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本編
33 ここを、出たら
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「ふん、こうなるといつもの小賢しさも形無しだな」
走る私の肩にしがみつくようにしながら、正宗さんが言う。
「かず、すっごい数いるけど?!」
「距離はまだあるけど、撒くなり散らすなりしたいね」
道をそのまま抜けるか、屋根とかに登っちゃうか。
「登るのも別のに目をつけられそう……」
「何の話?! てかあんたはなんでくっついてんの?! 飛ばないの?!」
芽依、動転して言葉が荒くなってる。
「己の翼を使うより、この方が速い。それにこれは、近くにいた方が安全に思えるのでな」
「はあ?!」
え、私そんな速く走ってる?
「正宗さんは、何かこういう時に使える技? とか術とか、ありませんか?」
鼠の数がどんどん増えてく。一匹一匹の気は弱々しい。けれど集まる事で相互作用でもしてるのか、全体の力が強化されていくのが分かる。
「無いな。ワタシは所謂“非戦闘員”だと言われた」
「誰によ?!」
「先輩だ」
無いか。じゃあ、私がなんとか……出来るか?
「肉弾戦は無理だし……てつがやってた……」
後ろに意識を向ける。
ぞああぁァァッ と一繋がりになった足音を響かせ、灰色の波は一向に速度を緩めない。
「あの群れを、遠くに弾くっ」
「おお」
風が巻き起こるように衝撃が発生して、鼠達に当たった。いけた! ……けど
「弱いか」
一瞬だけ動きを止めたけれど、波はまたすぐ進み出す。
もっと強くしなきゃ。あの灰色の群れを全て、見えなくなるまで、遠くへ。
「近付けさせない…………こっちに、来るな!」
言葉と一緒に、身体の内側から何かが勢い良く広がる。
さっきよりも強く速い見えない壁にぶつかって、鼠の群れが盛り上がる。一瞬にして出来た灰色の山は、形を崩しながら押し戻されていく。
「…………なに……あれ……?」
呆けたような芽依の声。いや、私もこんな……出来ちゃった……。
「ほう、なかなかやるな、杏とやら」
鼠は瞬く間に道路の奥へと押しやられ、霞んで見えなくなった。
「あいつら、あのまま勢いで出られたのではないか?」
足を止めた私の肩に留まったまま、正宗さんがぽつりと言う。
「……いや、そんな上手くいきます?」
出られれば、正気は戻るだろうけど。中てられてただけみたいだったし。
「まあ、一難は去った」
「その言い方だともう一難来そう」
来るにしても一休みさせて。
「……今のも、杏がやったの?」
芽依の、声が、小さい。
「っ…………うん……やったら出来た…………」
まあ、ほら、当然の反応だよ。
「あっ降ろすね」
「……」
ゆっくり、落ちたり、よろけないように注意しながら、芽依の足を地面につける。
…………そのまま立ってくれたけど。
「……あの、芽依……さん?」
「…………」
怖い、返事が無いの怖い。俯いてるのも怖い。
「ご、ごめんね。急に、あの持ったり走ったり鼠が来た────」
「杏」
「はいっ」
今度は声低……!
「ここを、出たら」
ゆっくりと顔を上げ、芽依が真っ直ぐに私を見る。
「てつとかいう狼だか人だかに、会わせて」
「へっ?」
「絶対に!」
「はいっ!」
おこ、怒ってる? の? これ?
