【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。

山法師

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本編

32 押し寄せる

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「……」

 あいつが出掛けてから、どれくらいか。

「……あ゛ー……」

 このまま寝っ転がってたって埒が空かねえ。

「……っそ」

 起き上がり、頭を振る。
 この、頭ん中の良く分かんねぇもんをどうにかしたいんだが。

「なんなんだ」

 右腕に意識を向けて、変える。現れるのは俺とは違う、人の腕。

「いや、俺なんだが」

 だがなぁ、分かんねえなぁ。俺ぁ人じゃねえ、筈なんだが。

「覚えてねえだけか?」

 全部思い出した訳じゃねえからなぁ。何を忘れてんだか……忘れた原因か。

「…………」

 それだけでも無ぇ……気もすんだが……。

「……日の向きは大分変わったか」

 カーテン、だったか。薄布越しの光は、外より幾分柔らかい。

「はぁ……やめだ」

 良く分かんねえ事しか分かんねえ。疲れた。分かりたくも無え気もするしな。

「腹ぁ減ったな」

 今まで喰わずとも問題無かったが。戻ってきたからか?

「確か、あの箱みてえなやつに……」

 冷蔵庫とかいう冷やすやつ。あん中に食い物あるんだよな?

「…………?」

 ……おい、あいつ。

あんずのやつ」

 今度は何に絡まれやがった?



 ああもう! 勢いでついて行ってしまった! 正宗まさむねさんは止まる気配も無しで、立ち止まろうにもこれじゃ見失うし……!

「これどこに向かってるの?!」
「えっと、多分芽依めい?!」

 あれっなんで一緒に走ってるの?!

「わたし?!」
「いやっ違、芽依は待ってて?!」

 芽依も勢いで? その靴ヒールあるよね?!

「なんでよ?!」
「なんか危ないかも「なんで杏は危なくて良いのよ?!」おぅっ」

 剣幕が凄い。

「いや、私は、それと美緒みおさんもだけど、何かあった時の対抗手段が少しはあるというか」

 こんな状況じゃあまり使いたくないけど。

「でも芽依は完全に一般人だし」
「中学までっ空手やってたっ! 護身で!」
「まじで?」

 全然分かんなかった、人は見かけによらない。でも。

「息切れて来てるし、無理しない方が……」

 あれ? 正宗さんの速度も落ちてきた?

「なんで、杏はっ……普通、にっ喋れるっ……」

 やっぱり、だんだんスピードが落ちてる。動きもブレが出てきたし、あちこち見たりしてるし。

「私も前はここまでじゃ無かったんだけど、その、対抗手段の影響というか」

 軽いジョギング、いや早歩き? とにかく芽依が息を整えられるまでに遅くなってきた。もう少しで止まりそう。

「何、それ……ていうか、どうしたの? 目的地に着いた?」
「いやぁ……」

 正宗さんは忙しなく右に左に飛び回り、宙返りをして戻ってきた。燕か。

「あの、迷いました?」
「違うのだ!」

 正宗は叫ぶように言って、また旋回。

「場所は合っている。だが、ものが移動した!」
「は? なにそれ?」

 芽依が片眉を上げる。息、完全に落ち着いてるな。

「誰かが動かしてるって事?」
「違う。あれらは主を求めて自ら動いている。だからワタシは主である……んむ?」

 正宗は地面に降り立ち、私の前までぴょんぴょん移動すると、首を傾げた。

「主のお前がいるのに、何故あれらは動いたのだ?」
「えぇー……と」

 芽依の事を気にしてる場合じゃない、か。
 深呼吸して、芽依の顔を見る。

「芽依。ぶっ飛んだ話するけど、今はそのまま受け止めてね」
「え、何を?」
「これから話す事。色々突っ込みたくなるだろうけど、今は飲み込んで欲しい」
「……分かった。分かんない所も合わせて一旦、分かった」

 ありがとう。
 正宗さんに向き直り、しきりに首を捻る顔に目線を合わせようとしゃがみ込む。

「正宗さん。多分だけど、主は私じゃない」
「んむう?!」
「てつっていう、今ここにいないのが主。私の中にもてつがあるから、少なからず影響はあるんだろうけど」

 私はてつについて、話せるだけ話した。正宗さんは跳ね回ったり羽ばたいたりと、まあ混乱してる。芽依は、ちょっと、そっちを見るのが怖い。

「それでは、ワタシは過ちを犯したのか?!」
「いや完全な間違いって訳でも無いと思うし……間が悪かった?」
「そんな?! それでは早急に、そのてつとやらを連れて来なければ!」

 ですよね。こういう時、私の方からテレパシーもどきが使えれば早いんだけど。

「……美緒さんは?」
「え?」

 芽依の声に振り返る。

「あれ? ……はぐれた?」

 辺りには誰もいない。通りから何本か入った道に、私と芽依と正宗さんだけ。
 そんなに距離走った感じは無かったんだけど……。そもそも、芽依が追い付けるのに、美緒さんが振り切られるなんて有り得ないような。

