばれたのさ。いや、それも本当は虚言だったんだろうねぇ……。
その日、國を繋いであちこちでやっていたらしい集まりに、あたしらも遅れて入っていった。あたしの調子が良くなくてね。臨月だったしどうしたもんかと思ったけれど、どうしてもって言われちゃあね。旦那は普段、そういう事言わないもんだから。だから遅れて行ったのさ。けど、今思えばそれが不幸中の幸いだった……。そう、不幸中の…………。
集まりはなにやら既に佳境だったんだよ。司式みたいなのが櫓の上で大きく呼びかけ、周りもそれに応えて……。祭りとも儀式とも宴とも違ったもんだからあたしはちょっと驚いちまってねぇ。でも隣を見たら、いつかの子供みたいな目で旦那も大声出してるもんだから、もっと驚いたよ。この國を変える、世界を変える、繋ぎを合わせる?とか言ってたんだっけねぇ?あたしは完全に部外者みたいになっちまっていて、良く分からなかったけれど……。
そんな時、妙な気配を掴んだんだ。しかも呼びかけの櫓から。元からまともに見えなかったからね、その時あたしは帰ろうと言ったけれど、旦那の耳には入っていかなかった。
この騒ぎが大きくなって、お腹の子に何かあったらと思ったもんでね。結局帰りはしなかったけれど、少しずつ呼びかけの輪から離れていこうとしたのさ。そしたら、急に、あの妙な気配が濃くなった。櫓から何かが落とされて、辺りの空気が一気に膨れ上がったんだ。あたしは反射的に、腹の子を守ろうとした。そして、櫓を中心とした大きなうねりが、その場を巻き込んで……。
……それで、気付いたらどこかの森の中。身体中傷だらけだったけど、なんとかやや子は無事だった。そしたら今度は目の前にどこかの天狗が現れて「逃げろ」と! もう何がなんだか分からなかったよ。ぎょっとしてそいつを見返したら、
その天狗が、千千に散れたんだ。
拍子にそいつの鋭い爪が、あろう事か腹に飛んできた。あたしは何とか体をねじってそいつを背で受けたのさ。今思えば、風でも起こせば良かったんだろうに、頭が回ってなかったんだねぇ。そして、少し遠くに人の気を感じた。いつもと違う『気』だった上に、一目で分かるほどの力を持った得物を持って立っていた。その先をこちらに向けて。
こいつらが天狗を殺したと、理解した。
今度はあたしが、あたしのお腹の子が殺されると思って、なんとかそこから狭間に逃げ込んだんだよ。……あれは、あんたらだろう?
その後、脚が動かなくなったと気付いて絶望したよ。でも、あたしは、華珠貴やこっちで出来た妹達を守るために狭間に住処を作った。妹達も沢山頑張ってくれた。
暫くして、「ここ」が、あたしらの故郷と違うと知った。けれどもう戻れない。こんな身体じゃあ、あっちに戻ってもたかが知れてるからねぇ。旦那かい? もう諦めてるよ。
でもやっぱり郷の方があたしには合っていたんだろうね。だんだんと弱っていくあたしを、みんな心配してくれて、……心配かけちまって…………。
華珠貴は妙薬を求めて飛び出すわ、美緒も妙薬でないにしろ飛び出すわ……。生きた心地がしなかったよ。そこからは、あんたらも知っている通り。
こんなので良いかい? ……あたしがここまで話すのも、華珠貴や妹達を助けて貰った恩があるからだ。あんたらを信用してる訳じゃあないけれど……。
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