目を瞑って深呼吸をして、また私を見る。
「よし! 行こう!」
「えっあ、はい」
がっちり腕を掴まれた。
「で、どっちに行くの」
「あ、えっとこのまま真っ直ぐ、です」
言い終える前に、芽依が一歩を踏み出す。
「えっ待って……いや、私、私先導!」
「なんでも良いが、あまり張り切ると後が辛いぞ」
歩く、歩く。
「芽依、正宗さん」
陽は高いまま、時が過ぎる。
「残念なお知らせを、しなければいけないかも知れません」
「うん。分かる」
「なんだ?」
何度目か分からない、角をまた曲がって。
「歪みの薄い所が移動しております。そのせいでぐるぐる回っております」
「そんな気はしてた」
「なんと?!」
立ち止まり、ため息を吐きながら空を見上げる。
「これはもう、正宗さんの案に乗るしかないのか」
「案って、まさか」
「はて、なんだったか」
言った本雀は忘れてるみたいだけど。
「歪みの原因になってるてつの欠片をどうにかして、歪みを正すんです」
「おお! そうだった」
左肩でふぁさりと音がした。
「結局欠片は私にも反応して、私達を囲うような動きをしてるし。動いても現状維持、動かないのもジリ貧、ならば攻めるが勝ち?」
「杏、面倒くさくなってない?」
芽依がじとっと見てくる。
「いや! それなりにちゃんと考えてるよ! その結果だよ!」
「そっか。現状それが一番良い案? 助けを待つのは?」
「待つのは良いんだけど、ずーっと待ちながら歩くの、キツいかも知れなくて。認識してる時間と実際の時間がずれてる気もしてきたし……」
ここの太陽動かないし。スマホも繋がらないせいで正確な時間はさっぱりだ。
「ワタシは攻める案が良いぞ。攻撃は最大の防御なりと言うしな!」
「それ勝ち筋が見えてる時の話だけど」
「む……」
芽依の言葉に正宗さんは押し黙る。
「……しかし、力で言えば杏の方が上だろう? 結果だけ考えるならば、そこは問題無い」
「そうなの?」
芽依がこっちを見る。私が聞きたい。
「私は、あんまり力を把握出来てないから分からないの。鼠のも初めてやったし……」
無意識で使ってる事も多かったけど、無意識だからよく分からない部分も多いし。
「そうか? 先程から繊細に操っているように見えたが。他に気がかりでもあるのか?」
「あー……どうにかする方法が『取り込む』だとして。取り込んだら私、倒れるかも知れないんですよね」
そうなると一気にお荷物になる。
「駄目、それ駄目、無し」
芽依が首を振る。
「力の合流に耐えられんという事か? ならば、散らばっているあれらを一所に集めてからやれば良い」
「……あー……」
それなら倒れても危険は消えてるし、歪みも元に戻って芽依達も安全?
「最終的に倒れるの前提なの?」
「杏なら正確に位置も掴める。集めるのは容易だ。倒れるかは杏次第だが」
正宗さんの答えに、芽依は不安げな顔をする。
「うーん…………」
気合いでどうにかなるものじゃない、けど。
「やってみましょう。こっちから動くと、また歪みも変わるかも知れないし」
集めつつ、隙も探るみたいな感じで?
走る私の肩にしがみつくようにしながら、正宗さんが言う。
「かず、すっごい数いるけど?!」
「距離はまだあるけど、撒くなり散らすなりしたいね」
道をそのまま抜けるか、屋根とかに登っちゃうか。
「登るのも別のに目をつけられそう……」
「何の話?! てかあんたはなんでくっついてんの?! 飛ばないの?!」
芽依、動転して言葉が荒くなってる。
「己の翼を使うより、この方が速い。それにこれは、近くにいた方が安全に思えるのでな」
「はあ?!」
え、私そんな速く走ってる?
「正宗さんは、何かこういう時に使える技? とか術とか、ありませんか?」
鼠の数がどんどん増えてく。一匹一匹の気は弱々しい。けれど集まる事で相互作用でもしてるのか、全体の力が強化されていくのが分かる。
「無いな。ワタシは所謂“非戦闘員”だと言われた」
「誰によ?!」
「先輩だ」
無いか。じゃあ、私がなんとか……出来るか?