「しょうがない。結局目的のものも見失ったし、連絡し直して通りに戻……」

 スマホの電波が立たないんですけど。

「戻るのか? どれだけあればてつとやらは来れるのだ?」

 嫌な予感。

「芽依、スマホ繋がる?」
「え? …………繋がらない」

 芽依もか。これは本格的に。

「正宗さん。ここ、どこだか分かりますか」
「何を言う。ここはワタシの庭とも言うべき……」

 翼を広げてそのまま固まる。そういう標本ありそうだなぁ。

「な、んだ? ここは? 知らん、いや知っている、いや……?」
「芽依ごめん。かなり変な所に入っちゃったみたい」

 立ち上がり、スマホを操作する芽依に言う。

「変な所?」
「美緒さんが言ってたの、覚えてる? 色々歪んでるって。正宗さんも崩れるとか」

 スマホから顔を上げ、思い出すように遠くを見てから芽依が答える。

「……ああ、言ってたね」
「多分、土地が歪んだんだ。その隙間みたいなのに、私達は入っちゃったんだと思う」
「隙間?」
「なんと?!」

 正宗さんが飛び上がってバランスを崩し、ぽへっと落ちた。

「ここが? 変な場所には見えないけど」
「私も気付かなかったけど、ほら、あそことか」

 空の一点を指し示す。仕組みは分からないけど、浮かんでいた雲が縦に開いた空間の切れ目に流れ込んで消えた。

「……」

 他にも、揺らめく電柱とか、薄くマーブルになってる空もあるな。

「本当ごめん。助けは必ず来るから、それまで私のそばを離れないで」

 正宗さんと私は多分大丈夫。けど芽依はどうなるか分からない。芽依だけは、なんとしても守らなきゃ。

「何があるか分かんないの。……さっきの話を聞いたばっかで、あれだろうけど」
「……分かった。ここ出たら、覚悟してね」

 軽く笑って、芽依は頷いてくれた。

「……おい、お前。杏とやら」

 起き上がった正宗さんが、落ち着いた声で言ってきた。

「少し頭が冷えたのだが……先程の話であれば、主でなくともお前も、あれらをどうにか出来るという事か?」
「え? ……どうだろう。単純に考えると出来そうだけど」
「ならば、この歪みを創り出しているのもあれらだ。取り込んでしまえば元に戻るのではないか?」

 なるほど、危険はあるけど話も分かる。

「ちょ、なんでそんな事しなきゃいけないの」

 芽依がしかめ面で正宗さんににじり寄る。

「何もせずただ待つより、改善が見込めるならそちらの方が良いだろう。助けとやらがいつ来るか、本当に来るのかも分からんのだ」

 芽依の足を避けるように飛び立ち、正宗さんは私の左肩に降りた。

「美緒さんが歪みで迷ってなければ、それなりにすぐ助けは来ると思います。それに、絶対に誰かは来ます」
「その自信はどこから来る?」
「自信というか、勘ですけど」

 というか、このまま動かないのも安全かどうか。

「正宗さん? 高名な方々は助けてくれないんですか?」

 芽依が腕を組んで私の左肩をじっと見る。

「ふむ、ワタシに危険が及べば彼の方々は手を差し伸べよう。そうでなければ自力で抜けられる事態であるという事だ」

 それは、結構厳しいな。
 芽依ははあっとため息を吐き、空を見上げた。

「どーしよーもないわけねー」
「芽依、とりあえずあまり歪んで無さそうな方へ行こう。もしかしたら抜けられるかも」
「えっそんなの分かるの」
「うん、分かるようになったの」

 芽依の腕を掴んで歩き出す。力は出し惜しみとか、考えないでおこう。それでコケたら元も子もない。……後で怒られるだろうけど……。

「正宗さんは、中てられる……影響は受けないんですか?」
「ふむ、何故かは知らんが他の者より受けないようだ。だからこそ、このお役目に選ばれた」
「そうなんですね。変な感じしたら言って下さいね」

 神経を集中させ、妙な気配が無いか探る。同時に全体の把握も、出来るだけ、広く。
 なんだか、弱々しい気配があちこちにあるな。

「正宗さん。知り合いの方か分かりませんが、他にも迷い込んでるひと達が結構いますよ」
「お? おお、そのようだな。中てられるだけでなく、迷い込みもしたか」

 あー待って。なんかこっちに来そうなんだけど。

「人? 他にも人がいるの?」

 芽依が辺りを見回す。

「あっ違うの。正宗さんみたいな方達の事」
「へ?」
「まあそのままで置くしかないだろうな。原因を除かねばどうにもならん」
「え?」

 あ、やばいこっち来るやつだ。何で来るの。

「ごめん芽依、何か来そう……抱き上げて良い?」
「は?」

 来る、来る来る速い速い! 急に速い!

「ほぉあ?!」
「ごめん走るね!」

 抱き上げて、しっかり抱えて走り出す。その後ろ、遠くぼやけた道の奥から、灰色の波が押し寄せてきた。

「はあ?! なにあれ!」

 その光景を私の肩越しに見た芽依が叫ぶ。波は盛り上がり、崩れ、侵蝕するように道を走る。

「鼠共め。群れで迷い込んだ訳か」
「ねずみ?!」

 なんとかして、あれを撒かないと。


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