「肉弾戦は無理だし……てつがやってた……」
後ろに意識を向ける。
ぞああぁァァッ と一繋がりになった足音を響かせ、灰色の波は一向に速度を緩めない。
「あの群れを、遠くに弾くっ」
「おお」
風が巻き起こるように衝撃が発生して、鼠達に当たった。いけた! ……けど
「弱いか」
一瞬だけ動きを止めたけれど、波はまたすぐ進み出す。
もっと強くしなきゃ。あの灰色の群れを全て、見えなくなるまで、遠くへ。
「近付けさせない…………こっちに、来るな!」
言葉と一緒に、身体の内側から何かが勢い良く広がる。
さっきよりも強く速い見えない壁にぶつかって、鼠の群れが盛り上がる。一瞬にして出来た灰色の山は、形を崩しながら押し戻されていく。
「…………なに……あれ……?」
呆けたような芽依の声。いや、私もこんな……出来ちゃった……。
「ほう、なかなかやるな、杏とやら」
鼠は瞬く間に道路の奥へと押しやられ、霞んで見えなくなった。
「あいつら、あのまま勢いで出られたのではないか?」
足を止めた私の肩に留まったまま、正宗さんがぽつりと言う。
「……いや、そんな上手くいきます?」
出られれば、正気は戻るだろうけど。中てられてただけみたいだったし。
「まあ、一難は去った」
「その言い方だともう一難来そう」
来るにしても一休みさせて。
「……今のも、杏がやったの?」
芽依の、声が、小さい。
「っ…………うん……やったら出来た…………」
まあ、ほら、当然の反応だよ。
「あっ降ろすね」
「……」
ゆっくり、落ちたり、よろけないように注意しながら、芽依の足を地面につける。
…………そのまま立ってくれたけど。
「……あの、芽依……さん?」
「…………」
怖い、返事が無いの怖い。俯いてるのも怖い。
「ご、ごめんね。急に、あの持ったり走ったり鼠が来た────」
「杏」
「はいっ」
今度は声低……!
「ここを、出たら」
ゆっくりと顔を上げ、芽依が真っ直ぐに私を見る。
「てつとかいう狼だか人だかに、会わせて」
「へっ?」
「絶対に!」
「はいっ!」
おこ、怒ってる? の? これ?
目を瞑って深呼吸をして、また私を見る。
「よし! 行こう!」
「えっあ、はい」
がっちり腕を掴まれた。
「で、どっちに行くの」
「あ、えっとこのまま真っ直ぐ、です」
言い終える前に、芽依が一歩を踏み出す。
「えっ待って……いや、私、私先導!」
「なんでも良いが、あまり張り切ると後が辛いぞ」
歩く、歩く。
「芽依、正宗さん」
陽は高いまま、時が過ぎる。
「残念なお知らせを、しなければいけないかも知れません」
「うん。分かる」
「なんだ?」
何度目か分からない、角をまた曲がって。
「歪みの薄い所が移動しております。そのせいでぐるぐる回っております」
「そんな気はしてた」
「なんと?!」
立ち止まり、ため息を吐きながら空を見上げる。
「これはもう、正宗さんの案に乗るしかないのか」
「案って、まさか」
「はて、なんだったか」
言った本雀は忘れてるみたいだけど。
「歪みの原因になってるてつの欠片をどうにかして、歪みを正すんです」
「おお! そうだった」
左肩でふぁさりと音がした。
「結局欠片は私にも反応して、私達を囲うような動きをしてるし。動いても現状維持、動かないのもジリ貧、ならば攻めるが勝ち?」
「杏、面倒くさくなってない?」
芽依がじとっと見てくる。
「いや! それなりにちゃんと考えてるよ! その結果だよ!」
「そっか。現状それが一番良い案? 助けを待つのは?」
「待つのは良いんだけど、ずーっと待ちながら歩くの、キツいかも知れなくて。認識してる時間と実際の時間がずれてる気もしてきたし……」
ここの太陽動かないし。スマホも繋がらないせいで正確な時間はさっぱりだ。
「ワタシは攻める案が良いぞ。攻撃は最大の防御なりと言うしな!」
「それ勝ち筋が見えてる時の話だけど」
「む……」
芽依の言葉に正宗さんは押し黙る。
「……しかし、力で言えば杏の方が上だろう? 結果だけ考えるならば、そこは問題無い」
「そうなの?」
芽依がこっちを見る。私が聞きたい。
「私は、あんまり力を把握出来てないから分からないの。鼠のも初めてやったし……」
無意識で使ってる事も多かったけど、無意識だからよく分からない部分も多いし。
「そうか? 先程から繊細に操っているように見えたが。他に気がかりでもあるのか?」
「あー……どうにかする方法が『取り込む』だとして。取り込んだら私、倒れるかも知れないんですよね」
そうなると一気にお荷物になる。
「駄目、それ駄目、無し」
芽依が首を振る。
「力の合流に耐えられんという事か? ならば、散らばっているあれらを一所に集めてからやれば良い」
「……あー……」
それなら倒れても危険は消えてるし、歪みも元に戻って芽依達も安全?
「最終的に倒れるの前提なの?」
「杏なら正確に位置も掴める。集めるのは容易だ。倒れるかは杏次第だが」
正宗さんの答えに、芽依は不安げな顔をする。
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